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第三章 真実 |
| 母様が言った言葉が気になって、まだ自殺したときの傷が癒えぬまま、解決の手がかりになる式部卿宮様のところへ行くことにした。もちろん。今回はお付きはナシ。付いてこられては困るからだ。 式部卿宮様の屋敷に着き、式部卿宮様に経緯を話すと、式部卿宮様は扇で口元を隠しながら大笑いをした。 「ははは……なるほど……母君もずいぶんと酷なことを言うようになった……。それでヒント代わりに私の所へきたというわけだね」 「はい〜」 「そうか。なら助け舟を出してもいいが…。本当なら自分で見つけ出さなきゃいけないことなんだけどなぁ…」 「すいません……」 「謝らなくていいよ。これから私が言うことはあくまで意見として聞くんだよ」 「はい」 「君の母君はたぶん自分の心を見据えろと言いたいんだよ。君が東宮に恋心を抱いているから」 「え゛―――っ?!」 式部卿宮様の言葉にあたしはモロに動揺して声をあげた。 「あ…あた…あた…あたしぃ〜?!」 「だから、あくまでも私の意見だって言っているだろう!!」 「あ、すいません」 式部卿宮様の言葉に我に返ったあたしは恥ずかしくなって小さくなった。 それを見た式部卿宮様は微笑し、 「やはり姫は母君似だね。性格、行動、癖何から何まで昔の母君を見ているようだ」 「そうなんですか?」 「そうなんだよ。ま、そんな過去話は置いといて、母君が言っていることはとにかく自分を見据えて素直になれってことだよ」 「はぁ…」 「きっと君に自分の忌まわしき過去の二の舞になって欲しくないんだよ。あのときの母君は後先を考えずに行動してたから、自分の過ちを犯して欲しくないのかもしれないね」 「過ち?母は―――」 「あ―――っ!!千景お姉しゃまだ―――っ!!」 あたしが言いかけたそのとき、誰かがあたしの名前を叫んだ。 がばちょっ!! 「うぐっ?!」 その声の主はあたしの背後に現れ、あたしに飛びついてきた。 「さ…朔夜……」 そう。声の主は式部卿宮様の娘、朔夜女王だった。あたしとは5歳違いで、まだ裳儀を済ませていない。だから格好も子供っぽいし、あたしみたく垂髪ではなくうないである。 朔夜の母君は身分が低い上、朔夜を生んだ際に帰らぬ人になってしまわれたらしいのよね。 この話は別に貴族から聞いた話だから本当かどうか分からない。真相を確かめようとして母様や父様に尋ねたけど、母様たちはただ顔が青ざめただけで答えてくれなかった。だから本当かどうか迷宮入りなわけである。 「うぁ〜いっ!!千景お姉しゃまだ〜っ!!朔夜ねとっても淋しかったの〜!!」 とさらに抱きつく力を込める朔夜。 く…苦しい… なんか…朔夜って…ある意味あたしの母様に似てる…… 言葉には出さず、苦しんでいると、式部卿宮様は呆れながら 「こらこら。いい加減に姫から離れなさい。姫が苦しそうだろう」 「はぁいっ!!」 朔夜は式部卿宮様の言葉に素直に従い、あたしから体を離すと、あたしの横にちょこんと座った。 「お姉しゃま。あとで朔夜と遊ぼうね」 「朔夜。姫は朔夜と遊びに来たんじゃないんだよ。父様に相談事をしに来たんだ」 式部卿宮様の言葉に納得ができないと言わんばかりに朔夜は頬を膨らませた。 そしてついにはじたばたと暴れて駄々をこね始めてしまった。 「だめなの〜っ!!お姉しゃまは朔夜と遊ぶの〜っ!!」 な…なんか自分の小さい頃を見ている気がするわ…。 朔夜の行動を見た式部卿宮様は扇で口元を隠し、はあっと大きく溜め息をつき 「わかった。終わったら姫をそっちに連れて行くから、朔夜は自分の部屋で大人しくしてなさい」 「ほんとぉっ?!」 式部卿宮様の言葉に機嫌を良くした朔夜は、宮様の言葉に素直に従い、暴れるのをやめ、さっさと部屋から出て行った。 「来るたびにすまないね」 「いえ。妹達の面倒はもう慣れているので気にしないでください。 それに朔夜はなんとなくあたしに似ていて面倒が見やすいんです。きっと朔夜のお母様もさぞかしあたしの母様と似ているんでしょうね」 がたんっ!! あたしの言葉に式部卿宮様は動揺して扇を落とした。 ?何か悪いことでも言ったかしら? 「……そ…そうだね。最近の朔夜は白夜にますます似てきて複雑な気分だよ」 「白夜?奇遇ですね。朔夜のお母様も母様と同じ名前なんですか」 あたしの言葉に再び動揺する式部卿宮様。 式部卿宮様はただならぬことをあたしに隠してる。一体何を隠しているんだろう。 「そうか…あの人は姫たちにあのことを話していないんだね」 「あのことってなんですか?あたしたち家族に何の関係があるんですか?」 「知らない方が君のためだ」 「知りたいです。母様も何かほのめかすような話があったら理由はどうあれ最後まで聞けって言いました」 「そうか。でもこの話を聞いたら君は母君や私を信用できなくなってしまうよ」 母様を信用できなくなる? 「それってどういうことなんですか?!教えてください!!」 「………あのことというのは私と母君が犯した過ちさ」 「過ち?何をしたんですか?」 「法律では罰することができないほどの罪に値する。この過ちは死んだときに初めて罰せられるものなんだ」 「その罪は一体なんですか?」 「…………………」 あたしの質問に式部卿宮様は答えようとはしなかった。 「式部卿宮様!!答えてください!!」 「………………」 「式部卿宮様!!」 どんなにあたしが尋ねても、宮様は辛そうな表情をするだけで答えようとはしなかった。 こうなったら式部卿宮様の心の中を直接覗いてやる!! 「……無駄だよ。私は君より強いんだから」 ?!この人あたしの心を読んで!! 「じゃああたしの質問に答えてください。母様と式部卿宮様が犯した過ちって一体なんですか?」 「その過ちは朔夜そのものなんだよ」 朔夜そのものが母様たちの過ち? 「もしかして!!」 あたしの言葉に式部卿宮様は黙って頷いた。 まさか…うそよ……っ!! 「朔夜はね、私と君の母君との子供なんだよ」 うそ… あたしは宮様の言葉に自分自身衝撃が走った。 朔夜の母親はすでに他界しているのではなく、あたしの母様。ってことは朔夜とは異父姉妹?! あたしは式部卿宮様の言葉を信じることができなかった。 「…………信じられないかもしれないけど、これが事実なんだ」 「………どうして……?」 あたしは半泣き状態で式部卿宮様に尋ねると、式部卿宮様は辛そうな表情なまま答えた。 「私もね、帝と同じように君の母君に恋心を抱いていたんだ。 でも君の母君は君の父君、つまり左大臣を選び結婚した。 私は言葉では母君たちを祝ったが、心の奥底では『同じ能力者同士の方が幸せになれるのに、何故姫は私を選んでくれなかったんだ』ってずっと思いつづけていた。 しかしその間にも君の母君は私を信用し続けながらも左大臣の子供を次々に生んでいった。 私はこれでも貪欲な男でね。母君が私に相談するために屋敷に来ては口説いたけど、母君は冗談として受け流していった」 辛そうな表情であたしに母様との過去話をする式部卿宮様にあたしは何も言えなかった。 式部卿宮様も父様や帝と同じように母様のことが好きだったんだ。 「でもね。運命の輪が狂いだしたのは今から11年前の夏だった。 母君と左大臣はどういう理由でなったか知らないが、大喧嘩をしてね、君たち子供を残し、お付きもナシで母君一人私の屋敷にやってきて私の胸の中で気が狂ったように泣いてしまったんだ。気が狂った母君をなだめながら、数日同じ寝床で共にしたときにできたのが朔夜だったんだ。 それを知った左大臣は激怒したけど、母君を責めなかった。それが返って母君の心を押し潰すような形になってしまってね、朔夜を身篭ったまま出家しようとしたが、左大臣はそれを許さなかった。 やがて月日が過ぎ、朔夜は無事に生まれた。朔夜は私と母君で決めた名前なんだよ。 左大臣と私は信用のおける部下数名で生み親を出産時に死亡ということでもみ消した。そして朔夜は私が引き取り、二人は元の夫婦に戻った。たまに母君が私に相談という名目で朔夜の面倒を見に来ているんだ。やはり腹を痛めて産んだ子はかわいいらしい。 だから朔夜も何の疑いもなく、君の母君を本当の母親だと思っている」 そうだったのか。だから母様は朔夜のことを何かと気にかけていたんだ。 こんな罪を背負った母様を父様は許したんだ。やっぱり愛の力ってすごいなー。 あたしが常葉と結婚してこんなことになったら、常葉はあたしを許してくれるかな。 「ってなんでこんなときにあいつのことを考えなきゃいけないのよ―――――っ!!」 あたしはついつい大声で叫ぶと、今まで辛そうな表情だった式部卿宮様の顔がきょとんとなった。 「ひ…姫……?」 「式部卿宮様!!」 「はいっ!!」 「あたしの記憶から東宮の存在を消してください!!」 「無茶なことを言わないでくれ…私はそんな能力など持っていないよ…」 「そこをなんとか!!」 「………姫。どうしてそんなに東宮を嫌うんだね?」 「自己中だから!!」 式部卿宮様の質問にあたしはすぱっと言い切ると、式部卿宮様は頭を抱えて 「……だってさ。東宮」 はい?東宮? あたしが目を丸くしていると、宮様の後ろにある御簾からなんと、小直衣姿の常葉が手を振って現れたのだった。あたしは思わず口をぽかんとなってしまった。 な…なんでここに常葉がいるのよ―――っ!! 「久しぶりだね、千景♪」 「〜〜〜〜〜〜〜〜?!」 笑顔で手を振ってあたしに近づいてくる常葉にあたしは声にならない声を上げた。一方式部卿宮様はこの状況を楽しそうに見ていた。 「み…み…み……」 「おやおや。私が知らない間にもう名前で呼びあるほどの仲にまで進展したのか。姫は意外におませさんだねぇ。 おっと。若い恋人の会話に私のような老人がいては邪魔だな。さくさくっと退出させてもらうよ」 「え…あ…ちょっと………」 「姫。頑張るんだよ。そして東宮。好きだからってここで姫に孕ませるなよ〜」 「?!」 助けてくれるどころか完全に楽しんでいる式部卿宮様は助けを求めるあたしを無視して、そそくさと部屋から出て行ってしまった。 ちょっとちょっとぉ〜〜〜っ!! 「これでやっと邪魔者はいなくなったね。マイハニー」 「だっれがマイハニーよっ!!あたしはあんたと結婚するつもりはな………」 あたしが言いかけたとき、常葉はそっとあたしの頬を両手で触れ、こつんっとあたしおでこに自分のおでこを置いて 「よかった。やっと現世の君に会えた」 って心底嬉しそうな顔で言うのよね。 「な…なによ。あのときいなくなったくせに……」 「あれは俺も驚いたよ。いきなり自分の体が透けて黒いものに吸い込まれたと思ったら、気がついたら御所の寝床で寝てたんだから。あのあと千景がどうなったかずっと気がかりだったんだ」 「あ…っそ……」 あたしは目を逸らしながら呆れつつも納得した。 なるほど。だから生き返ったとき父様がやたら急いで御所へ行ったわけだ。 そう思っていると、常葉はあたしの頬から右手を離し、話の左手を強引に掴み、自分の頬を触らせる。それをやられてあたしの顔は真っ赤になった。 「ちょ…ちょちょちょちょちょ……っ!!」 「どう?これが現世の俺だ」 どうって言われてもなんて返せばいいのよぉ〜っ!! あたしが心の中で困っていると、そんなもんお構いなしに常葉はあたしの手に頬擦りをして 「…はぁ〜……やっぱ千景のぬくもりは癖になるなぁ〜」 「調子こいてんじゃないの!!」 とあたしは常葉に取られた左手で常葉の頬をつねった。 「いでででで…」 痛さのせいか常葉はあたしから手を離し、つねられた頬をさすった。 「まったく。あんたが来たせいであたしの調子が狂っちゃったわよ。あれ?」 あたしはふといい香りがしてきたのに気がついた。 とてもいい香り。式部卿宮様や母様もいい香りをしているけど、こんないい香りは初めてだわ。誰が調合したんだろ。 「ひょっとしてこのいい香りの根源ってあんた?」 あたしが尋ねると、常葉は頬を抑えながら頷いた。 「へぇ〜。さっすが皇族。お香もいいのを使っているのね〜」 「今度御所へ来たときに分けてあげようか?」 「ホント?ってそーやって結婚させる気でしょ!!」 「あ〜ばれちゃった」 とお茶目にぺろっと舌を出す常葉。 こ…こいつはぁ〜!! 引っ叩いてやろうかと思ったそのとき ぴっしゃぁぁぁぁぁんっ!! 「ひぃっ!!」 大きな雷が結構近くで落ち、あたしは小さな悲鳴をあげた。 か…雷………キライ…… あたしは恐怖のあまり固まってしまったが、それと同時に昔に封印した悲しい過去が甦ってきてしまった。 いや……思いだしたくない……。 「あれま。さっきまであんなに晴々としていたのに、急に雨が降ってきたよ。管公(雷神)が怒ったかな」 とそう言いつつ、外の様子を見に行く常葉だったがが、あたしは恐怖のせいで身動きがどれなくなった。 怖い…一人はイヤ…… 「こりゃしばらく続くな――――あ?」 常葉は言いかけながら驚いた。 そりゃそうだ。あたしは恐怖のあまり外の様子を見に行った常葉に抱きついたのだから。 「……千景」 「……怖い……一人はイヤ……」 自分でも意味不明な言葉なのにも関わらず、常葉はあたしの体を自分の服で包み込み、外からできるだけ離れた部屋の奥に連れて行くと、あたしの体を強く抱きしめた。あたしも怖さのあまり、常葉の服をしっかりと掴み、小刻みに体を震わせていた。 雷はキライ。あたしの大好きなおばあ様をさらっていったから。だからキライなの。 「お願い……あたしを……あたしを一人にしないで……このままずっといて………あたしを……あたしを……」 「大丈夫だよ。管公がいなくなるまでずっとおまえの傍にいる。おまえが管公にさらわれないようにずっとこうしておまえを抱いていよう」 既にパニック状態に陥っているあたしに常葉はあたしの耳元で優しく囁いた。あとで冷静になって聞くと臭いセリフだけど、このときのあたしはこのセリフがとても心地良くてついつい常葉の胸元で寝てしまった。 なんだか分からないけど、こいつの傍にいると妙に落ち着く。まるで母様の傍にいるときみたい。 |