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第拾弐章 対面 |
| 今日は陰陽師が選んだ吉日でいよいよ四の君との対面の日である。 あたしは、起きたその時からやる気満々であった。恐らく、直霊とも会えると思ったからだろう。あたしは結婚して以来最高の撫子重ねの十二単を身に纏い、八重や利重など何十人もの女房を連れ従わせ、自分の部屋で今か今かと待ちわびていた。 「八重。東宮はどうしているかしら?」 あたしが尋ねると、八重は颯爽と答えた。 「はい。昨夜言われたように、酒に微量の薬を混ぜ、ぐっすり寝ています」 そうなのだ。昨日まで絶対同伴すると駄々をこねる常葉に見かねて、あたしはほんの少しだけ夜の酒に眠り薬を混ぜるように命じておいたのだ。こうすれうば、常葉はあたしたちの対面には参加できなくなるわけだ。 本当はこんなことしたくなかったけど、常葉を守るためだもの、やむを得ないわね。 「あとは四の君様が来て、スムーズに事が進めばいいですね」 と嬉しそうに言う八重。 「進めばね。でも、なんかしら騒動は確実に起きるわよ。それで東宮が起きなきゃいいいけど」 「薬は完璧に何十時間と眠らすというのは難しいことですものね」 「そうね」 と言葉を交わしていると、一人の女房がしずしずと現れ、 「申し上げます。只今右大臣の御娘、四の君様が参内いたしました」 「そう。じゃあこちらに通してちょうだい」 「はい」 女房は一礼し、退出していくと、しばらくして数人の女房に連れられて、一際豪華な藤重ねの十二単を纏い、優美さや物静かさを兼ね備えた直霊とも曲霊ともそっくりな女性が入ってきた。 へぇ…あれが四の君かぁ。やっぱり本体だけに直霊たちと同じかをしている。 常葉は自己中な女だって言ってたけど、本当にそうなのかなぁ。全然そんな感じしないんだけど。 とちょっと四の君の性格が気になっているあたしだったりする。 たぶん直霊と曲霊を足して二で割ったような性格なのかしら。 とうきうき気分で考えていると、四の君がじろっとあたしを睨みつけた。 へ?なんかあたし悪いことでもした? 「ちょっと!!何私の顔をじろじろと見てらっしゃるの?!そんなに私の顔が美しいのかしらぁ?ホホホホホッ!!」 ぴきっ。 ぜ…前言撤回……。こいつ…直霊に似てない。むしろ曲霊に似ているわ。 そう思っていると、あたしのうしろで女房達が小声でひそひそと「まあなんて無礼な者なのかしら?」とか「女御様の方がお綺麗なのにね」とか陰口をたたいている。それを尻目に四の君はあたしの顔をじろじろと見始め、一通り見終わると、扇を開き 「ま、私にやや劣るものの、女御様もお綺麗ですわよ」 「はぁ…それはどうも……」 と軽く礼を言うと、さらに後ろで陰口を叩く女房達。それを見て、機嫌を悪くしたのか、四の君は物凄い剣幕で女房達を威圧し、あたしに向かって言った。 「本日は女御様直々にこの私に用があるとか。一体何の御用ですの?早めに用件を言ってくださいませんこと?私、東宮様がいらっしゃるからここに参ったのに、いらっしゃないようですからさっさと帰りたいんですの」 こ…こいつは……。常葉が言ったように本当に自己中娘だわ。 あたしは四の君の態度に扇を真っ二つに折りたい気分だった。それでもなんとかこの怒りを抑え、扇をぱちんっと鳴らし、傍にいた女房達をさがらせた。 「さぁ。これで誰もいなくな………」 あたしが言いかけたその時、四の君が動いた。 ぱぁんっ!! 四の君はあたしの左頬を思いっきり引っ叩いた。あたしは避けきれず、見事に当たってしまった。 「ちょ…?!何するのよ?!」 あたしが叩かれた頬を抑え、吠えると、四の君はあたし以上の剣幕で吠え返した。 「この泥棒猫!!よくも私の東宮様をたぶらかしたわね!!」 「なにがたぶらかすよ!!あたしは何もしていない!!向こうからあたしに告白してきただけよ!!」 「はっ!!何を言い出すのかと思えば、何たる言い訳。その顔で十分東宮様をたぶらかしたじゃないの。あなたが現れてから東宮様はあなたの恋の奴隷になってしまったのよ!!あなたさえ現れなければ、東宮様の心も体も私の物だったのに……!!」 と泣き叫ぶ四の君。しかし、それも束の間、四の君は泣き止み、開き直った。 「東宮様はね、あなたみたく普通な体格より、私のようなボン・キュッ・ボーンのようなナイスバディの体格の方がお好きなのよ!!ホホホホホッ!!つまりあなたはもう用なしなわけよ!!」 と体をくねらせる四の君。そんな自信たっぷりの四の君にあたしはジト目できっぱり言ってやったのだった。 「なーにがボン・キュッ・ボーンよ。20超えれば、バァさんのように垂れるじゃん」 ぴしっ あたしの言葉に体をくねらせていた四の君が石化した。 「な…なによ………私より年下なくせに………。普通恋愛は年上に譲るものでしょ」 「恋愛に年もへちゃくれもないと思うけど。先に両思いになったほうが勝ちだって言うじゃない。それにあたしと東宮はもうラブラブなのよ。それこそあなたの方が用なしじゃない」 「むっきーっ!!生意気な小娘ね!!今は蜜月のようにラブラブでもすぐに愛想をつかれるに決まっているわ!!」 と人が親切に常葉とはラブラブって宣言してあげているのに強気の姿勢を崩さない、四の君。 んじゃトドメ(?)でも刺してやるか。 「残念でした。あたしは毎日東宮と一緒の寝床を共にしているし」 どすっ 「う゛……っ」 「暇さえあれば、あっちから接吻してくるし」 グサッ 「はうっ!」 「この間だって、男と女の交わりをして真の夫婦になったし」 げすっ 「かはっ!!」 とあたしの一言、一言に反応する四の君。 おおっ。効いてる、効いてる。 と感嘆してしまうあたしだった。 「う…嘘おっしゃい……。でたらめを並べて私に精神的ダメージを与えようとしても無駄ですわよ。どーせ……」 「いや。本当のことだぜ」 と部屋の外から常葉の声が聞こえてきて、緊迫した部屋の空気が一気に消える。 も……もしかして……。 あたしは嫌な予感がしつつ、ゆっくり出入口のほうに顔を向けてみると、案の定部屋の出入口には直衣姿で、腕を組み、不適な笑みを浮かべて戸のふちに寄りかかって立っている常葉がいた。その常葉の後ろで、八重と利重が『すいません。薬が切れてしまったようです。作戦失敗です』と言わんばかりにジェスチャーをあたしに送っていた。 あーあ。こうなるんだったらもうちょっと多く薬を盛ればよかったかしら。それもと常葉を縛っておくべきだったかな。 あたしがそう思っているとは裏腹に、四の君は予想もしない常葉の登場に目をらんらんに輝かせていた。 「まぁっ!!東宮様!!いらしたのですか!!」 わざと驚く四の君。常葉は不適の笑みのまま部屋の中に入ってきて 「久しぶりだね、四の君。前にあったときより少し綺麗になったかな?」 と四の君を誉める常葉。それを聞いて、四の君はまるでぶりっこのように頬を赤くし、その頬を隠すように両手で頬を抑えて体を左右に揺らす。 「いやん、東宮様ったら。このような場所で本当のことを仰らなくても……」 「けど、千景の美しさに比べたらまだまだだね」 グサッ と、常葉の厳しい一言が四の君に見事にクリティカルヒットし、白く固まる四の君。 あーあ。そこまで厳しく言わなくても……。 と今回だけは少しだけ四の君に同情するあたしだった。 常葉はショックを受ける四の君を無視して、あたしに近づき、四の君に叩かれ赤くなった頬を見て表情を変えた。 「四の君…おまえ……千景の頬を叩いたのか?」 「は?」 常葉の質問に我に返った四の君は、眉をひそめた。 「女御の頬を叩いたのかと聞いているんだ。さっさと答えろ」 「…………叩きましたわ」 「何故?」 「私の東宮様を取り上げたことに腹の虫が納まらなかったからです」 四の君が少しふてくされながら答えると、常葉はあたしから離れ、今度は四の君に近づくと、いきなり右手を振り上げた。 まさか!! ぱんっ!! あたしが止めようとする前に、常葉が四の君の頬を引っ叩いた。 「な……っ?!」 自分が叩かれたことに驚く四の君。叩かれた頬を抑え、常葉を凝視する。 「何故……こんなことを……?」 驚く四の君に対して、常葉は冷ややかな態度で答えた。 「痛いだろう。千景はこの痛みを堪えたんだ」 いや、堪えてないです。 「おまえがどんなに綺麗な格好をしても、どんなに俺を振り向かせようと努力しても、俺はおまえを妻に迎え入れるつもりはない。俺の妻は千景だけだ。それだけは分かって欲しい。 もうこれ以上俺に愛着するのはやめろ。おまえは………」 (ユルサナイ) 『?!』 常葉が言いかけたその時、部屋に曲霊の声が響き渡り、それと同時に肌寒い空気に変わった。 やっぱり来たか!! 「な……なんですの……?!」 困惑する四の君。そんな中、常葉はあたしを自分の元に引き寄せ、外に控えている女房に首を上げて合図をする。それと同時にあたし達の目の前に曲霊が現れた。 曲霊の姿を見て、四の君は酷く驚いた。 「わ……私……?!」 驚く四の君にあたしは常葉に抱かれながら言った。 「あれは曲霊。あんたが三年前に生み出した存在よ」 「三年前?」 あたしの言葉に眉をひそめる四の君。あたしは続けて答えた。 「あんたが東宮にフラれたときに生まれたのよ」 「まさか……そんな……」 と困惑する四の君。そのとき、曲霊が動いた。 『東宮様、左大臣の娘!!覚悟!!』 「冬輝!!抜刀を許す!!あれを切れ!!」 常葉と曲霊の声が重なったそのとき、部屋の外に隠れていた冬兄が現れ、何の迷いもなく曲霊を切りつけると、曲霊は上半身と下半身に真っ二つに切れ、倒れた。そのあとに他の武官がわらわらと出てきた。 『お…おのれぇ〜……っ!!』 血は出ないものの、上半身だけでもあたし達を襲おうとする曲霊。 「千景、見るな!!」 と無理矢理あたしの顔を自分の胸板に押し付ける常葉。 『東宮……お恨み申上げますぞ。私をこのような姿にさせたのはあなたのせいなのに……!!私や本体はずっと前からあなたのことをお慕いしていたのに、何故あなたは私達のことを一度も見てくれず、優しい言葉をかけてくれないのですか?!私は本体の憎しみのあまりに生まれた四の君の分身・曲霊!!私はあなたを苦しめない限り、消えることができない!!』 「それは自分勝手な考えだな。俺を恨むんだら、本体の性格を恨みな」 常葉はそう言いながら、あたしをさらに力強く抱きしめた。 常葉の体震えてる。曲霊がどう出るか不安でたまらないんだ。 『コレではもう私が持たない………』 と突然呟く曲霊。 持たないって…何を……?まさか……!!本体の体を乗っ取る気!! その瞬間、曲霊の上半身が高く飛び上がる。 『本体よ!!我が恨みを晴らすため、貴様の身体を頂く!!』 「いやあぁぁぁぁぁっ!!」 襲い掛かる曲霊に悲鳴をあげる四の君。あたしは咄嗟の判断で、常葉を突き飛ばし、冬兄が持っている刀を奪い、刀を曲霊に向かって突き立てた。 『な゛……っ?!』 曲霊は驚愕の声をあげた。曲霊だけじゃない。この場にいた誰もが驚愕した。そりゃそうだ。あたしが突き立てた刀は見事に曲霊の胸を貫いていたからである。普通姫がこんなことはできないのだからだ。 「お…重い……」 さすがに男が使う刀の重さに耐えられず、あたしは刀の柄を離した。それと同時に曲霊が床に叩きつけられる。 『お…おのれ……。私は死なない……。また力をつけて……』 そう言い残して曲霊は消えてしまった。そして部屋には呆然としたあたし達が残された。 「き…消えた……」 呆然としたまま呟く冬兄。他の人はすぐに我に帰り、てきぱきと行動を開始する。 「はふぅ……」 四の君は目眩をして常葉の膝に倒れこむと、常葉は「げっ!!」と言わんばかりに嫌そうな表情になった。 あたしから見たら、わざとのように見えるんだけど…。なんか、嫌な予感がするし、無償に腹が立つ。 あたしは自分のこめかみに怒りマークついているのがよく分かった。 「よ…四の君……だ…大丈夫か?」 心配しているフリをして必死に自分から離そうとしている常葉。そのとき、目眩をして常葉の膝に倒れこんでいた四の君の手が動いた。そして―― うちゅ―――――…っ 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」 無理矢理四の君が常葉に接吻してきた。モロに見てしまった武官や女房達は足を止め、持っている物を落とし、呆然とその光景を見ていた。一方、されてるショックのあまり顔が一気に青ざめ、声にならない悲鳴をあげ、ガタガタと体を震わせている。そんな中、四の君はうっとりと目をつぶり、常葉の唇を堪能していた。 やっぱりね。すると思ったわ。あームカツク。自分の旦那が他の女に唇を奪われるところを目のまで見せ付けられるなんて腸が煮えくり返りそうだわ。 そう思っていると、四の君がやっと常葉から離れると、常葉は一目散にあたしのところへ来て、あたしに接吻をしようとするが、あたしは拒んだ。 ふんだ。他人とした唇で接吻されたくないわよ。 「ちょ……!!ちょっと千景、接吻させてくれよ!!」 「嫌よ。折角の幼馴染みの再会の接吻なのにあたしのような新妻が邪魔しちゃ悪いでしょ」 「え゛っ?!邪魔じゃなんかないから、頼むからしてくれ〜!!」 「イヤ。せいぜい幼馴染みの再会をここではなく、梨壺で楽しんでくださいな」 あたしは嫌味ったらしく、笑顔で言うと、四の君はきらきらと目を輝かせ、 「まあありがとうございますわ、女御様!!」 「いえいえ。東宮との再会を十分に楽しんでいってくださいませね」 「はいっ!!」 あたしの言葉に喜ぶ四の君は、嫌がる常葉を連れて、梨壺に向かったのだった。そのあとしばらくして常葉の断末魔の悲鳴が御所中に響き渡ったのは言うまでもなかろう。 |