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第四章 強引な行為 |
| 「ん………」 どれくらい経ったのだろうか。あたしはゆっくり目を覚ました。 あたしの目の前には常葉が着ていた淡い青の小直衣の裾と、御簾越しで雨がしとしとと降っているのが目に入った。 そうだ。あたし雷が怖くて常葉にしがみついてそのまま寝ちゃったんだっけ…。雷、もうやんだのかな? あたしはそう思いつつ、自分が誰かに抱かれているのに気がついた。ゆっくり視線を上にやってみると、そこにはあたしの顔を微笑みながら覗き込む常葉がいた。 えええっ?! あたしは自分の置かれている状況に一瞬と惑ったが、すぐに理解することができた。ようするに常葉は文句を言わず、怖がるあたしを守ってくれてずっと傍にいてくれたんだ。 やだな…。あたし…常葉に自分の弱みを見せてばっかりだ。……恥ずかしいよ。 「目、覚めた?」 優しくあたしに尋ねる常葉にあたしは顔を赤めさせながら無言で頷いた。 「ずっと傍にいてくれたの?」 「……約束したからね」 「………三途の川のときは先に行ったくせに」 ちょっと苦笑しながら言うあたしに、常葉はちょっと顔を赤くし、ぽりぽりと頬をかきながら 「あれは勝手に吸い込まれちゃったんだからしょうがないじゃん。本当は一緒に戻りたかったんだから…。俺がいなくて淋しかった?」 「………淋しかった」 あたしは照れながら言うと、常葉は顔を赤くしながら 「嬉しいな」 と呟いたんだよね。 「あたし…常葉に甘えてばっかりだわ」 とあたしは呆れると、常葉は真面目な表情で 「俺にいくらでも甘えろ。俺は全て受け止めてやる」 って凄い自信で言うのよね。 ほんのちょっぴり嬉しかったりする。 なんだろう…この気持ち……。 熱くってなんか…イヤだ……。 ……これ以上常葉の傍にいるとこの変な感情が溢れ出てあたしの感情がおかしくなりそう。 「常葉…離して……」 あたしは自分の感情を溢れ出る前に常葉から離れよとしたが、常葉は離してくれなかった。さらにあたしを抱きしめる力を強める。 「……お願い。離して……。常葉の傍にいるとあたしがおかしくなっちゃう……」 必死に懇願するが、常葉は離してはくれなかった。 …これ以上そばにいると本当に………… 「おかしくなれ。俺だけのことしか考えるな」 「でも……」 「俺のことを見て」 そう言いつつ、常葉は優しくも鋭い瞳であたしを見つめる。あたしも常葉の瞳に酔いしれ、顔をほんのり赤くしながら見つめる。 ……ダメ……これ以上常葉の瞳を見ていたら本当にあたしは……… あたしは常葉の思うがまま動かされ、常葉と唇が重ねあいそうに―――――… 「お姉しゃま――――っ!!」 びぐんっ!! 「ひゃうっ!!」 「のあっ?!」 あともう少しってところで朔夜が息を切らして勢いよく部屋に入ってきたものだから、あたしは条件反射的に常葉を突き飛ばした。 「ど…どどどどどどどどどうしたの?!さ…ささささささささ朔夜?!」 顔を真っ赤にしながらあたしは朔夜に尋ねると、朔夜はジト目で言う。 「お姉しゃまがなかなかこっちにこないから心配してこっちにきたの――!!そしたらお姉しゃまったら朔夜というものがありながら東宮様とラブラブなんですもの――――っ!!」 「ラブラブなんかじゃない!!」 あたしは朔夜の言葉に思わずツッコミを入れた。 とか言いつつ半分朔夜が来てくれて安心してたりする。 た…助かった……。 「誰が常葉とラブラブになんなきゃいけないのよ!!あれはその場の流れでねぇ…だから誤解よ誤解」 「誤解はヒデェなぁ。俺はいつでも本気だって」 と今まで突き飛ばされていた常葉が頭をさすりながら割って入ってきた。 どーやら突き飛ばされたときにどっかぶつけたらしい。 「いずれ一国の王となる人が、冗談を言わないでよ!!」 「だから冗談じゃ…のあ?!」 常葉が言い終わる前に、今度は朔夜が常葉を突き飛ばし、あたしの腕にぴったりとくっついた。 「お姉しゃまは東宮様の物じゃなくて咲夜の物なの―――っ!!」 「だから朔夜。あたしは常葉の物になった覚えは……」 「お姉しゃまは黙ってて!!」 「………はい」 朔夜の迫力に負けて、あたしは大人しく黙り込んだ。 さすが母様と式部卿宮様の子だけあるわ。言うことが優しそうで結構キツイ。よくよく見てみると、朔夜の仕草も何処となく母様や式部卿宮様に似ている。 やっぱり…朔夜は紛れもない式部卿宮様と母様の子供なんだ。ってそれがどーしたっていうのよ!!別にそれが分かったところで何があるっていうわけでもないじゃない!! そりゃ確かに母様は父様以外に式部卿宮様との子供を作っちゃったけど、それ以外は父様やあたし達にたっぷりと愛情を注いでくれたもの!!朔夜だって今まで通り義理の姉妹として相手すれば良いことだし。 「隙アリ!!」 「へ?」 はっと我に返ると、いきなり目の前に常葉が現れたと思ったら、何の前触れもなく、常葉はあたしの唇に自分の唇を重ねた。 最初は思考が停止して、何をされたか分からなかったが、徐々に思考が鮮明になり、状況が把握なるにつれて、あたしの顔の血の気が引いていった。 一方、常葉はあたしの心情を知らずにあたしの唇を一方的に貪り、貪りまくる。しまいには自分の舌をあたしの……あたしの……あたしの口の中に入れてきた―――――っ!! うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!あたしのファーストキスがぁぁぁぁぁぁぁっ!! 「…むぅ……ぐぅ……!!」 あたしは常葉から離れようと、常葉の肩に両手を伸ばそうとするが、逆にその手を取られ、そのまま後ろに押し倒されて、さらに唇を貪られた。 うぎゃ―――――っ!!朔夜が……朔夜が見てるのにぃ――――っ!!こ…こんな…こんな…過激なモン見せたら教育上悪いわよ―――――っ!! そう心の中で叫んでいると、常葉があたしの両手を掴んだまま、あたしの唇から離れた。 「何するのよ!!」 あたしは離れるなり、常葉に向かって吠えた。 常葉はやたら嬉しそうに 「接吻しただけだけど?」 「なんでするのよ!!」 「隙があったから。ひょっとして今のが初めてだったりする?」 とにやにやとあたしの顔を覗き込む常葉。 こ…こいつ……あたしが初めてだと知ってて!! 「千景の唇って柔らかくて甘いね。やっぱり千景は何から何まで俺好みだ」 そう言って、再度あたしの唇を貪ろうとする。 冗談じゃない。あたしをなめるのをいい加減にして欲しいわ!! 「女を……」 「?!」 「なめるなぁっ!!」 どすっ!! 「うぐっ?!」 あたしは叫びながら常葉の股を思いっきり蹴っ飛ばした。その衝撃で、今まで余裕をこいて、不適の笑みをこぼしていた常葉の表情がいっきに悲痛の表情に変わり、あたしから手を離し、自分の蹴られたところを抑えた。 「ふんっ!!女を見くびるから痛い目に遭うのよ!」 あたしは立ち上がりながら常葉に向かって言い切った。その横で朔夜があたしに向かって拍手を送る。 「さっすが、お姉しゃま!!女の鏡〜!!」 さすがにその言葉にちょっと自慢げになってしまったあたしであったりする。 「さあ、お姉しゃま!!東宮様は動けないようですし、朔夜のお部屋で遊びましょ」 「そうね。何して遊ぶ?」 「貝合わせは?このあいだお母しゃまから綺麗な貝をもらったのー」 「おっ!!いいわねぇ〜。じゃあそれにしよう」 とあたし達は痛がっている常葉をほっておいて、会話が盛り上がりながら部屋を出ようとしたが、常葉はあたしを見逃してはくれなかった。出て行くあたしの手を無理矢理ひっぱり、あたしを柱に叩きつけ、あたしが逃げれないようにあたしの肩を両手で掴み、あたしが蹴ったところの痛みを我慢しつつ、あたしを睨みつけた。その表情にあたしは背筋がぞっとした。こんな怖い表情今まで見たことがない。 「どうやら……俺はおまえを…甘く見すぎていたようだ……」 こ…怖い…… 「千景…俺のこと好きだと、愛していると言って……」 いやだ…怖い… 「千景!!」 「いやっ!!」 あたしが叫ぶと、あたしのかわりに朔夜が常葉に向かって叫んだ。 「お姉しゃまからその手を離して!!お姉しゃまは東宮様と結婚するつもりはないんだから!!」 「ガキは黙ってろ!!」 常葉の言葉に朔夜は完全にビビり、今にも泣きそうな顔で、その場に座り込んだ。 マズイ!!今泣かれたら…!! 「常葉。離して。あたしはどこにも逃げないわ」 「どーだか。さっきは俺に攻撃しただろ」 「朔夜が今にも泣きそうなのよ。いいから離して!!」 あたしの言葉に少々疑いつつも常葉はあたしから手を離すと、あたしはすかさず朔夜に駆け寄り、怯えきっている咲夜をそっと抱きしめると、朔夜は緊張の糸がぷつんっと切れたように泣き出した。 「ふぇ〜んっ!!東宮様が怖い〜!!」 「ゴメンね。あたしのせいで怖い思いをしちゃったね」 あたしは朔夜の髪を撫でながら謝ると、さらに大声で泣き出した。 「誰か!!誰かいる?!」 あたしは泣きじゃくる朔夜を抱いたまま、人を呼ぶと、颯爽とあたしのもとに女房が御簾越しに現れた。 「御前に」 「朔夜姫が怯えて泣いてしまわれた。部屋に連れて行き、落ち着くまで傍にいてあげて」 「御意」 あたしは泣きじゃくる朔夜を女房に渡すと、女房は朔夜をなだめながら退出していった。あたしはそれを見送ると、常葉のほうに振り返り、常葉の頬を引っ叩いた。 「バカ!!自分の思い通りにならなかったからって、あんな小さい子まで怒りをぶつけないでよ!!」 そうあたしが叫ぶと、さっきまで恐ろしい表情をしていた常葉が急にしゅんとなり 「…………ごめん」 って謝った。 やりすぎたってこと自覚してるのかしら? 「その言葉はあたしじゃなくて、朔夜に直接言って。 どうしてあたしにこだわるの?あたしみたいな子なら右大臣や内大臣にもいるわよ」 「君じゃないとダメなんだ」 「女童のときの行為に惚れたから?」 「違う」 あたしの言葉に常葉は顔を赤くしながらきっぱりと言い切った。 「昔はそうだったけど、今は違う」 「どこがちがうのよ」 「普通に接していた普通の者は俺が東宮だって分かったとたん、手の平を返したように俺に媚びるけど、千景は変わらず接してくれたから……。 それに俺は千景を他の男に取られるのを遠くのほうで指をくわえて見ることができない!! 他の男に千景が取られるくらいなら、君を殺して俺も死ぬ!!」 そう叫びながら、常葉は涙を流し、泣き始めてしまった。 おいおい…男だろ……。っていうか、あたしより年上がこんなことで泣いてどーするのよ。 あたしは肩をすくめ、常葉にそっと近づくと、ちょいちょいっと裾で常葉の涙を拭った。そのときあたしは常葉の涙がまるで水晶のように見え、彼の涙を愛しくも感じた。 「……千景……君の記憶から俺の存在を消さないで………」 「……消さないわ。だから泣かないで」 「泣かせているのは君のせいだろ」 そりゃそうだ。でもここで謝ったら結婚を許したのも同じ。向こうの思うツボだわ。あたしはこいつとは結婚する気はないんだから!!常葉には悪いけど、ここは一つ引いてもらうわ。 「あんたみたいな奴、一回ぐらいこんな目に遭った方がいいのよ」 「つまり愛の試練と言うわけか?」 「いいえ。これはあたしを諦めてもらうためよ」 「酷い人だな」 「そうよ。あたしは酷い女よ。だから何度も言うように諦めて他の人と結婚してちょうだい」 「絶対にヤダね。諦めないよ」 「は?」 あたしは常葉の発言に目を丸くして、固まった。 こんだけ言ってもまだ諦めないっていうの? 「千景がそんなに俺のことを嫌いなら、入内までに俺のことが好きになるように努力すればいいこと。 あと入内まで四ヶ月近くあるんだ。やってのけるさ」 とさっきまで泣いていたのがウソみたいにぱっと明るくなり、やる気満々になる常葉。 「え……ちょっと……」 「というわけで」 「というわけないで」 「明日から毎日、君の屋敷に愛のこもった俺直筆の文と品を文使いに持っていかせるからね―――」 と人の話を完全に無視して、勝手に話を進めていった常葉はやる気満々のまま部屋を後にした。ただ一人部屋に残されたあたしはただ呆然としたまま固まっていた。 う……ウソでしょ……。自分の行為が逆にやる気を出させちゃうなんて……。 |