ACT2 クルス−A

 

 僕たちはあの脅迫状(もどき)付きの死体を目撃して慌てて屋敷に入り、とある一室で一息つきました。早速じぃやから話を聞こうとしましたが、その前にシルヴィさんが先程の衝撃にすっかり怯えてしまい、アレスから離れようとせず、ただ小刻みに体を震わせて話すどころではありませんでした。
 僕はシルヴィさんが落ち着くまで待とうと言いましたが、震えながらも自分のことは構わず吸血鬼の話を聞いて欲しいといったので、じぃやはこほんと一つ咳払いをすると、今回の経緯を話し始めました。
「アレス様たちが旅にお立ちになってから一ヶ月のことでございます。突如この街に一匹の吸血鬼が舞い戻り、力のない私どもにこうおっしゃったのです。『僕に殺されたくなけれべ、生贄を用意しろ』と。
 もちろん私どもはご主人様が遺してくださった対吸血鬼の武器で抵抗しましたが、奴の前に私共の力はハエとも同じ。
 結局私共は生きるために奴の命令にただ従うことしか道がなく、最初はこの街に巣食う娼婦や女性犯罪者を差し出していました。
 しかし、つい一週間前のことでございます。奴が私共に対し『娼婦どもは飽きた。今度からは貴族を差し出せ』と申してきたのです。
 前々からアレス様たちに連絡を出していたのですが、なかなかお捕まえることができなかったのでこのように連絡が遅くなってしまったのです。
 申し訳ありません」
「じぃやが謝る必要はない。俺達もいろいろな所に回っていたからな。足取りをあっさり掴むことができるほうが神技だ。
 それより生贄を出すか出さないかの方が先決だ。」
「そうですね。この選択がこの街の運命を左右させるものですからね。
 アレス、セレネを生贄として奴に差し出し、奴が油断して箱を開けた瞬間にクルスが攻撃呪文を放つというのはどうでしょうか?
 セレネなら僕らの中で一番攻撃力がありますからね。
 やってくれますか、セレネ」
「もっちろん、いいわよ!!
 でもさぁ〜、あと一人どーすんのぉ?確かさぁ二人差し出すんだよね。
 もしかしてシルヴィさんを二人目にするとか言わないわよね?」
「って誰がシルヴィを生贄として差し出すかよ!!シルヴィは俺の物だ!!」
『ほほぉ〜??』
 アレスの爆弾発言に僕とセレネはジト目でアレスを見ると、自分が爆弾発言をしたことに気づいたアレスは珍しく顔を真っ赤にさせつつも開き直りました。
「こいつが好きで何が悪いんだよ!!」
「別に悪いとは言ってないわよねぇ」
「そうですよねぇ」
「でもさぁ、なんだかんだ言ってアレスってば顔に似合わず恋人のことうんと大事にしてるわよねぇ〜」
「シルヴィさんのこと『俺の物』ですよ。フツー言いますぅ?」
「きっとシルヴィさんが不倫したとき頑固親父みたくちゃぶ台ひっくり返すぐらい切れるわよ〜」
「哀れなシルヴィさんですね〜」
「くぉらぁ〜!!そこ!!なに井戸端会議みたいなことしてるんだよ!!」
 こそこそと井戸端会議みたく言い合っていると、アレスが切れ、席を立ち、僕たちに向かって指差しました。
 しかし、僕らは懲りずに―――
『ああだもんねぇ』
 とアレスをバカにしました。
 それがアレスの怒りに油を注いでしまい、アレスは無言のまま僕とセレネの元にやってきて―――
「お前らいい加減にしろ!!」
 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり……!!
 と僕とセレネの頭をぶつけ合い、同時にこめかみをぐりぐりと梅干しはじめました。
 あ゛う゛〜〜痛いですぅぅ〜〜!!
「わかったか……ん?!」
 突然アレスが梅干をするのをやめ、僕の顔をまじまじと見始めました。それにつられてじぃややセレネ、そしてだいぶ落ち着いてきたシルヴィさんまで僕のことをじーっと見ています。
 ???
「…なぁ。こいつに女の服を着せたらマジ女に見れるよな」
 は?
「あと、カツラをつければ立派な女性になりますわ」
 だから、何のことですかぁ?!
 そう思っていると、アレスは突然にぱっと笑顔になると、僕の両肩をぽんっと叩き――
「つーわけで、頑張れよ」
 何をですか?!
「そうです、クルス様。全てあなた様にかかっているのですぞ」
「私達の未来のために頑張ってくださいませね」
 な……なんか……皆さんの笑顔が悪魔のように見えるんですけど…………
 僕はわけがわからないので思わずセレネに尋ねました。
「セレネ、一体どうなってるんですか?」
「今のでクルスが二人目の生贄に決定したのよ」
 ……え゛……っ?!
「……あの……僕、男ですけど…………?」
「女装しろってこと」
 がぁ〜んっ!!
 僕はセレネの衝撃的な言葉にショックを受けました。
 男の僕が女装……男の僕が女装………
 うわぁ〜んっ!!それだけはイヤでしたのにぃぃ〜!!
 と心の中で僕が叫んでいるのにも関わらず、アレスたちは勝手に話をどんどん進めていくのでした。