ACT1 クルス−@

 

 僕たちは次の目的地に行くはずが、とある街に立ち寄ったときに一通の手紙によって、目的地のウィーンから急遽僕たちの故郷、スウェーデンの首都・へ戻ることになりました。
 僕やセレネは別に急がなくてもいいと思っているのですが、アレスはやけにそわそわしているし、やたら馬のスピードを上げてに向かって走らせています。おかげで馬車の中に入る僕たちは整備されていない道路のせいでガタガタ揺れるたびにいろいろな方向に転がっています。そのうち何回か僕は舌を噛んでしまいました。
 そんなこんなでやっとの思いでに着くことができ、内のクロート博士が残した屋敷に戻ってみると、二人の男女が僕たちを出迎えるように待っていました。男性の方は初老を迎え、髪はほとんどが白髪で、眼鏡をかけ、執事の正装をしたクロート博士の執事・ヘンリー(じぃや)でした。女性のほうは会ったこともない方です。年のころなら24、5歳。ウェーブがかかった腰近くある金髪を風になびかせ、薄いピンクのフリルの入ったワンピースを着て、くりくりとした青い瞳で僕たちに微笑んでくれましたが、何故か右目は包帯で巻かれていました。
 しかし、その微笑みは僕やセレネに向けられたのではなく、一番最初に馬車から降りたアレスに向けられたものでした。
 アレスは女性に対し少し驚き、動揺はしていましたが、彼女に近づき、彼女の頬にそっと右手で触れ、そのあとお互い力強く抱きしめ合うのでした。
 う〜ん…アレスの新しい彼女さんでしょうか…。
 あ、もしやあのルカさんの件で右目を失明したアレスの本妻さんでしょうか!!
 そう馬車の中で考えていると、僕の横でアレスの様子を顎に手を置きながら羨ましそうに見ながらセレネが口を開きました。
「いいなぁ〜。あたしもあんなふうに感動的な再会をしてみたいなぁ〜」
 そう言いつつ僕の方をじーっと見てきます。
 僕にどうしろって言うんですか。
「お久しぶりです、クルス様、セレネ様。」
 と僕たちがいる馬車に近づいて一礼をするじぃや。すると、さっきまで羨ましそうに見ていたセレネの表情がぱっと明るくなり、そしてあっという間にじぃやに飛びつきました。
 ふぅ…助かりました。セレネはじぃやっ子ですからね。
 じぃやはセレネに抱きつかれながらも僕に手を差し出してくれました。僕は遠慮なくその手を取り、馬車から降りると、向こうの方も感動的な再会を終えたようで、アレスは彼女さんの方に手を回しながら僕たちに彼女さんを紹介してくれました。
「紹介が遅くなったな。彼女は俺の現恋人・シルヴィ=クレーゼルバーグだ」
「よろしくね、クルスさん、セレネさん」
「こちらこそよろしくお願いします。
 あのつかぬことをお伺いしますが、もしかしてシルヴィさんの右目はあのルカさんに暴行されて失明したものですか?」
 僕の質問にシルヴィさんは少し動揺しました。そして、シルヴィさんの代わりにアレスが答えました。
「はぁ?そんなこと一言も言ってないぞ。
 俺は酷い結膜炎で失明しかけたって言ったんだよ」
 言ってません!!
 そう思っていると、アレスとシルヴィさんは僕らをほっといて屋敷の中にさっさと入っていこうとしました。
 そのときです。
 ずどんっ
 突然僕らの後ろに大きな物が落ちてきました。
 僕らはその音で反射的に後ろに振り向くと、そこには馬車を半壊させ、頭から血を流し、瞳孔が完全に開ききっている女性がいました。
 シルヴィさんは恐怖のあまり悲鳴を上げ、アレスの胸元に顔を伏せ、シルヴィさん以外の僕らはただ驚愕するしかできませんでした。
 ん…?女性の額に手紙が付いています。えーっと『早く生贄を我が前に差し出せ。出さぬつもりならこの街を破壊し、おまえらを全てこの女のようにしてやる。出すつもりなら明日の晩、猫の爪の月が出るときにいつもの祭壇に女性の生贄を二人差し出せ。』って生贄?!
「じぃや。これは一体どういうことなんだ?!説明しろ!!」
 僕が言うよりも早く、アレスがじぃやを責めました。
 じぃやは最初申し訳そうに黙り込んでいましたが、その重い口を開きました。
「……実はアレス様たちがお立ちになってから一ヶ月。突如この街に一匹の吸血鬼がやってきたのでございます。」
 吸血鬼?!