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第六章 別れ。そして… |
| 伯母様が来て、新しい命が生まれと、ここ二週間あたりどたばたと慌しかった。しかし、これでまた一人妹が増えたことになる。しかも今回の子はあたしと同じようにエスパーなのだ。その子は生まれて七日目に「月夜」と名づけなれた。 母様は月夜に構いっぱなしで、それにむくれて下の妹達はあたしの部屋で遊ぶようになった。特に一番すねているのは、下から三番目の葵である。葵は人の物に八つ当たりするという悪い癖があって、今まで何度となく常葉の文が破れさせそうになり、肝を冷やした。おかげであたしはここ二週間女房達と妹達の世話でどたばたとしながら常葉の文を読んでいたわよ。 そういえば、今日はまだ常葉の文がきていない。あたしの心情を現すように雨が朝からしとしとと降っている。あたしの部屋も普段なら女房達や弟達がいるはずなのに、誰もいなくあたし一人、ぽつんと淋しく脇息に寄りかかって外を眺めていた。 珍しいわね。今日は葵や八重までも部屋にこないなんて…。 あたしはそう思いつつ、外を眺めてた。 人がいないと、こんなにも淋しいものなのね。早く常葉の文がこないかな。 そう思っていると、部屋の外に広がる庭の草むらから、あたしのことをじーっと見ている常葉がいた。 あーあ。常葉のことを考えるあまり、ついに幻まで出てきたわ。 がさっがささっ へ?! あたしは草を分けてこっちに近づいてくる常葉に驚いて、身を乗り出した。 ちょっと待ってよ。あれ、常葉なの?! そう思っていると、常葉はあたしの目の前に近づき 「おはよう」 と荒い息で挨拶したのだ。 「ほ…本物なの……?」 あたしは自分の目を疑ったが、目の前には紛れもなく常葉が立っていた。直衣姿だったが、雨のせいでずぶ濡れになって息も荒い。あたしは慌てて常葉を自分の部屋に引き入れた。 「どうしてこんな雨の日に、お供ナシ、傘もナシで来たの?!」 あたしは自分の部屋に引き入れてからすぐに、常葉に向かって質問を投げた。しかし、常葉は、答える間もなくその場に倒れこんだ。 きっと雨のせいだ。 あたしはそう判断し、自分が着ている袿の上着を脱ぎ、常葉の体にかけ、常葉の手を握り締めた。 手がこんなに冷たい。長時間雨の中にいたんだ。 そんなふうに思っていると、常葉は目を開き、あたしの方を向き、荒い声で言った。 「………今日は………文を送り始めて……100日目だから………自分で………伝えようと……思ってね……」 「そんなことされたって……!!そんなことされたって……!!ちっとも嬉しくないわよ!!」 あたしのあやふやな言葉を聞きながら、常葉は無理に微笑み、あたしが握っている手をあたしの頬にそっと触れると、その瞬間あたしの目から涙が溢れ出てきた。あたしは泣きながらあたしの頬に触れている大きな手を再び握った。 「どうして……泣くの……?」 「あんたが…あんたがながせてるんでしょ……」 「………千景………俺……やっぱ……おまえのこと………好きだ……」 「あたしも……あたしもあんたのこと好き……好きなの……。だからずっとあたしの傍に………いて」 あたしは泣きながらもついにずっと心の中に眠っていた常葉に対する感情を常葉に言った。 母様たちが言っていたことは……これだったんだ。 これがきっかけで、常葉に対する言葉が更に加速するように膨らんでいく。 「常葉……ずっと……ずっと傍にいて……あたしだけを見て……」 「…………………」 常葉は無言のまま再び目を閉じると、それと同時にあたしの頬に触れていた手がずるりと崩れ落ち、動かなくなった。 「と……き……わ……?」 あたしは呆然としたまま、ただ夢中で常葉の体を揺すった。 「ねぇ……起きてよ……起きてってば……あのときみたくあたしのこと好きだと言って……言ってあたしを強く抱きしめてよ………」 振るが、常葉は目を開かなかった……。 常葉……イヤだ……あたしを置いていかないで……。折角……両思いになれたのに……。 あたしはそう思いながら顔を抑えてさらに泣き始めた。 「………い」 い?! あたしは聞き覚えのある声にはっと顔を上げた。その瞬間、 「いやった――――――っ!!」 とさっきまでぴくりとも動かなかった常葉が突然ガッツポーズをして喜びながら飛び起きた。 はい……?どういうこと……? あたしは驚きのあまり、涙が止まった。一方常葉は喜びのせいか、部屋中喜びまくっている。そしてある程度喜びまくると、あたしに近づき、あたしを力強く抱き、片手でぱちんっと指を鳴らすと、あたしの部屋の奥の襖から家族や女房達が現れた。 「な…ななななななな……?!」 あたしは驚きのあまり言葉にならない声をあげた。 な…なんでこんなところに母様たちがここに……?! あたしの驚く顔を面白そうに見ながら 「いや〜ここまで演出するの大変だったんだから〜!!」 え…演出……って……?! は…ハメられた―――――――ッ!!! あたしは状況をやっと掴むことができた。つまり、家族や女房達は常葉とつるんで、あたしの部屋にわざと近づかないフリをしてあたしの部屋の隣りの部屋で常葉とのやりとりを一部始終覗き見してたってことだ。 ってことはあの恥ずかしい告白を見られたってことじゃない!! あたしは顔を真っ赤にしながらじろりと家族達を睨みつけると、皆は申し訳なさそうに蜘蛛の子に散っていった。そして、本当にあたしの部屋にはあたしと常葉の二人きりになった。 あたしは恥ずかしくて常葉を見ることができなかった。すると、常葉は後ろからあたしを優しく抱きしめた。 「―――――怒ってる?」 「怒ってるわよ」 「ごめん…。でも本当の君の気持ちが知れて嬉しいよ」 …そんな風に言われると、こっちまで嬉しくなっちゃうじゃない。でも…常葉のこと好きだって分かったから…いいか。 「……常葉」 あたしはそう言いながら、常葉の胸に寄りかかり、あたしを抱いている常葉の手を自分の頬に摺り寄せた。 「……好きよ。これからなにがあろうと、あなたしか愛さないことをここで誓うわ。だから常葉もあたししか愛さないで」 「千景の口からそんな言葉が出てくるなんて……俺は嬉しさのあまり今にも倒れそうだ」 「そんなに意外だった?」 「意外とかそういうのじゃなくて……あ―――ダメだ!!嬉しくて言葉に表せない―――っ!!」 「じゃあ、行動で現せてばいいんじゃない?」 「それだったお安いもんだ」 と言って、常葉はあたしの唇に自分の唇を重ねた。今回、あたしは抵抗しなかった。常葉の唇はなんだか暖かくて、優しくて、甘い唇だった。 |