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第弐拾参章 決戦 |
| 「ここは皇后の物だ。文句があるなら早々に出て行け」 「出て行きはしません。出て行ってしまえば、皇后様から主上を強奪することができませんもの」 「おまえがどんなに努力しようとも俺はおまえに振り向くつもりはない」 「しかし、可能性はありますわ。皇后と争い、勝った者こそ主上の寵愛を受ける資格があるのです」 「残念だが、おまえが勝っても寵愛は皇后に向けられるぞ」 「主上……私と皇后との女の争いに邪魔だてするおつもりですか?」 「いんや。おまえと皇后との争いではなく、俺とおまえの争いだ。今まで俺達を脅していた借りの分、きっちり返させてもらう」 とお互い一歩も譲らない状態。あたしは一人おいてきぼりを食らって、ただ二人の様子を黙って見守るしかできなかった。 「あくまでも私の敵にまわるというわけですね」 「無論、そのつもりだ。皇后の敵は俺の敵でもあるからな。側室のくせに自分が主人だという振る舞い、許しがたいことだからな」 「ならば、決着をつけましょう。 私が勝てば、主上の寵妃を私にしてください。しかし、主上と皇后がお勝ちになったら私は潔く、今後一切口を挟みませんわ」 「よし。いいだろう。勝負は香合わせでいいか」 「よろしいですわ」 とこっちの意見を言わせないで、勝手に進行していく二人。 おいおい。あたしと女御の勝負でしょーに。 「では明後日の昼、寝殿にて勝負しよう」 「分かりました。精々私に負ける明日まで最後のお二人で愛し合ってくださいな」 と女御はそう言うと、部屋の中に姿を消した。それに合わせるように常葉はあたしを抱えたまま立ち上がり、あたしの部屋に戻っていった。 「いいの。あんな約束して」 部屋に着くと、あたしは抱えられながら常葉に尋ねた。すると、常葉はむすっと不機嫌な表情で言った。 「……いけないか?」 「悪いもいいも、あんな無謀な約束をするなんて」 「大丈夫だ。これでも俺の鼻は結構敏感なんだ。負けることなんてないよ……」 と自身有り気の表情で言い返した。あたしははぁっとため息をつき、 「それが無謀だって言うのよ。もう少し慎重に対処すればいいものを……。だいたい、女御はあたしに喧嘩を売ってきたのよ。売られた本人が言わないで、争いの原因のあなたが買ってどうするのよ」 「言っただろ。おまえの敵は俺の敵でもあるって」 「そりゃ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、火に油を注いだようなものなんだから」 「気にしない、気にしない。絶対俺たちが勝つに決まってんだから」 「どこからそーゆー自信が出てくるわけ?」 「あいつは何もルールを言ってこなかっただろ。俺だって一言も『俺と千景で香合わせをやる』なんて言ってない。つまり俺らの代わりに香合わせが得意な奴に参戦させればいいんだよ」 「………………」 あたしは常葉の考えにただ唖然となった。 そんなこと、あたし一度も考えてなかったわ……。常葉ってこーゆーのに対して頭がよく働くのよねぇ。ってまぁ、政治のときもやたらてきぱきと頭を働かせてるけど……。 「見直したか?」 と自身満々であたしの顔を覗き込む常葉。 「少しだけね」 「もっと見直せよ。俺はおまえの為にやっているんだから」 「それは嬉しいけど、もっと後先考えて行動して。あなたがもし自滅そうなことになってしまったら、あたしは心配で心配で眠れなくなって倒れてしまう」 あたしはそう言いながらそっと常葉の頬に触れると、常葉は愛しそうに自分に触れるあたしの手を取り、その手に甘えた。 「やっぱり千景って優しいなぁ。ここまで身を案じてくれる奴なんて宮中に巣食う貴族の中にはそうそういないぞ。だから手放せないんだよ。おまえの髪も仕草も体も何もかも俺はおまえが愛しくてしょうがない。それは血肉を分けた俺たちの子も同じことだ」 「きっと子供達はあたしたちの望むような大人になるわよ。だってあたし達の子供ですもの」 「そうだな。千景。頼みがある」 「なぁに?」 あたしは真剣な瞳で見つめる常葉に小首を傾げた。 「膝枕してもいいかな」 とちょっと照れながら言う常葉。あたしはくすっと微笑し、膝をぽんぽんっと軽く叩いてOKのサインを出すと、すかさず常葉はあたしの膝に寝転がった。 「本当のこと言うと、今回の勝負はおまえを四の君のときみたく苦しめたくなかったから起こしたんだ。 有利な勝負を出し、さっさと女御が俺のことを諦めてくれればおまえはこれ以上苦しまなくて済む」 「ありがとう。行動は無謀だけど嬉しいわ。 でもあなたが他の女性のこと考えないであたしのことだけ愛してくれればあたしはそれだけでいいの。あたしはあなたと二人で愛していきたいのよ」 あたしは常葉の頭を撫でながら言うと、常葉は寝転がったままくすっと苦笑した。 「……千景。なんて愛しい奴なんだ。その愛い姿を今すぐ欲しいよ」 常葉はそう言うと、常葉は起き上がりあたしに接吻をした。そしてあたしを抱え、八重達に御帳台を用意させ、その中に押し込むなり、あたしが着ている服を手馴れた手つきで次々に脱がせていく。 「ちょ…常葉……?!こんな真っ昼間から……!!」 「昼も夜も関係ないよ。俺はおまえを傍に……千景。俺の千景。髪も仕草も顔も何もかも俺の物だ。俺は千景を傷つける者を許せない。千景を傷つける者は全て恨む。女御も更衣も何もかも嫌いだ。俺はおまえだけしか欲しくない」 と人の話も無視して一方的に人の体を求めてくる。 「彬の匂いとかぐわしい乳の匂いが混じってる。彬だけでなく、俺も欲しい」 とわけがわからないことをぶつぶつ言いながら人の体を求めてくる常葉に、あたしは半分ヤケクソになり、常葉の行動に従い、常葉の体を抱きしめた。すると、常葉は待ってましたと言わんばかりにあたしの体に覆い被さり貪った。 「……可愛い」 昼にも関わらず、一通り行いを終えると、仰向けになったまま肩で息するあたしの体を見て、ちょっと荒い息をしながら常葉は呟いた。そして、横たわるあたしの顔にそっと自分の手を当て、あたしの目から流れ落ちる少量の涙を拭った。 「愛しい女。離したくない」 「常葉……い゛っ?!」 あたしはうっとりしながら常葉を見たとき、視野に飛び込んできたある人物に驚き、折角の雰囲気も一気に引いていった。あたしの表情に察して常葉も視線を上にやると、 「な?!」 と、驚愕の声を上げた。それと同時にその人物があたしに飛び込んできたのである。常葉は反射的に起き上がり難を逃れた。 「お姉様ぁ〜っ!!」 「ぐえっ!!つ…月夜?!」 そう。あたしに飛び込んできたのはあたしと同じ能力者の今年で四つになる月夜だった。月夜はあたしに飛びつくと、まるで猫のようにあたしに甘えた。 「えへへ〜。久々のお姉様だ〜」 「月夜、どうしてここに?!」 「お母様のおつかい〜」 「おつかい?!おつかいなら従者にやらせればいいでしょ!!」 「手紙だと証拠が残っちゃうからだって」 「証拠?証拠が残られちゃマズイことなの?」 あたしは月夜の言葉に質問を投げかけると、月夜はあたしの体に甘えたまま答えた。 「そーらしいよ。ところでお姉様。どうしてこんな真っ昼間から主上と一緒に裸でらっしゃるの?」 「べ…別にいいでしょ……」 「もしかして…子作り?」 とにやにやしながら言う月夜にあたしは顔を真っ赤にしながら叫んだ。 「大人をからかうんじゃない!!」 「ごめんなさい〜!!」 と反射的にあたしから離れ、謝る月夜。その月夜に不機嫌顔で常葉が不満をぶつけた。 「まったく。人がいい雰囲気に浸っていたのにぶち壊しおって。エスパーならもうちょっと時と場合を考えてくれたっていいだろに…。おまえの中には融通っていうのがないのかよ」 「だって、だってぇ〜!!お母様が『早急に言ってこい』って言うんですもの〜!!時と場合を考えてなんかいられないよ〜!!」 と半泣き状態で叫ぶ月夜に常葉はさじを投げるように言った。 「あ〜そう!!分かった、分かったから奥方の伝言とやらを早く言ってくれ」 「うんとね。お母様が『明後日の香合わせ勝負、微力ながらあたしも参加させて頂きます。あたしの他にも香合わせの達人、薫の大将と蔵人頭も連れて行きます』って言ってた」 「な…なんであたし達が香合わせ勝負するってこと知ってるの?さてはまた人の会話を盗み聞きしたわね」 「『そんなことないわ〜。あたしは純粋に皇后の身を案じて聞いてただけよ〜』って言ってたよ」 「それが盗み聞きって言うんじゃない!!」 あたしはにへらと笑いながら言う月夜に飛び起きて叫んだ。 「まったく。人の心配ってかこつけて、盗み聞きするなんて信じられない」 「でも、そのおかげで達人クラスの薫と冬輝を何の苦労もせず手に入れられたじゃないか」 「そうそう〜。お母様に感謝しなくっちゃ」 と常葉の言い分に加勢するように言う月夜にあたしはジト目で尋ねた。 「月夜。あんたあたしと母様のどっちの味方なの」 「中立地帯」 とキッパリ答える月夜。あたしは呆れて何も言えなかった。 それから二日後。寝殿にてあたし(+常葉)対女御の香合わせ対決が始まった。その勝負を一目見ようと、大臣や納言などがこぞって屋敷にやってきた。あたしから見れば、どこでこのことを知ったんだと言いたい気分だった。まあ、大方父様とか薫兄が言いふらしたんだと思うけど。あの二人祭りごととなるとやたら張り切るからなぁ〜。 あたしは常葉から見て左の席に座り、女御は右の席に座った。あたしの後ろには薫兄、冬兄、母様、大納言(母様の女房)、楓が座っていた。女御はその姿を見て、わなわなと体を震わせ叫んだ。 「どうして助っ人がいるんですの?!」 その言葉に常葉と冬兄が答えた。 「この勝負は別に何のルールは盛り込んでいない。つまり、助っ人がいても構わないということになる。女御もそのことを知った上であのように言ったのであろう?」 「つまり、私どもは少しでも皇后に有利があるようにと参加した次第でございます」 その言葉に女御はゆでタコのように顔を真っ赤にさせ憤激した。 「おのれ〜!!ならば私も助っ人参加させますわ!内大臣、中将、内侍」 とあたしに負けじと自分の父親と兄と妹を突撃参加させる女御。 あれぇ?確か中将ってすごく香合わせが下手だと聞いていたんだけど……。気のせいかなぁ。 そう思いつつあたしは香合わせに参加した。勝負は最初からあたし達が優勢だった。冬兄と薫兄が筆頭にずばずばと香の名を当てていく。あたしは半分お飾り状態な存在になりかけていた。一方、女御サイドは手も足も出ない状態だった。その状態が暫く続き、結局あたし達の勝ちと判定(断定)された。内大臣や中将はすっかり諦めきっているのだが、女御はまだ諦めていなかった。 「もう諦めた方がいいんじゃない?」 あたしは女御が心配になって尋ねると、女御は扇をわなわなと震わせたまま言った。 「敵に情けなど無用ですわ!!」 「いや、だからね。もう諦めた方があなたの体にいいと思うのよ。内大臣や中将だってもう諦めきっているんだから」 「イヤです!!例え一人になろうともこの勝負私が勝ちますわ!!」 やれやれ…。往生際が悪いんだから。一体誰に似たのかしら? 「女御。今回はもう諦めなされ。勝負はいつだってできるのだから」 と内大臣も負けを認めるように催促する。しかし、女御は全く応じなかった。 な…なんかだんだん女御が憐れに感じてきたわ。確かに貴族の娘が皇后や女御、更衣にあがった以上、帝の子供を宿し、一族を繁栄させるという重大な任務を任されているからね。あのか細い肩にそれが全部乗りかかっているんだもの。そう易々と譲れないわよね。あたしの場合はただ単に常葉が好きだから常葉の為に子供を宿し、産む気になっただけで、一族の繁栄なんてこれっぽっちも考えてなかったわ。 「主上。申し上げます。この勝負私どもの負けでございます」 と意を決したように内大臣が常葉に申し上げた。その行為に女御は愕然とした。 「内大臣。どうして……」 「もうこれ以上足掻いても負けは負け。潔く負けを認めるほうがまだ一族の恥にならぬわ」 と内大臣は涙を流しながら静かに言った。暫くの間女御は呆然と立ちつくしていたのだった。 |