|
ACT3 クルス−B |
| アレスたちの一方的な言い分で、僕が二番目の生贄に決定してしまい、一番やりたくなかった女装をする羽目になってしまいました。 じぃやは決まったその日の内に服からカツラまで全てを用意してしまったので、こうなってはイヤとは言えません。僕はしぶしぶ諦め、次の日の夜、女装をして外で待っていました。 「しっかし、その格好をしていると、ますます女に見えるよなぁ…」 「ほっといてください!!」 僕の女装姿を見てしみじみ言うアレスに僕は思わず叫びました。 そんなに女に見えますかねぇ……。 僕は自分の格好を見ました。あおのひらひらとフリルのついたいかにも女性らしい服に、僕の髪と同色のウエーブが入ったカツラ、そしてカツラと地毛の境目がバレないように脳天の部分からベールをかぶっています。 しかし…動きづらいです…… 僕は慣れないスカートをずるずると引きずりながら、生贄を入れておく箱の中に入ろうとしました。既に中に入った僕と全く同じ格好をしたセレネが手を貸してくれて、その手を取ったとき、足がスカートの裾を引っ掛けてしまい――― 「わあっ!!」 べしっ!! 見事に顔から箱の中につっこんでしまいました。 「クルス、大丈夫?!」 「にゃ…にゃんひょか……」 「んじゃー閉めるぞぉ〜」 あ゛〜っ!!ちょっと待ってくださいぃ〜!!」 アレスは箱の中をちゃんと確認せず、蓋をしてしまいました。おかげで僕は倒れ伏せた体勢のまま祭壇に連れてゆかれる羽目になってしまいました。 「クルス、仰向けになって起き上がれれば、なんとか座れるよ」 セレネは僕に小さな声で囁きました。ぼくはセレネの言われた通りに仰向けになって 頭をぶつけないように起き上がりました。 「生贄を置く祭壇まで20分もすれば着くってじぃやが言ってた」 「となれば、それまでに作戦を立てなくてはなりませんね。 しかし、今回は前回以上に情報が少なすぎてうまく作戦が立てられませんよ〜」 「じぃやは肉食型なのか、吸血型なのか分からないって言うしね〜」 『う――――んっ』 僕とセレネは腕を組んで考え込んでしまいました。 どっちかによって戦い方が違ってくるので、分からないというのは致命的ですね。 「ねぇ、とりあえず両方にも通用する眠り(スリーピング)で眠らせてから攻撃するとかはどう?」 「それなら捕獲(レイウー)も使えますよ」 「…ってどっちも殺傷攻撃力がない術ばかりじゃない」 「ですね」 がくんっ!! 『うわっ?!』 突然箱が揺れたと思ったら、箱が急に斜めになり、僕は箱の端に叩きつけられ、その僕のところにセレネまでもこっちに来て僕に抱きつきました。 い…痛いでふ…… 「一体何が起きたのよ?!もう敵襲?!」 セレネが僕に抱きつきながら声を張り上げて、箱の外にいる者に尋ねました。すると、従者の一人が、箱の外から答えました。 「申し訳ありません。急坂に差し掛かりましたので、身動きが取れないと思いますが、しばらくそのままでいてください」 このままって…かなり苦しいんですけど…… 「じぃやったら急坂があるなんて一言も言ってなかったじゃない!!」 「ど忘れしたんでしょう。もう年ですから…… 「な〜るほど」 僕の言葉に抱きつきながら納得するセレネでした。 しばらくこの状態が続きましたが、やっと箱が平衡になりました。 しかしそう思ったのも束の間、箱は何かの上に乗せられ、従者は悲鳴をあげていなくなってしまいました。 ……どうやら、外にはもう吸血鬼さんがおいでのようですね。 「セレネ、とりあえず先程セレネが言った方法でやりましょう」 僕は小声でセレネに言うと、セレネは黙って頷き、眠り(スリーピング)の呪文を唱え始めました。 しかし、向こうはなかなか箱を開けようとしません。我慢勝負と言う訳ですか。 僕達は構えたまま我慢することにしました。 ―――― 一時間経過しました。 ―――― 二時間経過しました。 ―――― 四時間が経過しましたが、向こうは一向に開けようとしません。よほど我慢強い方だと見ました。これだともうしばらくかかりますね。 そう僕が思うのをよそに、セレネは我慢の限界が来たらしく、それでも必死に我慢しようと小刻みに体を震わせ、口をしっかり閉じ、顔からは汗が噴出して物凄い剣幕になっています。 これはなんか……今にも限界が切れそうですね…… その言葉通り、セレネはついに我慢の限界を切ってしまいました。 「もー我慢できない――――――っ!!」 「あ゛――――っ!!ダメですってばぁ――――っ!!」 僕が止めるのも虚しく、セレネは今まで制御していた魔法を解いて、箱の蓋を勢いよく持ち上げてしまいました。 すると、目の前にのほほ〜んとした温厚そうなかなり太った男性が、僕達のことをちょこんとしゃがんで線になっていて目かどうか分からない目でじーっと見ていました。その男性に僕達は思わず目が点になって固まってしまいました。 ぜ…全然気配がしなかった…です…… 僕達の目が点となって固まっていると、その男性のほうから口を開き、僕達に話し掛けてきました。 「……ん〜…君達が〜……今回の生贄かな?」 男性の言葉に僕達は目が点になったまま頷きました。 なんでしょう、この男性(ひと)は……。まるで吸血鬼の気配が感じられません。 僕が不思議に思っていると、男性はすくっと立ち上がり、すたすたと道がある方向へ歩いていきました。そして、しばらく歩くと、こちらに振り返り、呆然としている僕達においでおいでと手を招きました。 ついてこいというのでしょうか? 僕達はお互いの顔を見合わせ、とりあえずこの男性についていくことにしました。 「あの…あなたは……?」 歩きながら僕は男性に尋ねました。 「ん〜…僕ぅl〜?僕はね、ヨシュア。君たち貴族に死体と手紙を送りつけた張本人だよ〜」 『え゛―――――っ?!』 ヨシュアさんの言葉に僕達は後ろに退きました。 こ…この人がですか?! 「あはは〜。やっぱり予想通りの反応をしたね〜。 性格と行動が全く逆でしょう〜?」 ホントそうですね。 「でもぉ〜あの死体になった女性は〜僕のことを罵ったから、これはもう使い物にならないと思って一突きで殺しちゃったの〜……。 吸血鬼なら〜この血を啜るか、肉を食うかのどっちからしいけどぉ〜僕はあいつの血を啜る気にはなれなかったんだぁ〜」 「ってことはあなたは吸血鬼さんですか?!」 「大当たりぃ〜♪」 う……うそでしょう……… 僕はヨシュアさんの言葉に絶句してしまいました。 こ…これが……残虐な手口を使って僕達に手紙を送りつけた張本人なんですか。全然そうには見えません。世界って本当に広いんですね〜。 「ん〜でもぉ〜今回は男の子の方がよかったんだけどね〜」 『へ?!』 再び歩き始めて、ヨシュアさんはまたとんでもないことを口走り、その言葉に僕達は目が点になりました。 男の子の方がよかった? ってことはわざわざ女装しなくてもよかったってことじゃないですかぁぁぁぁっ!! 「あ…あの……!!ぼ…僕……ふぐぅ?!」 僕が言いかけたとたん、セレネが僕の口を塞ぎました。 せ…セレネぇ〜!!別に正体バラしてもいいじゃないですかぁ〜!! 「それは残念でしたね〜…。なら今から屋敷に戻って男をたくさん連れてきますよぉ?」 「ん〜面倒くさいしやんなくていいよ〜。 それに今回は何か面白そうなことが起きそうだからわくわうしているんだ」 それは僕達のことを指しているのでしょうか? そう思っていると、突然セレネの手が僕の口から離れ、セレネの口から不適な笑みが漏れました。 「ふ…っ。ふふふふふふ……その面白そうなことが起きるのは大当たりよ!!私達はあなたを倒すためにわざと生贄になったんですからね!!」 ってこんなところで正体バラしてどうするんですか……。 しかしセレネの言葉にちっとも動じないヨシュアさん。 やはりアホらしくてあきれているんでしょうか。 「というわけで、ヨシュア!!あたしと勝負よ!!」 「イヤ」 こけけけっ セレネの宣言にきっぱり断るヨシュアさんにセレネはその場でコケました。 しかしセレネは諦めず――― 「イヤとは言わせないわよ!!ここに住んでいる住民の生活のため、大人しく滅びを迎え入れなさい!! というわけで先手必勝!!火炎の嵐(ファイアーストーム)!!」 ぐおぉぉぉぉっ!! セレネが放った鉄をもあっさり溶かす炎の渦が、ヨシュアさんに襲い掛かります! しかし―――― ずおぉぉぉぉぉぉぉっ!! 『い゛っ?!』 ヨシュアさんは勢いよく炎の渦を吸い込み始めたものだから、僕達は度肝を抜かれてしまいました。 う…うそでしょう……?!炎を体内に入れるなんて!! しかしヨシュアさんは吸い込み続けます。そして――― ごっくんっ!! とついに炎を全部飲み込んでしまったのでした。 驚く僕でしたが、僕以上に驚いていたのは術を放ったセレネ本人でした。セレネは最初ただ呆然としていましたが、次第に顔が青くなり、手がわなわなと震え――― 「き……ききききききき…気持ち悪い―――――っ!!!」 と叫ぶのでした。 確かに気持ち悪い光景でしたね。お食事中の皆さん大変失礼しました。 そう思っていたその時、僕の視野の隅にちかちかと光るものが入ってきました。僕はそちらの方向に振り向いてみると、木の枝の上にちょこんと銀の首飾りをした白い鳥が僕らの方を見つめていました。 あれは―――― 僕は鳥さんに向かって頷くと、鳥さんは羽ばたいて飛んでいってしまいました。 ふ〜ん。彼は意外に心配性なんですね。 「も〜いやっ!!こんな気持ち悪い奴と一緒にいるなんてあたしのプライドが許さない!!も〜帰るぅ〜!!」 と泣き喚くセレネ。 まぁ…気持ちは分からないでもないですが……。 「無理ですよ。もう任務は失敗しちゃったんですから大人しく彼の言う通りにしましょう」 「え゛〜?!」 「そうそう。この子の言う通りだよ。魔法の使える子なんて滅多にいないからしばらく僕の遊び相手になってね」 「絶対にイヤぁぁぁぁぁっ!!」 と猫の爪の月がくっきり出ている夜の中、セレネの悲鳴がただ響き渡るのでした。 |