第弐拾七章 幼馴染み

 

 皐宮の攻撃を吏珀が守ってくれてからあたし達は元の生活に戻った。そして、年も明け、あたしや常葉はまた一つ年をとった。(※当時の習慣では一年の最初が年をとる、つまり誕生日を迎えるのでした)しかし、元の生活を手に入れる代わりに常葉の兄にあたる院がご病気になってしまった。常葉は祈祷僧を兄宮である院に遣わせたが、院は一向にご病気が回復することはなかった。何でも胸の病(現在の結核)だと聞いている。
 早くご病気が治ればいいのに……。
 あたしはそう思いつつ毎日常葉や女房たちと遊んでいた。そんなある日だった。常葉の命令で一人の祈祷僧があたしがいる部屋に呼び出されたのである。あたしの部屋には十数人の女房、常葉、そしてこの部屋の主であるあたしがいた。
「主上。只今参上いたしました」
「うむ。ご苦労であった」
 と常葉が言うと、祈祷僧は顔を上げあたし達にも顔が見えた。吏珀のように美形ではないが、ブサイクでもない。平均的普通な顔だった。
 ふぅん。吏珀やあたしの愛しの旦那である常葉に比べたらまだまだね。常葉はこんな奴を呼び出して一体何をするつもりなのかしら?
 あたしがそう思っていると、常葉が口を開いた。
「昂揚(こうよう)。おまえに是非とも頼みがある」
「何なりと」
「皇后の安産をだ」
「な?!」
 あたしは常葉の言葉に驚愕のあまり、声を上げてしまった。その声を聞いて昂揚という坊主はあたしの顔を見てあたし以上に驚いた。
「ちょ…ちょっと安産ってどういうことよ?!」
 あたしは昂揚の表情に目もくれず、身を乗り出して常葉に尋ねると、常葉は得意満面の笑みで答えた。
「もう一年も我慢したんだ。そろそろ五人目も作ってもいいだろう」
「我慢ってやることなすことしょっちゅうやってたじゃないの」
「あれは子作りの部類に入らないよ。とにかく昂揚、皇后の安産を祈祷するんだ」
「は。かしこまりました」
 とあたしの言葉を無視し常葉は昂揚に命令し、昂揚も何の躊躇いもなく承諾してしまったのである。あたしはそれに対して頭が痛い思いだった。
 あ〜っもう。折角お産を休めると思ったのにぃ〜!!
「ちょっとぉっ!!何てことを坊主に頼むのよぉ〜!!」
 とあたしは昂揚が去ってから常葉の襟首を掴んで迫った。すると、常葉はするりとあたしの手を解き、抱きしめて言った。
「だからさっきも言っただろ。もう我慢できないって。そろそろ五人目の子供の顔も見たいんだ。おまえが産む子だからきっと可愛い子だろうな」
 と嬉しそうに言うのよね。そこに冬兄が来て、常葉は公務に戻されてしまった。
 ………確かに。常葉があたしの子供を欲しがるのは理解できる。だって去年のどたばたがあって子供達は皆父様達の家にいるんですもの。だから手元には愛の結晶である子供は一人もいない。きっと子供達も常葉と同様に寂しい思いをしているでしょうね。最初は自分の手元で育てるつもりだったけど、途中から慣わしに従ってしまったのだから。もし、自由の身であればあの子達をこの手で抱きしめて傍に置いておきたい。だけどあたしは常葉の妻であり、皇后なのよ。滅多に外出なんてできないわ。
 とあたしは自分に言い聞かせていると、八重があたしの肩を叩き、とある方向を指した。そこにはあたしの部屋の外に先程までいた昂揚が御簾越しで座っていたのである。
「………昂揚。あんた退出したのではなかったの?」
「………覚えていませんか?」
「覚えている?会ったことなんてないでしょ」
 と冷たい態度で応答すると、昂揚ははぁっと大きく溜め息をついた。
「なるほど。忘却というのは酷いものですね」
「何が言いたい?あなたは一体何者なの?」
 あたしが問い詰めると、昂揚は御簾を上げ、あろうことかあたしの部屋の中に入ってきたのである。その行動にその場にいた誰もが驚きのあまり声をあげた。
「無礼者!!仮にも皇后様の御前であるぞ!!控えなさい!!」
 と八重が果敢に昂揚の前に出てあたしを守ろうとする。他の女房たちもあたしを囲い守ろうとしてくれている。
「皇后。覚えていませんか?“吉野山 君を思うが 君のため”」
「?!」
 あたしは昂揚から発せられた和歌の上の句を聞いて驚愕した。そして無意識のうちに下の句を口ずさんだのである。
「“全て思うは 月の光明”」
 どうして?!どうしてこいつがこの和歌を知っているの?!この和歌はあたしが初めて作った和歌で、あの人に贈ったものよ!!それに贈った主であるあの人はもうこの世にはいないはずなのに……。
「なんでこの和歌を知っているの?!この和歌は……」
「……まだ思い出してはくれないのですね」
「ま…まさか……あんた……道善(みちよし)の君……なの?」
 あたしは尋ねると、昂揚はにっと笑い頷いた。あたしはその事実に動揺を隠せなかった。
 そんな、まさか!!この坊主が道善の君だなんて…!!あり得ない!!だって道善の君は……!!
「道善の君は9年前に過って川に入って溺れて死んだはずよ!!道善の君の母君が言っていたもの!!」
「………そう思いたかったのでしょうね。ですが、俺は死んではいない。事実あなたの前にいるではありませんか。五節の姫」
「?!」
 あたしは昂揚の言葉に更に驚愕した。
 五節の姫。これは道善の君があたしにつけてくれたあだ名。あたしが宮中に出仕することになって、たまたま同じところに出仕することになった道善の君が素性をあまりばれないようにってつけてくれたもの。
「どうしてあなたがここにいるの?!どうして祈祷僧になっているの?!」
「俺はあることをするために出家したのですよ」
「あること?」
「そう。あなたとあなたの旦那である主上に復讐する為にね」
「何ですって?!なんで復讐なんかするの?!」
「あなたは私との結婚を約束してくれた。だけど左大臣は身分の低さを強調して反対し、あなたとの縁を切り、ついには今の主上である東宮に入内させると言った。俺はその憎さのあまり出家し、あなたと夫である主上を術で呪殺することに決めたのです。それを知った母は何度となく反対しました。そして俺は母の説得にも応じず家を飛び出し、寺に出家したのです」
「……そんな。父様が勝手に決めたことに腹を立ててあたし達を呪殺するだなんて馬鹿げたことを!!」
「いいえ。俺は本気ですよ。ですが、時が長すぎた。術を会得するまで時間がかかってしまったようです。その間にあなたは主上との子を設け、国母となってしまった。そして、俺の存在を忘れ、主上に一身を捧げ、主上を愛するようになった。だからもう手加減をしません」
「?!そんなことはさせませぬぞ!!」
 と我に返った八重が昂揚に向かって吠えたが、昂揚は高笑いをしてその場から去って行った。
「なんてことを………。皇后様を呪殺しにくるなど。皇后様お気を確かに」
「……大丈夫よ。皆、このことは主上には内緒よ。もうしばらく待ってそれから言いましょう。もし言ったら主上が傷つくわ」
 とあたしは動揺を隠せないまま傍にいた女房達に言うと、タイミングよく常葉が戻ってきた。
「千景。どうした?顔が青いぞ」
「え?!そう?ちょっと大きな虫が入ってきてみんなで驚いていたところよ。そしたら下がったはずの昂揚が虫を追い出してくれたのよ」
 とあたしは無理に笑い、嘘をついた。
 今、常葉を不安に駆らせちゃいけない。今は行政のことで手一杯なんだから。何としてでも昂揚の、いえ、道善の君の陰謀を阻止しなくては!!
 それにしてもなんでこうも次から次へと騒動に巻き込まれなきゃいけないのかしら。少しは休ませてよ〜。

 夜になり、あたしは常葉がいる夜御殿に通された。そして常葉と再び契りを結んだ。いつもなら常葉に愛されて嬉しいと思えるはずなのに、今回は不安に駆られてばかりだった。常葉はあたしの様子を察したようで、何も言わず優しくて大きな体で、荒い息を上げるあたしを優しく包み込んだ。
「……………常葉」
「どうした?いつもの千景らしくない」
「………聞かないで」
「どうして?俺達夫婦だろ。隠し事はなしだ。おまえが悩みを持っていることは知っているよ」
「お願い。これ以上は訊かないで」
 あたしは今にも泣きそうな声で懇願するが、常葉は一歩も譲ろうとはしなかった。
「……昂揚と何かあったんだな」
「?!」
 いきなり図星を突かれてあたしは驚愕した。そして驚きのあまり、常葉の顔をみると、常葉は真剣な顔で言った。
「分からないと思ったか?俺はおまえの夫だぞ。おまえの変化と嘘にはすぐ気づいた。おまえは悩み事があるとすぐに他人にばれないように嘘をつく。おまえの悪い癖だな。
 さ、全部話せ。話せば少しは楽になるはずだ。一緒に解決させよう。な?」
 そう言う常葉に、あたしは言われるがままに全ての経緯を彼に打ち明けた。すると、案の定常葉は驚愕したが、すぐに平然となった。
「……そうか。昂揚はおまえの幼馴染みだったのか」
「あたしも今日本人から言われて気がついたの。でも、彼の母君はあたしに対して『あの子は死んで、地獄へ行ったんだ』って言ったのよ。本当は未だに信じられないの」
「それが普通だろな。それを言われてさぞかし怖かっただろう」
「すごく怖かったけど八重達がいてくれたから何とか大丈夫だったわ」
「そっか。なら八重達に褒美をあげような」
「ええ。とびきりの褒美をあげましょう」
「……ところで―――」
「え?」
 といきなり話を切り変える常葉にあたしは目が点になった。
「おまえさ。久しぶりに会った昂揚にぐらっときたのか?」
「へ?ぐらって?」
「だから、俺じゃなくて昂揚に再び恋心を抱いたのかって訊いているんだよ」
「……ひょっとしてやきもち焼いているの?」
 あたしはちょっと意外だなと思いつつ常葉の顔を覗き込むと、常葉は視線を逸らせ、顔を真っ赤にさせて言った。
「……ああ。そうだよ。凄く焼いてる。おまえが俺を見ずに他の野郎を見てるだなんて……」
 あたしは常葉の言葉を聞いて、苦笑し、思い切り、常葉を抱きしめて言った。
「大丈夫。今はあなたに夢中よ。だってあなたはあたしに色々なことを教えてくれた。人を愛することとかね。他の人はそんなこと教えてくれなかったもの。
 だからあんな復讐を考える奴なんか眼もくれないわ。あなたの為なら何だってやるわよ」
「じゃあ……。俺の子供作ってよ」
「………………………」
 とあたしは常葉の真剣な言葉に目が点になって固まった。
 ……どうして。どうしてこの人はこの状況でもそんなことが言えるのかしら?まあ作ってもいいけどさ。もちょっといい雰囲気にしてから言ってよね。
 そう思っていると、常葉があたしに覆い被さってきた。その予想外の行動にあたしは驚愕して思わず声をあげた。
「ちょ……っ?!常葉?!」
「はぐらかすなよ。俺、凄く不安なんだ。おまえが、幼馴染みと会って俺ではなく幼馴染みに恋心を抱くことを恐怖に感じているんだ。
 俺のことを本気で愛してくれているのなら、言葉ではなく、行動で示してくれ。言葉だったら嘘で誤魔化すことなんて容易いことだ。行動なら嘘はつけないだろ」
 と子犬が飼い主にすがるような瞳で常葉は言うので、あたしは胸がきゅんっとなり、彼のことを更に愛しく感じたのである。あたしはしばし彼を見つめ、不安がる彼の体に抱きついた。
「……常葉。大好きよ。今のあたしがいれるのはあなたのおかげだもの。あいつのおかげなんかじゃない。だから今ここであなたに愛されることは至福の喜びよ。
 常葉。あたしが窒息しそうなぐらい強く抱いて。あなたに抱かれることであたしはもっと幸せになれる。あんな復讐男のことなんて忘れることだってできるから」
 とあたしは常葉に体を求めると、常葉はすぐさまあたしの体を強く抱きしめた。その強さに思わずあたしは声をあげた。
「ん…常葉!!あたしを離さないで!!」
「ああ。離さない!!離さないよ!!」
 常葉はそう言いながら、あたしの首筋に接吻をした。そしてあたしも常葉の首筋に接吻したのである。

 しばらくしてあたしは夢を見た。夢には直衣姿の常葉が笑顔で立っていた。あたしは彼の元に走っていった。
 常葉、待って!!
 あたしはそう言い、彼に抱きつくと、常葉は嬉しそうにご褒美のように接吻をしてくれた。あたしは幸せに浸っていると、常葉がぴくりとも動かなくなってしまったのである。
 常葉?どうしたの?
 あたしは疑問に思うが、常葉はぴくりとも動かない。そのとき、胸元が赤く染まり、あたしの手にも赤い血がべっとりと付いていたのである。そして後ろには不敵の笑みを浮かべた昂揚いや、道善の君が常葉の背中を短刀で突き刺していたのである。常葉はそのままあたしのところに倒れると、あたしは更に血塗れになった。道善の君もまた血塗れであったが、不敵の笑みは絶えず浮かべている。それを見てあたしは恐怖心が芽生えたことを自覚する。
 そのとき常葉が細々とした声で言った。
「千景……おまえだけでも……逃げろ………」
 逃げれるわけないじゃない!!あなたがこんなに傷ついているのに一人にさせられない!!あたしとあなたはいつも一緒だって言ったじゃない!!あたしは逃げないわ!!あなたを守る!!
 あたしは常葉を抱き、恐怖心を抱きながらも道善の君を睨みつけた。道善の君は短刀を振り上げぼそりと言った。
「さようなら。……五節の姫」
 道善の君はそう言うと、あたしの胸元を突き刺し、傷口からおびただしい血が溢れ出てくることが自分でも分かった。
 ……常葉と一緒に死ねるのならあたしは喜んで死を迎え入れる。常葉とはずっと一緒にいるって誓った仲だもの。
 あたしはそう思いながらあたしの横で横たわる常葉を見た。しかし、そのとき道善の君があろうことかあたしと常葉を離れ離れにしてしまったのである。
 道善の君!!お願い、あたしと常葉を離れ離れにしないでぇ〜!!
 あたしは手を伸ばすが、常葉と道善の君との距離はどんどん離れていく。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 あたしは悲鳴をあげながら飛び起きた。起きた先には見慣れた夜御殿の室内だった。そして横にはあたしの悲鳴のせいか分からないが、常葉が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
「千景、どうした?随分とうなされていたみたいだけど…」
 とあたしのことを心配してくれる常葉。あたしは常葉が横でちゃんと生きていること、そして離れてないことが嬉しくて、嬉しさのあまり、大粒の涙を流し、常葉に抱きついた。
「常葉!!よかった!!」
「ち…千景?!」
 とあたしがいきなり抱きついてきたことに驚く常葉。しかし、あたしは常葉が生きていたことが嬉しくて、常葉の体にうんと甘えた。
「よかった。あなたが生きていて!!」
「おいおい。人を勝手に殺すなよ。俺はちゃんとおまえの傍にいるよ」
 常葉はそう言うと、あたしを優しく包み込んでくれたのである。
「で、どういった夢を見たんだ?よほど怖い夢だったんだろうな」
「凄く怖かった。昂揚があたし達を殺して、二人を離れ離れするんだもの」
「そうか。それは怖い思いをしたな。でもそれは嘘の夢だから気にするなと言いたいところだけど……」
 と急に言葉を濁す常葉。
「どうしたの?」
「あれ……」
 と常葉が指すので、あたしは指された方向に視線をやってみると、その光景に驚いた。常葉の指差された所には『主上、皇后怨み候』と書かれた札が短刀で床に突き刺されていたのである。
 これは……犯人がいつでもおまえ達を殺せるんだぞ。と意思表示しているんだわ。そしてその犯人は道善の君。この字の書き方が道善の君本人だと物語っている。あの夢は正夢と化してしまうの?!
 そう思っていると常葉が力強くあたしを元気付けるように言った。
「千景。大丈夫だ。大臣達にもこのことを言い、おまえの祈祷僧も別の僧侶にする。万全な警戒態勢を整えさせる」
「でも、あたし…あなたと離れ離れになるのはもうイヤ。あたしもあなたの傍にいさせて……」
「できることなら俺も傍にいて欲しい。でも大臣達に言っておかないと、また何か言われる。今日は皆参内するはずだから今日だけの我慢だ」
「ホント?明日からはずっと傍にいてくれる?」
「ああ。ずっと一緒だ」
 とあたしのことをしっかり抱きしめてくれた。それだけでもあたしは勇気を持つことができた。

 あたしは朝の行事を終え、自分の部屋に戻り、常葉を心配しながら八重たちと遊んでいた。そして午の刻(正午あたり)ぐらいになると、急に部屋が騒然となった。
「どうしたの?!」
 あたしは脇息から離れ、身を乗り出して尋ねると、部屋に二条が駆け込んできた。
「皇后様!!お逃げください!!あの昂揚殿が……!!」
 と二条が言うが、そのときは時既に遅し。道善の君が御簾を振り払い、あたしの部屋に入ってきたのである。部屋の中にいた女房達は悲鳴をあげつつも、あたしの周りを囲ってあたしを守ろうとした。あたしは意を決して傍にいた恵式部に言った。
「恵式部。おまえは大臣や主上に一大事だから侍を連れてここに来るよう言ってきて!!」
「しかし……!!」
「これは重大命令よ!!あたしのことはいいから早く!!」
「は…はいっ!!」
 と恵式部は慌てて道善の君とは反対方向から出て行った。そしてあたしと道善の君の睨み合いが始まった。
「……夜御殿に突き刺されていた札はあんたが書いたものね?」
「ほう。俺が書いたとよくわかりましたね」
「あんたの字は他の人と違って独特の癖があるからね。それで分かったのよ」
「なるほど。俺のことは忘れても、字の書き癖とかは覚えているのか。なら……」
「その日のうちに実行するつもり?」
 とあたしは冷静な態度で言うが、実際は怖くて体が震えている。道善の君はそんなあたしに気づくことなく、逆にあたしの言葉に驚愕した。
「考えていることが早い。それだけ覚悟しているということか」
「覚悟なんかしてないわ。あたしはあなたを倒す。あんたなんかにやられてばっかりでたまりますか」
 あたしはそう言うと、道善の君は間を置くことなく動いた。あたしの前にいた八重や利重を振り払い、あたしの首に両手をかけたのである。そして、あたしの首を物凄い力で締め始めたのである。
「あ……う………」
 あたしは必死にもがき、抵抗するが、すればするほど首を締める力は強くなっていく。
 ………凄い力。誰か……。
「あなたは俺との結婚がなくなった時点でこの世に生きてはならない存在となったんだ。今、この手で運命を正してやるよ」
「………それは……あんたの………勝手だわ。げほっ。あたしは………あんたと…………愛し合う……為に……生まれたんじゃ…ない。あたしは……常葉と…………愛し合う……為に………生まれた……のよ」
「うるさいっ!!おまえに何が分かる!!どん底に落とされた俺の気持ちなど分かるわけないだろ!!」
 あたしの言葉に道善の君は怒り、更にあたしの首を締める力を強める。そしてあたしは次第に意識が薄くなってきた。
 このままじゃ……あたしは幼い子供達や愛しい人を置いて死んじゃう。それだけは……絶対にイヤ。でも……もう意識が………。
「千景!!」
 意識が薄らいでいたとき、部屋に常葉の声が入ってきた。その声に驚いたのか、道善の君の締める手の力が緩んだ。その隙を狙って二条が道善の君とあたしを引き離した。その拍子にあたしはそのまま倒れたが、傍にいた女房たちがあたしの体を支えてくれた。
「皇后様!!しっかりしてくださいまし!!皇后様!!」
 二条の呼ぶ声と父様や常葉の聞こえる。でも……。
 あたしは意識が遠のいていき、反応することもできずにそのまま意識を失った。
 どうか……次に目を覚ますときは……愛しい人の胸の中でありますように………。