第参拾弐章 再来

 

 内裏の火災の被害であたし達は仮内裏である嘉稜院にいたが、ついにその内裏の復旧が終わり、あたし達は嘉稜院から修復された内裏に戻った。その際、常葉はあたしのいる部屋を弘徽殿から藤壺に移り変わったのだった。
 そしてあたしが新たな子を身篭り、引っ越してから一ヶ月も経っていないのに常葉はあたしのお腹に耳を当ていた。
「はぁ。俺の子がおまえの中にいるんだなぁ」
「そうね。でも、まだ小さいと思うわ」
「小さくてもいい。俺はおまえが再び俺の子を身篭ってくれて嬉しいんだ。
 他の子達はみんな左大臣の所へ行ってしまっている。しかも今度は父上までもが俺の子を俺達の元から引き離そうとしている。それがとても辛い」
 常葉はあたしのお腹に甘えつつ、そう言ったそのとき、あたし達の部屋に元気な声が入ってきた。
「お母様〜!!」
 と部屋に入ってきたのは、左大臣邸にいるはずのあたしの子供達四人だった。あたし達は四人が現れてただ呆然と見るしかできなかった。一方四人はあたしと常葉に駆け寄り、飛びついたのである。
「えへへ、お母様ぁ」
「まあ吉良に惟隆、彬。どうしたの?」
 あたしはあたしに飛びついた吉良と惟隆、彬を撫でながら言うと、吉良が笑顔で答えた。
「あのね。おじい様がね、今日からこっちに住んでいいって言ってくださったの」
「え?父様が?!」
 あたしは吉良の言葉に耳を疑った。
 父様がそんなことを言い出すなんて。絶対あり得ないわ。だって、孫のこと凄く可愛がっていたのに……。
「お母様。今日は一緒に寝ようよぉ」
「にいしゃまずっるぅ〜いっ!!ぼくとだよぉ〜」
「う〜っ!!」
 とあたしと誰が寝るか小競り合いを始める三人。一方常葉に甘える愛子はそんなこと知らん振りで父親である常葉にうんと甘える。そんな愛子に複雑な表情をする常葉。
「お父様は愛子と一緒に寝よ!!」
「おいおい。お父様はいつもお母様と一緒に寝ているんだよ。今日もそのつもりなんだから」
「ダメ〜!!愛子と寝るのぉ!!」
 とあたし達の目の前で駄々をこねる愛子。あたしは彬を抱っこしながら呆れつつも見守っていた。そこに吉良が嫉妬して常葉を挑発するようにあたしの膝にちょんっと座った。それを見て黙っていないのが、常葉である。
「こらぁ!!誰がお母様の膝の上に座っていいって言ったんだよ!!」
 と愛子を引きずりつつも吉良を抱っこして自分の膝の上に座らせた。
「お母様のお膝に甘えていいのはお父様だけなんだぞ」
「むぅ〜っ。僕だってお母様のお膝に甘えたいよぉ」
「だぁめ。お母様だって困るよ」
 と常葉は久々にも関わらず、きちんとお父さんぶりを発揮している。まあ。ある意味自己中な面もあるけどね…。
 あたしは彬を抱っこしていると、彬がじぃーっと澄んだ瞳であたしを見ていた。
「あら。どうしたの?」
「たぁた」
 彬はそう言うと、突然あたしの頬に接吻をしたのである。予想外の行動にあたしを含め、兄弟、常葉までもが驚愕した。
「たぁた。あ〜…」
 と彬はきゃっきゃっと手をじたばたと動かして喜んでいる。一方常葉達はすっかりぽかんっと開けた口が塞がらない状態だった。しかし彬はそんなことに気にも留めない彬はすっかりあたしを自分の物かのように甘えている。
「あぅ〜…」
「あらあら、彬ったらお父様や吉良達以上に甘えん坊さんね。お母様のこと好き?」
「あいっ!!」
 と元気よく返事する彬についに我に返った常葉は、彬をあたしの手から奪い取った。
「こらぁ。いきなり接吻すんなよ!!」
 って常葉ったら自分の子供相手にそんなにむっとならなくてもいいのに…。
 そう思っていた矢先、あたしから引き離された彬は先程とはうって変わって、超がつくほど不機嫌になり、父親である常葉を赤子とは思えない形相で睨むつける。
「な…なんだよ…。その目つきは……」
「むぅ〜…」
 次の瞬間、彬が動いた!!
 べしべしべしべしべし…っ!!
 と物凄い勢いで常葉の顎に彬の蹴りが炸裂する。その光景にあたしはただ唖然となってしまった。
 わお〜…。子供ながらも凄いキック力だこと!
 一方常葉は痛さのあまり、彬から手を離すと、彬はあたしの所に戻ってきて、あたしのお腹に手を当てた。
「あらあら。彬、あなたはここに新しい命が宿っていることを分かったのかしら?」
「あう〜…」
 とあたしの言葉にまるで「知ってるよ」と言わんばかりの笑顔になる彬。そして、当てている手であたしのお腹をぺしぺしと軽く叩く。
「お母様。新しい命ってまた兄弟が増えるの?!」
 とあたしの言葉に嬉しそうに反応したのは四人の中での紅一点の愛子だった。愛子は常葉から離れ、あたしの方に来ると、わくわくしているような瞳であたしのことをじっと見つめる。
「愛子ね。女の子が欲しいの」
「そう。じゃあ女の子が生まれるようにお祈りしなくちゃね」
「うんっ。女の子が生まれたらね、愛子ね、お母様の代わりに一生懸命お世話するの!!だからね、お母様。元気な女の子を産んでね」
「分かった。約束するわ」
 あたしはそう言って愛子と小指を交えて指きりげんまんをしたのである。そこに別の部屋に行っていた朔夜が戻ってきて、あたし達の子を見て感激の声をあげた。
「うわ〜っ!!このお方たちがお姉様がお産みになった皇子様ですね!!さすがお姉様がお産みになっただけにとっても可愛いですぅ〜!!」
「あ…ありがとう……」
「お姉様。朔夜に皇子様を抱かせて頂いてもいいですか?」
「え…ええ。別に構わないけど……」
「うわぁいっ!!ありがとうございます!!」
 朔夜は喜びの声をあげると、近くにいた惟隆を抱き上げ、惟隆の頬に頬擦りをした。
「うわぁ〜。とっても可愛いですぅ。産み親がいい方だとお生まれになる子も可愛い方ですね。
 そういえばお姉様も新しいお命をお宿しになって大変な時期ですもの。お体を大切になさってくださいね」
「ありがとう」
「そういえば先程春日宮様が内裏に参内してましたよ」
『ええっ!!』
 惟隆を抱きながら言う朔夜の言葉にあたしと常葉は驚愕の声をあげた。
 あの、結婚相手を探しまくりの春日宮様が内裏に?!
 そう思っていると、御簾が上がり、許可を出してもいないのにそこからしずしずと春日宮様が入ってきた。呆然としているあたし達をよそに春日宮様は目の前に座ると、急に泣き出した。
「うわぁ〜んっ!!お兄様ぁ〜!!」
「春日宮か。また駄々コネに来たのかよ」
 と嫌々そうに言う常葉。そんな常葉を無視して春日宮様はあたしの片手を取って言った。
「お義姉様は私の味方ですもの。私の話を聞いてくださいますよね?」
「え…?!」
 とあたしは戸惑うが、春日宮様はあたしを無視して続けて言った。
「それは昨日のことでしたの。私の邸にとーっても凛々しい殿方がいたんです。ですが、その殿方ったら私を無視して別の女性と結婚してたんですよ!!」
 ま…また同じパターン。ちょっといい加減にしてほしかも…。
「で、私こう思いましたの!!皇族相手に相手は断るはずもないって!!」
「……自信過剰になるのもいい加減にしろよ」
 と春日宮様の言葉に常葉はジト目でツッコミを入れた。しかし、宮様は反論する。
「お兄様ったら、結婚願望の女の子は誰だって躍起になっているのよぉ〜!!」
「それはおまえと朔夜だけだっつーの。
 そりゃ誰だって結婚はしたいだろうけど、そんなに無理して見つけるほどでもないだろうが。早く見つけてハズレだったらどうするんだ?」
「とっとと捨てる」
 とキッパリ答えるに宮様に常葉はただ口を開けているだけだった。それを見かねて今度は愛子と彬を抱きながらあたしが宮様の説得に乗り出した。
「み…宮様。捨ててしまったら、あなたも傷物として世から見られるんですよ。そんなことだと未婚の殿方からも見放されてしまいますよ」
「え゛……?!それだけは絶対にイヤ!!男に見放されるなんて絶対にイヤよ!!」
「でしたら、そんなに躍起にならずにもう少し慎重にお探しになってみては?」
「う〜んっ。でも私の身分だと、宴とかしか見れないのよ。殿方なんて……」
「それならあたしが宴の主催者になって差し上げますよ。朔夜と同様に宮様もあたしの女房として参加するのです。そうすれば御簾越しから殿方を見ることもできるでしょ」
 とあたしが案を出すと、それに異議アリと言わんばかりに常葉が割って入ってきた。
「ちょっと待て。そんなことしたら『皇后が浮気してる』なんて陰口叩かれるぞ。んだったら、もうすぐ内裏である七夕の宴で男どもの品定めをやればいいじゃないか」
「あ…。それもそっか……」
 と常葉の言葉に思わず納得してしまった。一方春日宮様も常葉の言葉にしばしば呆然。そしてすぐさま我に返り、恋人ゲットに燃えるのだった。
「うおっしゃぁっ!!ならばその七夕の宴の日に新しい恋人を見つけるぞぉぉぉっ!!」
「及ばずながら朔夜も参加しますですぅぅぅぅっ!!」
 と朔夜まで加算したりする。それを聞いて更にやる気を起こす春日宮様だったり…。
「おっしゃ!!じゃあ朔夜も一緒に頑張って恋人見つけようね!!」
「はいですっ!!」
『お〜〜〜っ!!』
 とすっかりあたしらを無視して話を進めるのだった。それを見ながら愛子が興味津々にあたしに尋ねた。
「ねえ、お母様。たなばたってなぁに?」
「ん?七夕っていうのはね。神様の力によって引き離されてしまった織姫と彦星という恋人が、年に一度だけ天の川にかけられた橋で会うことを許される日なのよ」
「どうして二人はばらばらなの?」
「ん〜どうしてかしらね」
 ヤバイ…。七夕の話ってあんまり興味がなかったから全然聞いてなかったんだっけ…。どうしよう……。
「ま、とにかく。二人は運命的な出会いをして皮肉にも離れ離れになってしまったけど、この日を楽しみにして毎年送っているわけなのよ」
「じゃあお父様やお母様と同じ出会いをしたんだね」
 お…同じ……なのかなぁ?
 あたしは愛子の言葉に疑問に思ってしまった。それを知らずに常葉のほうはすっかり上機嫌になり、愛子を抱き上げながら言った。
「おまえは例えがいい奴だな〜。さすが俺の子だけはあるぞ〜!!」
「えへへ〜vv」
 と得意満面になる愛子だった。

 それから夜になり、寝る時間になると、あたしは常葉のいる夜御殿に通されるが、愛子まで一緒にくっついてきた。そして、いつもなら常葉に甘えるはずの愛子があたしに甘えてきたのである。
「あらら…。いつもなら常葉に甘えるのに今回はあたしに甘えるなんて……」
「きっと今まで会えなかったから、母親が恋しいんだろ。
 女の子は愛子だけだから、不安だったんだろうなぁ」
「そうね。だから今回身篭ったとき、女の子に期待を膨らませていたのね」
 あたしは横になり、そう言いながらすやすやと寝ている愛子の髪を撫でた。
「会わないうちにすっかり髪が長くなったわね。髪質はあたしに似ているかしら?」
「かもな。愛子は俺達の子だもん」
 と常葉も愛子の髪を撫でる。そして、急に撫でながら思い出し笑いをするのだった。
「どうしたの?」
「愛子の寝顔を見ていたら、いつもの千景の寝顔を思い出してさ〜。やっぱカエルの子はカエルだなぁ〜って思っただけだよ」
「何よ、それ〜!あたしはよだれを垂らして寝たりはしません!!」
「ふふふっ。悪い、悪い。よだれは垂らさないけど、契りの際は俺の胸を独占してるじゃないか」
 と常葉はそう言いながらウインクした。一方あたしは常葉の言葉に顔を真っ赤にさせ、反論できなかった。それをいいことに常葉は更に笑った。
「あはははっ。そーゆーところがこれまた愛子に似て可愛いんだよ」
 そう言って常葉はあたしの頬にそっと触れた。そこに――
「お母様ぁ〜…」
 と割って入ってきたのは吉良だった。どうやら淋しくなってこっちに来たようだ。
 でも、夜は危ないから出歩くなって前々から言っていたのに……。
「どうしたの?淋しくなったのかな?」
 あたしは起き上がり尋ねると、吉良はおずおずとしながらこくんっと頷いた。それを見てあたしは手を広げると、吉良は迷わず飛び込んできた。
「お母様〜〜!!」
「まあまあ。吉良ったら、甘えん坊さんね。あれほど夜に外を出歩いてはダメって言ったでしょう」
「だってお母様にこうされたかったんだもん」
 吉良はそう言ってあたしの胸に更に甘えた。そしてあたしも吉良の頭を撫でた。
「おじい様の家ではちゃんといい子でいた?」
「うんっ。おじい様もとても誉めてくださったの。吉良はお母様の言う通りにいい子でいたよ。だから…だからぁ……」
 と吉良は途中から涙声になった。あたしは吉良の心境を悟り、吉良を抱きしめる力を強くし、涙を接吻で拭った。
「吉良は偉い子だね。お母様はそんな吉良が大好きよ。だから吉良はお父様の偉業をちゃんと継いであげてね」
「はい。吉良はお父様の偉業を継いでいきます。
 えへへ……今日はお母様は僕だけのだもん。お父様や愛子には渡さないもん」
 と最初はよかったものの、結局は常葉と似たようなことを言う吉良に常葉はちょっとムッとなった。
「吉良。今日だけはお母様に甘えるのを許してやるが、お母様は俺の物なんだからな」
「お父様の物じゃないよ。お母様は一人の人であって、この世界でたった一人の僕達のお母様なんだよ」
 と吉良は子供にしてはやけに難しいことを言って常葉に言い返したのである。予想外のことに常葉はただ目が点になった。
「吉良……。あなたやけに難しいことを知っているわね」
「えへへ。薫の大将に教えていただいたのぉ」
 と得意満面に答える吉良。
 薫兄に教えてもらった…か。勉学はやたら頭いいからなぁ。吉良が筆習い(※勉学を学び始めること。だいたい7歳ぐらいから始められたそうです。)を始めたら薫兄に家庭教師になってもらおうかしら…。
 そう思いつつ、あたしは吉良と愛子、そして常葉の四人で川の字で寝たのであった。次の日愛子と吉良はあたしは誰のものであるか大喧嘩したのであった。