Back to Top Page
安藤誠二 英米法研究
談論アメリカ契約法〈第2 講〉
契約文書の解釈とパロール・エヴィデンス・ルール
安藤 誠二
いつもと変わらず、馬場壮年(Baba)、千葉青年(Chiba)、土井青年(Doi)の三者が連れだって荒井老年(Arai)の家を訪ねた。(登場人物の呼称について、文末の筆者後記を、先ず参照して下さい。)暫くの間は、囲碁界の話題で座が賑わった。趙治勲棋聖・名人・本因坊の天下が当分の間続くであろうとの予想は全員に共通したが、次の世代から彼に匹敵して頂点を極める棋士を選ぶ段になると、羽根直樹、秋山次郎など若手俊秀の名が多く挙げられ、意見は様々に分かれた。全員が推す候補者の中に、意外性の註釈付きながらも、楊嘉源の名が見えたのは注目されて良い。現在の段位は八段、台湾生まれの28 歳である。
荒井(A)「それでは、本論に入るとして、今日の報告者は千葉君でしたね。」
土井(D)「私の役割はエンジニアです。」
千葉(C)「何ですか、そのエンジニアとは?ここは物理学の研究会ではありません。」(笑い)
馬場(B)「技術者と同じengineerであっても、土井君の真意は物事を巧みに処理する人、意義が転じて、論議を巧みに誘導する人をおそらく指しているのでしょう。」
土井「そこまでの自負はありません。ミュージカルの『サイゴン』に登場する滑稽味のある舞台回しぐらいに考えて下さい。」
千葉「それは何時も私がしていることです。(笑い)今日のテーマは契約文書の解釈とパロール・エヴィデンス・ルールです。」
土井「単に契約の解釈とせずに、契約文書の解釈としたのには理由があるのでしょうね。」
千葉「契約の解釈であると問題が広範でしかも多岐に渉るため、一度の会合では論議し尽くせません。今回の話題は専らパロール・エヴィデンス・ルール (parol evidence rule)と考えていただいて結構です。」
荒井「先ず簡単に、ルールの定義から始めて下さい。」
千葉「取引の交渉を当事者が口頭または文書によって重ねる過程では、保証や約束が交換されたり、了解事項が相互に確認されたりしますが、最終的に契約内容の合意が得られると、契約は文書化されます。目的は事実関係に関して信頼できる証拠を残すことと、不確かな記憶に頼る不安定を避けることにあります。ところが後日になって、当事者間で争いが起こり訴訟が始まったとき、当事者の一方が、真の契約条項は文書に表示された内容とは実際に異なっていると主張し、それを証明するため、交渉時の証拠を採用するよう求めたと仮定します。そこで障碍となるのがパロール・エヴィデンス・ルールです。それは、当事者合意がひとたび文書化されたときには、事前交渉のような外部証拠に依存して、契約文書の内容と矛盾し、またはこれを改変するような主張ができなくなる規則です。」
土井「パロールと言うからには、口頭の証拠だけを指すのですか?」
千葉「いいえ。手紙、電信、覚書のような文書も排除されます。更に詳しく言えば、事前協議の内容だけでなく、契約署名時の周辺事情、例えば業界慣行なども証拠として持ち出すことができません。」
土井「外部証拠の例を挙げて下さい。」
馬場「私が代わって答えましょう。外部とは契約文書以外のと言う意味で、外部証拠はエクストゥリンシック・エヴィデンス (extrinsic evidence) と呼びます。例えば業界慣行に限って、過去に証拠として採用された外部証拠の例を挙げると、・・・」
土井「待って下さい。千葉君の定義によると、外部証拠は証拠として採用されない?」
荒井「パロール・エヴィデンス・ルールで論議する必要があるのは、主としてこのルールの適用がどのような場合に除外されるか、例外事例の問題です。馬場君続けて下さい。」
馬場「映画配給権譲渡契約に用いられた「連合王国」には、アイルランド共和国が含まれるとされた例、但しこれはアイルランド共和国独立5 年後の事件です。賃貸借契約に現れる重量の「トン」は、法律上のショート・トン(2,000 ポンド)ではなく、ロング・トン(2,260 ポンド)であるとされた例、農地賃貸借契約の「切り株」は地面に残された根株だけでなく、収穫期以後に農地に残る全てのものを指すとされた例、鉱石掘削権分割契約に用いられた「北」は、真方位ではなく磁石方位に沿って走る境界線を意味するとされた例、売買契約の書式が実際には代理店契約であるとされた例などがあります。」
土井「パロール・エヴィデンス・ルールは呼称から判断すると、例えば伝聞証拠に関する規則のように、証拠法上の規則と考えられますね。」
馬場「エンジニアの面目躍如ですね。」(笑い)
千葉「事実関係自体という究極の問題の立証を排除するのですから、実体法上の規則とされています。」
土井「パロール・エヴィデンス・ルールが実体法上の規則であるか、または手続法上の規則であるかによって、どのような違いが生じるのでしょうか?」
馬場「二つの違いが指摘されています。訴訟の審理は当事者対抗主義で行われますから、事実審裁判官に対して相手方当事者が証拠採用の却下を求めるためには、時機を失せずに証拠採用に異議を唱える必要があります。したがって、証拠の排除が手続法上の規則であるならば、事実審審理で異議申し立てを怠ると、通常は異議申し立て権の権利放棄となり、その証拠は採用されてしまいます。しかしパロール・エヴィデンス・ルールは実体法上の規則ですから、そのようなことになりません。相手方当事者は、何時でも、証拠の採用に異議を唱えることができます。それが第一の違いです。」
土井「当事者対抗主義はアドヴァーサリー・トライアル・システム (adversary trial system)、権利放棄はウェイヴァー (waiver) でしたね。」
馬場「そうです。第二に、連邦裁判所制度の下では、エリー原則が関係します。」
土井「エリー・ドクトリン (Erie doctrine) と言えば、例の有名な連邦最高裁判決が示した抵触法に関する原則ですね。」
馬場「良くご存じですね。(笑い)ダイヴァーシティー・アクション (diversity action)、即ち州籍相違に基づく訴訟を審理する連邦裁判所は、実体法に関しては連邦法ではなく、法廷地の州法を適用しなければなりません。」
千葉「ダイヴァーシティー・アクションは前回の論議に出てきました。」
馬場「連邦裁判所は、法廷地のパロール・エヴィデンス・ルールを適用することになります。規則が手続法に関するものであるならば、手続法は当然ながら連邦法が採用されるはずですが、パロール・エヴィデンス・ルールについては、そうなりません。これが第二の相違点です。」
土井「法廷地のパロール・エヴィデンス・ルールという表現は意味ありげですね。」(笑い)
荒井「まさに慧眼、恐れ入りました。(笑い)パロール・エヴィデンス・ルールと一言に言っても、実体は多種多様であり、各州の判例法には相違点が多く見られます。また学説もいろいろと見解が分かれています。斉藤君がエンジニアの務めを立派に果たしているため、千葉君も本論に入り易くなりました。」(笑い)
千葉「最初の事例は、修繕作業請負契約に含まれた損害補償条項に関するものです。所有する発電用蒸気タービンの上部金属カヴァーを取り外して更新するため、甲は乙から労務と機器類の提供を受ける契約を結びました。契約書文言を引用しながら説明しますと、作業は乙『自身の危険と費用で』行われ、『契約の履行から、または履行と何らかの関連を以て、生じた財物の損壊・・・に起因する全ての損失、損害、費用、及び責任に対して』甲に『補償する』ことを乙は約束したのです。」
土井「そのような場合に、乙は責任保険を掛けるのが通常です。」
千葉「実際に作業請負契約でも、$50,000 を下回らない保険を掛けることが乙に求められ、甲も保険証券に被保険者として名を連ねることになっていました。」
土井「しかし、被保険者となると、甲はもはや第三者ではなくなりますから、損害補償責任が保険で填補されなくなります。」
馬場「相変わらず冴えていますね。」(笑い)
千葉「当事者もその辺は抜かりなく(笑い)、交差責任条項 (cross-liability clause) が保険証券に入っていました。」
土井「クロス・ライアビリティー・クローズは、船舶保険の衝突に関連して学んだ記憶があります。それから類推すると、甲と乙が各々別の保険に入っている場合と効果が変わらないと考えれば良いのですね。」
千葉「作業中にカヴァーが落下して、露出したタービン・ローターが損壊しました。甲はローターの修復に要した$25,000 の賠償を乙に対して求め、訴訟を開始しました。」
土井「訴因は何でしょうか?」
千葉「当初は、ネグリジェンス不法行為責任と、損害補償条項は所有権者が何人であっても全ての財物の損壊を対象とするとの理論構成の二つでした。しかし後になってネグリジェンスの訴因は撤回しました。」
土井「カヴァー落下の事情が判らないので何とも言えませんが、注意義務違反の立証が困難だったのでしょうね?」
千葉「事実審裁判所は、使用された文言が『第三者損害補償条項のための典型的文言』であり、『全体の意義が第三者の損害を補償することにあると結論付けることは極めて容易であろう』と述べているのですが、契約の『明瞭な文言』は同時に甲所有財物の損壊に対して甲に補償するよう乙に求めているとも読めると判断したのです。」
土井「明瞭な文言を英語では何と言っていますか?」
千葉「プレイン・ランゲジ (plain language) です。補償条項中で当事者が考える意義は第三者所有の財物だけを対象とする補償であり、原告の財物は含まれないことを証明するため、乙は甲代理人の自白、甲との類似契約の下で乙が以前に執った行為、その他の証拠を提出しようとしました。」
土井「いわゆる外部証拠ですね。」
千葉「そうです。しかし事実審裁判所は契約文言の意義が明瞭であると結論付けたため、その明瞭な解釈に矛盾する外部証拠の採用を斥けたのです。」
荒井「ここで、上訴審判断について千葉君の報告を聞く前に、契約の解釈について少し整理しておく必要がありそうです。馬場君にお願いしましょう。」
馬場「承知しました。当事者間の真の契約は何であるか、つまり彼らが文書に記そうと意図したことは何かを先ず決定しないと、パロール・エヴィデンス・ルールは問題にすらなりません。これが決まって初めて、契約の変更または契約への非難を回避するため、契約以前の矛盾する証拠を遮断することが適切となるのです。換言すると、契約の解釈が隠された変更または矛盾に必然的に先行します。」
土井「契約の解釈はインタープリテーションですか、それともコンストラクションですか?」
馬場「よく勉強されているのでこちらも迂闊なことは言えません。」(笑い)
荒井「両方ですね。厳密に言えば、interpretation は契約文言の字義解釈ですし、construction は契約文言に如何なる法的効果を与えるかの判断です。前者が当事者が用いた表象に意義を付与する作業であるのに対し、後者は契約の条項、その前後の文脈、及び事情に適応する法政策などから推論される法的結論の策定です。両者を区別せずにinterpretation だけで済ましている学者もいます。」
馬場「契約の解釈には大きく分けて客観的解釈と主観的解釈の二つがあります。」
土井「ウィリストン学派とコービン学派の対立ですね。」
荒井「ハーヴァード大学ロー・スクールのサミュエル・ウィリストン教授 (Prof. Samuel Williston) は契約法(第1 次)リステートメントの編纂責任者でしたし、イェール大学ロー・スクールのアーサー・エル・コービン教授 (Prof. Arthur L. Corbin) は途中まで契約法(第2 次)リステートメントの編集顧問でしたから、第1 次と第2 次のリステートメントを比較すると両者の相違がおおよそ理解できます。」
土井「何か適当な例があるのでしょうか?」
馬場「第1 次リステートメントのセクション231 の例証2 に、次のような説明があります。A とB が株式の売買取引を行うことになったのですが、両者間の取引を内密にするため、二人の間では用語『買い』が『売り』を意味し、用語『売り』が『買い』を意味するとの口約束ができていたと仮定します。A が或る株を『売る』ため、B に文書で申し込みました。口約束が念頭にあったB は、申し込みを承諾し株を提供しました。ところがA が提供の受領を拒絶したため、B は裁判所に訴えました。裁判所による文書訂正命令が得られない限り、B の主張は通りません。私的口頭契約で『買い』に『売り』の意味を当てることは認められないのです。勿論、用語に矛盾のない意味を私的合意で与えるのであれば、契約どおりの意味が認められます。」
土井「文書訂正命令はリフォーメーション (reformation) ですね。」
荒井「今日はエンジニアが大活躍です。」(笑い)
馬場「他方、第2 次リステートメントのセクション212 例証4 には、逆の説明があります。A とB が相互に株の売買をすることになり、『買い』の意味で『売り』の語を用い、『売り』の意味では『買い』の語を用いて、取引を内密にしようと口頭で合意しました。A が或る株を『売る』ために申し込み文書を送付し、B が承諾しました。当事者は口頭合意にしたがって拘束されます。」
荒井「ウィリストンの見解によれば、当事者何れの意志にも合致しない契約ですら成立することが考えられます。文書による契約が結ばれると、契約の意義と効果は、記載文言に裁判所が与える解釈によって定まります。裁判所は文言に自然で適切と考える意味を与えるのです。」
土井「それが客観的解釈ですね。」
荒井「主観派のコービンは、もっと端的に、契約を当事者の何れもが与えない意味で解釈し強制してはならないと言っています。」
土井「ところで両者の見解の相違はパロール・エヴィデンス・ルールにどのように反映するのでしょうか?」
馬場「その点は暫くお預けにして下さい。(笑い)千葉君の報告に沿って議論を進めれば、自ずから明らかになるはずです。」
荒井「そうですね。その方が論議が進め易いかも知れません。千葉君どうぞ。」
千葉「カリフォルニア州の最高裁は、原審判決が言う『契約文言の明瞭な意義』を否定しました。裁判所が契約を『契約文言の意義が明瞭かどうか』を基準に解釈するとき、裁判所は裁判官の言語的教育と言語的経験に基づいて契約文書を解釈していると最高裁は言うのです。したがって、裁判官の言語的背景と矛盾しかねない証言を排除することは、完全な言語表現が可能であるとの裁判所の信念を反映しているのでしょうが、これは本来的可能性と本来的語義を信じる原始的信仰の遺物に過ぎないと手厳しく批判しています。」
荒井「明瞭な意義については補足が必要でしょう。馬場君お願いします。」
馬場「契約が契約文書の文面上アンビギュアス (ambiguous) なときを除けば、外部証拠を契約文書の解釈に役立てるために導入してはならないというのが、プレイン・ミーニング・ルール (plain-meaning rule) です。」
土井「アンビギュアスとは曖昧さという意味ですか?」
荒井「日常語では曖昧さでよいのでしょうが、法律用語としては正確性を欠きますね。」
馬場「アンビギュアスは二つ以上の確定的意義を持つ可能性があると言う意味です。両義的または多義的と訳したらよいでしょう。斉藤君の言う曖昧さは意義が不確定的という意味でしょうから、ヴェイグ (vague) と呼んで区別する学者もいます。」
土井「名詞のアンバギュアティー (ambiguity) は両義性または多義性で、否定形容詞のアンナンビギュアス (unambiguous) は単義的ですか?」
荒井「後者は意義明白で良いでしょう。プレイン・アンド・アンナンビギュアス (plain and unambiguous) という文言は判決文にしばしば現れます。意義が明瞭且つ明白とでも訳しておきましょう。」
土井「プレイン・ミーニング・ルールとパロール・エヴィデンス・ルールは同じものですか?」
荒井「厳密に言えば違うと言って良いのでしょうね。前者はフォー・コーナーズ・ルール(four corners rule) とも言い、解釈原則に過ぎません。」
土井「フォー・コーナーズ・ルールなら馴染みがあります。(笑い)ウィリストンの学説に関係がありますね。」
荒井「エンジニアのお陰で論議が順調に進みます。(笑い)千葉君、カリフォルニア州最高裁の判断について話を続けて下さい。」
千葉「多数意見つまり法廷意見を代表して述べたトゥレイナー長官によると、契約文書の意義を解釈するための外部証拠を採用するかどうかの基準は、契約文意が文書の表面上明瞭且つ明白であると裁判所が受け取るかどうかではなく、提出された証拠が契約文言から合理的に解釈可能な挙証者主張の意義を証明することに関連があるかどうかです。」
土井「早くも、肝心の『明瞭且つ明白』が出てきましたね。それに、トゥレイナー判事 (Traynor J.)と言えば製造物責任の画期的判例であるエスコーラ事件で有名です。コカコーラの瓶が破裂して傷害を負ったレストランのウェートレスが、製造者のネグリジェンスを原因としてボトリング会社を訴えたのですが、カリフォルニア州最高裁は、過失推定則のリーズ・イプサ・ロカター (res ipsa loquitur) を援用して製造者のネグリジェンス不法行為責任を認めました。重要なのはトゥレイナー判事の示した補足意見です。」
千葉「話の腰を折るようですが、res ipsa loquitur について説明願います。」
土井「res ipsa loquitur は『物は雄弁に物語る』という意味のラテン語です。損傷害の原因となった物が被告の排他的支配または管理下にあったこと、及び事故がその性質上被告の過失無しには通常起こり得ないことの二つが証明されれば、被告の過失が一応推定される原則です。」
馬場「コカコーラの瓶が破裂した事故は、瓶が製造者の排他的支配を既に離れてから起こっていますから、res ipsa loquitur の拡張適用になりますね。それだけでも画期的な判決です。トゥレイナー判事の補足意見について話を続けて下さい。」
土井「トゥレイナー判事は、ネグリジェンス不法行為を原因として製造者に責任を負わせた法廷意見に賛意を示しながらも、それでは不十分と考えたのです。検査を受けることなく使用されることを知りつつ、物品を市場の流通に置いた製造者は、物品の欠陥が原因となって人に傷害を加える結果となったときに、被害者に対して絶対責任 (absolute liability) を負うべき時代が到来しているとの考えを示しました。」
千葉「1944 年の判決としては、かなり先駆的な意見ですね。」
土井「そうです。しかしながら、トゥレイナー判事の予言者的意見が厳格製造物責任 (strict products liability) としてアメリカの不法行為法で認知され
るまでには、20 年弱の歳月を要しています。カリフォルニア州最高裁が1962 年に下したグリーンマン事件判決です。法廷意見を代表して述べたのは、他ならぬトゥレイナー判事自身でした。」
千葉「厳格製造物責任としては、その2 年前に出たニュージャージー州最高裁によるヘニングセン事件判決があります。」
土井「それは、商品性に関する黙示の担保責任、つまり未だU.C.C.の枠内での厳格責任ですから、不法行為としての厳格製造物責任はおそらくトゥレイナー判決が最初でしょう。」
荒井「土井君は博学です。(笑い)ロジャー・トゥレイナー長官(Roger Traynor, C.J.)は、1900 年生まれ、カリフォルニア大学卒業後、バークレー校で教鞭と執っていました。1940 年にカリフォルニア州最高裁判事の職に就き、1964 年には長官となりました。1970 年に退官後は、ヴァージニア、コロラド、ユタ、サンフランシスコなど各地の大学で法律学を教えています。83 歳で他界されました。」
馬場「契約文書の意義を、裁判所が明白と考える理由だけで、契約書の文面だけに限定して決定すると、つまりフォー・コーナーズ・ルールに従うと、当事者意思との関連性を否定することになるのでしょうね。語句は思考の表象ではありますが、代数学や幾何学の記号のようには、任意に固定した意味を持っていません。特定の文言の意味は、文脈、周囲の事情、更には使用者や聞く人・読む人(これには裁判官も含まれますが)の言語的教育と言語的経験を考慮すると、使用目的によって変化します。」
土井「成る程。語句はそのような要素と離れては意味を持たないのですね。ましてや、客観的意義とか唯一正しい意味を持つことはあり得ないことになります。あれあれ?知らず知らずに誘導されて、浅学非才の身でありながら、こともあろうに、ウィリストン学説の批判を始めてしまいました。」(笑い)
千葉「判決はこう言っています。文書の意味は、書き手が語句を用いたとき観念した意味を示すあらゆる事情に照らして解釈してこそ、初めて見出すことができます。このような事情に関するパロール・エヴィデンスを、読み手の立場からは語句が多義的に見えないとの理由だけで、排除すると、書き手の全く意図しない意味を契約文書に与える結果を容易に招きます。」
土井「しかし、当事者が予め、契約文書が全てであること、つまり、取引交渉の過程で相互に行った約束や了解し合った事項は全て契約書に盛り込まれたことを明示していれば、事情が変わってくるのではないでしょうか?」
荒井「それは完結条項 (merger clause or integration clause) と言って、いろいろと論議する必要があります。それに契約の完結した文書化の問題と契約文言多義性の問題は峻別して考えなければなりません。これらの問題については、後刻改めて取り上げたいと思います。問題の焦点が漸く絞れましたから、トゥレイナー判決のまとめに入りましょう。先ず馬場君からお願いします。」
馬場「契約文書の条項を追加し、削除し、または改変する外部証拠は採用できません。これはパロール・エヴィデンス・ルールの根幹です。しかし提示された外部証拠がこれに当たるかどうかを判断する前に、契約条項を確定しなければなりません。文書の条項が裁判官にとって明白に思えても、当事者が文書の文言を異なる条項を表現するために用いた可能性は排除されません。その可能性は、取引慣行によって独立の意味が確立している契約条項に限定されません。当事者の理解する使用語句の意味が裁判官の理解と異なる全ての場合に、それは存在するはずです。したがって、道理に適った解釈を行うには、当事者意思を証明するため提示された全ての信頼し得る証拠を、先ず検証することが、最低限要求されます。そしてこのような証拠には、裁判所が自らを、契約締結時に当事者が置かれた事情と同一の立場に、置くため必要な、契約締結に関連する事情(それには契約文書の目的、種類、対象事物などがあります)についての証言が含まれます。裁判所がこの証拠を考慮したうえで、全ての事情に照らして契約文書の解釈が、争われている二通りのどちらにも公正に見て可能であるならば、その二通りの証明に関連する外部証拠は、そのどちらも採用できるのです。」
荒井「コービンの見解に沿った考え方ですね。」
土井「ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に次のような一節があります。ハンプティー・ダンプティーが、『俺が言葉を用いるとき、その言葉の意味は俺の選んだ意味であり、それ以上でも、それ以下でもない。』と蔑むように言うと、アリスが『それほど多くの違う意味を、言葉で表現できるかどうかが問題でしょう。』と答えました。するとハンプティー・ダンプティーはこう言いました。『問題はどっちがご主人様かだ。それだけのことさ。』今私たちが論議しているのは、ご主人様が裁判官なのか、それとも契約当事者なのかの問題ですね。」
馬場「土井君は博覧強記です。」(笑い)
荒井「裁判官が考える語句の通常の意義と、当事者双方が共通して用いる特殊な意義の乖離について、私から二・三の例を挙げておきましょう。プラチナ100 オンスに対して$10,000 を支払うとの約束があったとします。当事者同士の取引がカナダ・ドルで通常行われていることや、プラチナ取引の業界ではトロイ・オンスが用いられるため、通常では16 オンスが1ポンドとなるのに、12 オンスが1 ポンドに相当することを、おそらく判事は知らないでしょう。キャビアは14 オンスが1 ポンドです。これを裁判官に理解させるために、当事者は説得に難渋するはずです。ところが、裁判官が偶々グルメであってキャビアを嗜んでいれば、1 ポンドが14 オンスであることは『明瞭且つ明白』となります。それでは次に、千葉君続けて下さい。」
千葉「契約の補償条項には原告甲の所有財物を対象としない意図のあったことを示すために、被告乙が提示した外部証拠を、事実審裁判所は、誤って、検証せずに却下したことになります。補償条項が被告乙の主張する意味を論理上持ち得ることが、この証拠によって必然的に証明されるのでなくとも、この証拠は争点に関連しているため、採用できると最高裁は言います。それだけではありません。更に進んで、論理上からも、補償条項を被告乙が主張する意味に解釈可能であるため、提示された証拠は、補償条項が原告甲の所有財物を対象としないことを証明するためにも、同時に採用されて然るべきであるとの州最高裁判断でした。」
土井「結局、証拠の採否は二段階の検証を経るのですね。」
荒井「ウィリストンとコービンの対立はその第一段階で現れることになります。」
土井「ところで、この事件では補償条項の解釈が問題となったわけですが、そもそも補償(indemnity) の定義は何でしょうか?」
荒井「補償とは、当事者の一方または第三者の行為によって生じる法的結果から相手方を救済することを約束する契約である、と定義した法典があります。また、保険とは、未知または偶発的な事故から発生する損失、損害、または責任に対して他人を補償することを請け負う契約である、と定義した法典もありますから、これから間接的に補償の意義を類推することもできそうです。更に辞書を紐解くと、補償を、或る人が他人に対して、予期し得る損失を担保し、または当事者の一人または第三者の行為または不作為から生じる法的結果としての損害から防護することを約束する、付随的な契約または保証である、との定義が見受けられます。」
千葉「エンジニアも大活躍でお疲れでしょう。休憩を提案します。」
荒井「疲れたのは報告者の千葉君の方でしょう。(笑い)コーヒーを入れましょう。」
休憩中は再び話題が囲碁界の現況に戻った。女流棋士に実力派が増えたのは喜ばしいとの意見が多かった。注目が集まったのは小林和泉三段である。名だたる祖父、父、母を持つ毛並みの良さに加え、囲碁に対するひたむきな姿勢が見えて皆の好感を集めた。
荒井「気分もリフレッシュしたと思うので、千葉君、次の実例を紹介して下さい。」
千葉「これから報告する判決は、カリフォルニア州最高裁のトゥレイナー判決の20 年後に現れた連邦控訴裁判所の判決です。」
土井「第9 巡回区ですか?エリー・ドクトリンが関係するかも知れない。」
千葉「リフレッシュしたのは土井君の方で、察しが良すぎます。」(笑い)
馬場「ウィリストン学派の逆襲ですね。」
荒井「皆に先取りされては、千葉君もやりにくいでしょう。」(笑い)
千葉「原告の甲は、ロサンジェルス市内に複合オフィス・ビルを建設所有する目的で、S 生命保険会社、K 法律事務所、T 法律事務所の三者で結成された有限責任組合です。また、被告の乙はビル建設のための資金$56,000,000 を甲に融資したC 生命保険会社です。」
土井「当事者はハイリー・ソフィスティケイテッドですね。」
馬場「高度の知識を持った企業人(highly sophisticated business people)と言うだけでなく、取引は独立を保ち(at arm's length)、ほぼ対等の交渉力 (equal bargaining strength)を持った当事者間で行われたことになります。」
土井「強いて難解な理論構成を持ち出し、当事者の一方に味方する必要もないわけです。」(笑い)
荒井「それに加えて、このような当事者間の契約であれば、当事者間のあらゆる合意事項が完全に契約文書に結実したものと推定できます。」
千葉「融資契約書によると、融資期間は15 年、金利は12.25%、担保はビルの信託証書でした。」
土井「不動産融資は、約束手形と信託証書の組み合わせで行うのが一般的ですね。」
千葉「約束手形には、当初12 年間は『振出人は額面元本の全部または一部を期限前返済する権利を持たない。』との規定がありました。13-15 年度には、借入金を期限前返済できますが、傾斜方式で定めた期限前返済手数料を支払うことになります。その他、手形には、当初の1-12 年度中にデフォルトがあるときは、乙は自己の選択権を行使して、手形利益を喪失させ、10%の期限前返済手数料を加算することができると定められていました。」
土井「乙の選択権と言うことは、手形の利益を喪失させなくとも良いのですね。」
馬場「その点が本件の鍵になりそうです。」
荒井「報告者不在の会話が始まりました。」(笑い)
千葉「金利水準が低下するまでの数年間は全てが順調に推移しました。しかし、契約の時には妥当と思えた12.25%の金利も、4 年後の金利と比較すると不利になったため、甲は低金利を利用した資金の借り換えを模索したのです。ところが乙は、融資期間の当初12 年間は融資金の期限前返済はできないと主張して、甲の借り換え提案に応じませんでした。」
土井「良くあるケースです。」
千葉「甲は10%の期限前返済手数料を支払いさえすれば、融資金は現時点で期限前返済できることの確認を求めて、訴えを起こしました。連邦地裁のサマリー・ジャッジメントで敗れた甲が控訴した結果、これから報告する第9 巡回区連邦控訴裁判所の判決が示されたのです。」
馬場「控訴の趣意は?」
千葉「甲は第一に、契約の文言が多義的であるため、自己の見解を裏書きする解釈を提示できると主張し、第二に、カリフォルニア州法の下では、一見して明白である契約でさえ、パロール・エヴィデンスまたは外部証拠によって修正されると論じたのです。」
土井「第一の主張は、サマリー・ジャッジメントのため自己の解釈を主張する機会が甲に与えられなかったことから理解できます。しかし、第二の主張でパロール・エヴィデンスと外部証拠を並べていますが、二つは同じものでしょう?」
荒井「今までの論議では曖昧に扱ってきましたが、厳密に言えば違うのです。甲の背後に二つの大きな法律事務所が控えているだけのことはあります。」
土井「曖昧とはambiguous ですか、それともvague ですか?」(笑い)
荒井「外部証拠は、当事者合意の証拠に留まらず、契約締結の周辺事情も含みますから、パロール・エヴィデンスより広い意義を持つ用語です。そのため、プレイン・ミーニング・ルールを説く判例の多くはパロール・エヴィデンス・ルールに言及すらしません。」
千葉「控訴裁判所は、先ず契約の解釈に関して、甲には手形条件によって期限前返済を行う権利はないとの判断を示しました。その理由は次のようなものです。当初12 年間は甲が一方的に期限前返済できない趣旨を、『振出人は、額面元本の全部または一部を、期限前返済する権利を持たない。』との約束手形上の規定以上に明白に表現できる文言を想定するのは困難であるからです。しかしながら甲は、手形上に同じく規定する『手形または信託証書上の債務不履行の結果、(1-12 年度中に)期限前返済が実行されるときは、期限前返済手数料は10%とする。』の文言を根拠に、契約文言の多義性が存在すると言います。契約前手数料を進んで支払いさえすれば、融資金の期限前返済の選択権が自己に与えられると、甲は同条を解釈しているのです。」
土井「甲の解釈に従えば、契約の二条項に矛盾が生じます。デフォルト条項が当初12年間の期限前返済を禁じる条項を飲み込むことになります。」
馬場「通常の解釈原則に依れば、裁判所は、可能な限り、内部矛盾を回避するように契約を解釈しなければなりません。」
千葉「裁判所は即座に甲の主張を却下しています。甲の根拠とする条項は、文面上からも、甲の解釈に論理的に馴染みません。デフォルトの際に融資金返済期限の利益を失わせるか否かは、全く乙の決定に係っています。このことは契約文言の随所に現れています。手形条件には『デフォルトの都度、全融資金額またはその未返済部分は、手形所持人の選択により、即時に支払期限が到来する。』や『期限の利益喪失の選択権を手形所持人が行使したときは、』の記述が見えますし、信託証書にも『デフォルトが発生したときは、信託証書の担保する全金額の支払期限到来を受益者は宣言できる。』と規定しています。更に乙がデフォルトと期限の利益喪失を宣言したときでさえ、乙は信託証書により、『契約違反またはデフォルトの通告を撤回できる。』のです。最後に乙は全く何もしない選択権も持っています。信託証書には、『信託設定者が遵守すべき条件または約款の不履行があっても、受益者は不履行から生ずる権利の放棄を独占的に選択できる。』との規定があります。乙はデフォルト宣言の権利を放棄し、『当該不動産からの収入、賃貸料、使用料、所得、収益、利益、及び売上金の全て』を収受する権利など、他の救済手段も行使できるのです。」
馬場「要するに、デフォルトを宣言するか否か、期限の利益喪失を宣言するか否か、また何時喪失させるか、更には与えられた救済を選択したときも実行前に手続を撤回するか否か、などを決定する独占的権利は乙に与えられているわけです。確かに、千葉君が挙げた様々な規定以上に、これを明白に表現する文言は想定困難です。」
土井「実務面から見ても、デフォルトは厄介な問題です。信託証書で担保された手形の振出人がデフォルトに陥ると、信用度は下落します。有利な条件での借り換え努力も受託者の販売計画に合わせる必要性から妨げを受けますし、受益者が賃貸料譲渡の救済を選択するとキャッシュ・フローが損なわれます。それだけではありません。他の貸し手との融資契約でもデフォルト条項が発動される危険性すらあります。」
荒井「そのような悪影響の可能性こそが、金利が低下し借り手が融資金に嫌気を感じたときに、借り手による義務回避を妨げる強力な薬剤として働くのです。しかし、本事件の甲はデフォルトを目論みながら、実際上は狡猾にも、デフォルトのマイナス効果を裁判によって無効にしようと試みたのです。」
千葉「次に外部証拠に関する判決理由に移ります。甲は予備的に、契約文言が明白に見えても、当事者が締結した取引は事実として全く異なると主張します。」
土井「契約の自己流解釈で敗れた甲が予め備えた第二の攻撃の矢です。」(笑い)
千葉「未償還全額に10%の期限前返済手数料を加算して提供さえすれば、当初12年間は何時でも繰り上げ返済できる趣旨の合意が、当事者間に存在したと甲は主張し、その当事者間合意を示す証拠の採用を求めました。」
土井「しかしそのような合意の存在を読むことは、今まで論議されたように、文書化された契約の合理的解釈からは不可能です。」
千葉「そこで判決は、伝統的契約原則によれば、完結した契約文書の意義が明白であれば、契約条項を解釈し、改変し、または追加する外部証拠は採用できないと言います。」
土井「それでは第二の矢も不首尾に終わりました。」
千葉「ところが違うのです。」
土井「エー?」
荒井「エンジニアも迷路に入り込み出口が見えないようです。(笑い)ウィリストンとコービン、両者の見解の相違を思い出して下さい。」
土井「千葉君の報告を聞きながら早く迷路から脱出するように務めます。(笑い)ところで、千葉君の言う『完結した契約文書』の意味について補足して下さい。」
馬場「手元にアラスカ州最高裁が下した或る判決があります。参考になると思われますから、判決文の一部分を読み上げましょう。『追加条項を契約文書に包含すべきか否か、の問題に関連する外部証拠を排除するためには、裁判所は次の決定をしなければならない。第一に裁判所は、審理の対象である契約文書が、完結して (integrated)いるか否か、換言すると、当事者が文書に含まれる或る条項または全ての条項を、当事者合意の最終的表現 (final expression) として意図していたか否か、を決定しなければならない。第二に裁判所は、契約前または契約時に為された合意の証拠が完結した部分と矛盾するか否か、を決定しなければならない。矛盾する証拠は採用されない。矛盾しない証拠でも、当事者が合意の一部と意図するなら文書に含めて然るべき条項である、と裁判所が結論付けるときは、採用されない。』」
土井「おぼろげながらも、完結文書 (integrated writing) の輪郭が見えてきました。」
荒井「エンジニアにしては覇気が足りませんね。」(笑い)
千葉「本論に戻ります。問題は最初に私が取り上げたカリフォルニア州最高裁トゥレイナー判決にあります。同判決は、裁判所が外部証拠に頼ることなく明白な意義を識別できる契約が存在し得るとの考えに、背を向けました。」
土井「語句には絶対的且つ恒常的な指示対象がないため、契約文書のみからは当事者が用語に与えた意義、つまり契約意思を決定できないとの趣旨でした。」
馬場「そうですね。その見解を突き詰めれば、契約が、如何に明白に文書化されたか、如何に完全に完結されたか、如何に注意深く交渉されたか、または如何に真っ正面から争点を裁判所に示すかなど、どれも問題となりません。契約はパロール・エヴィデンスの攻撃に無頓着ではいられません。」
千葉「第9 巡回区連邦控訴裁判所のコジンスキー判事は、手厳しくトゥレイナー判決を批判しています。その要旨は次のようなものです。もし当事者の一方が当事者合意は契約の規定と異なると主張しさえすれば、裁判所は文言の多義性を予定して外部証拠を検証しなければなりません。ところが、その外部証拠が明白であった契約文言にひとたび多義性という幽霊を呼び出すことになれば、契約文言は置き換えられる可能性があります。証人の記憶は、時日の経過と共に希薄になりますし、利害の衝突から粉飾されることすらあります。当事者の意思を、仲間の証人が陳述する自己利益に偏した証言から、見抜くことは困難です。この手法が、当事者の原始的意思を確認するうえで、当事者が契約時に合意した意義明白な語句に依拠することと比較して、優れているかは疑問です。」
馬場「確かに契約に挑戦する価値のある強い動機が一方の当事者にあれば、費用と時間のかかる訴訟を回避できないことになります。報告事例が良い例証ですが、取引の規模が大きく、当事者が高度の知識を持つ企業人のみからなり、弁護士の助けを借りて取引が交渉され、しかも多義性を残さないような契約文言に結実したときでさえ、それは当てはまります。」
千葉「ところがコジンスキー判決は最後に急展開を示すのです。」
土井「エリー・ドクトリンですね。」
荒井「土井君がまたまた冴えてきました。」(笑い)
千葉「エンジニアの指摘で、もはや蛇足かも知れませんが、一応判決文の結末を原文のまま報告します。『トゥレイナー判決の賢明さに疑問を抱く当裁判所であっても、外部証拠の助けを借りずに、その意義を理解するのは容易である。当裁判所の理解するカリフォルニア州法に従い、契約書起草時の当事者意思に関する外部証拠を提示する機会を原告に与えるため、原判決を破棄し地裁に差し戻す。適用する法が悪法であっても、それは当裁判所を拘束する法である。・・・20年の後知恵もあり、カリフォルニア州最高裁がこの問題を再度検討する可能性もある。そのときは、数百年の経験に基づいた伝統的法則が優れた手法であることを例証する模範として、本件事実関係の検証を推奨する。』」
馬場「コジンスキー判事の略歴は存じませんが、迫力のある文章ですね。特に『外部証拠の助けを借りずに』の語句は辛辣極まりない。」
荒井「アレックス・コジンスキー巡回判事 (Alex Kozinski C.J.) は1950 年ブカレスト生まれ、1962 年にアメリカに移住した後、UCLA で学びました。連邦最高裁ウォレン・イー・バーガー長官 (Chief Justice Warren E. Burger)の法律秘書、ロナルド・レーガン大統領 (President Ronald Reagan) の法律顧問などを務めた後、1985 年に第9 巡回区連邦控訴裁判所判事に任命されました。史上最年少の若さです。」
千葉「38 歳の時の判決ですね。道理で熱気が違います。」
荒井「この判決はコービン学派に対するウィリストン学派の反撃と言って良いでしょうね。千葉君お疲れさまでした。今回を動議無しの職権で休憩を宣します。」(笑い)
数日前に終わったばかりの囲碁名人戦挑戦手合が話題となった。タイトル奪取が不首尾に終わったとは言え、趙治勲名人に挑戦した王立誠九段の活躍が目覚ましかった。王九段は「21世紀の碁」を標榜する呉清源を師と仰ぐこともあり、時として着手が難解を極める。局所にこだわり大勢を見誤るアマチュアの弊を、出席者一同相互に再確認して、本論に戻ることとなった。
荒井「ご苦労ですが、千葉君に第三の事例を紹介してもらいましょう。」
千葉「次は債務免除(債権放棄)契約に関するコロンビア特別区巡回連邦控訴裁判所(United States Court of Appeals, District of Columbia Circuit)の判決です。」
土井「ディー・シー・サーキットと聞けば、すぐに、レーカー航空清算人がブリティッシュ航空その他を米国で訴えた独禁法違反訴訟を思い出します。」
馬場「英国裁判所と米国裁判所の管轄抵触が問題となり、外国訴訟差し止め命令の可否が議論された事件ですね。裁判所は国際礼譲 (comity) を勘案する必要があるため、外国訴訟差し止め命令が認められるのは、自己の裁判権を防禦する場合、または公共政策からの逃避を阻止する場合に限定される、と述べたウィルキー判事 (Wilkey J.)の判決は、その後米国内で強い影響力を示しています。」
荒井「そのとおりです。しかし、第7 巡回区のポズナー判事のように、国際礼譲の基準は緩やかに解釈すべきだとの意見もあり、これに追随する巡回区もありますから、この問題は別の機会に議論した方が良いでしょう。エンジニアの誘導に乗って、本論から脱線し過ぎないようお互いに注意しましょう。」
土井・馬場(異口同音に)「すみません。」(笑い)
千葉「原告の甲はコンドミニアムの3 区分を被告の乙から購入し、約束手形を振り出しました。手形債務は区分建物上の信託証書で担保されています。」
土井「約束手形と信託証書の組み合わせは、二つ目の事例と同じですね。」
千葉「この区分建物所有権譲渡の外にも、甲と乙は、事業または金融に絡んだ複雑な取引を行っていたようです。ところが事業上の紛争が続発し、両者の関係が悪化したため、ついには5 件の訴訟が始まりました。その後第三者も含めた和解が成立し、相互債務免除・債権放棄契約 (Mutual Release and Discharge Agreement) が結ばれました。しかし、次に、この相互債務免除・債権放棄契約に関して新たな争いが生じたのです。」
土井「判りました。コンドミニアム手形債務が債務免除の対象となるかどうかが争われたのですね。」
千葉「そうです。債務相互免除契約は詳細に規定されているのですが、それがかえって仇になり、契約文言の多義性を招いたのです。甲が手形債務の支払いを拒絶したため、乙は、甲が支払い拒絶を続けるならば、デフォルトを宣言し、併せて信託証書上の期限の利益を喪失させるとの意思を、甲に伝えました。」
馬場「乙は債務相互免除契約をどのように解釈したのですか?」
千葉「免除契約の第4 条には、『この相互免除が係属する5 件の訴訟(具体的に列挙)に於けるあらゆる請求及び争点(any and all Claims alleged and matters in dispute in five pending cases) の十分且つ完全な終結、解決、及び履行であることを、当事者は明示的に合意する。』との規定があります。この規定を根拠に、債務相互免除契約が解決したのは、5 件の係属する訴訟で争われている問題に限られると、乙は主張しました。」
土井「その他にはどのような規定があったのですか?」
千葉「第12 条には、『この相互免除は、共同事業(具体的に列挙)に関する当事者間の約束、合意、条件、了解、保証、及び表示の全てを規定し(この契約と同時に作成した他の書類及び取引と併せ、全てを完結したものであることが全当事者の意思である)、ここに規定した以外の約束、合意、条件、了解、保証、または表示は、口頭または文書を問わず、明示または黙示を問わず、存在しない。』と書かれています。」
馬場「一種の完結条項ですね。」
千葉「乙は、第12 条で具体的に列挙された共同事業には、コンドミニアム手形債務と信託証書への言及がないと言います。」
土井「ところで、コンドミニアムの買主が契約に違反して手形債務を支払わないと非難されているのに、原告になっているのは何故ですか?」
千葉「手形債務不存在と信託証書解除の確認を求めた買主が訴訟を提起したからです。訴訟はコロンビア特別区上級裁判所で開始しましたが、乙が州籍相違の申し立てを行ったため、コロンビア特別区連邦地裁に事件は移管されました。」
土井「甲が手形債務不存在を主張するからには、それなりの理由があると思います。債務相互免除契約の条項についてもう少し説明して下さい。」
千葉「先ず第1 条に、用語『請求』の広範な定義があります。その規定によれば、請求とは、種類または性質を問わず、既知または未知を問わず、有形または無形を問わず、確定または不確定を問わず、全ての訴訟、訴訟原因、訴え、負債、使用料、先取特権、金銭、勘定、計算、捺印証書、誓約、約束、判決、費用、原価、弁護士費用、責任、救済請求、訴訟手続き、負債、契約、損害金、抗弁、義務、責任、要求及び権益を意味するとされています。」
土井「広範な定義とはもっともです。考えられる言葉を脈絡無く全て羅列したような感じがしますね。」(笑い)
千葉「これに驚いてはいけません。(笑い)第2 条には『当事者はあらゆる請求から絶対的、無条件且つ永久に、相互に免除される。』との文言があるのですが、『あらゆる請求』に続く関係代名詞で始まる修飾文節が凄まじいのです。できる限り簡略にして読み上げますから、居眠りをしながらで結構ですから聞いて下さい。(笑い)あらゆる請求とは、当事者が相手方の被免除者に対して、『共同事業に関連する全ての問題に限定することなく、如何なる問題、原因、事項であるか問わず、これを原因として直接、間接、または派生的に、過去、現在、または将来に、保有し、または保有することあるべき、法律上、エクウィティー上、またはその両者の、あらゆる請求』を指すことになります。」
馬場「コンピューターの用語に言うカット・アンド・ペースト (cut and paste) ですね。」
土井「それは何ですか?」
馬場「契約文例集から関係のありそうな文節を、手当たり次第に、借用して継ぎ接ぎしたものです。アンド・オア (and/or) が頻発しますから直ぐ判ります。」
千葉「第2 条より多少ともましなのが、第6 条です。」
土井「まだあるのですか?」(笑い)
千葉「多少長くなりますがこれが最後ですから辛抱して聞いて下さい。(笑い)『種類または性質を問わず、既知または未知を問わず、本契約に特定して明示されていると否とを問わず、契約当日または以前に直接、間接乃至派生的に存在しまたは存在すると主張されるべき、または種類または性質を問わず、当事者間に存在しまたは存在すると主張されるべき提携または関係を理由に、将来発生することあるべき、あらゆる請求から相互に免除し解放することが、本契約に特段の定め無き限り、当事者の明確な意図及び目的である。更に当事者は、種類または性質を問わず、何らかの請求がこの相互債務免除から、看過または過誤により、意図的または非意図的に、脱落していると将来主張する権利または請求を放棄する。』これは省略無しの第6 条全文です。」
荒井「ご苦労様でした。(笑い)このような場合裁判所の見解は分かれるはずです。」
千葉「非陪審審理を行った連邦地裁判事は、乙の主張を認め、コンドミニアム手形債務は相互債務免除契約の対象ではないと判断しました。しかし連邦控訴裁判所はこれを覆し、多数意見により、相互免除契約が文面上明白であるため、甲が乙に対して負う全ての債務が免除されたものと解釈しました。」
土井「ところで本件契約の準拠法は何でしょうか?」
千葉「当事者はワシントン特別区の隣州であるメリーランドの州法に従うことを契約の中で合意しています。」
馬場「ディー・シー・サーキットの判例には、メリーランド州法準拠が多いようです。メリーランド州は、アーサー・コービン教授が主張し、アメリカ法律家協会が採択した契約法(第2 次)リステートメントにも唱われている『主観的』解決手法の採用を、一貫して拒否しているはずです。」
土井「それではウィリストン学派の『客観的』基準ですね。それに従えば、事実審裁判官は、契約に多義性が存在するかどうかの判定に外部証拠を考慮することができます。但し、外部証拠で契約文書の明白な意義を改変しまたはこれと矛盾する判断ができないのは勿論です。更に、契約文書に多義性が存在すると判断されたとき、事実審裁判官は、外部証拠によって当事者意思を確認して問題を解決することになります。しかし契約文面上多義性が存在しないのであれば、パロール・エヴィデンスは排除されます。」
荒井「一応は理解が行き届いているようですね。(笑い)簡単に補足します。『表面上の多義性』という言葉はしばしば混乱の源であると多くの判例が指摘しています。言葉が多義的であるかどうかを、契約の文面だけに限って裁判官が判断することは、先ず無いだろうからです。裁判所が文言の意義を『文面上明白』であると判断するのは、事情を調べたうえで、文言に異なった意義を与えることが契約の書き換えとなり、許されない事実があるときです。」
千葉「連邦地裁判事は事件の争点が債務免除契約に言う『請求』の意義に関連することを認めました。」
土井「すると契約文言が多義性を持つ可能性があるかどうかについて事実認定が行われたのですね。」
千葉「いいえ。連邦地裁は、『請求』が第1 条で広範に規定された『あらゆる請求』を指すのか、または第4 条に列挙した訴訟と第12 条に挙げる完結文書から生じる特定の請求だけを指すのか明白でないため、契約は『文面上多義的である』と判断しました。そこで外部証拠を採用した地裁判事は、債務免除契約に明記され、または言及された特定の問題だけを免除することが当事者の意思であったものと結論付けました。コンドミニアム手形と信託証書は債務免除契約の対象外とされたのです。」
土井「契約条項があれほど強力であるのに、それを排斥する力を持った外部証拠とは具体的にどのようなものでしたか?」
千葉「債務免除契約に至る紛争解決交渉の経過と当事者の事後の行為です。事後の行為は、甲が一旦期限の到来した手形債務の支払いを拒絶した後、過去債務の一部を減額して支払い提供した事実や、提訴条件付きで支払い提供した事実などを指しているようです。」
荒井「一審判決の経過については良く判りました。続いて控訴審判決の説明をお願いします。」
千葉「コロンビア特別巡回区連邦控訴裁判所は、先ずメリーランド州法の確認から始めています。メリーランド州が契約の解釈に当たって厳守する伝統的な『客観的』基準について、判決文のあらましをご紹介します。契約の文言が明白であるとき、裁判官は、当事者が主観的にはどのように考え、または意図したかに関わりなく、当事者の立場にある理性人が理解する明白な意義に効果を与えなければなりません。契約条項の意義が明白であるときは、外部証拠に頼ることは禁じられます。実際にメリーランド州裁判所は、最終的に文書化された契約と矛盾する事前協議のような外部証拠の使用を禁じるパロール・エヴィデンス・ルールを、極く限られた例外を除いて、一貫して採用しています。つまり、表面的に明白な契約条件を解釈するための外部証拠の採用に、同州裁判所が消極的であることは、同州の諸判例から窺い知ることができます。しかし、契約が多義的であるかどうかを最初に判断する際に、裁判所は場合によって、外部証拠を採用しても良いとされています。ところが、提示された証拠を調べても、契約の文言が多義的であると裁判官が考えないとき、または外部証拠が『文書の明白な意味を改変し、またはこれに矛盾する』ときは、その証拠は排除されなければなりません。逆に、外部証拠が契約文言と矛盾無く解釈されるときは、多義性存在の有無を決定するために、裁判所はこのような資料を用いても良いこととなります。」
馬場「要するに、メリーランド州判例法は、契約文言に内在する多義性の暴露を外部証拠に要請しつつも、契約語句の持つ明白で、しかも通常の意義に矛盾するパロール・エヴィデンスの使用を禁じていることになります。」
土井「連邦巡回控訴裁判所が、連邦地裁と同様に『客観的』基準を採用していながらも、地裁判断を覆したのはどのような事情によるのでしょうか?」
千葉「控訴裁判所の多数意見によれば、原審の連邦地裁は、メリーランド州先例の適用を唱えながらも、債務免除契約が表面上多義的であるとの結論を支持するどのような事実、または外部証拠をも指摘できていないのです。その代わりに地裁は、(『全ての請求』を免除する)との契約の明白な文言と意義に矛盾するパロール・エヴィデンスに頼る過ちに陥ったと控訴裁判所は指摘しています。」
荒井「明快な論理ですね。ところで、連邦控訴裁判所が連邦地裁判決を再審理するときの基準は、手続問題ですから、州籍相違に基づく訴訟であっても、連邦法に従うことになります。連邦民事手続法によれば、事実審裁判所の事実認定を控訴審裁判所が再審理し、場合によって覆すためには、制限的な『明白に誤謬』(clearly erroneous)基準に従わなければなりません。しかし、法律問題であれば、『新たな』(de novo) 再審理の基準が妥当し、緩やかに考えることができます。そもそも契約書が表面上多義性を持つかどうかの判断は、法律問題でしょうか、それとも事実問題でしょうか?」
馬場「ディー・シー・サーキットの判例に、契約の明白な文言を解釈する問題は法律問題であって、控訴審裁判所は、外部証拠が正当に採用された場合を除けば、『明白に誤謬』再審理基準の制約を受けない、と判示したものがあります。」
土井「それでは本件の控訴裁判所もクリアリー・イロウニアス・スタンダードではなく、ディー・ノウヴォウ・スタンダードに従って、債務免除契約を分析したのですね。ところで、後者は容易に推測可能ですが、前者は具体的にどのような手順を踏むのしょうか?」
荒井「『明白に誤謬』の基準の下での上級審は、事実審判断を覆す前提として、原審判断が誤りであることの明確且つ堅固な確信 (definite and firm conviction)を、記録を再検証した結果、得なければなりません。しかも審理に当たっては、証拠を原審での勝訴当事者にとって最も有利な観点から検証し、証拠から合理的に得られる推論の利益はその当事者に与えなければなりません。」
土井「そうであれば、原審での敗訴当事者にとって最も有利になるように、証拠を検証するサマリー・ジャッジメントの場合と全く逆ですね。」
千葉「控訴裁判所は、債務免除契約の文言は明白であると判断しています。判決文に言う理由は次のようなものです。契約の明白でしかも包括的な文言は、『種類または性質を問わず、既知または未知を問わず、本契約に特定して明示されていると否とを問わず、契約当日または以前に直接、間接乃至派生的に存在しまたは存在すると主張されるべき、または種類または性質を問わず、当事者間に存在しまたは存在すると主張されるべき提携または関係を理由に、将来発生することあるべき、あらゆる請求から相互に免除し解放する』と規定した第6条に表れています。この文言は、用語『請求』を、『種類または性質を問わず、既知または未知を問わず、有形または無形を問わず、確定または不確定を問わず、全ての』負債、先取特権、契約、約束、及び義務、と定義する第1 条の規定に呼応しています。それに留まらず、債務免除契約の範囲に何らかの疑点が生じる可能性を排除するかのように、当事者は、『種類または性質を問わず、何らかの請求がこの相互債務免除から、看過または過誤により、意図的または非意図的に、脱落していると将来主張する権利』を放棄しています。」
土井「債務免除契約の文言が多義性を許さないほどに明白であるのなら、何故関与裁判官全員一致の意見でなく、反対意見が出たのですか?」
千葉「理由の一つに同類解釈則があります。」
土井「同一の文章または規定の中に、具体的な語句と一般的な語句が並列して配置されているときに、発動されるのがイージャスダム・ジェナラス (ejusdem generis) です。農場の売買契約で、売買の目的に『牛、豚、及びその他の動物』が含まれると定めていても、売主が愛玩する犬は売買の対象になりません。しかし市場に出すため農場で飼育中の羊は、たとえ少数であっても、買主に引き渡さなければなりません。つまり、具体的に列挙されたものと同種・同類の事項だけを一般的語句に含める意図が当事者にあったものと解釈するのが、同類解釈則ですね。」
荒井「良く理解されています。しかし、この解釈則を実際の事案に適用することは、必ずしも容易な問題とは言えません。」
土井「誉められているのか、注意されたのか良く判らない。」(笑い)
千葉「反対意見は、この法理を適用して、当事者間に争いが無く、しかも5件の訴訟とも関連しないコンドミニアム債務は、当然債務免除契約から除外されるものと判断しました。」
土井「同類解釈則について多数意見は何と言っていますか?」
千葉「具体的な文言と一般的な文言が別個の文章内に表れるため、同法理は適用できないと言っています。更に付け加えて、契約の意義明白な文言を修正し、または制限するために同類解釈則を援用したメリーランド州先例を、少数意見は何ら挙げていないと多数意見は指摘しています。」
土井「先ほど千葉君は反対意見の一つの理由は同類解釈則と言われましたが、他の理由は何ですか?」
馬場「今までの議論を振り返れば、土井君にも推測が付くはずです。」
土井「迂闊でした。(笑い)コービンとリステートメント・セカンドですね。」
千葉「連邦地裁は次のような事実を認定しています。甲は和解協議の席上で、コンドミニアム手形の取消や、信託証書の解除については何らの問題提起を行わない一方に於いて、別件手形の返却を求めたのです。」
土井「それは契約締結に至る周辺事情ですから、典型的な外部証拠です。その他にも、既に説明のあった契約後に甲の行った手形債務の履行提供も関係しそうです。」
千葉「契約文言の明白な意義を改変し、またはこれと矛盾する証拠が排除されることはパロール・エヴィデンス・ルール当然の要請ですが、コービン教授の学説と契約法(第2 次)リステートメントに従う少数意見は、契約文言に内在する多義性を確認乃至暴露する第一段階では、この外部証拠が関連あるというのです。」
馬場「要するに、契約文言の真の意義を決定する解釈の過程を経なければ、そもそも外部証拠が契約文言を改変するとか、文言に矛盾するとか言えないとの考えですね。」
土井「一体多数意見と少数意見では、どちらが契約当事者の意思を尊重しているのでしょうか?」
馬場「それは問題なくコービンの考えでしょうね。」
千葉「現に、多数意見は次のように言っています。『客観的基準とその当然の帰趨であるパロール・エヴィデンス・ルールの適用が、苛酷な結果を招来する場合のあること、そして本件事案がそれに当たることを、当裁判所は充分に認識している。しかしながら、当事者が契約文書の明白な文言を信頼できることは基本的に重要である。確実性と決着性に対する公共の利益は極めて重大であるため、各個の契約を附従的事情からの側面攻撃に曝すことは許容できない。』」
土井「悪く解釈すれば、裁判官は当事者意思の発見を怠り、盲目になれと言うことですね。」(笑い)
馬場「当事者が異なる意義を考えていた確たる証拠があるにも拘わらず、これを排除して、裁判官が『明瞭且つ明白』と解釈する意義に従って契約を強制すれば、裁判官が当事者の意図しなかった契約を作り出すことになると、コービンは客観説を批判しています。」
千葉「私の報告は、以上で終わります。」
荒井「お疲れさまでした。小休止の後は、残された二・三の重要問題について自由に論議することにします。」
千葉青年は最近囲碁が一向に上達しないと嘆いた。昔から多趣味な人間は何事にも上達が望めないと言われているから、アメリカ契約法の判例研究に精を出している証左であろうと皆から慰められ、えも言われぬ心地の千葉青年であった。
荒井「それでは、先ずエンジニアから口火を切ってもらいましょうか。」
土井「今までの議論で、完結条項 (merger clause or integration clause) の話しが再三出てきましたが、条項の具体的な文例を示して下さい。」
馬場「最も簡明な例を二・三挙げれば、『本契約が両当事者間の合意全体を構成する(constitutes entire agreement)。』、または『本契約に関係する約束、口頭了解、または如何なる種類のものであれ合意は、本文書に明記したものを除き、全く存在しない。』、あるいは『当事者間で交わされたあらゆる合意と了解事項は本契約に結合され(merged into this contract)、本契約のみが当事者間合意の十分且つ完全な表現であることが、理解され合意された。』などがあります。
千葉「判例に表れた例に次のような規定があります。『本文書は、売主・買主間契約の完結的、終局的、且つ排他的な表現 (full, final, and exclusive statement)を内包している。売主は付帯事項に関して本文書の規定以外に何らの表示または表現を行っていない。売主による、明示または黙示の、担保責任が本文書と離れて別個に発生することはない。』」
馬場「もともとマージャー・クローズに与えられる効果は、判例により区々ですから、後日の紛争を避けるためには、詳しい規定が望ましいのは事実です。統一商法典の権威者とも言えるジェイ・ホワイト(J. White)、アール・サマーズ (R. Summers) の両教授がその共同著書で推奨する文例は次のようなものです。『両当事者の署名した本契約書と、余白に両当事者が頭文字を付した本文節は、全契約条項の最終的文書表現 (final written expression) を構成し、契約条項の完全且つ排他的表現 (complete andexclusive statement) である。本契約文書の条項と何らかの意味に於いて相違する、売主代理人の行ったあらゆる説明、約束、保証、または言明 (any and all representations, promises, warranties or statements by Seller's agent that differ in any way from the terms of this written agreement) には、何らの強制力乃至効果を与えないものとする。』U.C.C.の解説書ですから、売主代理人となっていますが、これを交渉当事者などに適宜置き換えれば、契約一般に応用が可能でしょう。」
荒井「完結条項の効果については、コービン教授がこう言っています。契約を文書化された規定に限定することにより、当事者は契約以前の了解や合意を無効にする意思を明確に表明したことになります。そのため、事前の保証や約束が実際に存在したとしても、完結条項によってそれらは無に帰します。勿論、完結条項自体が、詐欺または錯誤によって、無効となるときは別です。」
土井「U.C.C.では、パロール・エヴィデンス・ルールをどのように考えているのですか?」
荒井「U.C.C.の下では、基本的に、契約文言に表面的多義性が欠けていても、裁判所が第一段階として外部証拠を検討する障碍とはなりません。文書が事実上多義的であるかどうか決定する前に、裁判官は先ず文書作成に至る事情と目的を考慮しなければなりません。契約が表面上多義的でなくとも、契約の商業的背景を勘案するのが妥当との考えです。現に、セクション1-205 の公式注解には、『当事者合意の意義は、当事者が用いた言語、並びに商慣習及びその他周辺事情に照らして解釈できる当事者の行為によって、決定すべきである。』と書いてあります。」
千葉「コービンとリステートメント・セカンドに沿った考えですね。」
荒井「非U.C.C.契約では、契約締結以前の協議が長期に亘り、しかも契約文書が詳細に規定されているときは、特に完結条項が無くとも、契約の完結が推定されることが多いと思います。しかしながら、セクション2-202 を読めば理解できることですが、契約文書を当事者間合意の完全な表現とする意思が当事者にあったとの前提は、もはやU.C.C.では通用しません。当事者に契約を完全に文書化したとの意思があったと裁判所が明白に認定しない限り、全く逆の前提が事実上存在するのです。契約の周辺事情と目的に照らして、契約の意義が明白であると判断したときにのみ、裁判官は契約の意義を説明するパロール・エヴィデンスを禁止できることになります。」
土井「次は別の質問です。多義性の問題 (issue of ambiguity) と完結性の問題 (issue of integration) は別個であると指摘を、荒井さんが確か論議の中程でされましたが、これについてのご説明を伺います。」
荒井「良くご記憶です。(笑い)契約文書が充分に完結されていないから、証拠の採用が可能であるとの理由で、意義明白な契約文書を改変し、または補充するための証拠が提出されたときに、完結性の問題が発生します。問題は提出された文書が完結した契約文書の外部証拠であるため、採用が認められないか、それとも、提出された証拠が契約全体の一部であり、契約文書もまた契約全体の一部に過ぎないかの問題です。ペンシルヴァニア州を例に取ると、同州の裁判所は文書完結の問題については、厳格なフォー・コーナーズ手法を用いていますが、多義性の問題については、この手法を必要としていません。」
土井「一般に事実問題は陪審に、法律問題は裁判官に、と言われていますが、パロール・エヴィデンス・ルールに関する考え方の相違によって、相互の役割分担に混乱が生じるのではないでしょうか?」
荒井「矢継ぎ早の難問で当方もたじたじです。(笑い)先ず手続上の問題として考えてみましょう。従来の基礎的法原則によれば、契約文書の意義は法律問題であるため、陪審ではなく裁判官が決定すべきものとされていました。しかしながら、この旧来の原則は、意義解釈の問題を、単一の意義が導かれるときを除き、陪審の役割とする新しい原則に、道を譲りつつあります。これはリステートメント・セカンドのセクション212 を読めば理解できます。次に実体法の基礎的法原則にフォー・コーナーズ・ルールがあります。これは既に論議の中に出てきましたから、皆さんご存じのことです。契約文書が、『その文書表面上』明白であるとき、つまり契約の背景は知らなくとも英語を読める人にとって明白であるときには、その明白な意義を改変する証拠を提出することはできません。この実践的効果は、契約意義の決定権能を裁判官に限定することにあります。理由は解釈問題が一義的に解決できるからです。しかしご存じのように、フォー・コーナーズ・ルールは、かなり多くの州に於いて、リステートメント・セカンドの軍門に下っています。外部証拠は、契約文書が文書表面上多義的であるときに限らず、契約文書の多義性を証明するためにも、導入することが認められることになりました。この実体法上の展開は手続法上の進展を伴います。つまり結果的に、意義に疑点を見出す理由のある全ての場合に、契約意義の解釈を陪審が決定することになったのです。」
馬場「現実的な分析としては、法制度が陪審に対し任務として割り当てる問題が『事実問題』であり、裁判官が法制度上決定権能を与えられる問題が『法律問題』であると言ってよいのでしょうね。」
荒井「更に補足すれば、第7 巡回区控訴裁判所のポズナー判事は、このような傾向は望ましくないと言っています。理由は端的に、現代の商業紛争が複雑化していることです。商業に関する高度の知識を持った階層から陪審が選ばれることは殆ど皆無です。」
千葉「フォー・コーナーズ・ルールに固執している州は、未だかなりの数ありますね。」
馬場「ニューヨーク州、ペンシルヴァニア州、メイン州を始めとして多く残っているのは事実です。」
荒井「パロール・エヴィデンス・ルールの問題は、未だ全てが出尽くしたわけではありません。しかし時間も予定より超過したので、今日の議論はこれで打ち切りたいと思います。」
馬場・千葉・土井(異口同音に)「お疲れさまでした。」
その後四人は深夜に及ぶまで烏鷺の争いに興じた。
筆者後記:やさしく学ぶアメリカ契約法(第1 回)をお読み下さったH.T.弁護士から登場人物の呼称が判りにくいとの貴重な助言を頂きました。そこで今回は、思い切って呼称を改めました。アルファベット表記の頭文字に注目して下さい。年長者順にA, B, C, D となっています。剣術道場に例えれば、A は道場主、B は師範代、C とD は道場の足繁く通う気鋭の剣士です。しかし、ここでは道場主とて権威者ではありません。お互いが論議を通じて切磋琢磨し、アメリカ契約法の理解を深めようとしているのです。前回記事の橋本老人が今回の荒井老人 (Arai) に、以下順次に、田中壮年が馬場壮年 (Baba) に、鈴木青年が千葉青年 (Chiba) に、斉藤青年が土井青年 (Doi) にそれぞれ対応します。
今回のフィクション的ダイアログも、前回同様に、筆者の主宰する私的研究会で行われた論議を基礎に構成しています。契約法が主題ですが、自由闊達な議論を旨としているため、不法行為法や法の抵触にも論議が脱線しました。
参照した判例の一部を次に列挙します。
(1) Pacific Gas and Electric Co. v. G.W. Thomas Drayage & Co., 442 P.2d 641 (Cal. 1968)
(2) Escola v. Coca Cola Bottling Co., 150 P.2d 436 (Cal. 1944)
(3) Greenman v. Yuba Power Products, Inc. 377 P.2d 897 (Cal. 1962)
(4) Henningsen v. Bloomfield Motors, Inc., 161 A.2d 69 (N.J. 1960)
(5) Trident Center v. Connecticut General Life Insurance Company, 847 F.2d. 564 (9th Cir. 1988)
(6) Wilson Arlington Co. v. Prudential Insurance Co., 917 F.2d 366 (9th Cir. 1990)
(7) Oki America, Inc. v. Microtech International, Inc. 872 F.2d 312 (9th Cir. 1980)
(8) Nedlloyd Lines B.V. v. Superior Court, 834 P.2d 1148 (Cal. 1992)
(9) Erie R.R. Co. v. Tompkins, 304 U.S. 64 (1938)
(10) A. Hershon v. Gibraltar Building & Loan Association, Inc., 864 F.2d 848 (D.C. Cir. 1989)
(11) Admiral Builders Savings & Loan Association v. South River Landing, 502 A.2d 1096 (Md. 1986)
(12) Kasten Constr. Co. v. Rod Enters., 301 A.2d 12 (Md. 1973)
(13) Raffles v. Wichelhaus, 159 Eng.Rep. 375 (Ex. 1864)
(14) Washington Metropolitan Area Transit Authority v. Mergentime Corp., 626 F.2d 959 (D.C. Cir. 1980)
(15) Mellon Bank, N.A. v. Aetna Business Credit, 619 F.2d 1001 (3rd Cir. 1980)
(16) Taylor v. State Farm Mutual Automobile Insurance Co. 854 P.2d 1134 (Ariz. 1993)
(17) Amoco Production Company v. Western Slope Gas Company, 754 F.2d 303 (10th Cir. 1985)
(18) Berg v. Hudesman, 801 P.2d 222 (Wash. 1990)
(19) LaFAZIA v. Howe, 575 A.2d 182 (R.I. 1990)
(20) ARB, Inc. v. E-Systems, Inc., 663 F.2d 189 (D.C. Cir. 1980)
(21) United Refining Co. v. Jenkins, 189 A.2d 574 (3rd Cir. 1963)
・・・・・・・了・・・・・・・
(註) 初出:「海事法研究会誌」(第147 号)「やさしく学ぶアメリカ契約法〈第2回〉」1998.12.1 (社)日本海運集会所