第八章 再び…

 

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
 初夜を終えた朝、あたしは起きるなり自分の姿を見て、大声で悲鳴をあげた。
 な…なんで…裸…なの…?
 あたしは慌てて自分の服を探したが、どこにもない。
 もしかして、昨日の夜に来た怨霊みたいな奴が腹を立ててあたしの服を盗んだとか。っていうか、その前に怨霊って物を掴むことなんてできたっけ?
 一人でパニクっていると、今の今まで安らかに寝ていた常葉が眠気眼でむくりと起き上がると、常葉の下からあろうことかあたしの服が出てきた。
 こ…こいつはぁ……!!
「おはよ、千景。昨日は激しかったね―――」
「こんの、変態スケベオヤジ!!」
 ばぎっ!!
 朝から早々、あたしは常葉を思いっきり殴ったのだった。
 やっぱりこんな変野郎と結婚するんじゃなかったわよ!!

「だーかーらー、誤解だってば―――」
 ときちんたした衣服に着替え、朝食を取りながら、常葉は言った。
 本来なら別々で食事をとるものだが、常葉の我儘により、あたしは常葉と同じ部屋で食事を取ることになった。
「へ――…。人が熟睡しているときに着ている服を脱がすのも誤解なのかしら?」
 あたしは袿姿で汁物を啜りながらジト目で常葉に尋ねると、常葉は頬を赤らませ、半分申し訳なさそうに、もう半分は嬉しそうに答えた。
「だってさ――。千景って寝ると無防備すぎなんだもん。こう…守ってあげたくなっちゃうような感じでさ。
 それに結婚したんだから、初夜のうちに千景の裸体をまじまじと見てみたかったんだ。これも男の性ってヤツだよ。
 でも、千景だけあって俺好みの体形してるよね〜。千景の裸を見て、改めて千景は俺の妻にならなければならない奴だって思ったよ」
「そこが変態だって言うのよ!!」
 あたし頬を赤らませて答える常葉に迷わずツッコミを入れた。
 どーしてそうやて人を自分と繋げたくなるわけ?!信じられない!!
 そう思っていたその時、あたしの頭の中に式部卿宮様の声が響いてきた。
(……姫……)
 どうなさったんですか?
(食事を終えたら、部屋にすぐ戻りなさい。君に話したいことがある。東宮にこのことを聞かれては困るから東宮は部屋に近づかないようにしてくれ)
 それって昨日の女の声を感ずいたのですか?
(そうだ)
 わかりました。すぐに食事を済ませて、部屋に戻ります。東宮の方はあたしに任せてください。
 あたしがそう言うと、あたしの中から式部卿宮様の気配が消えていった。
 あたしは傍に控えていた八重を呼びつけ、小声で
「あたしの部屋に式部卿宮様が来るから、部屋にはあんたと利重と沙重以外下がらせといて」
「えええ?!式部卿宮様が?!」
 あたしと式部卿宮様の能力を知っている八重が小声で驚いた。
 きっと、初夜を終えた早々別の殿方来ることは非常識だと思っているのでしょうね。こりゃ、あとで八重達にまとめて説明しないといけないわね。
 式部卿宮様はきっと昨日の女の声が聞こえたんだ。だから、あたしに何か助言をくださるんだわ。常葉を一緒に来させないのは常葉を巻き込まないように配慮したことだと思われる。それだったら、あたしも式部卿宮様と同じ考えよ。常葉には絶対巻き込まない。これはあたしとあの女との問題なんだもの。常葉はあたしを守ってくれるって言ってくれるけど、こんなところで常葉の後ろで守られているなんて世間に弱い女だと思われてしまうわ。そんなことまっぴらよ。そりゃ、普通の姫は殿方に守られるもんだけどさ。もしバレてしまっても最小限で終わらせて、常葉には絶対被害を与えないようにして解決させなきゃ。
「……千景。一体何を考えているんだ?」
「べ…別に何も考えてないわよ。あたしはただ単に常葉があまりにも変態めいたことしか言わないから呆れて何も言えなかっただけよ」
 あたしは常葉の言葉に我に返り、適当な理由をつけて言うと、どうも常葉はあたしの言葉にグサッときたのか、沈んでいく。
「…そ…そんな…酷いことをさらりと言わんでも……」
「本当のことでしょ。現にあたしの服脱がせたんだから」
「だから、あれはほんの出来心で……」
「出来心であれ、変態には変わらないでしょ」
「う………っ」
 あたしの厳しい一言に、口ごもる常葉。
 あたしはそんな常葉を無視し、さっさと朝食を済ませ、自分の部屋に戻ろうとした。
「千景、どこに行くんだ?」
 ちっ。やっぱり言うと思ったわ。
「自分の部屋に戻るのよ」
「じゃあ、俺も――…」
「常葉は来ないで。あたしの部屋に式部卿宮様がくるんだから」
 とバラしてしまったあたしだった。
 ま…マズイ…。なんとかして誤魔化さなきゃ。
 そんな風に思っているあたしとは裏腹に、常葉は驚愕していた。
「なんで式部卿宮が千景の部屋にくるんだ?!関係ないだろ?!」
「あのね。式部卿宮様はあたしを含めて家族ぐるみでお世話になってるのよ。今回の婚礼の儀だって、式部卿宮様がセッティングしてくれたのよ。そのお礼だって言いたいし。それに式部卿宮様は婚礼の祝いの品の中に、間違って違うものまで入れてしまったから、直接取りに来たいってさっき式部卿宮様の使いの女房が言っていたの」
 と、適当嘘をついた。
 普通、結婚祝の品を間違える人なんざ、いないわよ。
「だったら別に俺がいてもいいじゃないか」
 と納得がいかない常葉。
「向こうにとってはあんたや他の人に見られたくない物なんでしょ。
 もし、部屋の中を覗こうとしたり、話を盗み聞きでもしたら一生常葉の子供なんて産まないからね」
 と爆弾発言をすると、常葉は白くなって固まった。そんな常葉を無視して、あたしは八重達を連れて、部屋に戻り、外に声が漏れないように戸締りをしっかりさせたのを確認するとはぁっと一つ溜め息をつき
「式部卿宮様。もう出てきていいですよ」
 と言うと、あたしの目の前に眩い光が現れ、それと同時に束帯姿の式部卿宮様が現れた。
「姫、入内おめでとう」
 と現れるなり式部卿宮様は笑顔で祝いの言葉を述べた。そして、あたしの前に座り、
「これであの声がなければもっとよかったんだけどね。
 あの声はどうやら私や姫など、エスパーにしか聞こえないようだよ」
 と目を細め、扇を少しだけ開き、口元を隠して式部卿宮様は言った。
「君の母君も大変心配しておられた。今日になってテレパシーで姫の様子を見てきて欲しいと頼まれたからね」
「そうですか。ところで、あの声は怨霊なんですか?」
「似ているけど、違うよ。あれは生霊だ」
「生霊?」
 あたしは首を傾げてオウム返しで尋ねると、式部卿宮様は頷いて
「どうやら君の入内を喜んでいない者がいるようだね。例えば、右大臣家や内大臣家とかね」
「そういえば、常葉が右大臣家の四の君ならあり得るとか言ってました」
「四の君?ああ。あの自己中娘か。
 確かにあの娘ならあり得る話だね。彼女は東宮の一番になりたがっていたからな。東宮と同じように自分の欲望のためなら手段を選ばないからな」
「あたし、そんな人とこのまま一生対立することができるのでしょうか」
 あたしはついつい式部卿宮様に弱音を吐くと、式部卿宮様は意外そうな表情で言った。
「おやおや。いつも元気で明るいことしか考えない姫が弱音を吐くなんて珍しいね。よっぽど怖かったんだろう。まぁ、相手が生霊なら無理はないか」
 と式部卿宮様があたしの頭を撫でようとしたその時
「俺の千景に触るなぁ――――!!!」
 うげっ?!この声は!!
 あたしは声がするほうに振り向いてみると、そこには目が完全に据わっている常葉がこちらをじーっと睨みつけていた。そして、ずかずかと部屋に入ってきて、あたしを自分の体に引き寄せて、さらに式部卿宮様を睨みつけた。
 こいつはぁ―――っ!!あれほど部屋に入ってくるなって言ったのに!!
「もう千景に返してもらうはず物は返してもらったんだろ!!早く退出しろ!!」
「は?」
 常葉の発言に眼が点になる式部卿宮様と、頭を抑えるあたしだった。
 あちゃ――。こうなるんだったら、先に式部卿宮様に話しておけばよかった。
 そう思っていると同時に、式部卿宮様の困った声が頭の中に響いてきた。
(……姫。一体東宮にどんな嘘をついたんだね?)
 祝いの品の中に間違った品まで入れてしまったんで、それを取りにくると言ったんです。
(それでは私がかなりお間抜け者だと思われてしまうじゃないか)
 だって、咄嗟に思いついたのが、これだったんですもの。
 あたしの言葉に式部卿宮様ははぁっと大きな溜め息をつき、
(…今度嘘をつくときは、もう少しマシな嘘をついてくれ。
 今日のところはこれで退出させてもらうよ。だけど姫。くれぐれも生霊には気をつけるんだよ。何をしでかすか分からないからね。火に油を注ぐ行為は絶対にしないこと。いいね。一応こちらも験者たちに言って警戒態勢を整えておくから)
 と言うと、式部卿宮様はすくっと立ち上がり
「それじゃあ、返してもらう物は返してもらったし、母君のことは伝えたから、退出するよ」
 とあたしの嘘に合わせてくれる式部卿宮様は、さっさとあたしの部屋から出ていった。式部卿宮様を見送って、常葉はあたしを抱いたまま、意外そうな顔で
「………千景。宮は忘れ物ついでに君の母親のことも言ってくれてたのか」
「あれ?言わなかったっけ?」
 としらばっくれるあたしだったりする。
 常葉は片手で頭を抑え、
「そうだと言ってくれれば、宮にあんな罵声を飛ばさなかったのに…。あとできちんと謝らなくてはな」
「そうね。勘違いしちゃったからね。ってそれより、いい加減あたしから離れてくれない?うっとうしいわ」
「いいじゃん。このまま子作りしようよ」
 とやる気満々な常葉。
 この男は、子作りをしないと気が済まないのかしら。
「あたしは今作る気ないからね」
「だめだよ。結婚したからには子供は作らないと、愛の結晶がないことになるだろ」
「別になくてもいいんじゃないの」
「ひど!!」
 あたしの一言にモロショックを受ける常葉。
「るー…。俺は千景との子供が欲しいのに――」
 と、あたしを抱きながらがっくり肩を落とし、畳に「の」の字を書く常葉。
 まったく。これが連夜続くとこっちの方が先に参そうだわ。
「……わかったわ。この怨霊の正体が分かったら考えてあげる」
 と条件付きであたしが言うと、さっきまで暗くなっていた常葉がぱぁっと明るくなり、
「本当か?!怨霊の正体が分かったら作ってくれるんだな?!」
「いや…そこまで言ってないケド……」
「おっし!!さっさと解決して千景との子供を作るぞ!!
 そうだ。千景。解決する間、俺から決して離れるな。いつも俺とおまえは一心同体だ。俺はおまえが傷つくところを見たくない。いいな」
「わかった。約束する」
 あ〜。自分で解決するつもりだったのにぃ〜。なんだかんだ言ってあたし常葉に甘えてるわ。
 そのときだった。
 初夜のときにあたしを包み込んだあの気持ち悪い空気が、またあたしに襲いかかってきた。
 来た…。あのときと全く同じだ。
(ワタシノトウグウニキタナイテデサワルナ!!ソノコトヲスルノハワタシノミ!!)
 そのことをやるって、もしかしてあたしが今、常葉に寄りかかっていることをかしら?
 あたしは声の主の言葉に眉をひそめ、一方怨霊が来たことを知らない常葉はあたしの髪を愛しそうに愛撫し、あたしの首筋や頬に接吻する。
 その行動に声の主はさらに大声を張り上げて叫んだ。
(ワタシノトウグウヲタブラカストハナンテヒキョウナオンナ!!)
 この言葉にカチンと来たあたしは思わず声を出して言い返した。
「だっれが卑怯な女よ!!そっちこそ、こそこそと隠れてる方が卑怯じゃない!!」
 あたしの言葉に常葉も八重達もきょとんと驚いた。
「にょ…女御様?」
「どうしたんだ?」
「昨日話した怨霊がいるのよ!!」
「何?!」
 あたしのこの一言に、部屋中に緊迫が走る。常葉は利重に験者を連れてくるように素早く指示し、あたしを守るようにさらに力強く抱きしめる。常葉の前に八重と沙重が出てきてあたしたちを守るように両手を広げる。
 それと同時にあたし達の目の前にすーっと女が現れた。その女はあたしより年上で、魔性を漂わす感じであった。服は小袿を身に纏っていたが、足元は透けていて幽霊だとうかがわせる。その女は憎しみがこもったものすごい剣幕でこちらを睨みつけていた。その憎しみがこもった瞳に、あたしは背筋が凍った。
「よ…四の君……」
 常葉は女の姿を見て驚愕した。
 あれが四の君?!
 四の君は常葉を見て、にたぁっと気味悪い笑みを浮かべ、
『お久しゅうございます。私の東宮様。あなた様を思い慕い、そしてそこの小娘を憎むあまり、このような醜い姿となってしまいました。
 ですが、その小娘を殺せば私の苦しみは晴れ、このような姿にもならなくて済むのです。今、東宮様の目の前でその小娘を血祭りにあげてみせましょう。そして次はあなた様の傍に……ホホホホホ』
「ふざけるな!!千景を殺してみろ、俺も千景の後を追う!!」
 と怒りをあらわにして叫ぶ常葉。
 それを聞い四の君は再びあたしを睨みつけた。
『よくも。私の東宮様を……!!』
 四の君の言葉と同時に、あたしは喉に違和感を感じた。
「あ…う……」
 こ…声が出ない!!
 あたしは喉元を手に抑え、苦しそうにしていると、四の君は高笑いをして
『ホホホホホ!!声が出なくては何も言えまい!!そこで大人しく指をかんで見ているがいい!!』
「千景!!」
『無駄ですわ、東宮様。前は油断して解いてしまいましたが、今回は抱いても解けませんわ!!ホホホホホ!!』
 なーにが『ホホホホホ!!』だ!!この自己中女!!自分の欲望のために生霊になったくせに!!
 そう思っていると、突然常葉があたしの顔に顔を近づけたと思ったら、常葉はあたしに深く熱い接吻をした。
『な゛?!』
 予想外の行動に、四の君は驚愕の声をあげた。一方常葉はあたしとの接吻をやめようとしない。まるで四の君に『俺はこいつしか愛さない』と言っているようにあたしの唇を貪る。あたしも最初は四の君と同じように驚いたが、次第に常葉に身を任せるようになった。
 しばらくすると、常葉はあたしの唇から離れ、あたしの唇を愛しそうに触れる。
「………千景。俺がついていながらこんな目に遭って…。俺はなんて未熟なんだ」
 常葉…そんなに自分を責めないで。未熟ならあたしも同じよ。
 あたしは言葉で慰めることもできないことに自分の未熟さ痛感させられた。
 そう思ったその時、常葉は四の君を睨みつけ、
「四の君の生霊よ!!例えおまえの父、右大臣に何を言われようが、俺はおまえを娶らない!!」
 常葉!!四の君の怒りの炎に油を注ぐ行為をしちゃダメ!!
 あたしは常葉の行動を止めようと、必死に常葉の体を揺らし、首を横に振って訴えるが、常葉は耳を化そうとしない。
「千景。止めるな。俺はあいつをぶん殴りたい気分なんだ」
 だからそれが逆効果なんだってば!!
『おのれぇ……!!』
 怒り狂った四の君は、あたしに襲いかかろうとした。 
 そのとき
「オンマシャリソワカ……」
 験者の経を読む声が部屋中に響き渡った。それと同時に経に反応して四の君が苦しみだした。
 あたしは瞬時に出入口に視線をやってみると、そこには験者十数人、内大臣、右大臣、そして父様がいた。
 ナイスタイミング!!でももうちょっと早く来て欲しかったかな。
「よ…四の君……」
 右大臣は四の君の姿を見て驚愕した。
 そりゃそうだ。怨霊が出たと聞いて駆けつけてみれば、その怨霊がよりにもよって自分の子なんだもの。驚くのが当然よね。一方父様も内大臣も右大臣同様に驚いている。験者たちは経を読み、怨霊を調伏させようと必死になっている。
「東宮!!女御様!!ご無事ですか?!」
 内大臣がすぐに我に返り、あたし達の元に駆け寄ってきた。そのあとに遅れて、父様たちもやってくる。
「俺は無事だ。でも千景が……」
「女御様がどうなさったんですか?!」
 とさらに内大臣が迫る。常葉は辛そうな表情で答えた。
「……あの怨霊のせいで千景の声が失った」
 常葉の言葉に父様たちに衝撃が走る。一方、四の君は験者の経によってもがき苦しむ。
『ああああああっ!!お…おのれ…おのれぇぇぇぇぇぇっ!!私は右大臣の娘、四の君であるぞ!!私を調伏しようなど、愚かなこと!!それでも私を調伏するのであれば、左大臣の娘も道連れにするまで!!』
「?!」
 四の君の叫びと同時に、あたしは強烈な頭痛に襲われた。
 あ…頭が……割れそう……!!
「千景、しっかりしろ!!」
 あたしが苦しみだし、常葉はあたしに必死に呼びかけるが、反応できず、さらに痛みは酷くなっていく。
 誰か……!!
(………ドウシテ………)
 苦しむ中、突然耳元に悲しそうな四の君が聞こえてきた。
 なに…この声……
 そう思っていると、四の君の泣き声が頭の中を支配する。
 あたしはまるでその声に誘われるように意識を失った。