ACT4 アレス−@

 

 クルス達が敵陣に生贄として潜り込みに行ってからいくばか時間が経った。
 俺は寝室のベッドの上に腰かけ、クルスたちのことを考えていた。
 クルスはセレネと違って根はしっかりして慎重に行動するから別に問題はないとしても、一番問題があるのはあのセレネだな。後先をちーとも考えずに行動するから、最後に自爆するのがいつものパターンだからなぁ…。クルスが何とかサポートしてくれればいいんだが…。それより、あいつらが計画をうまく実行できたかだよなぁ……。
 しかし、さっきからこの胸騒ぎはなんだ?
「アレス、どうしたの?浮かない顔をして…」
 と心配そうに俺の顔を覗き込むシルヴィ。俺は苦笑しながらシルヴィの左頬をそっと触れた。そして、シルヴィも俺の手に触れる。
「大丈夫だ。ちょっとクルスたちのことを考えていただけだ」
「クルスさんたち吸血鬼を倒すことができたかしら?」
「できてればいいんだけどな」
「アレスはクルスさん達のこと信用していないの?」
「信用しているさ。
 だけど、あの二人は敵の行動型が分からない時が一番厄介なんだ。だから心配しているんだ」
「そっか。なら安心したわ」
「安心?」
「そうよ。もしアレスが二人のことを信用していなかったらアレスの頬を叩いてやろうと思ったのよ」
「それはひどいな」
「うふふふ…ねぇ、アレス」
 突然シルヴィが顔を赤くしてもじもじとしながらこちらを見ている。
 ああ…なるほどね……
 俺は彼女がして欲しいことが分かり、両手を広げ
「おいで」
 と優しく言うと、シルヴィはまるで子犬のように俺に飛びついた。
 やれやれ……シルヴィはいつも俺に甘えたがるんだから……。ある意味セレネに似ているな……。
 俺はシルヴィの髪を撫でながら苦笑した。
「ねぇ…もっと甘えていい?」
「ダメ」
 俺に抱きついて更に甘えようとするシルヴィに俺はキッパリ断ると、シルヴィは頬を膨らませた。
「いいじゃないの。久々に会えたんだから!!」
「こうやって抱いてあげることで十分だと思うけど?」
「私は十分じゃないわ!!もっと甘えたいの!!ずっと待ちつづけた私の身にもなってよ!!」
「それでも今はダメ」
「どうしてよ?」
「こーゆー甘いシーンに限って邪魔が入る」
「ちょっとぉぉぉっ!!アレスぅぅぅぅぅぅっ!!」
 俺が言い終わるのと同時にドアが勢いよく開き、そこから真っ白い髪の少年らしき者が入ってきた。
「ほらな」
「本当だわ」
 この光景に納得しているシルヴィ。一方少年は入ってくるなり、何の迷いもなく俺のところに近づいてきて、俺の襟首を掴み、叫んだ。
「ちょっとちょっとちょっと!!僕のクルスが大変なことになっているのに、何一人だけ恋人とハネムーンを過ごしているのさ?!」
「誰かと思ったら、ティクノじゃないか。
 こっちにくるなんて珍しいな。何かあったのか?」
「大ありだよ!!僕のクルスが敵にさらわれたんだよ!!」
「なに?!」
 ティクノの言葉に俺は驚愕の声をあげた。
 あいつらが敵陣に捕まった。ということは作戦は失敗。
 俺は頭の中が真っ白になった。まさかあのクルス達が捕まるなんて……。
「たまたま僕が祭壇みたいなところを通過するときに見たんだ。だけど、僕の力じゃどうにもならなそうだから言いに来てあげたんじゃないか」
「っておまえ魔鳥(まちょう)だろ。ちったぁ何とかしろよ」
「だから僕の力じゃ無理だって言ってるじゃないのさ!!」
 俺の言葉にティクノは叫んだ。
 ティクノは俺達と同様にクロート博士に造られた魔術を多少使用できる鳥で、人間にもなれる。主に偵察用に使われていて、現在はクロート博士の姉・シシル様に仕えているが、時々俺達に情報をくれる。俺達もたまにティクノの情報を使って行き先を決めるときがあるが、これはほとんど稀なことである。何故かというと奴の情報は外れることが多いからだ。
「んもぉ〜!!今回どーにもできなかったんだからぁ!!」
「今回だろ」
「う……っ」
 俺の言葉に反論できないティクノ。
「と…とにかく!!僕の力じゃ助けることもできないからアレスの力が必要なんだよ!!」
「わかった、わかった。とりあえずクルス達の連絡があるまでここで待とう。それから助けに行けばいい」
「え゛〜?!なんでさ〜?!」
「どーゆー状況か分からんのに、助けに行っても自爆するのがオチだ。それなら失敗したクルスが作戦を再度練るためこっちに連絡をよこすまで待ってたほうが効率がいいからな」
「な〜るほど!!アレスにしてはまともな考えだよね!!」
「……おまえ…焼き鳥にするぞ……」
「イエ、結構です。僕が悪うございました」
 とやたら素直に謝るティクノ。
「そーいえば、おまえなんでこっちにいるんだ?」
「ん〜?伯母様に伝言を頼まれて――――」
 ずぅんっ!!
『?!』
 ティクノが言いかけたとき、屋敷全体が揺れたと思ったら、床から無数のゾンビたちが這い出てきた。
「きゃあっ!!」
 シルヴィは悲鳴をあげ、俺の胸の中に顔を沈めた。俺もシルヴィの顔を覆うように腕で包んだ。
「結界が張ってあるはずなのになんでこんなところにゾンビが?!」
「……スマン。さっき俺が結界を解除した」
 俺の言葉にティクノは無言で俺に冷たい視線を送った。
 悪気はなかったんだけどなぁ……。
 そう思ったその時、鏡の中が急に歪み始めた。
 クルスか?!
 しかし、鏡に映し出されたのはやたら太った見知らぬ男だった。
 今回の吸血鬼(ターゲット)か。
「こんばんわ。僕の玩具ちゃんたち。
 今日は僕のところにとても性能の良い玩具が来て、僕はとっても気分が良いんだ。だから、この気分を君たちにも分けてあげようと思って、僕が心を込めて一生懸命作った僕の玩具で遊ばせてあげる〜。
 この子達はバカな吸血鬼みたく血を啜ったりする野蛮な行為はしないように仕組んでおいたから安心してね。
 それじゃあ今宵も楽しい夜を過ごしてね」
 男はそう言うと、鏡の中から消えてしまった。
 あの男、このゾンビたちを玩具だと?!この街はおもちゃ箱だと思っているのか?!
「アレスぅ〜どうしようぉ〜?」
「気弱になってどうする。クロート博士の名が穢れるぞ」
「なんだよ、それ!!」
 俺の一言にティクノは頬を膨らませて怒り、俺は舌打ちをした。
 ちぃっ!!こういう時に限ってクルスがいないのはキツイな。仕方がない。サポートをこいつにやってもらうか…。
「ティクノ、おまえ結界をはれるか?」
「小規模のであればなんとか……」
「どのくらい保てる?」
「五分が限度」
「それで十分だ。いいか。俺が合図したらゾンビたちに結界を張るんだ」
「ゾンビに結界?!なんで敵にそんなことをするのさ?!」
「場所を考えてみろ。俺達に結界を張ったら、この屋敷が吹っ飛ぶぞ」
「あ、そっか☆」
「いいか。合図を送ったら奴らに結界を張り、おまえは上に飛べ!!」
「わかった」
 ティクノは大きく頷くと、結界呪文を唱え始めた。そのあと俺も一歩遅れて別の呪文を唱え始める。
 その呪文を聞いて、唱えながら驚くティクノ。俺はそんなことは構わず呪文を唱えつづけ、唱えながらシルヴィを俺の着ている服で覆う。
「今だ!!」
結界よ!!
鳳凰火炎!!
 ティクノが結界を張ったのと同時に俺が放った灼熱の炎がゾンビたちを骨まで残さず燃やしていく。
「………アレス。これをやるんなら聖なる力(ホーリー)を使った方がよかったんじゃないの?」
 燃えさかる炎を見ながら、ティクノが呟いた。
「悪かったな。俺は聖なる力(ホーリー)が使えないんだよ!!」
「えええええっ?!!あのセレネでさえ覚えているのに?!」
「やかましかっ!!」
 俺はティクノの言葉に思わず叫んだ。
 あの術は構成がかなり面倒で、俺自身覚えたくなかったんだよなぁ…。でも、今回のでこういう面倒なのもおぼえざなるを得なくなったな。
 それより、このゾンビの召喚といい、鏡を使って話すといい、まるで俺達に似ている。
 もしかしたら、今回の敵は行動を一歩間違えるとルカ以上に厄介になるかもしれないな。