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第弐拾八章 内裏内恋愛教室? |
| ………ぴちゃん。 あ。水の音がする。ここどこだろ? 「…………千景………千景………目を覚ませ………」 ………誰?あたしを呼ぶのは………。常葉……。あなたなの………?あなたの声なら今……。 「………千景。目を覚ませ」 「………ん。誰?」 「俺だ。常葉だ」 あたしは声に呼ばれてゆっくり目を開けると、目の前には心配そうにあたしを見つめる常葉がいた。 「……常葉。あたし…………」 「大丈夫だ。おまえはちゃんと生きているよ。昂揚も皇后暗殺未遂で追捕(逮捕)した」 常葉はそう言うと、あたしを強く抱きしめ、今にも泣きそうな声で言った。 「……よかった。ちゃんと戻ってきてくれて。一時はどうなるかと思ったよ」 「……ごめんなさい」 そうあたしは言い、彼の体に擦り寄った。 「もう……これ以上危険なことをするのはやめてくれ。こんなことがしょっちゅう起こったら、俺の寿命が縮んじゃうよ。今回は取り乱しつつも恵式部が早急に知らせに来てくれたから何とかなったものを……。 明日からはずっと俺の傍にいてくれ。もう離しはしないから」 「……うん。ところで昂揚はどういう処置を受けることになったの?」 「そんなこと聞かなくていい。おまえは俺とおまえの生活を大事にしていればいいんだ」 「でも、自分を殺そうとした犯人なんだもの。処置ぐらい聞いておきたいわ。 ね。お願い。昂揚に対してどういう処置をとったの?」 「………その日のうちに首をはねて処刑したよ。俺の大事な妻を殺そうとしたんだ。当然の報いだろ」 「………そう。ありがとう」 あたしは少し躊躇って答える常葉にそれしか言えなかった。 道善の君が死んだ。やはりあたしを恨みながら死んだのだろうか。でも、あたしは常葉の妻よ。今は常葉を一身に愛し、常葉の子を産む女なのよ。それでも、あたしは一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ心の隅に常葉ではなく、道善の君のことを思ってしまった。それは罪の値に入る。一瞬だけでも夫のことではなく他の男ことを考えてしまったのだから。 次の日、あたしは常葉の約束どおり一日中常葉の傍にいることになり、常葉が出席する会議にも出席することにした。あたしは何気なく常葉の傍に座ると、公達はあたしをじーっと熱い視線を向ける。それに対してあたしは少し困った。 なんでこんなにじろじろと見るのよ〜。そりゃ、大臣たち以外は即位式以降そんなに顔を見せてないけどさ〜(左馬頭は会ったことがあるけど)。そんなに見ないでよ。恥ずかしいじゃないのよぉ〜!! あたしは扇で口元を隠し、困り果てているが、公達たちは視線をやめようとしない。さらに熱い視線を送る。 「……主上。この方は一体?」 「お主たちが今も噂する俺の寵愛を一身に受けている皇后だよ。まあ即位式以降、外に現れないようにさせてたからあまり覚えている者は少ないと思うがな」 『えええええっ?!』 と案の定驚く公達。中には顔を赤くし、あたしを凝視する者や溜め息をついて呆れかえる人もいれば、ひそひそと言い合う者もいる。しかしその中でも父様や左右大臣はあたしの顔を何度も見たことがあるので平然としていた。 「今日は俺の希望でおまえ達に皇后を見せようと思って、皇后も議会に出席させることにした。異存のある者はいるか?」 『断じてないですっっ!!』 と公達は顔を真っ赤にし、力いっぱいキッパリと断言する。 それからしばらくして会議は始まったが、公達の視線はあたしに釘づけでなかなか思うように会議が進まなかった。ちなみに今回論議するのは、神泉苑の修復についてだ。神泉苑というのは桓武天皇の造営による禁苑で、主に遊宴が行われ、代々帝である天皇が管理する物である。管理費などは全て農民達による税金で賄われている。今回の件に関しては何でも最近神泉苑内にある建物が綻び始めて、早く修復しないと壊れてしまいそうなくらいマズイ状況らしい。その修復費代をいくらにしようかと論議しているのだ。 こーゆーのって農民達が納める税金の割合で決めたほうがいいのよねぇ〜。しかし、始まってすぐに飽きたわ。 「皇后はいかがお考えですか?」 「え?!」 と突然声をかけられたので慌てて我に返り、きょろきょろと辺りを見渡した。途中で自分の世界に入ってしまったので、何を言っていたか分からなくて困惑した。そのとき、常葉が小声で教えてくれた。 「おまえの神泉苑に対する意見を聞いてるんだよ」 あ。なるほど。 あたしは常葉のおかげでやっと状況が掴むことができ、扇で口元を隠し、こほんと一つ咳払いをし、きりっとした表情で言った。 「神泉苑は代々帝がお使いになっていた大切な建物。 もしそれが無くなってしまったら、私たちは今まで残してくださった帝に申し訳なくて会わせる顔がありません。だから、神泉苑は昔の情緒を残しつつ、現在の流行りを取り入れ、私たち貴族や皇族のために血と汗で作った米で納税された農民達の税金の中でできる範囲で立てるべきだと思います」 『おおおっ!!』 とあたしが言い終わるなり、公達の中から歓喜の声と拍手が沸きあがる。 ……そんなに熱弁したかなぁ。 とあたしは予想外の展開に拍子抜けてしまった。一方常葉は「そうだろう、そうだろう」と言わんばかりに頷いた。結局そのあとの会議は何の展開もなくそのままあたしの意見で可決してしまったのであった。 男って一体ナニ……。 その日の夜、夜御殿に通され、常葉に召され、あたしは常葉にすべて任せて横になった。常葉は相変わらずあたしの愛し方は手馴れたものだった。あたしを自分の元に引き寄せ、あたしをの体を強く抱きしめ、あたしの体を優しく撫でる。あたしはそれが気持ちよくてついついうっとりなって、何度もそのまま眠りの世界に誘われそうになった。あたしは必死に睡魔と戦いながら常葉を見つめた。常葉はそれを知ってか知らないでか、さらにあたしを優しく撫でる。 う〜…気持ちいいんだけど、これ以上やられたら本当に眠っちゃいそう。 「眠いか?」 とあたしの心境を悟ったのか、常葉は撫でる手を止め、睡魔と闘うあたしの顔を覗き込んだ。 「眠そうな顔をしているな。よっぽどあの会議が退屈だったんだな」 「違うわ。眠くなったのはあなたが優しく撫でるからよ。気持ちよくてそのまま眠りの世界連れて行かれそうになっただけなのよ」 とあたしは言い返すと、常葉はくすっと微笑した。 「そんなに俺の撫でる手が気持ちよかったのか?」 「うん。とっても気持ちいいわ。常葉の手は大きくて優しいから好き。他の男はがさつな者ばかりしかいないんだもの」 あたしはそう言いながら常葉の体に擦り寄った。 「常葉って結婚する前から思ったけど、とってもいい香りがする。この香り、あたし大好きなの」 「千景」 常葉はあたしの名を呼ぶなり、あたしを仰向けにさせ、その上に覆い被さり、あたしの頬を優しく触れた。 「俺もおまえの匂いが大好きだよ」 常葉はそう言うと、あたしが着ている服から見え隠れする胸元に口づけをした。 「………千景。このまま子作りしないか?」 と突然子作りを持ちかけてくる常葉。あたしは最初きょとんっとなったが、すぐに笑顔になり、常葉の口元に人差し指を立てて可愛く言った。 「ダ・メ」 「ちぇ……」 と悔しがる常葉。そしてもう一度あたしの胸元を口づけしたのである。しかし一回だけではなかった。あたしの胸を恋しがるように何度も接吻したのである。そのとき―― がたんっ!!べきょっ!!どんがらがっしゃ〜んっ!! と突然いい雰囲気の中に物が崩れた大きな音が部屋の中に入ってくる。それを聞いて、常葉は脱力し、あたしの胸に顔を埋めた。 また、いい雰囲気を壊すんだからぁ。今度は誰がやったのかしら? そう思っていたところ、あたしの胸に顔を埋めていた常葉がわなわなと体を震わせ、むちゃくちゃ怒り顔で起き上がった。 「うっだぁ〜っ!!どうしてこう俺たちがいい雰囲気になっているところに必ず邪魔を入れるんだぁ!!今度は誰だよ?!」 常葉はそう言うと、傍に置いてある刀を手を取り、外に出て行こうとした。あたしは慌てて起き上がり、常葉の腕に捕まった。 「千景。おまえはここで待っていろ」 「イヤよ。あなたが行くときはあたしも一緒でしょ。もしかしたら賊かもしれないのに……。だから一緒に行くわ」 と強い口調で言うと、常葉は苦笑し、何も言わずあたしを連れて部屋の外を出た。回廊はがらんとして、まるで先程の物音はした気配がないように静かだった。あたし達はゆっくり歩いていくと、そのとき影が動いた。 「誰だ?!」 常葉はそう叫ぶと刀を引き抜き、あたしを後ろにまわした。 「そこにいるのは誰だ?大人しく出てくるのであれば、罷免してやるぞ」 と刀を構えたまま常葉が静かに言うと、その影の正体がすっとあたし達の目の前に現れた。その姿を見て、あたし達は驚愕した。 「帥の宮様、それにおまえは宰相!!どうしてこんな夜中に二人が?!」 驚くあたしに帥の宮様は溜め息混じりで言った。 「いえ、僕はただ単に付き添いで来たんです。用があるのは宰相なんです」 「宰相が何で?ってもしかしてさっきの大きな音も二人なの?!」 「あれはちょっと間抜けをしてコケたんです。ご迷惑かけてすいません。兄上の様子だととてもいい雰囲気のときにしてしまったようで……」 「全くだ。人がいいところだっていうときにおまえらは邪魔をするんだから」 と常葉はそう言いながら刀を鞘に収めた。 「で、宰相がこんな夜中に内裏に何の用だよ?」 と常葉が尋ねると、あたし達より年上のちょびひけがついた宰相が申し訳なさそうに答えた。 「はい。実は皇后様にご協力してもらおうと思いまして…。昼間では他の者に聞かれてしまいますし、夜なら主上もご協力してもらえると思いましてこんな夜中に参内した次第でございます」 「協力って何の協力だよ?」 「はい。私の愛の手引きをしてもらいたいのです」 『はいぃ?!』 あたし達は宰相の言葉にハモって驚いた。 愛の手引きって、まさかまた恋愛が絡んだ相談事なのぉ?! 「なんであたし達があなたの愛の手引きに協力しなくちゃならないのよ?!」 「俺も皇后と同じ意見だ。愛の手引きなら帥の宮だってできるじゃないか」 「僕に振らないでくださいよ!僕だって恋愛に関して疎いんですから……。それに宰相が兄上や皇后様にご相談を持ちかけたのには、ちゃんとした理由があるんです。世間でも羨ましがる恋愛をしているのは兄上達と右近の中将(元右近の少将。樹璃の旦那)夫妻しかいないんですよ。特に兄上達の方は世間を騒がすほどではないですか。だから宰相はその代表例でもある兄上達に相談を持ちかけたんです」 と宰相を弁護する帥の宮様。常葉はしばしジト目で宰相の様子を伺うが、宰相は懇願するような表情で常葉を見た。それを見て常葉ははぁっと大きな溜め息をつきながら言った。 「分かった。宰相の愛の手引きに関して協力してやるよ。で、相手は誰なんだ?」 「はい。式部卿宮様のご息女・朔夜女王でございます」 『なっ?!』 あたし達は宰相の言葉に驚愕した。 朔夜にこいつは恋したの。えーっと朔夜は今年で14になるからもう結婚適齢期に入ってるけど、なかなか恋愛に関しては疎いし、それに年上は嫌いだって言っていたような気がする。それに宰相は確か30近いでしょ。ほぼ無理に近いじゃない。 「朔夜女王ねぇ。まあ無理ではないけど、あんまり期待しない方が良いわよ」 「では皇后様も協力してくださるのですね!!ありがとうございます!!」 と心底喜ぶ宰相。そして一礼をすると、その場から立ち去っていった。 「……千景。今回の件に関して成功すると思う?」 「しないと思う」 「だろうな。無理かもしれないけどとりあえずできる範囲でやってやろう」 「そうね」 と喜び去っていく宰相を呆然としながら見送るあたし達であった。 次の日あたしは式部卿宮様宛に文を出し、それから四日後、あたしの元に裳着を済ませた朔夜が出仕してきた。久しぶりの朔夜の姿を見て、あたしはしばし見とれた。 さすが式部卿宮様と母様の子供だわ。美人聡明って感じが漂わせる。会わない内に大人っぽくなっちゃって昔のあどけなさが消えてちょっと淋しいなぁ。 そう思いつつ、八重と二条、命婦を残して他の女房を下がらせた。 「しばなく見ないうちにとても大人になったわね。幼いときの面影がなくてちょっと寂しいわ」 あたしは扇を開きながら寂しそうに言うと、朔夜はにぱっと笑った。 「お姉様ったら…あ!!皇后様ったら……」 と慌てて口を紡ぐ朔夜。あたしはくすっと苦笑し、優しく言った。 「無理にあたしのことを皇后と呼ばなくていいのよ。同じ皇族同士なんだから。昔と同じように『お姉様』って呼んでちょうだい。あなたにまで皇后って呼ばれると、調子が狂っちゃうわ」 「はい。お姉様。お姉様はちっともあのときから変わっていませんね。変わったと言ったら主上を心底愛するようになったぐらいでしょうか。朔夜は外見は変わっても中身は全然変わってませんから!!」 とやたら自慢げに言う朔夜。しかし、それも束の間。朔夜は急にしゅんっと青菜に塩を撒かれたように気分が落ちた。 「どうしたの?」 「朔夜はお姉様にお呼びがかかって嬉しいんです。だって、朔夜はお呼ばれがかかるまでずっと闇夜の世界にいたんですもの」 「闇夜の世界って、何か嫌なことでもあったの?」 「はい。朔夜が去年裳着を済ませたときにお父様と白夜お義母様が朔夜にこう告げたんです。『おまえの母は死んだと教え込んでいたが、本当はおまえが本当の母のように慕っていた白夜お義母様こそ、おまえの本当の産み親なんだ』って言われたんです」 と涙目で尋ねる朔夜にあたしはしばし黙り込んだ。 裳着を機についに式部卿宮様と母様が朔夜に真実を伝えたんだ。ってことは宰相の件に関して今、言うべきものじゃないわね。 「朔夜は本当は不義の子だったんです。白夜お義母様とお父様の過ちの結晶化したものなんです。だからお父様達は朔夜のこといらない子供だと思ってるんです」 「そうかしら。あたしから見たら二人はあなたに対してうんと愛情を注いでいるわ。もし朔夜のことがいらないとしたらとっくのとうに捨てられているはずよ。それに考えてもご覧なさい。母様達は一度でもあなたのこと冷たい態度で接したことはあったかしら?」 あたしは優しく尋ねると、朔夜は力いっぱい首を横に振った。 「でしょ。だからあなたも昔と同じように接してあげた方がいいと思うわ」 「……はい」 と、納得したのかしていないのかこちらからでは判断しにくい返事をする。そして、あたしの様子を伺うようにあたしをじーっと見つめる。 「どうしたの?」 「朔夜ぁ〜、しばらくおうちに帰るのやめてお姉様の元で宮仕えしようかなぁ〜」 『え゛?!』 あたしと傍に控えていた八重達は朔夜の一言に驚愕した。 「な…なんであたしの所に仕えるのよ……。仮にもあなた皇族でしょ」 「だぁって久しぶりのお姉様を見たらなんだか帰りたくなくなってきちゃったんですもの。それにお姉様がお産みになった若宮様たちにもお会いしたいし……」 「子供達はみんな左大臣邸にいるわよ」 「え〜!!いないんですかぁ〜!!」 とむちゃくちゃショックを受ける朔夜。しかし、朔夜諦めなかった。 「でもでも、今お父様のところに帰ったら険悪のムードばかりですし、しばらくこっちにいたほうが無難だと思いますぅ!!」 「だったら、常葉に頼んで別の部屋を用意してもらおうか?」 「い…いやですぅ!!朔夜はお姉様とずっと一緒にいたいんですぅ!!」 …………だめだこりゃ。完全にこの子、ここに居座るつもりだわ。 そうあたしが頭を悩ませていると、タイミングがいいのか悪いのか、常葉があたしの部屋に訪れてきたのである。そして、朔夜の顔を見るなり、急に顔が引きつったのである。 「な…なんでここに朔夜がここに?」 「はいっ!お姉様からお呼びがかかったからですぅ!」 「お呼びって、おまえもう呼んだのかよ」 とあたしを横目で見ながら言う常葉。そしてさり気なくあたしを自分の元に引き寄せると、すかさず朔夜が叫んだ。 「あ〜〜っ!!ダメですぅ!!お姉様は今日だけ朔夜の物なんですぅ!!」 とあたしを常葉から引き離す朔夜。それに負けじと常葉もあたしを引き返す。 「いつおまえの物になったんだよ?!千景は俺の物だ!!」 「主上の物ではありません〜〜!!」 と今度はあたしの両手を取り、二人であたしを引っ張りあうのである。 「痛い、痛い、痛いぃ〜〜〜〜〜〜っ!!」 とあまりの痛さに悲鳴をあげるあたしであったが、二人はそれでも手を離そうとはしなかった。 普通悲鳴をあげたらどっちか手を離すでしょうに!!二人とも意地っ張りなんだから〜!! 「千景。もう少しの辛抱だ。もうすぐおまえを俺のところに連れ戻すから!!」 「ダメですぅ!!」 と更に力を込める二人。 痛い。マジで痛い!!腕が引き千切れそう!! そう思ったそのときだった。 「ちょい待ち!!」 と女房達すら入ってこれなかった二人の間に勇敢にも割って入ってきたのである。その人物こそ 「月夜!!」 そう。そこには左大臣邸にいるはずの月夜が果敢にも立っていたのである。そしてその横には11になった椿がまだ赤ん坊の彬を抱き、八つになったばかりの葵が惟隆の手を引いて立っていた。 それを見て朔夜と常葉はいっせいにあたしの手を離したのである。あたしはすかさず葵達の元に駆け寄った。 「まあ、椿に葵。久しぶりね。会わないうちにこんなに大きくなって……」 「えへへ。今日はねお父様からお二人に顔を見せてらっしゃいって言われて来たの」 と嬉しそうにまだ裳着を済ませていない椿が答えた。そして自分が抱いている彬をあたしに手渡してくれたのである。 「まあ、彬もこんなに大きくなって」 「あのね。あのね。彬の皇子様は椿がお世話しているの!!」 「そうなの?ありがとう」 「でもね、でもね。彬の皇子様ったら、もう一つになるというのにまだお乳をねだるのよ」 と少し困ったように椿が言うと、その矢先に彬があたしにお乳をねだる。それを見てあたしは苦笑したが、椿ははぁっと大きく溜め息をついてあたしに謝った。 「お姉様。ごめんなさい。椿がちゃんとしなかったばっかりにこうなってしまって…」 「いいのよ。お世話してくれるだけで十分助かってるわ。ありがとう。あなたがいなかったら大変だったわ」 あたしはそう言いながらしゅんっとなる椿の頭を優しく撫でると、椿はぱぁっと表情を明るくなった。それを見て真っ先に拗ねたのが葵だった。 「あ〜っ!!ずっるぅ〜いっ!!僕だって宮中に出仕しながらも惟隆の皇子様と乳母子の遊び相手をしているのに〜!!」 「葵もいい子ね」 とあたしは平等に葵も誉めて頭を撫でた。すると、今まで拗ねていた葵がご機嫌をよくしたのである。そしてあたしは几帳の裏にまわり、着ている服を緩ませ、ねだる彬にお乳を与えた。それを後から葵と椿がこぞってお乳をあげているところ見にきたのである。 「もう。見せ物じゃないのよ」 「だって、お乳をあげるところ見たことないんですもの」 「そんなもの見なくていいわよ!!」 とあたしはすかさずツッコミを入れたのである。 「ところで主上や朔夜の姉様、月夜ったら三人で何言い争っているんだろうね」 と葵は三人の様子を呆れながら見守った。あたしは彬にお乳を与えるのをやめ、八重に服を直してもらいながら三人を見ると、三人ともあたしをめぐって言い争いをやっていた。 「お姉様は月夜の物なの〜〜!!」 「違うわ!!朔夜の物〜〜!!」 「いんや、俺の妻なんだから俺の物だ!!」 「三人とも、いい加減にして」 あたしは三人の前に出ず、座ったまま言うと、三人はぴたっと言い争うのをやめた。 「だってよぉ〜」 「だってもくそもない。あたしは物ではないのよ。 それに二人ともあたしはあなた達の物ではないの。今は常葉の妻であり、この子達の母親なの。だからこうやって言い争うのはやめて。それを見るのは辛いの」 『…………はい。やめます』 とあたしの心境が分かったのか。二人は素直にやめたのである。しかし、常葉はというとそれを聞いて調子づく。 「やっぱり千景は俺の妻だ〜!!」 「あなたも人を物扱いしないで!!」 とあたしが厳しく言うと、常葉もしゅんっとなった。そのとき、あたしの部屋に宰相が訪れたのである。 「あの……皇后様、主上。おおっ!!」 と朔夜の姿を見て感嘆の声をあげる宰相。 「朔夜女王!!」 「ほえ?」 と宰相の声にきょとんっとなる朔夜。その朔夜にあたしは近づき、そっと耳元で教えてあげた。 「あの人はあなたに好意を抱いているのよ」 「へ?好意って?」 「つまりあなたのことが好きだってこと」 とあたしが付け加えて言うと、朔夜は物凄く嫌そうな顔で、しかも大声で言ったのである。 「え゛〜〜〜っ!!あんな年が離れているオヤジと付き合うなんて絶対イヤですぅ〜〜〜〜〜っ!!」 とその言葉にモロ聞いてしまった宰相はショックを受け、その場に倒れた。 あ〜あ。そんなにはっきり言わなくても……。 それから何とか意識を戻したが、見事に失恋したことは言うまでもなかろう。しかし、それだけならまだいい。朔夜の評判は宮中(仮内裏、つまり嘉稜院のこと)に広まり、父親である式部卿宮様に男どもが、押しかけて求婚を迫ったのである。そのせいで朔夜は実家にいられなくなり、あたしの計らいでしばらく宮中であたしの話相手として出仕することになった。 |