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安藤誠二 英米法研究

談論アメリカ契約法〈第1講〉
 
契約成立に伴う書式の争い
安藤 誠二
 
ある土曜日の午後、斉藤青年、鈴木青年、山田壮年の三名が連れだって橋本老年を訪ねた。暫くの間は、虎屋黒川の小倉羊羹には宇治茶が相性良く、岡埜栄泉の豆大福には静岡の川根茶が向いているなど他愛もない甘味談義が続いたが、程なく話題は共通の関心事であるアメリカ契約法に移った。
 
橋本「今日のテーマは何ですか?当番は確か斉藤君の筈です。」
鈴木「私の役割はコメンテーターです。」(笑い)
橋本「それなら、山田君と私には出番がなさそうです。」(笑い)
斉藤「では始めます。今日は契約の成立に際して問題となるバトル・オヴ・フォームズについて、教えを請いたいと考えています。」
鈴木「書式の争い(battle of forms)を契約の成立に限定して問題とするのは誤りではないですか?」
山田「確かに判例に現れる書式の争いの多くが、契約が実際に成立したかどうかの問題と言うより、むしろ契約の内容、つまり成立した契約にどのような契約条項が含まれるかの問題に焦点が当てられているのは事実ですね。」
橋本「山田君の指摘は確かに的を射ていますが、話が進めば事情が一層明瞭になると思うので、先ずは斉藤君の話を聞いてみましょう。」
斉藤「それでは実例を挙げます。或る製品のメーカーである甲が工作機械を乙から購入したのですが、甲の従業員丙がその工作機械を運転中に傷害を負ってしまいました。丙から損害賠償を求める訴えを起こされた乙は、丙との和解に応じ、賠償金を支払いました。」
山田「そこで、乙が甲に損害の填補を求めたというわけですね。」
斉藤「そうです。乙の主張によれば、納入した工作機械に関連して、乙が第三者から損害賠償を求められたときは、甲が乙に補償する趣旨の条項が売買契約に含まれていたのです。」
鈴木「話を中断して申し訳ないのですが、そのような条項をインデムニティー・プロヴィジョンまたはインデムニフィケーション・プロヴィジョンと呼ぶのでしたね。典型的な文言は“The purchaser agrees to indemnify and hold the seller harmless from all actions, claims or demands arising out of or in any way connected with the item of sale, its operation, use, or misuse, including all such actions, claims, or demands based in whole or in part on the default or negligence of the seller.” であると、一応暗記しています。」
橋本「損害補償条項(indemnity provision or indemnification provision)としてはほぼ満点です。まさか一夜漬けではないでしょうね。(笑い)ただ本件のように売買の目的物が工作機械の時は、“misuse,”と“including”の間に“or the design, construction or composition of any product made or handledby the item of sale,”を挿入すると完璧です。」
山田「成る程。つまり甲が第三者に対して製造物責任を負ったとき、その責任が乙に転嫁されるのを未然に防ごうとするわけですね。」
橋本「その通りです。斉藤君、話を続けて下さい。」
斉藤「甲が乙に送った工作機械の購入注文書の裏面には、10 数箇条からなる定型約款が細字で印刷されていました。しかし、鈴木君の言うインデムニティー・プロヴィジョンは含まれていませんでした。」
鈴木「定型約款のことをボイラープレート・クロージズなどと呼びますが、語源は何ですか?」
山田「定かではないが、船舶などに登載されているボイラーに付けられた銘板から来ているのではないでしょうか。銘板には、型式、蒸気出力、製造社名、製造年月日など決まり切ったことが記載されています。しかも誰からも注目されず、読む人は稀です。」
橋本「定型約款または定型文言(boilerplate clauses or phrases)については、附従契約の解釈に関連して別の機会に議論することになると思います。何れにせよ、“boilerplate” の語は判例にも頻出するので記憶すべきでしょうね。」
鈴木「附従契約は、アドヒージョン・コントラクト(adhesion contract)で良いのですか?」
橋本「そうです。鈴木君は法律用語に強いですね。」(笑い)
斉藤「話を続けます。甲の注文書には、その他に、乙が注文を受諾する際には
注文書裏面約款に従うこと、つまり甲の提示した売買条件を乙が変更しまたは新たな条件を追加することは、甲の明白な同意が無い限り、認められないとの記述があったのです。」
鈴木「ところが、乙の注文請書には条件の変更または新たな条件の追加があったのですね。」
斉藤「そうです。乙の注文請書にはやはり裏面約款が印刷されていて、その中には、先ほど鈴木君がよどみなく口述したインデムニフィケーション・プロヴィジョンが含まれていました。」
鈴木「古典的契約法によれば、アクセプタンスはあたかも鏡に映った像のように、オファーと合致しなければなりません。ミラー・イメージ・ルールと言うのでしたね。」
山田「古典的契約法は言い過ぎでしょう。現在でも、後から話が出てくるはず
の統一商法典の範囲外では、適用の余地があるからです。コモン・ローでは、厳格な鏡像原則(mirror image rule)が支配するため、承諾(acceptance)の趣旨で行われる回答は申し込み(offer)と全ての条項が合致しなければなりません。したがって、このような回答に申し込みと異なるまたは新たに追加した条項が含まれるときは、契約は成立しません。回答は申し込みの拒絶であると同時に、新たな申し込み、つまりカウンター・オファーと見なされます。したがって、申込者が変更または追加条項を意に介さず契約を履行すると、履行は反対申し込み(counter offer)の承諾を構成し、変更条項または追加条項に申込者は拘束されることになります。」
鈴木「山田さんの言われるコモン・ローの定義を聞かせて下さい。それに『承諾の趣旨で行われる回答』とはかなり回りくどい表現ですね。」
橋本「私が山田君を代弁しましょう。契約法の関連で一般に用いられるコモン・ロー(common law)の語は、立法府により作られる制定法の対語であって、判例法の意味です。裁判官により作られた法すなわちジャッジメイド・ロー(judge-made law)と呼ばれる所以です。また『承諾の趣旨で行われる回答』と言う山田君の表現はかなり周到に準備されたものです。申し込みを受けた回答者としては承諾を意図して回答を出すのですが、その回答には結果的に承諾の法律的効果が与えられないため回りくどい表現にならざるを得なかったのです。」
斉藤「契約法第2リステートメントの59 条の記述は、“[A]n offeree's reply which purports to accept an offer but makes acceptance conditional on the offeror's assent to terms not contained in the original offer is effective as a counter-offer rather than acceptance.”と極めて簡潔です。」
橋本「ちょっと待った。ここで59 条を出すと話が飛躍しすぎる嫌いがあり、消化不良になりかねません。但し下線部の英語表現を参考に示すだけであれば結構です。」
山田「飛躍しすぎると言われるのは、未だ統一商法典の話まで進んでいないからですね。」
橋本「そのとおりです。“makes conditional on the offeror's assent to terms notcontained in the original offer” は統一商法典の理解がないと難しい。59条は統一商法典に追随して、コモン・ローから既に離脱しています。」
山田「それなら、1980 年にウィーンにおける国連外交官会議で採択され、1988年1 月に発効した国際動産売買契約に関する国連条約19(1)条の規定を示したらどうでしょうか? “A reply to an offer which purports to be an acceptance but contains additions, limitations or other modification is a rejection of the offer and constitutes a counter-offer.”とあります。」
橋本「コモン・ローの鏡像原則を説明する例文として借用できそうですね。もっとも、アメリカは同条約を批准していません。」
鈴木「おぼろげながら理解できました。鏡像原則はラスト・ショット・ルールとも呼ばれますが語源は何でしょう?」
山田「最終発信原則(last shot rule)は鏡像原則を別の側面から見ているのでしょうね。決闘のシーンを思い出せばはっきりします。お互いの拳銃に例えば5発ずつ弾丸が装填されていたとして打ち合えば、5発以内で最後に有効な弾丸を発射した人が勝利を収めるはずです。申し込み、反対申し込み、更なる反対申し込み、と交互に繰り返されたとき、最後に反対申し込みを発信した人の条件が相手方のそれに優先して契約条件となるのです。」
橋本「適合承諾原則(matching acceptance rule)と呼ぶ学者もいますが、これは読んで字の如くです。」
斉藤「本論に戻ります。乙の注文請書には甲の注文書にない損害補償条項が含まれていますから、コモン・ローの鏡像原則に従えば、乙の注文請書は、甲の申し込みに対する承諾を構成せず、反対申し込みとなります。ところが甲が何らの意思表示をしない間に、乙は注文された工作機械を納入したのです。」
鈴木「甲は工作機械を受領し代金を支払ったのですね。」
山田「甲の工作機械受領と代金の支払いは、乙の反対申し込みに対する承諾を構成します。」
鈴木「そこで甲乙間の契約が成立したわけですね。」
斉藤「問題は契約の内容です。甲乙間に有効に成立した契約には乙の主張する損害補償条項が含まれるのでしょうか?」
橋本「コモン・ローではそうなります。」
鈴木「制定法ではどうですか?」
山田「いよいよ核心に迫ってきましたね。」(笑い)
橋本「ともかく斉藤君の研究成果を聞いてみましょう。」
斉藤「統一商法典によれば、甲と乙の売買取引は商人間の取引ですから、書式の争いに関する2 章207 条が適用されます。」
鈴木「ちょっと待って下さい。統一商法典は制定法ですか?」
山田「統一商法典自体はカール・エヌ・ルウェリン教授が主幹となって編纂し統一州法委員全国会議とアメリカ法律協会が採択したもので、法律とは言えません。しかし現在では、ルイジアナ州を除く49 州とコロンビア特別区がこれを採用し、各州法として立法化されています。」
鈴木「なぜルイジアナ州だけが例外なのですか?」
山田「この間鈴木君は、ニューオーリンズのフレンチ・クォーターに行った時経験したバーボン・ストリートの夜を自慢げに話していましたね。(笑い)ルイジアナ州はフランスからの移民が多く、大陸法の伝統を受け継いでいるため、統一州法典の一部だけを採択しているのです。」
橋本「これから斉藤君が説明するであろう統一商法典の2 章207 条を、簡単にセクション2-207(§2-207)と呼びますが、該当条項の番号が各州により若干異なります。例えば、ミシガン州法は§440.2207、ミズーリ州は§400.2-207、ウィスコンシン州法は§402.207、ニュー・メキシコ州は§55-2-207 です。しかし今日の議論では、各州制定法を念頭に置きながらも、統一商法典(Uniform Commercial Code)の略称UCC を用いて、UCC §2-207 と呼ぶことにしましょう。」
斉藤「UCC §2-207 は3 項から成り更に第2 項にはa からc までの3 目があります。これからはそれぞれの項目を便宜上、§2-207(1)、§2-207(2)(b)などと表現することにします。」
鈴木「今私たちが考えている問題は、その全てが関係するのですか?」
斉藤「最初は§2-207(1)だけです。そこには、『明確且つ時宜を得た承諾の意思表示または相当の期間内に送付された文書による確認は、申し込みまたは合意に追加しまたは変更を加える条項が述べられていても、承諾が追加または変更条項への同意を条件とする旨明言していない限り、承諾の効果を生ずる。』と規定しています。」
鈴木「少々難解ですね。」
山田「斉藤君の訳文は正確且つ明解です。しかし権威ある学者の評釈書が、§2-207 を『商法典全体の中で重要で、把握し難く、しかも難解である条項の最たるものであり、同条項の解釈から得られる最終的成果は完全には満足すべきでないと言って良い。』と指摘していることから考えても、鈴木君の反応は至極もっともです。」
橋本「それでは、私が注解しましょう。整理の意味も含めて、今までの議論と一部重複することになりますが了解して下さい。コモン・ローでは鏡像原則が契約の成立に適用されるため、承諾の条項は申し込みの条項を完全に模写、または反映しなければなりません。承諾する条項が申し込み条項と異なりまたは追加条項を含むとすれば、結果は反対申し込みであって、承諾ではありません。ところがコモン・ローの硬直性は商業の現実を無視しています。商業取引の各当事者は、見積書、注文書、注文請書、送り状などに事前に印刷した書式を用いています。しかもこれら書式の裏面または下部には、売買取引条件が細字で印刷されているのが一般的です。」
鈴木「例のボイラープレート・クロージスですね。たしかタームズ・アンド・コンディションズ・オヴ・セールなどと表題が付いている筈です。」
橋本「全くその通りです。ところで、契約当事者相互の書式、つまり鈴木君の言う売買取引条件(TERMS AND CONDITIONS OF SALE)が、恰も鏡像のように一致することは極めて稀です。それにもかかわらず当事者は契約を結んだものと通常は観念し、契約にしたがって行動します。」
鈴木「斉藤君の事例で言えば、工作機械の納入、受領、代金支払いなどですね。」
山田「鈴木君も今日は冴えていますね。」(笑い)
橋本「UCC ァ2-207 は、コモン・ロー上の鏡像原則を否認し、コモン・ロー上では反対申し込みと理解された承諾回答の多くを、斉藤君の報告した§2-207(1)によって、承諾に転換するのです。つまり、商法典の編纂者には、契約法を現代日常商業取引に適合させるため、コモン・ローを改変する意図があったのです。」
鈴木「承諾に転換するのは全てのコモン・ロー反対申し込みではないのですか?」
橋本「極めて適切な質問です。」
山田「鈴木君は不知を装いながらも、実際にはかなり勉強しています。」(笑い)
橋本「重要なのは斉藤君のァ2-207(1)訳文にある『承諾が追加または変更条項への同意を条件とする旨明言していない限り』の部分です。文脈から理解できると思いますが『同意』は申込者の同意です。承諾に含まれる追加または変更条項に申込者が同意しない限り、被申込者に承諾の意思がないことが明白であれば、契約は成立しません。」
鈴木「§2-207(1)で契約不成立となるのはそれだけですか?」
橋本「いよいよ厳しい。(笑い)回答文書の条項が申し込みと根本的に異なるときは当然のことながら契約は成立しません。」
斉藤「本来であれば、私が説明しなければならないことなのに、橋本さんは詳しく解説して下さいました。理解が及ばないところもあり、不安を感じていたのです。助け船に感謝します。(笑い)それでは報告を続けます。」
鈴木「橋本さんの解説は未だ終わっていないように感じます。」
橋本「重要な問題が残っているのは事実ですが、それについては斉藤君の話をもう少し聞いてから必要に応じて触れることにします。」
斉藤「乙の注文請書には、次の記載がありました。『当方売買取引条件が貴方の了解と一致しないときは、本注文請書受領後7日以内に通告して下さい。この期間内に何らの通告がないときは、当方は契約条件にしたがって工作機械の製造に着手します。』しかし甲からは、仕様についての修正申し込みはあったものの、売買取引条件については何らの意思表示がありませんでした。」
鈴木「大凡の輪郭が見えてきました。この注文請書の記載が、§2-207(1)に言う同意条件明言付き承諾を構成するかどうかの問題となるわけです。」
山田「話のテンポが速くて小気味よいですね。(笑い)判例によれば、同意条件明言付き承諾(acceptance expressly made conditional on assent)は、狭義に解釈すべきものとされています。」
橋本「UCC ァ2-207(1)によっても、受注者の回答が承諾と成らずに反対申し込みと解釈されるためには、追加または変更の条項が契約に含まれない限り、取引継続の意思が受注者にはないことを注文者に充分知らせるような明白な表現によって、承諾の条件性が示されなければなりません。」
斉藤「乙の注文請書に記載された文言は、追加条件への同意を条件として明言していないため、反対申し込みの効果は生じないのです。」鈴木「それでは契約は成立ですね。」
斉藤「そうです。しかし次に別の問題が発生します。」
鈴木「ウーン。少し頭が混乱してきました。(笑い)休憩にしませんか。」
橋本「いいでしょう。お茶でも入れましょう。」
 
福砂屋のカステラと緑茶が出され、暫くの間は、気軽な世間話に終始した。お茶は佐賀の嬉野茶であろうと全員の推測が一致した。
 
斉藤「契約の成立は確認されたのですが、乙の提示した損害補償条項が契約に含まれるかどうかの問題が残ります。」
鈴木「成る程。」
斉藤「注文請書に含まれる追加条項が契約の一部となるかどうかはUCC §2-207(2)の問題です。」
鈴木「引き続き斉藤流の明解な訳文を紹介して下さい。」
斉藤「§2-207(2)の規定は次のようなものです。『追加条項は契約に追加する申し込みと解釈される。商人間に於いては、このような条項は、以下の場合を除いて、契約の一部となる。(a)申し込み条項への承諾に限定することが申し込みにより明確化されているとき、(b)追加条項が契約を本質的に改変するとき、または、(c)追加条項に反対する旨の意思表示が既に為されているか、または追加条項の通告を受けた後相当の期間内に反対の意思表示が為されるとき。』」
鈴木「『商人間に於いては』とはどういう意味ですか?」
山田「UCC §2-104(1)に『商人』の定義、§2-104(2)に『商人間に於いて』の定義があります。要するに商人とは、特定種類の物品売買を行う人、またはそうでなくとも、自己の職業上、取引に関連する慣習または物品に特有の知識と技能を持っていると他人が信じても無理の無いような人です。更に、『商人間に於いて』とは、当事者が双方共に商人の知識と技能を持っていることを前提に、両者が責任を負えるような取引に於いての意味です。」
鈴木「甲と乙の工作機械売買契約は商人間取引と考えられますね。」
斉藤「UCC の公式注解3 によれば、追加または変更条項が原交換取引を本質的に改変するときは、相手方当事者の明示合意のない限りそれらは契約の一部に含まれません。」
橋本「§2-207(2)の関連で変更条項に言及するのは問題があります。しかし報告の事例では損害補償条項は追加条項と考えて良いでしょうから、変更条項については後で論議しましょう。」
斉藤「結論として、インデムニフィケーション・プロヴィジョンは甲乙間合意の本質的改変と考えられます。更に、甲が追加条項を黙認し、あるいは反対である旨の意思表示を怠っただけでは、明示合意は推認できないとの判断です。」
鈴木「誰の判断ですか?」(笑い)
斉藤「私の調べた判決がそう言っています。」
橋本「詳しい報告をご苦労様でした。ところで今までの論議の関連で若干補足すべきことがあるように思います。先ず鈴木君にお願いしましょう。」
鈴木「光栄です。(笑い)UCC には「申し込み」の定義がありません。そのためコモン・ローの定義がそのまま妥当すると思います。申し込みが、申し込みを受けたと考える相手方の合理的信頼の誘因となるとき、それは申し込みとなると述べた判例があります。回りくどくて良く理解できませんが、雰囲気は判らなくもありません。」
山田「判例法を集大成したリステートメントには「申し込み」の定義があります。」
斉藤「拙訳を披露させて下さい。(笑い)1981 年に公刊された契約法(第2 次)リステートメントのセクション24 です。申し込みの定義として、『交換取引に対する相手方合意を誘い、合意があれば交換取引が完結するとの相手方信頼を正当化するような、交換取引を結ぶ意思表示』と言っています。」
鈴木「成る程。プライス・クォーテーションが申し込みではなく、単に交渉または申し込みへの誘因と判断される理由が判りました。」
山田「しかし価格見積書(price quotation)と言えども、相手方の合意だけで契約が完結すると考えても無理のない程度に交換取引の内容が詳細に記載されていれば、相手方に承諾の権利を与える申し込みを構成することがあります。」
斉藤「私の報告事例では、価格見積書は申し込みと判断されませんでした。」
鈴木「実務上も、売買契約の申し込みは通常買主のパーチェス・オーダーです。」
山田「購入注文書(purchase order)が申し込みとなり、売主の注文請書(order acknowledgement or acknowledgement form)が承諾となることが多いようですね。」
鈴木「売主が特にアクノレッジメントを出さずに、直接物品を納入し、インヴォイスを送付することがあります。」
山田「物品納入には承諾と履行の両効果があると思います。送り状(invoice)の裏面約款は承諾者の意図する契約条件ですが、当事者間の契約条件に含まれるかどうかは別問題です。」
鈴木「詐欺防止法とUCC ァ2-207(2)には関連があるのですか?」
橋本「一挙に難しい問題を持ち出しましたね。(笑い)鈴木君の言う詐欺防止法とはUCC §2-201(1)(2)でしょうが、判例の見解が分かれる問題です。別の機会に誰かに報告してもらいましょう。」
鈴木「斉藤君が報告した実例では、損害補償条項が問題となっていましたが、その他にUCC §2-207(2)が適用される契約条項にはどのようなものがありますか?」
斉藤「私が調べた範囲で言うと、仲裁条項(arbitration clause)、担保責任否認条項(disclaimer of warranty)、救済制限条項(limitation of remedies)などが争いになる典型的なものです。」
鈴木「救済制限条項とは何ですか?」
山田「一例を挙げれば、派生的損害を免責する条項です。」
橋本「話題が格好の曲がり角に来たようです。斉藤君の報告では網羅できなかった問題を山田君に報告してもらいましょう。UCC §2-207(2)で残された問題と、§2-207(3)です。」
山田「承知しました。実例を挙げて報告したいと思いますが、その前に、斉藤君がせっかく準備された§2-207(3)の名訳を披露してもらいましょう。」
斉藤「迷訳でないことを祈ります。(笑い)『契約の存在を容認する両当事者の行為は、当事者の文書のみによっては契約が証明されないときといえども、売買契約の証明として充分である。このような場合には、当該契約の条項は、当事者が文書により合意した条項に加え、本商法典の他の規定によって契約に組み込まれる補充条項から構成される。』
山田「橋本さん何かコメントはありませんか?」
橋本「先ず、§2-207(3)の前段が事案に適用される場合は、§2-207(1)によっては契約の成立が確認できないときに限定されることについては、統一商法典の解釈上、大多数の判例と学説が一致しています。更に、後段に言う補充条項は、穴埋め条項(gap-filler provisions)、または既製条項(off-the-rack terms)とも呼ばれます。具体的には、§2-313 の明示の担保責任( express warranty)、§2-314 の商品性に関する黙示の担保責任(implied warranty of merchantability)、§2-315 の特定目的適合性に関する黙示の担保責任(implied warranty of fitness for particular purpose)などがこの補充条項に相当します。」
鈴木「解釈条項のようなものは、UCC にはないのですか?」
橋本「勿論あります。§2-208 の履行経過(course of performance)、§1-205 の取引経過(course of dealing)、§1-205 の業界慣習(usage of trade)などです。これらも§2-207(3)後段に言う補充規定と考えて良いと思います。」
山田「実例を挙げます。甲は乙から鋼材を買い取り、これを丙に売り渡しました。ところが鋼材の引き渡しが終わった後、丙は甲に対する代金の支払いを拒絶しました。主たる理由は、鋼材が契約で定められた基準に合致しないこと、すなわち品質に関するクレームです。」
鈴木「そうすると、争いは甲と丙の間だけではなく、甲と乙の間にも発生しますね。そのような場合、二件の訴訟は通常併合されます。」
山田「鈴木君のおかげで話が順調に進みます。(笑い)ところが乙は、連邦仲裁法を根拠に、仲裁が継続している間の訴訟手続停止を申し立てました。」
斉藤「なぜここで連邦法が出てくるのですか?」
橋本「アメリカの裁判所組織では州裁判所と連邦裁判所の2系列があることは皆さん良く承知のことです。それでは、連邦裁判所が取り扱う訴訟はどのようなものかというと、主としてダイヴァーシティー・アクションと海事事件です。」
鈴木「その何とかアクションとは何ですか?」(笑い)
橋本「州籍相違に基づく訴訟(diversity action)は、原告と被告が、例えばテキサス州民とニューヨーク州民というように、異なる州に属するときの訴訟です。」
斉藤「判りました。山口さんが説明されるのは連邦裁判所で問題となった事件ですね。」
鈴木「そんなに判りが良すぎても困ります。(笑い)連邦法の問題は未だ解決していません。」
橋本「連邦裁判所が適用する法律は、実体法については連邦裁判所が所在する州の州法、手続法については連邦法となっています。仲裁法は手続法というわけです。」
斉藤・鈴木(異口同音に)「今度こそよく判りました。」(笑い)
山田「甲と丙の契約には仲裁条項があるのですが、品質に関する争いを仲裁対象から明白に除外しているため、鋼材が基準に合致しているかどうかの問題は裁判所で争われることになります。」
鈴木「ところが甲と乙の契約では、仲裁条項が包括的で、全ての争いを網羅しているのですね。」
山田「テンポが速いのはよいのですが(笑い)、『甲と乙の契約では』というのは早計です。」
斉藤「鈴木君よりテンポを速めても良いですか?」(笑い)
山田「どうぞ。」
斉藤「おそらく乙の注文請書に、甲の注文書と異なるまたは追加した、包括的仲裁条項が含まれていたのです。そのためUCC §2-207(1)により契約は成立したものの、乙の言う包括的仲裁条項が甲乙間の契約に含まれるかどうかがUCC §2-207(2)の下で争いとなるのです。」
山田「前半は正しい。しかし後半部分は誤りです。」
鈴木「斉藤君の想像は論理的に思えるのだがナー。」(笑い)
山田「それで解決するのなら、わざわざ斉藤君の報告に屋上屋を架することはしません。」
斉藤「見えてきました。今度は間違えません。(笑い)UCC §2-207(3)の問題ですね。」
橋本「さすがに名訳者兼迷訳者です。」(笑い)
山田「あまり斉藤君を追い込んでも、気の毒です。(笑い)正確を期すのであれば、UCC §2-207(1)と§2-207(3)の両方の問題と言えばよいでしょう。」
橋本「山田君も鈴木斉藤両君に触発されてテンポが速くなりましたね。」(笑い)
山田「ついつい釣られて事実の説明が欠けていました。乙が甲に返送した注文請書には次のような記述があったのです。『売主の承諾は特に、下記及び裏面印刷の追加条件または変更条件を買主が承諾することを条件とする。これら条件に同意できないときは、買主は即時に売主に対してその旨を通告しなければならない。』そして斉藤君がいち早く指摘したところの、乙の注文請書に含まれる、甲の注文書と異なるまたは追加した、包括的仲裁条項がこの記述の対象となるわけです。」
橋本「私が整理しましょう。UCC §2-207(1)がコモン・ローの鏡像原則への決別を鮮明にしていることは斉藤君の報告で明らかになっています。しかし、当事者間で交換された書式の一方に追加条項が含まれているため、契約の完結が阻止される場合が、UCC §2-207(1)の下に於いてもなお存在するのです。§2-207(1)には但し書きがあり、『承諾が追加・・・条項への同意を条件とする旨明言してい』るときは、書式の交換による契約の成立は妨げられます。ところが乙の注文請書は、山口君の引用した記述にあるとおり、追加条項に対する甲の同意を乙承諾の条件としています。」
鈴木「書式の交換とは、甲の注文書と乙の注文請書の交換を指しているのですね。」
橋本「そうです。このようなわけで、ァ2-207(1)に基づく契約の成立は甲と乙
の書式交換によってはもたらされません。乙の注文請書は反対申し込みとなります。」
鈴木「そうすると、書式交換時には契約が全く存在しなかったこととなり、甲と乙の何れも、その時点で、取引から離脱することができたわけです。」
斉藤「しかし問題は、甲と乙が取引から離脱せずに、乙は鋼材を引き渡し、甲は代金を支払うという、契約の履行を選択したことにあります。」
山田「皆さんのご協力で話が進めやすくなりました。(笑い)コモン・ローでは『反対申し込みの条項は、原始申込者が反対申し込みに異議を唱えずに契約の履行を行ったときは、原始申込者の承諾を受けたものと見なされ』ます。これはある判例の引用です。」
鈴木「原始申込者とは最初に申し込みをした甲のことですね。」
山田「そうです。したがって、UCC 以前であれば、甲の代金支払いという契約の履行はおそらく、仲裁約款を含めた、乙の反対申し込みに対する承諾を構成したことでしょう。」
斉藤「ところが、UCC の解決手法はコモン・ローと異なる?」
橋本「斉藤さんは名訳を披露しながら、自信がないのですか?」(笑い)
斉藤「名誉回復の意味も込めて、私が山田さんの代弁者を引き受けます。」(笑い)
山田「どうぞ。」
斉藤「UCC §2-207(3)は、『契約の存在を容認する両当事者の行為は、当事者の文書のみによっては契約が証明されないときといえども、売買契約の証明として充分である。』と言っています。したがって甲の買い取り注文書と乙の反対申し込み自体からは契約は成立しませんが、後発する両当事者の履行が『契約の存在を容認する両当事者の行為』を構成するため、§2-207(3)が発動され、契約が成立したこととなります。」
鈴木「成る程。」
斉藤「しかも、§2-207(1)条の書式交換によらず、§2-207(3)の当事者行為により契約が成立したときの契約条項については、§2-207(3)の後段に規定があります。」
鈴木「橋本さんが、ギャップ・フィラー・プロヴィジョンまたはオフ・ザ・ラック・タームズと言われた補充条項が動員されるのですね。」
斉藤「もう一度§2-207(3)を読み上げます。『契約の存在を容認する両当事者の行為は、当事者の文書のみによっては契約が証明されないときといえども、売買契約の証明として充分である。このような場合、当該契約の条項は当事者が文書により合意した条項に加え、本商法典の他の規定によって契約に組み込まれる補充条項から構成される。』」
鈴木「前言を訂正します。当事者が文書で合意した条項プラス補充条項です。」
山田「後は私が引き継ぎましょう。甲と乙の書式は仲裁に関して『合意』していないため、残る唯一の問題は、仲裁が商法典によって契約に組み込まれる補充条項と見なされるかどうかです。」
鈴木「何か指針があるのですか?」
斉藤「§2-207(3)の公式注解は沈黙しています。」
山田「ある学説は、『交換した相互の書式で一致しない条項は取引から脱落するため、必要条項を補充するため商法典が参照される。一方当事者の条項を相手方当事者の条項に優先して選択することはない。欠落条項の補充には商法典を参照しなければならない。』と言っています。また他の学者は、『§2-207(3)の下での契約の成立では、当事者どちらの条項も採用されず、商法典第2 章の標準化規定で契約は補完される。』と言います。したがって、§2-207(3)が想定する補充規定は、商法典第2 章で標準化されたギャップ・フィラー・プロヴィジョンに限定されると考えて良いでしょう。」
鈴木「標準化された補充規定とは何を指すのでしょうか?」
山田「合意が当事者間に存在しないときの、商品引き渡し地(§2-308(a))、商品の発送または引き渡しの時期§2-309(1)、または代金支払いの時期と場所ァ2-310(a)、などと考えて良いでしょう。」
斉藤「そうすると、甲と乙との契約には仲裁条項が欠落していることになります。」
橋本「仲裁条項は、商法典の補充規定による補完が必要性な欠落条項ではないと言うことでしょうね。元来、当事者間に争いのある追加条項は、『当事者が文書により合意した条項』と言う文言によって必然的に除外されているはずですから、『補充条項』を隠れ蓑にして契約に復活することは有り得ないと考えられます。」
山田「結局、乙の申し立てた仲裁が継続している間の訴訟手続停止は認められませんでした。」
橋本「一つ補足します。争いのある追加条項が、ここでは仲裁条項ですが、商慣習により黙示の補充条項として契約の一部となることが考えられなくもありません。しかし、乙が根拠に挙げる連邦仲裁法の第3 条によれば、連邦裁判所が訴訟の停止を決定するためには、仲裁に関する文書合意が必要されています。§2-207(3)で成立した契約には仲裁に関する文書合意は存在しませんから、一歩譲って商慣習を援用しても、乙の主張は通らないでしょう。」
山田「結論の出たところで§2-207(3)を終え、次の問題に移ります。」
鈴木「その前に少し休憩を認めて下さい。」(笑い)
 
狭山茶と鈴屋の甘納豆の組み合わせを楽しみながら、暫く雑談に花が咲
いた。
 
鈴木「先ほど橋本さんは、ァ2-207(2)の関連で変更条項に言及するのは問題がある、と言われましたが、具体的にはどういうことですか?」
橋本「一言漏らさず聞き取ってくれて感謝します。(笑い)これから始まる山田君の報告で理由は明らかになるでしょう。山田君続けて下さい。」
山田「政府発注事業の工事請負業者となった甲は、事業に関連して使用する機械装置を乙に注文しました。注文書には、一年間の製造者担保責任規定と、装置が注文書に添付された仕様に合致しなければならないとの条件が含まれていました。しかし、乙が返信した自社書式の注文請書には、担保責任を広範囲に免責する規定、注文請書条項が当事者契約に適用されるとの規定、及び甲の無回答は注文請書条項の黙諾と見なすとの規定が付帯していました。」
鈴木「担保責任条項はワランティー・タームズですか?」
山田「そうです。担保責任の免責はワランティー・ディスクレーマー(warranty disclaimers)です。ついでながら、黙諾はアクウィエセンス(acquiescence)と言います。」
斉藤「甲も乙も交換された書式間の不一致を問題としないで、取引を続行したのですね。」
山田「乙は装置を納入し、甲は代金を支払いました。運転開始後数ヶ月で装置に問題が発生し、修繕が必要となりました。甲は納入品が未だ担保責任の有効期間内にあることを理由に、修繕を求めましたが、乙は注文請書上の担保責任の制限または否認を盾に、修繕費用の支払いを事前に保証しない限り、修繕に応じないとの態度を貫きました。」
斉藤「そもそも契約は何時成立したのですか?それは、注文請書が反対申し込みであるか、または承諾であるかによって左右されます。」
鈴木「斉藤君の報告に関連して問題となった同意条件明言付き承諾ですね。」
山田「今問題としている実例では、乙の承諾がァ2-207(1)に言う同意条件明言付き承諾を構成するかどうかの問題が、事実審の審理で充分に尽くされていたとは言えないため、原審差し戻しとなりました。」
鈴木「それでは特に新しい問題ではない?」
山田「しかし州の最高裁は、§2-207(1)に関する事実問題の判断を下級審に求めただけでは終わらなかったのです。差し戻し後の審理で、乙の注文請書が承諾を構成すると結論付けられた場合には、当然のことながら、書式交換を支配する条項は、甲の担保責任条項であるか、または乙の担保責任否認条項であるかの問題に直面します。そこで州最高裁は、そこまでの論理分析を続けました。」
鈴木「どこの州の最高裁か知りませんが、そこまで踏み込む理由は何でしょう?」
山田「司法経済のため、及び問題決定が法律問題であること、を理由としています。」
斉藤「§2-207(2)の解釈問題ですか?」
山田「そうです。先ず、事実関係を少し補足します。甲の注文書には、『製造者は使用初年度に欠陥が発見された全ての部品を無償で交換または修理する。』との規定があります。しかし注文書には担保責任条項が含まれていないため、UCC §2-313(明示の担保責任)、§2-314(商品性に関する黙示の担保責任)、§2-315(特定目的適合性に関する黙示の担保責任)が適用されます。ところが乙の注文請書には担保責任と題する長文の条項が含まれていました。特に関係ある部分を引用すると、『売主が製造した装置は、据え付けが適当であれば、通常の用途に供される一年間、材質及び製法上の欠陥が生じないことを当社は応諾する。・・・欠陥部品を修理または交換するこの応諾は、他の全ての明示担保責任に代わるものであり、且つそれをここに否認するものであることを明白にし、更には、商品性と特定用途適合性に関するあらゆる黙示担保責任、コモン・ロー及びエクウィティー上の全ての担保責任、及び他の全ての義務と責任に代わり、且つこれを否認し、且つそれらを排除するものである。・・・』となります。」
斉藤「注文請書条項が注文書の条項を変更する場合ですね。」
山田「UCC §2-207(1)が『追加または変更』条項に言及している一方に於いて、§2-207(2)は『追加』条項のみを挙げています。§2-207(2)から『変更』の語が欠落しているため、§2-207 の論理解釈上『変更』条項をどのように扱うべきかに関して、判例学説共に激しい論争が続いています。」
鈴木「それは契約が§2-207(1)により成立した場合の問題で、§2-207(3)とは無関係ですね。」
山田「そのとおりです。」
橋本「山田君も話が長くなってお疲れでしょう。」(笑い)
山田「橋本さんにバトン・タッチします。」
橋本「ある見解によれば、欠落にもかかわらず、『変更』条項は§2-207(2)にしたがって検討されます。この立場は公式注解3 の『追加条項または変更条項が契約の一部となるかどうかは(2)項規定による。』を根拠としています。この立場の支持者は、『追加』条項と『変更』条項間の差異不明瞭性を指摘して、区別立てには何ら明白な目的効果がないと言っています。」
斉藤「この説を甲と乙の契約に当てはめるとどうなりますか?」
橋本「この論理と、黙示の担保責任を否認する条項は契約を『本質的に改変する』ことになるであろうと述べている公式注解4にしたがえば、乙の担保責任条項は契約の一部とはならず、甲の担保責任規定と商法典第2章の担保責任規定が支配することになります。」
鈴木「別の説を紹介して下さい。」
橋本「第二の説にしたがえば、『変更』条項と『追加』条項の処理に見られる不明瞭性は、法典に助勢されていると言うよりも、むしろ、裁判所が作り出したものです。」
斉藤「その説では公式注解3をどのように考えているのですか?」
橋本「論者によれば、公式注解が偶々法典になることはないのです。起草者は法典起草の何たるかを心得ているため、(2)項起草時に『変更』の語が漏れる杜撰さは考えられません。従って承諾を構成する注文請書に含まれる『変更』条項が当事者契約の一部に絶対なり得ないことは、商法典の明白な文言から自明のこととされます。」
山田「判例の中には、申込者がひとたびある問題を扱ったときは、被申込者により当該問題が変更されることに対し暗黙に異議を唱えたことになるため、『変更』条項が契約の一部になることは、事前に示された反対意思によって阻止され、§2-207(2)が『変更』条項に言及する必要性も失われた、と述べているものがあります。」
鈴木「この説では本件はどうなるのでしょう。」
橋本「第一説と同一の結論です。乙の担保責任規定は脱落し、甲注文書の記述とUCC 第2 章の担保責任規定が適用となります。」
斉藤「その他にも説があるのですか?」
橋本「公式注解6 から出発する論理分析があります。山田君、ご苦労ですが、関連する部分を抜粋して翻訳して下さい。」
山田「承知しました。注解6 は、『双方当事者の送付した確認書式上の条項が相互に相容れないときは、各当事者は自己の確認書式条項と矛盾する相手方確認書式上の条項に反対するもの見なされねばならない。その結果、(2)項に見られる反対意思通告の要件は充たされ、矛盾条項は契約の一部と成らない。したがって、契約は、当初から明示合意のあった条項、確認文書で一致する条項、及び(2)項を含む本商法典により補充される条項から構成される。』と説明しています。」
鈴木「注解6の趣旨から言うと、『変更』条項は相互にキャンセル・アウトされ、UCC に規定されている適用条項がその位置に取って代わることになりますね。」
斉藤「しかし注解6 には明らかな欠陥があるとどこかで読んだことがあります。この注解が相違する確認文書だけを示して、相違する申込書式と承諾書式に言及していないことです。しかも、『変更』条項の関連で、『追加』条項だけを対象としていると論じることも可能な§2-207(2)に言及していることです。」
橋本「よく勉強していますね。(笑い)確かに、注解6 を『単なる注解に過ぎず、しかも稚拙な作品である。』と注意喚起を求めている学者もいます。」
山田「しかし、注解6から発生する論理分析は、多くの裁判管轄で、最も望ましい解決手法であると承認を受けています。」
鈴木「この手法にしたがうと、私たちが今考えている問題事例はどのように解決されますか?」
山田「当事者間で矛盾する担保責任条項は相互に抹殺され(cancel each other out)、統一商法典第2章の担保責任条項、即ちギャップ・フィラー・プロヴィジョンの一つ、が適用されます。実際私が問題提起した事例でも、州最高裁はこの手法が統一商法典一般、特に第2章、の目的と精神に最も首尾一貫するものであると判断しています。」
橋本「私が纏めを引き受けます。このように、契約がUCC §2-207(1)の規定によって成立したとき、申し込みと承諾の間で抵触する条項は相互に抹殺し合うとの法理は、それが適用されると抵触する条項が相互に打倒し合い、当事者関契約から排除されると言う意味合いから、一般に打倒法理(knockout rule)と呼ばれます。」
鈴木「次の問題は何でしょうか?今度は休憩を求めません。」(笑い)
斉藤「私が密かに準備した問題があります。披露して宜しいでしょうか?」
橋本「テーマは何ですか?」
斉藤「UCC §2-207(2)に言う本質的改変の意義です。」
山田「問題となる追加条項は?」
斉藤「レメディーの制限に関する条項です。」
鈴木「レメディーとは、損害賠償金など契約違反に対する救済(remedy)のことですね。」
橋本「それでは、斉藤君に問題提起をお願いしましょう。」
斉藤「新築ビルディングの外壁面ガラス工事を請け負った下請業者の甲が、ガラス製品の供給業者乙に対して、UCC に基づく担保責任違反を理由に、コンシクウェンシャル・ダメジズの賠償を訴求した事件です。」
山田「買主の被る派生的損害(consequential damages)については、UCC §2-715(2)に定められていますが、この事件で発生した派生的損害とは具体的にどのようなものですか?」
斉藤「ビル建築の工事日程に合わせるためには、仕様に合致したガラス製品を契約日限までに納入する必要がありました。しかし、搬入されたガラス製品が欠陥品であったため、ガラス壁面の応急的仮設置と、後日行われた規格品への設置替えと二重手間となりました。甲が被った派生的損害の内容は、材料費、労賃、一般管理費、及び逸失利益です。」
山田「分かりました話を続けて下さい。」
鈴木「お待ち下さい。派生的損害について、UCC §2-715(2)と§2-719(3)、更にはコモン・ローの原則など詳しい話を聞きたいのですが?」
橋本「それを始めると、イギリスの古典的判例ハドレー事件まで論が及び、簡単には終わりそうもありません。せっかく検討するのなら、各人が事前に資料を調べた方が有意義な論議もできると思うので、機会を改めてテーマに取り上げましょう。」
斉藤「ハドレー事件とは、製粉工場の折損クランク・シャフト輸送遅延が問題となった、ハドレー対バクセンデール事件財務府裁判所判決のことですか?」
橋本「そうです。ハドレー対バクセンデール事件判決(Hadley v. Baxendale)は日本民法第416 条(損害賠償額の範囲)の原型とも言われています。」
鈴木「そのときは、私も報告者の候補にお願いします。」(笑い)
橋本「勿論です。」(笑い)
斉藤「本論に戻ります。中心となった争点は、やはり追加条項が当事者契約の一部となるかどうかの問題でした。§2-207(2)は、両当事者が商人であるときは、追加条項が事前合意を本質的に改変しない限り、契約の一部となると規定しています。」
鈴木「乙の注文請書にはどのような追加条項があったのですか?」
斉藤「乙の標準書式の裏面には、『一般販売条件』が細字で印刷されていました。そこには、製品が無欠陥であると記されていますが、更に追加して、買主の受ける唯一の救済(exclusive and sole remedy)は欠陥品の交換であるとの記述がありました。」
鈴木「その他には?」
斉藤「売主は、『特別、直接、間接、付随的、または派生的損害』(special, direct, indirect, incidental or consequential damages)に対して責任を負わないとの規定です。しかもこの文章は他の裏面条項と同じように、小文字で細かく印刷され、下線も施されていませんでした。」
山田「典型的なボイラープレート・プロヴィジョンですね。」
鈴木「それは二重修飾になりませんか?」(笑い)
山田「商品性に関する黙示の担保責任を制限する条項が、事前合意を本質的に改変することは、判例法上確定しています。しかし派生的損害の制限に関しては判例の意見が分かれていましたね。」
斉藤「ご指摘のとおりです。§2-207 の公式注解5 は適度に救済を制限する条項は本質的改変ではないと言っています。それを根拠に、買主の救済を制限する売主の条項は、適度の範囲内にある限り、契約の一部となるであろう、と判断した判例があるのは事実です。しかしながら、多数の判例が、派生的損害に対する売主責任の制限は本質的改変であると考えています。」
橋本「それでは多数意見にしたがうとして、問題は公式注解4 の関連ですね。」
斉藤「そのとうりです。注解4 前半部分の拙訳を披露します。『他の当事者の明白な認識なく契約に組み込まれるとすれば、通常なら契約を《本質的に改変》し、結果的に不意打ちまたは辛苦をもたらすこととなる典型的条項の数例を挙げれば、商品性または特定目的適合性に関する担保責任が通常なら付帯する事情下に於いて、このような標準的担保責任を否認する条項、・・・がある。』
鈴木「不意打ちはサプライズの訳でしょうが、辛苦を原文は何と言っているのですか?」
斉藤「慧眼です。(笑い)実は、この不意打ち(surprise)と辛苦(hardship)が本質的改変に関連して問題となるのです。」
山田「当事者間にある種の取引経過(course of dealing)が存在する事実にもかかわらず、標準書式に細字印刷された免責規定は本質的改変を構成する、と判断した上級審判例がありますね。その判決は、注解4 を根拠としていますが、更に続けて、不意打ちと辛苦の存否判断は独立した別個の分析であると説明しています。」
斉藤「ビル外壁面ガラス工事の紛争を審理した裁判所は、その先例にしたがいました。」
山田「どのような手順を踏んだのですか?」
斉藤「不意打ちの要素は、新しい条件が買主の不知に乗じて追加されたかどうかの問題です。もし、このような救済の制限が常に当該業界で行われることを、買主が一般論として認識していたとすると、個々の取引で不意打ちを訴えても取り上げられるはずもありません。したがって先ず検討されたのは取引経過と業界慣行(usage of trade)でした。」
山田「結果はどうでしたか?」
斉藤「判決は、当事者間の取引経過とガラス業界の慣行を、証拠に照らして検討すると、見解が二分されると結論付けました。言い換えると、買主が派生的損害否認に関し認識していたがどうかを、主観・客観の両面から審理すると、事実問題としては、何れとも決しかねると判断したのです。」
山田「その段階では、ガラス供給者の書式に記載された制限条項が§2-207(2)の下で当事者間合意を本質的に改変していると、買主は立証できなかったのですね。」
斉藤「そのとおりです。しかし裁判所の審理はそこで終わりません。」
鈴木「斉藤君と山田さんの会話を聞いていると、付いていくのが精一杯で、なかなか先が読めません。」
橋本「今回は、話を先取りして、論議のテンポを速めないのですか?」(笑い)
斉藤「先ほど説明した上級審の先例があるため、辛苦の問題が残りました。」
鈴木「辛苦とは判るようで判らない言葉ですね。」
斉藤「ウェブスター百科事典は、『耐え難く、苛酷で、苦悩に満ち、または窮境に追い込む』ものと定義しています。」
鈴木「いよいよ判らない。」(笑い)
斉藤「物品売買を背景にした場合、辛苦の分析は、派生的損害の制限が相手方当事者に対して、『事実上経済的に耐え難き辛苦』を担わせているかどうかに焦点が定まります。」
山田「なかなか雄弁ですね。」
斉藤「判決文の単なる受け売りです。(笑い)供給者の製品に欠陥が在り、ガラス工事に遅滞が生ずることになれば、下請工事業者は派生的損害に対する数千ドルの潜在的責任に直面します。供給者としては、業界に於ける取引経験と当該販売の事情から、これを知っていたか、または知るべき理由がありました。」
鈴木「判った!(笑い) 下請工事業者は、口頭契約が成立した時点で、UCC §2-719 に従い、供給者から派生的損害の賠償を受ける法的権利を取得しているはずです。ところが供給者は、この事実上経済的に耐え難き辛苦を、交渉によらず、確認標準書式裏面の細字定型約款に挿入することにより、下請工事請負業者に転換しようとしたのです。」
橋本「また冴えた頭脳が復活しましたね。」(笑い)
斉藤「鈴木君の助力で、結論に近づきました。裁判所は次のように言います。『このような責任の転換は、統一商法典の下で、下請工事業者に耐え難き辛苦を転換するものである。したがって、供給者が目論んだ派生的損害の制限は、当事者間の当初合意を本質的に改変するものであり、§2-207 に則り当事者間契約の一部とならない。』結局下請工事業者は供給者の欠陥製品が原因となって発生した派生的損害を回収できたのです。」
橋本「ご苦労様でした。この事案からは学ぶべき教訓があります。」
鈴木「承諾者の追加条項が契約の一部とならない本質的改変の要件として、不意打ちと辛苦があること、及びそれをどのように事案に適用するかを学びました。」
橋本「それは教訓と言いません。」(笑い)
鈴木「山田さん助けて下さい。」(笑い)
山田「統一商法典の対象とする取引に於いては、単に定型約款を標準書式に挿入するだけでは、所期の目的が達成されません。当事者合意の後に、このような手段を執っても、自己の希望を相手方に強制するために、必ずしも充分でないことが再確認されたと思います。」
橋本「そのとおりです。UCC が鏡像原則を放棄したとは言え、契約に自己の望む条項を含める最善の、しかも時として唯一の方法は、当該条項を実際に提案し、問題に関する当事者意思の合致を得ることです。」
鈴木「本質的改変の法理はこれで終わりですか?」
橋本「いいえ。山田君補足して下さい。」
山田「斉藤君が解説した事例では、不意打ちと辛苦の存否判断を独立した別個の分析と考える先例にしたがっていました。しかし、その後この判例は、同一管轄内で、覆されたのです。」
鈴木「同一管轄内とはどういう意味ですか?」
山田「先例は第7巡回区連邦控訴裁判所の判決ですし、それを否定したのが同じく第7巡回区連邦控訴裁判所だからです。」
斉藤「第7巡回区と言えば、『法と経済学』の泰斗として名の知られるリチャード・アレン・ポズナーが首席判事です。」
山田「そのとおりです。話題が出た機会に、『法と経済学』について簡単に橋本さんに解説をお願いします。」
橋本「『法と経済学』は、『法の経済的分析』とも呼ばれます。これについては別の機会に議論したいと思います。ここでは、その目的を一言で表現してみましょう。コモン・ロー、即ち判例法、で確立された法理には諸々のものがあり、それは契約法、不法行為法、財産法のような私法に限らず、土地収用法や独占禁止法のような公法に及びます。この様々な法理の規範的根拠(normative account)と実証的根拠(positive account)を、経済学の視点から個々に探求するところに、この新しい学問の目的があります。」
鈴木「規範的とか実証的とか難しい言葉ですね。」
橋本「規範的根拠を別の言葉で表現すれば、『法は如何にあるべきか?』でありますし、実証的根拠とは、既存法理の正当性を確認することを意味します。そして探求に用いられる経済的手法は、主として効率性(efficiency)を評価基準とする富の最大化理論です。」
山田「有り難うございました。判例変更の話題に戻ります。事件はソーセージ製造に用いるプラスティック・ケーシングの販売・納入契約に関するものです。」
鈴木「プラスティック・ケーシングとは何ですか?」
山田「腸詰めに用いる羊の腸の代用品です。ケーシング納入業者は、8 年前の製品売り上げに対する既往未納税額を税務当局に課税されたため、ソーセージ製造業者にその回収を求めて訴訟を起こしました。請求の根拠は送り状裏面と価格表に印刷された次の文言です。『購入価格に追加して、買主は・・・本送り状によって納入された如何なる物品に対するものであれ、その製造、販売、及び輸送に関し売主が支払いを求められることのあるべき、全ての政府課税金額を、売主に支払うものとする。』」
斉藤「一種の補償条項ですね。」
山田「必ずしもそうとは言えません。ポズナー判事は、これを、売主が納税義務の計算を誤ったために課税された既往未納税金を支払う無制限の責任を、買主に課した補償条項と考えるのは、経済的に見ても疑わしいと言っています。その理由はポズナーによれば、『契約及び契約法は通常錯誤に対する責任を、錯誤の回避、または市場保険乃至自家保険による損害軽減を他より優位に行い得る契約当事者に、課している。』からです。」
斉藤「『法と経済学』の権威者としての面目躍如ですね。それなら、そこで売主敗訴となります。」
山田「しかし判決はそこで終わらず、この条項が補償条項であるとすれば、当事者間契約の本質的改変となるかどうかの問題に論を進めています。」
斉藤「予備的な判断ですか?」
山田「事実審裁判所が補償条項として問題に対処したからでしょう。今日の論議で既に皆さんが充分承知している内容と多分に重複しますが、まとめの意味合いもありますので、ポズナー判決の一部を引用したいと考えます。宜しいでしょうか?」
橋本「どうぞ。」
山田「判決は次のように言います。『コモン・ロー原則によれば、もし申し込みを承諾する趣旨の回答が申し込みと一致しないときは、当該承諾は新たな申し込みとなり、当事者間に契約を成立させるためには、これに対する申込者の承諾を受けなければならない。この《鏡像》原則は、商業その他の取引に従事する人々が過って陥りやすい根強い習慣を充分には考慮していないと広く信じられていたため、統一商法典により改正され、承諾に申し込みには無い追加条項が含まれていても、契約が成立することとなった。更に、契約が《商人》間で結ばれたときは、追加条項は契約の一部となり得る。しかし全ての追加条項ではなく、条項が予期可能な方法で契約に追加されていて、契約を本質的には改変しないため、申込者が異議を唱える蓋然性の少ない追加条項に限られる。したがって、申し込み受領者が承諾に追加した条項が申し込みの本質的改変となるときでも、契約は強制力を持つが、追加条項は無効とされる。換言すると、契約は承諾者が追加を試みた条項を除外して成立する。改変はそれに対する同意が推定し得ないとき本質的となる。それが本法廷の注解である。諸判例は一般に「不当な不意打ち」(unreasonable surprise)という言葉を用いる。しかし結局は同じことである。予期し得ること、したがって不意打ちとならないことは問題とならない。予期し得ないこと、したがって不意打ちは不可である。しばしば判断基準は《不意打ちまたは辛苦》であると言われる。・・・しかしこれはUCC §2-207 の公式注解4 を誤解しているようである。・・・辛苦は結果であって、判断基準ではない。(不意打ちは何れでもある。)合意したと見なすことが公平である契約から当事者が逃避することは、履行不能の抗弁または何らかの関連する免責法理を無理矢理援用しない限り、履行が当事者に辛苦を与えると判明したとの理由のみを以ては、許されない。しかしながら問題の分析はこれで終わらない。多くの契約法法理と同様に、本質的改変の法理は厳格な原則であるよりむしろ解釈の補助手段である。改変が本質的であっても、当然のことながら、相手方当事者はそれを承諾することが可能であり、そのときは本質的改変の法理はもはや無用となる。別の表現をすれば、同意は、新しい条項が不意打ち要素と無縁であることのほか、他の事情から、例えば異議を唱えないことから同意を相手方が無理なく推論できる取引経過に照らして、沈黙からでさえ、推論することが可能である。・・・諸判例の中には、本質的改変の問題を黙諾の問題と結合して、新しい条項が一連の送り状または他の書式に含まれるときは、受領者は不当な不意打ちを主張し得ず、それ故これに拘束されると判示したものもある。・・・しかし二個の問題は近い関係にはあるが独立している。新しい条項が本質的改変とならないときは、黙認は合意となり、他に何らの問題も残らない。新条項が申し込みを本質的に改変するときは、新条項を提示した当事者は、条項自体の外、新条項への相手方当事者の黙認から合意が当然推論できることを示す、追加証拠を提出しなければならない。通常であればこれは、新条項が本質的改変でないときは不必要な、事前取引の証拠であろう。最後に、申込者は、申し込み条項への承諾に限定することを明白にして、本質的改変の如何を問わず追加条項から身を守ることができる。要約すると、申し込み受領者が挿入した条項は、(1)申込者が申し込み条項への承諾に限定することを明示しているとき、または(2)新条項が(a)合意を推論し得ないとの意味に於いて本質的改変となり、しかも(b)申込者が事実上改変に、(i)明示、または(ii)取引経過を背景とする黙認により、合意しているとの証明が為されないときは、効果を生じない。』」
橋本「ポズナー判決を引用して論議をまとめられた山田君の巧妙さはさすがです。最後に私から二点ほど補足したいことがあります。第一は、コンピューター・ソフトの外装に印刷されている限定使用許諾契約書(Limited Use License Agreement)の効果です。そこには、しばしば、『包装の開封は購入者が許諾契約書の条件を承諾したことを意味する。』との文言が見られます。しかも、限定使用許諾契約書には、担保責任否認と救済制限の規定が含まれているのが通常です。したがって、この文言が、UCC §2-207(1)に言う同意条件明言付き承諾を構成するかどうかの問題が生じます。判例によれば、外装に記載した許諾契約書によって、担保責任の否認と救済の制限に関する条項を契約に追加することは、法律問題として、当事者間の危険配分を本質的に改変することになります。したがって、これらの追加条項はコンピューター・ソフト譲渡契約の一部とはなりません。第二は、法律用語です。ディッカード・タームズ(dickered terms)という言葉があり、商品の種類、仕様、数量、価格、受け渡しの時期と場所など、通常当事者が意識して合意する契約条項を指します。強いて日本語に訳すのであれば、交換取引条項とでも言ったら良いのでしょうか。これを逆の側面から見て、ボイラープレート・プロヴィジョンは、当事者が常ならそれほど関心を寄せない、ディカード・タームズ以外の、契約条項と言っても過言ではありません。紛争が生じれば、詳細に契約条項を合意しておけば良かったと後悔するのが常ですが、契約時に紛争を予測する当事者は殆どいないのが現実です。そうでなくとも、全ての事態を予測した契約の作成は、金と時間のどちらから見ても非経済的です。今日は皆さんの協力により、有意義な論議ができました。これで終わりです。有り難うございました。」
山田・鈴木・斉藤(異口同音に)「有り難うございました。」
 
その後、ビールが振る舞われた。つまみはカマンベール・チーズと焼き海
苔の組み合わせであった。
 
筆者後記:本稿は、筆者が主宰するアメリカ私法判例研究会で行った論議を基礎に、筆者がフィクションとして構成したものです。発言者と発言内容は架空のものであり、実在の人物とは無関係です。「やさしく学ぶ」と題しましたが、内容的には高度の水準を目指しています。向学心ある読者の参考に供するため、論議の基礎となった判例の一部を以下順不同に記します。
(1) Brown Machine v. Hercules, Inc., 770 S.W.2d 416 (Mo.App. 1989)
(2) C. Itoh & Co. (America) Inc. v. Jordan International Co., 552 F.2d 1228 (7th Cir. 1977)
(3) Gardner Zemke Co. v. Dunham Bush, Inc., 850 P.2d 319 (N.M. 1993)
(4) Dale R. Horning Co., Inc. v. Falconer Glass Industries, Inc., 730 F.Supp. 962 (S.D.Ind. 1990)
(5) Union Carbide Corp. v. Oscar Mayer Foods Corp., 947 F.2d 1333 (7th Cir. 1991)
(6) Step-Saver Data Systems, Inc. v. Wyse Technology, 939 F.2d 91 (3rd Cir. 1991)
(7) Dorton v. Collins & Aikman Corp., 453 F.2d 1161 (6th Cir. 1972)
(8) Daitom, Inc. v. Pennwalt Corp., 741 F.2d 1569 (10th Cir. 1984)
(9) Air Products and Chemicals. Inc. v. Fairbanks Morse, Inc., 206 N.W.2d 414 (Wis. 1973)
(10) Twin Disc, Inc. v. Big Bud Tractor, 772 F.2d 1329 (7th Cir. 1985)
(11) Kathenes v. Quick Check Food Stores, 596 F.Supp. 713 (D.N.J. 1984)
(12) Trans-Aire International, Inc. v. Northern Adhesive Co., Inc., 882 F.2d 1254 (7th Cir. 1989)
(13) Diamond Fruit Growers, Inc. v. Krack Corp., 794 F.2d 1440 (9th Cir. 1986)
 
・・・・・了・・・・・
 
(註) 初出:「海事法研究会誌」(第146 号)「やさしく学ぶアメリカ契約法〈第1回〉」1998.10.1 (社)日本海運集会所
 
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