お見舞い
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我家の花
2005年 8月14日
2005年8月14日(日)
お盆休みの真っ最中、混雑が予想されるが、秋田の義兄をお見舞いに行く事にした。本来はオープンウオータースイミングに行く予定であったが、直前に肩があがらなくなり泳げなくなってしまった。なんというアクシデントであろうか、昨年の第一回湘南オープンウオータースイミングの時には年齢別で第2位に入り表彰をされ今年もと思い練習を重ねてきたが、肩の油が切れてしまったみたいで肩関節が痛く動かなくなってしまった。来月は台湾で行われるオープンウオータースイミングが控えている、その前にもマスターズ大会、区民大会等があり、今回は棄権をせざるをえなかった。
今年は友人、叔父さん、叔母さんが亡くなり、川崎大師で厄除けを8月13日行ってもらった。その時、一緒に身代り守りを義兄の為に預かり持って行く事にした。
義兄は舌癌でしゃべる事が出来ない、全部筆談である。早く手術をして治してもらいたいと思っている。
早朝、5時に車でスタートして首都高、東北自動車道、秋田道を通り途中事故渋滞が少しあったが、無事午後2時に秋田大学付属病院に到着した。
病棟の前に来たら面会は午後3時からとなっており、どこかで1時間も暇をつぶさなければと思ったが、ナースステーションに行き東京から来た事等を話したらどうぞと快くOKしてくれた、早速部屋に行き状況を聞いた。思った以上に元気である事が分かり安心をしたが、本来なら8/29に行われる予定であった手術を、体力があまりないとの理由で延期となっていた、体重がもう少し増えなければならないとの事である。1時間位話したであろうか、義兄は疲れたようなので遠慮をする事にして、病院を出た。
時間がまだあるので、秋田市内にある2番目の義兄のお墓参りに行き、その晩は秋田市内のホテルに泊まる。
2005年8月15日(月)
ホテルで朝食を済ませ、8時ごろ妻の実家(本荘市)の墓参りに行き、そこから新潟へ向かった。途中象潟の「道の駅」に立ち寄り大きな岩がきと、稲庭うどんを食べたが、岩がきが、すごくクリーミーでコクがあり、あまりの美味しさに、追加して2個も食べてしまった。
岩がき
雨が強くなったり、日が出たりで、天気が良くない、本来なら美しい日本海を見る事が出来るはずであったが残念である。
夜はホテルの近くにある海産物専門の居酒屋で、海の幸を堪能した。今回はお盆休みなので渋滞が気になり、東京寄りにホテルを取った移動日である。
2005年8月16日(火)
今回の旅行最終日である。朝6:45にホテルで朝食を摂り、直ぐ東京へ向かった。
朝が早かったせいか、順調に新潟市内からバイパスを通り、北陸自動車道に乗った、しばらくして関越自動車道に入ったら、修復されてはいるが、道路は陥没しており、ジェットコースターにでも乗った気分になった、何だこの道はと思いながら進むと、道路のセンターに震災復旧の看板があっちこっちに出ている、当然スピードを落とせという事であるが、今までのスピードでは運転が出来ない。その状態が越後川口を過ぎるまで続き、相当長く感じた。
そう言えば昨年2004年10月23日に新潟中越地震があり、当時はちょうど仕事をしていない為、ボランティアに行こうと準備をしていたら、妻から猛反対にあい、結局やめたが、あれから10ヶ月になる、その爪跡は大きいものがあった。
その後順調に進み、予定よりも相当早く、午前11時半には家に着いてしまった。一休みをしている時に、突然の大きな揺れ、しかも長い。すぐにテレビをつけて見たところ、震源地は仙台という話である。でも今の大きさからすると東京近辺ではないかと疑った!朝は昨年の爪跡を見たばかりなのに、何の因果なのか?私を追っかけてくる様で、あまり良い感じがしなかった。
今回の旅は東京、秋田、新潟と大都市を車で走り続けたが、道路整備は新潟が進んでいる様に思えた。東京も秋田も高速道路に入るまでが大変である、しかし新潟はバイパスが整備され高速道路に直結している。東京を多く走っている為か、新潟のバイパスを走っていると有料道路かと思うくらいであった、首都高は一体何なのだろうか?
以前に元首相の田中角栄が書いた日本列島改造論を思い出してしまった。その中で、田中角栄は『道路政策について当面、重要なことは、通過道路と生活道路とを切り離す事である。その為には、バイパスの建設をもっとすすめると同時に、生活道路をきめ細かく整備しなければならない。』と書いてある。
新潟市内は、田中角栄の影響が大きいかもしれない、いろいろ問題はあったが、結果として今はスムースに進む事が出来た。でももしかすると東京が異常なのかもしれない!
現在我国の国会は郵政民営化の問題で解散総選挙が行われようとしている、もし今、田中角栄が居たらどうなっているのか、国民はついて行くのか、あるいは・・・。
感動するような変化を与えてくれる指導者が欲しい!
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