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第参拾参章 七夕と恋実り |
| 吉良たちが内裏に戻り、今度こそ春日宮様がの恋路が実ることを願いながら七夕を来るのを待ち望んでいた。そしてやっとこ今日七夕を迎え入れることができたのだった。この日をどんなに待ち望んだことか。待ちに待っている間にもあたしのお腹に宿る新しい命はすくすくと育ち、七夕を迎え入れる頃には少しお腹が膨れて目立ち始めていた。お腹が膨れる以前から常葉はあたしのお腹に耳を当てていたが、目立ち始めると四六時中耳を当てるようになった。 七夕前日もそうだった。耳に当てお腹にいる我が子に声をかけていたのだった。その常葉はというと帝だからあたし達がいる場所とは全く違う場所にいる。 一方今回やけにやる気満々な朔夜と春日宮様はというと、あたしの隣りでまだ始まってもいないというのに早速男の品定めを始めちゃっているから怖い。 女ってそんなに彼氏を早く手に入れたいものなのかなぁ…。 とあたしはつくづくそう思っていますのだった。そこに愛子が傍に寄ってきて、嬉しそうに言った。 「お母様。とってもきれいね。みんなきらきら光ってるよ」 と外で色々な衣装を纏って舞う公達を指差す愛子。 そういえば、この子が七夕の式典に参加したのってこれが初めてだったわね。今まで何故かその日は風邪とか拗らせてしまって参加できずにいたから可哀想な思いをさせてしまっていたから今日はきっと嬉しいわね。 「ねえねえ、お母様。お腹にいる赤ちゃんもこの式典見てるのかなぁ?」 「きっと見ているわよ。お姉ちゃんの声もきっと聞こえているはずよ」 「えへへ。そっかぁ。赤ちゃん、赤ちゃん。愛子があなたのお姉ちゃんですよぉ」 とお腹に耳をあてながら愛子はお腹にいる赤ちゃんに向かって声をかけた。すると、それに反応するかのようにこつんっと音が鳴った。それを聞いた愛子は顔を赤くし、感動した。 「ねえねえ、お母様!!今、お腹がこつんって鳴ったの!!」 「きっとお姉ちゃんの言葉に応えてくれたのよ」 「うわぁ〜!!凄い、すごぉ〜いっ!!」 と心底喜ぶ愛子。常葉が喜ぶのを真似するかのように、飛び回って喜んだ。しかし、喜びすぎて顔から思いっきりコケてしまった。 うわぁ〜…痛そう……。 そう思いながら愛子の傍に寄ると、愛子はおでこを赤くし、半泣き状態ながらも必死に泣くの我慢していた。 「愛子大丈夫?」 「ふえ…うえ……」 「お姉ちゃんがこんなことで泣いちゃダメよ」 「う……。愛子お姉ちゃんだもん……。泣かないもん……」 と我慢し起き上がる愛子にあたしは笑顔で言った。 「偉い、偉い。愛子もお姉ちゃんだもんね。赤ちゃんの前でいいことしたわね」 「えへへっ。お姉ちゃんだもん。当たり前だよ!!でも、やっぱ痛いよぉ……。お母様、アレやってぇ〜…」 とあたしに飛びついて甘える愛子だった。あたしはくすっと笑い、赤くなるおでこを撫でていつもことをした。 「痛い、痛いの飛んでけ〜」 そう。これをやると子供達は何故か痛みがなくなるという。ホントかどうか分からないが本人達は痛くなくなるそうだ。 そこに東宮である吉良が愛子との間に割って入った。 「お母様!!吉良も練習をいっぱいすれば踊れる?」 「そうね。いっぱい練習すれば吉良もあんな風に踊れるわ。 でも、吉良はお父様に似て、笛がとってもお上手だから笛の練習もたくさんしたらどうかしら?」 「ホントぉ?吉良笛とってもお上手?」 とあたしの言葉にくりくりとした瞳で嬉しそうに尋ねた。あたしは吉良の頭を撫でながら笑顔で応えた。 「ええ。吉良はお父様に負けないくらい笛がお上手よ。今度お母様に聴かせてほしいわ」 「じゃあすぐにお母様に聴かせてあげるぅ〜。恵式部。僕の笛を持ってきてちょうだい」 と、吉良は傍に控えていた恵式部に言うと、恵式部は少々困ったように答えた。 「東宮様。今は式典中でございます。もし、よろしければ、式典が終ったあとにしてみてはいかがでしょうか?」 「え〜。吉良は今すぐお母様に聴かせてさしあげたいのにぃ。だから今すぐ持ってきて」 「吉良。女房たちを困らせちゃダメよ。 恵式部の言う通り、今は式典中だから吉良の笛はまたあとで聴かせてちょうだい」 「………うん。じゃああとにするね」 と少々納得がいかないものの、あたしと指きりげんまんをするのだった。そこに愛子が割って入ってきてちょっと機嫌が悪そうに言った。 「も〜お母様は愛子とお話してたのよ。吉良は邪魔しないで!! お母様、お母様!!愛子もね、お琴が上手になったのよ!!香澄もね、愛子のお琴お上手だって言ったのよ」 「まあ、そうなの。じゃあ吉良とあとで一緒に合奏してちょうだいな」 「ダメだよ〜。吉良と弾いたら愛子の音消えちゃうもん」 と頬を膨らませる愛子。どうやら愛子はあたしに一人ずつ聴いて欲しいらしい。そして、愛子は抱っこしてと言わんばかりに、手を広げた。あたしは仕方がなさそうに抱っこをすると、今度は吉良が頬を膨らませた。 「えへへ。お父様も大好きだけど、お母様も大好きだよ」 愛子はそう言っていると、そこに一人の朔夜と同い年くらいの若い公達が御簾越しで控えているのに気づいた。 「お母様。あそこに人がいるよ」 「え?」 あたしが振り向くとそれに合わせてその公達が口を開いた。 「皇后様、失礼します」 「どうしたの?」 「あの……皇后様に朔夜女王様についてお尋ねごとがありまして……」 「朔夜の?まあ、言って御覧なさい」 あたしは愛子を抱っこしたまま言うと、公達は少々恥ずかしそうに言った。 「あの……朔夜女王様はその……恋人はいらっしゃるのでしょうか?」 「は?」 とその公達の言葉にあたしは目が点になった。 「恋人がいるというと?もしかしてあなた……」 あたしが言うと、その公達は慌てて否定した。 「ち…ちちちち違います!!私はそんな恋心を抱いているというわけではありません! ただ、ちょっと朔夜女王様が最近お元気がないので、心配で………」 とその公達は顔を真っ赤にさせ、取り乱したように答えた。 ふぅん。この公達ってもしかして……。 あたしはこの公達に対して、女の勘が鋭く働いた。すると、そこにタイミングを合わせるかのように朔夜がひょこんっと顔を出した。 「お姉様。ってあれ?あなた…朧少将じゃないのぉ」 はい?朧少将? あたしは朔夜の言葉にしばし、混乱したが、慌てて公達の整理を頭の中でし始めた。 お…朧少将、朧少将……っと。あ!!思い出した!!朧少将って権大納言の末息子だったわ!! 「こんなところに来てどうしているのですか?!ここは恐れ多くも皇后様と東宮様の御前ですぅっ!!あなたのような身分の方がお会いになってはいけなんですぅっ!!」 「まあまあ。朔夜。そんな敵意剥き出しにしないで…」 と朧少将に対して敵意剥き出しの朔夜をあたしは宥めた。すると、朔夜は大声を張り上げて言った。 「お姉様は甘いですぅっ!!この人は…!!この人はぁっ!!とってもスケベなんですよぉっ!!」 「……朔夜。あなたどこをどーゆー基準でスケベだって判断したの?」 「だって!!朧少将ったらレディの涙を盗み見てたんですよぉ!!」 ずるるっ あたしは朔夜の言葉に脱力した。 「盗み見たんじゃなくて、たまたま偶然見ちゃったの間違えではなく?」 「何を言うんですか!!乙女の涙というものはそれはそれは高価で赤の他人が盗み見てはいけないものなんですよ!!絶対アレは盗み見たんです!!」 「そ……そうなの??」 あたしは朔夜の推しに引いて、思わず八重に尋ねてしまった。すると、八重もすっかり困った顔でいた。 「さ…さぁ……。私も存じません……」 「とにかくっ!!朔夜は朧少将の行為を許せません!!今すぐ、ここからいなくなってください!!」 「な…?!どうしてですか?!私はあなたを……!!」 「言い訳は無用ですぅっ!!いなくないのであれば、こちらにも考えがありますぅっ!!」 そう言って朔夜はどこから持ってきたのか、火取を振り上げた。 「わ〜っ!!そんなのをぶちまけたら部屋中煙まみれになるだろうが!! わかった!!わかったから!!退散するからそれをぶちまけんでくれ!!」 と朧少将は慌てふためきその場から去って行った。 一体何をしたかったのかしら? そう思っていると、愛子があたしにそっと耳打ちをしてきた。 「お母様。少将は朔夜のこときっと好きなんだよ。愛子たちでなんとかあの二人をくっつけられないのかなぁ……」 「まあ。愛子ったら鋭いわねぇ」 とあたしは愛子の勘の鋭さに感心した。一方朔夜は少将がいなくなるのを確認すると、振り上げた火取をそっと元の位置に戻したら、そこに愛子が朔夜に質問をした。 「どうして朔夜は朧少将のことをそんなに嫌いでらっしゃるの?朧少将はとてもいい人だよ。 愛子がとてもキレイな桜を取ろうとしたとき、愛子の代わりに取ってくださったのよ」 『なにぃ?!』 あたしと朔夜は愛子の言葉に驚いてハモった。 「ちょっと、愛子!なんでそんなことをしたの?木から落ちたらどうするの?!」 「だってその桜をお父様やお母様に見せて差し上げたかったんだもん」 「それは嬉しいけど、あなたは今をときめく女の子なのよ。そんな危ないことをしちゃダメ。 もし落ちちゃって大怪我したらお母様とても悲しいわ」 とあたしは愛子の髪を撫でながら言うと、愛子も申し訳なさそうに頷いた。 「ごめんなさい…。今度からはしないようにするね。 でもね、本っ当にその桜は綺麗だったんだよ。朧少将は愛子のお願い聞いてくれたけど、その桜お母様に見せる前に落としちゃったの。朧少将は怒らなかったんだよ」 とちょっと悲しそうに言う愛子。それに対して朔夜は少将申し訳なさそうに黙り込んだ。その朔夜にあたしはふと思ったことを尋ねた。 「………朔夜。あなた、朧少将を嫌う理由さっきの話以外にもあるんじゃないの?」 ぼひっ あたしの質問に対して朔夜は答える代わりに顔を真っ赤にさせた。 おや?もしかしてこの子ったら朧少将に「ほ」の字かしら? 「べ…別に何もないですぅ……」 「本当かしら?顔には『違う』って書いてあるわよ?」 あたしはにやにや笑いながら言うと、朔夜は更に真っ赤にさせた。そして、諦めたかのように話し始めたのである。 「実は…朧少将とは幼馴染みと言うか、腐れ縁なんですぅ。 あのことがきっかけでお姉様のところに出仕するまでしばらく塞ぎこんでいて会わなかったんですけど、ちょっと前に助けていただいたんですぅ。そのときいつもならきついことしか言わないのに、そのときはちょっと優しくしてくれたんですぅ……」 なるほど。朧少将と腐れ縁ねぇ…。それであんな口調で言い合ってたわけね。 ということは朔夜ったら本当は嫌いじゃなくて好きだったわけだ。そしてそれを言うと負けた気になるから、それを紛らわすかのように別の男を探していたわけね。朔夜って意外に天邪鬼だったのね。 「朔夜、どうしたらいんでしょう?朧少将の前になると胸が苦しくなるんですぅ。それを隠すためにあんなことを……」 と朔夜はいきなり泣き始めてしまったのであった。あたしは愛子を降ろし、そっと朔夜の元に近づき、優しく抱きしめた。 この子は本当は朧少将のことが好きなんだ。昔のあたしみたく常葉のことが好きだってことを気づかないで一人胸を苦しめて悩んだあの頃と同じことになってるんだ。 あの頃あたしは三途の川で出会ったあのときから常葉のことを愛していた。それを気づくことができないで一人で入内することを嫌がって苦しんで泣いていた。本当は常葉のことが好きで好きでたまらないのにね。 そして常葉の演技と気づかないで、今にも死にそうなときの常葉の姿を見て初めてこの人が傍にいてほしかった。愛しているんだって気づいたんだよね。それがきっかけで今のように彼の事を堂々と愛してるって思えるようになったんだっけ。 もう好きで好きでたまらない。誰にも彼を渡したくない。彼は自分の物だって。 そしてあたしは常葉に抱かれて身も心も常葉の物になって、常葉の子を産んだんだ。じゃなければ子供なんて産むもんかって思ってたからね。 「朔夜…。病気なんでしょうか……?朧少将のことを思うと胸が苦しいんですぅ……」 「そうね。あなたはもう病人と言えるかもね。 あなたは恋の病と言う病に冒されているわ。それを治すことができるのは朧少将だけよ」 「どうしてですか?」 「あなたは朧少将のことを考えると胸が苦しいって言ったわね。だったら朧少将と真っ向から向き合って言いたいことを言って御覧なさい。朧少将はあなたの冒されている病を吹き飛ばす特効薬だから……」 「言いたいことってどんなことですか?」 「……………………」 よりにもよってこんなときにこのボケをかまされるとは…。あたしは思いもよらない言葉に何も言えなかった。 はぁ…こんなことでこの二人の恋はうまくいくのかしら? 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