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| 源氏物語ゆかりの地 |
| 【廬山寺(廬山天台講寺)】 藤原為時の娘として973年頃に紫式部がこの地で生まれ育ち、源氏物語を執筆したとされている。源氏物語の第三帖空蝉の中に於いて、光源氏と人妻の空蝉が出会う場所として、この地が設定されている。 |
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| 【渉成園(枳殻邸)】 光源氏のモデルと言われる、源融(みなもとのとおる 第二代嵯峨天皇の第12皇子)の別荘の一部といわれる場所。現在は東本願寺の別院になっている。源氏物語の第四帖夕顔の中で「その辺りに近い某院にお着きあそばして」と有るが、その某(なにがし)の院が、ここ渉成園だと言われている。 |
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| 【大雲寺】 円融天皇の勅願に依り創建された大雲寺は、紫式部の曾祖父、藤原兼輔(真覚上人)が初代住職。行基作の「十一面千手観音」を本尊とし、四十九の堂塔と千人に及ぶ僧を擁する洛北屈指の名刹と称された。光源氏と若紫の出会いの地(某の寺)と言われている。 ※この出会いの地に付いては鞍馬寺であるという説もある。 |
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| 【野宮神社】 皇室の祖、天照大神(野宮大神)を祀っている野宮神社は、伊勢斎王の制度に依り、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王(皇女、女王の中から選ばれる)が伊勢へ旅たつ前に身を清められたところです。 その様子が源氏物語第十一帖「賢木の巻」に六条御息所の娘が斎宮に決まり、それを源氏の君が引き留めに野宮を訪ねるという設定で描写されています。 野宮の場所は天皇の即位毎に定められ、野宮神社が使用されたのは平安時代のはじめ嵯峨天皇皇女仁子内親王が最初とされています。斎王制度は後醍醐天皇の時に南北朝の戦乱で廃絶し、その後は神社として存続。 |
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| 【雲林院】 光源氏が藤壺に迫ったものの、それを拒まれこの雲林院に籠もり、物思いにふけったと書かれている。かつての雲林院は現在の北大路通りを中心に南北一帯の敷地(大徳寺をも含む)を有する大寺院であったようですが、現在は北大路旧大宮を下がった所にこじんまりと佇んでいる。 |
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| 【三千院(往生極楽院)】 平安時代、寛和2年(986)恵心僧都(源信)が父母のために、姉の安養尼とともに阿弥陀三尊を安置し建立したものと伝えられる。源氏物語宇治十帖「手習」の中に書かれている「横川の僧都」と「妹尼」のモデルは恵心僧都と安養尼で有ると言われている。 |
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| 【三室戸寺】 創建は奈良時代、光仁天皇の勅願に依り南都大安寺の僧、「行表」による。室町時代中期以後衰退するが、江戸時代に現在の本堂を再建、金銅千手観音立像(秘仏)が安置されている。又、五月のツツジ(2万株)、石楠花(千本)、6月の紫陽花(一万株)、7月の蓮、秋の紅葉と、花が美しい事で有名。鐘楼の脇には、源氏物語宇治十帖の「浮舟古跡」の古碑があります。 |
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| 【宇治十帖古跡】 第四十五帖橋姫(はしひめ)宇治橋西詰にある橋姫神社が橋姫の古跡。 第四十六帖椎本(しいがもと)京阪宇治駅の東南にある彼方(おちかた)神社が椎本の古跡。 第四十七帖総角(あげまき宇治上神社の北側、大吉山の登り口に有る。 第四十八帖早蕨(さわらび)宇治神社の北側、散策道沿いに有る。 第四十九帖宿木(やどりぎ)旅館街を越え宇治川左岸を上流に約50m行った所に有る。 第五十帖東屋(あづまや)京阪宇治駅の東南にある東屋観音と呼ばれる石像が東屋の古跡。 第五十一帖・浮舟(うきふね)三室戸寺の境内、鐘楼の隣り。 第五十二帖・蜻蛉(かげろう)京阪宇治駅から三室戸寺に向かう小道の途中にある蜻蛉石が古跡。 第五十三帖・手習(てならい)三室戸の府道京都宇治線沿いにある。 第五十四帖・夢浮橋(ゆめのうきはし)宇治橋西詰の南側。 宇治十帖モニュメント古跡ではないが、宇治十帖古跡全体を象徴するモニュメントで、ヒロイン「浮舟」と「匂宮」が小舟で宇治川に漕ぎ出す場面をモチーフとしている。宇治神社の前、朝霧橋東詰にある。 |
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| 【紫式部の墓】 京都市北区堀川通り北大路下がる西側に小野篁(おののたかむら)のお墓と紫式部のお墓が二つ並んでいる。一見すると全く関係のない二人のお墓が並んでいるのは、不思議であるがこれは、日本に仏教が浸透していく中、「色恋沙汰の絵空事を著し多くの人を惑わした紫式部は地獄に堕ちたに違いない」という考えから、「源氏供養」と称した紫式部の霊を供養する儀式が度々行われていた。又、一方で小野篁は夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという事から、地獄に堕ちたであろう紫式部を救う意味合いで、後に小野篁(おののたかむら)伝説と結び付けられた様である。 |
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| 【夕顔の墓】 下京区の堺町高辻下がるに、夕顔の墓の石碑が有る。物語の中の人物のお墓が有るというのが面白い。 |
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