ACT5 セレネ−@

 

 あたしとクルスは昔、貴族が使っていたという結構豪華な別荘をそのまま使用している奴の住処に連れてこられ、その別荘で一番離れた部屋に通された。
 その部屋は意外にもいい造りで、ベッドや机、クローゼット等部屋の隅々まで掃除が行き届いている。
「今日からここが君たちの部屋なの〜。あとで世話役をここに来るよう伝えておくの〜」
 とヨシュアはそう言うと、鍵を閉めて出て行った。それと同時にあたしたちは大きなため息をついた。
「これからどうする?」
 あたしはベッドに体を倒れこませながらクルスに尋ねると、クルスはしばし考え
「とりあえず、僕達ができる範囲情報収集をして、アレスと作戦を練り直しましょう。
 情報収集は誰かしら仲間に引き入れないと、結構範囲が縮められてしまいますね」
「ってことは、ここにいるまだ吸血鬼にやられていない奴を仲間に引き入れればいいのね」
「その通りです。
 さっきヨシュアさんが言った世話役という方に賭けてみましょう」
「でも、その世話役が吸血鬼にされていたらどうする?」
「口封じのため消します」
 とあたしの質問に真剣な表情で答えるクルス。
 ひゃ〜。クルスってばこーゆー事に関しては意外に厳しい答えなのよねぇ〜。ま、そこもいい所の一つなんだけどさ。
 そう思っていると、突然クルスが呪文を唱え始めた。
 この術って透視表示術?!
「セレネ、悪いんですが、机に置いてある紙とペンを取ってもらえますか?」
 あたしはクルスの言われるがまま、机の上に置いてある紙とペンを手にとり、クルスに手渡した。すると、クルスは紙の上にスラスラとこの屋敷の見取り図を書き始めた。
 地上二階建て地下一階有り。二階部分はあたし達がいる部屋以外小さな部屋になっていてざっと15部屋近くある。一階部分はダイニング、キッチンなど合わせて6部屋ある。
「あれ?」
 突然クルスは地下部分に入って書いている手を止めた。
「どうしたの?」
「……変な部屋がある」
「部屋?普通地下にも部屋があるんじゃないの?」
「そういう部屋じゃないんです。なんか丸い物体やいろいろな棚が所狭しというか、ごちゃごちゃに置いてあるんですよ」
「武器庫じゃなくって?」
「武器庫だったらもっときちんとしています。とりあえず、全部書いてみますね」
 と再び手を動かし始めるクルス。
 その変な部屋というのは、だいたい10畳ほど大きさで、やたら棚とかが多く、丸い物体がごちゃごちゃに並べられている。
「……この部屋。すっごく怪しくない?」
「怪しいですよ。しかも、ここに行くのに隠し通路を通らなくては行けないようになっていますし…」
 ホントだ。一階の書斎から下に続く階段がある。
 コンコンッ
『!!』
 ドアのノックにあたし達は驚き、見取り図を慌てて机の中に隠した。
 それと同時にドアが開き、入ってきたのは結構年が行った金髪の女だった。金髪の女は腰近くある髪を結いもせず垂らし、ちょっと露出した服を着ている。
「あんたたちが新入りかい?」
 じろっとあたし達を睨みつけながら女が口開いた。
「そうよ」
「はんっ!!さらわれたと思ったら、貴族の娘が来る上、その貴族の面倒を見なくちゃならないなんてね!!」
 なによ、こいつ…初対面の相手に凄い口の聞き方ね。
「あたしだって好きでこっちに来たんじゃないわ!!アレスたちに吸血鬼を倒せって言われなかったら誰がこんな所に来るもんですか!!」
「吸血鬼を倒すだって?!」
 あたしの一言にぴくっと反応する女。
 何か変なことでも言ったかしら?
 そう思ったその時、女は突然大笑いをし始めた。
「はははははははっ!!おまえらあの吸血鬼を倒そうって言うのかい!!随分と面白い冗談を言うんだねぇ、貴族の娘っていうのは!!」
「冗談じゃないわよ!!あたしたちは普通の人間じゃないんだからね!!」
「へぇっ!!それならあたいに証明してみな!!」
「やったろうじゃない!!ぎっくり腰になるんじゃないわよ!!」
 あたしは女の挑発に乗って、初級魔法を唱え始めた。
凍れ(フリーズ)!!
 きぃぃぃぃんっ!!
 あたしは女が持っていたスカーフを瞬間的に凍らした。それを見て、女は目を丸くしたまま腰を抜かしてしまった。
「どーだ!!ウソじゃなかったでしょ?!」
「……こんなことで威張ってどうするんですか」
 威張っているあたしにクルスの鋭いツッコミが入る。
「……確かに……あんたはただの人間じゃなさそうだね。
 でも、そんなんじゃあいつに勝つことなんてできないよ」
「悪いけど、今のは実力の10分の1しか出していないのよ」
「なんだって?!」
 あたしの言葉に驚愕する女。
「じゃあすぐさま倒してあたしたちを解放しておくれよ!!」
「それが無理なんだなぁ〜。
 あいつ、あたしの魔法を食べちゃったんだもん。なんかしら作戦立ててやらなくちゃあいつを倒せないわ。
 そこでさぁ、オバサン」
 あたしはこの女に仲間にならないかと仕向けるように話題を変えた。
 しかし―――
「オバ……?!」
 あたしの言葉にむっとくる女。
「失礼な娘だね!!あたいはまだ25だよ!!」
「呼び名くらい別にいいじゃない。ねぇ、あんたはこのまま素直に従う気ある?」
「あるわけないじゃないさ!!あたしは貴族の妻になるっていう大きな夢があるんだよ!!」
 あたしから見れば随分と変な夢ね……
 でも、この夢を逆手にとって使えばこいつを仲間にできるかもしれないわね。
「だったらあたしたちと手を組まない?」
「手を?」
「そうよ。あたしたちが吸血鬼を倒してあんたたちを解放してあげる代わりにあんた達はあたしたちにここの情報を提供する。
 まぁ、おまけとして一番情報提供してくれるあんたを最優先に助け、ついでにあんたの夢を叶えてあげる。
 どう?良い条件だと思うけど?」
「本当かい?」
 あたしの提案に動揺する女。
 ふっふっふっ。このまま仲間に引きずりこめば、ヨシュアなんか簡単に倒せるモンね〜。
 まぁ、貴族の妻になれれば良いって言うなら、庶民好きのフロイト小父さんを紹介すればいいことだし、ちょろいもんよね。
 女はしばし考え、
「本当に本当なんだろうね?!」
 とあたし達に念を押してくる。
 し…しつこいわね……
「『吸血鬼を狩る者(ヴァンパイアハンター)』は約束を守りきるのが規則だから安心して」
 あたしの見え透いたウソにマジで信用したらしく、女はあたしに手を差し出した。
「あんたの言葉に信じるよ。そのかわりどびきり顔と性格がいい男を紹介するんだよ」
「努力するわ」
 そう言いながら、あたしは女の手を取った。
「それじゃ交渉成立ね。あたいはアガサ」
「あたしはセレネ。こっちはクルス」
「よろしくお願いします」
「……クルス」
 何を思ったのか、アガサは突然立ち上がり、クルスに近づく。
「あんた…男でしょ」
 ぎっくーっ!!
 アガサの言葉に図星を突かれ、慌てふためくあたし達。
 な…なんでそんなにカンがいいのかなぁっ!!
「な…何を言い出すかと思えば、私はちゃんとした女ですよぉ〜」
 と必死に弁解するクルスだったが、アガサは疑いを解こうとしない。ついにはクルスのつけている付け毛に手を伸ばし、カツラを剥ぎ取った。
『あ゛――――っ!!』
「……やっぱりね」
「か…返してくださいぃ〜!!」
 と必死に懇願するクルスだが、アサガは返そうとしない。
「なるほどね。よーやくあんたたちの話に納得できたわ。クルスって名前も偽名なのかい?」
「いえ…それは紛れもない本名です」
「あんた、この格好でよくあのヨシュアを騙せたわね〜。
 一体誰にこの仕付けをやってもらったの?外見は完璧にできても香水はそのままにしてたら他の子にもバレるわよ」
「よくそこまで気がついたわね」
「あたいは娼婦だよ。それくらい朝飯前さ」
 へぇ〜…娼婦って意外に細かい所まで見ているのね。
 あたしはアガサの言葉に感心した。
 そう思っていると、アガサはまるで人形遊びをしているように手馴れた手つきでクルスを着替えさせて行く。
「ちょ……?!あ…アサガさん……?!」
「動かないで!!あたいが男にバレないように完璧な女の格好にしてやるよ!!」
「遠慮しますぅぅっ!!」
「遠慮しなくていいんだよ!!男とバレたら元も子もないだろ!!セレネ!!あんたも手伝いな!!」
「はいな!!」
 こうして夜が明けるまであたしとアサガで嫌がるクルスを完璧な女にしよう!!大会が実施されたのだった。