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第拾四章 物の相談事 |
| 夜中に男同士の恋の火花が静かに散らされてから常葉はあたしを吏珀に取られないかと心配で公務もほったらかしであたしの部屋を毎日のように通ってきた。今日もそうである。 しかし、吏珀は常葉の目を盗んであたしの部屋を覗き見をしていた。あたしはその度に物凄い剣幕で必死に追い払った。それでも吏珀は懲りずにあたしの部屋を覗き見する。常葉はそのことを知らない。しかし、もしかしたらと心の隅でそう思っているようだ。だからこうしてあたしの元に毎日のように来る。 しかし、この騒動によって意外な産物が偶然生まれた。それはあたしと常葉が今まで以上に愛し合うようになったことである。誰の目も気にせず公表にして毎日お互いを確かめ合うように愛し合った。 「大丈夫よ。あたしは吏珀に取られたりしないから」 あたしは少しでも安心して公務に戻ってもらおうと、宥めた。しかし、常葉は不安を拭えず、不安そうにあたしの手を取りながら言った。 「でも、心配なんだ。おまえに対する愛着を抱いているあいつの目は異常すぎる」 「そうね。あいつはあたしに対して異常だわ。 でも安心して。あたしの心はあなたがしっかり握っているのよ」 あたしはそう言いながら、女房達の目を気にせず、常葉をしっかり抱きしめた。その行為に常葉は苦笑しながらあたしを抱き返した。 「そうだな。俺はおまえの心を握っているのだったんだっけ」 「そうよ。心も身体もあたしはあなたの物よ。吏珀の物ではないわ。 そしてあたしが宿す子は常葉の子だけよ」 「ん。そうだな。約束したことだしな」 「あんなところで約束するなんてね」 とお互い苦笑しあう。 「俺は早く俺とおまえの子が生まれることを待ち望んでいるんだよ」 「あたしもよ」 と、人目を気にしないで愛を確かめ合うようにお互い熱い接吻をした。 「ん……常葉」 とあたしは昼間にも関わらず常葉の身体を求めた。 「これが夜なら嬉しいんだけどな」 とあたしの行為に苦笑する常葉。 「そう?あたしは人目を気にしないけど?」 「このままこうしていたいな」 「あたしもよ。時が止まってくれればいいのに……」 とあたしは常葉に甘えた。しかし、出入口には蔵人が公務に戻ってきて欲しいと待ち構えていた。常葉はその存在に気づき、あたしから離れると、あたしの顔を愛しそうに触れ 「そうだな。しかし、公務もまだ残っている。すぐ終わらせておまえのところに戻ってくるよ。戻ってきたらこの続きをしよう」 「待ってるわ」 あたしが笑顔でそう言うと、常葉は名残惜しそうにあたしを見つめながら部屋を出て行った。 「もう誰も入って来れないほどの愛し合いですわね」 と溜め息混じりで八重が言った。それが口火となって、ほかの女房達が口々に言い出した。 「そうですわね〜。東宮様も女御様を大変愛しく思っているご様子。もう誰もお二方の恋路を邪魔することができないほどで火傷しそうですわ」 「この愛し合いですもの。若宮様のご誕生も早いでしょうに」 「きっと女御様にも東宮様にも似てらっしゃるでしょうね。早くお会いになりたいものですわ」 「あら。若宮様ですもの。きっと東宮様似ですわ」 「いいえ、女御様似ですわ!!」 と常葉の子を産む当のあたしをほったらかしで言いたい放題に言い出す女房達。 あたしはどっち似でもいいんだけどね〜。でも、女房達が言うように早く常葉の子供が欲しかったりする。 そのときあたしの女房の一人・二条が不安そうに言葉を口走った。 「でも、若宮様がお生まれになる前に私たちがしなければならないことがありますわ」 『どんなこと?』 と全員で尋ねると二条は目をちらちらと動かしながら 「あの吏珀という僧侶をなんとかしなければ、ここに安心というのがやってきませんわ」 「そうね。確かに二条の言う通りだわ。いい事を言ったわね、二条」 あたしは二条の言葉を誉めると、二条は少し照れた。 「お褒めに預かり光栄でございます」 と、照れながら言うと、今度はそれが話題の種となり、女房達は話し始めた。 「そうですわね。私たちであの僧侶から女御様をお守りいたしませんと!!」 「女御様と東宮様の恋路を邪魔するとはなんたる人でしょう!!」 「あのぉ〜」 と女房達が盛り上がっている中に、一人の男の声が割って入ってきたものだから、女房達とあたしがいっせいに男に視線を送ると、送った先にはあの吏珀ではなく、あたしより少し年上の右近の少将だった。 「おまえは……確か樹璃の恋人じゃないの。どうしたの?」 「あ…はい。実は女御様に折り入ってご相談にのって欲しいことがございまして……」 相談?樹璃と何かあったのかしら? 「なぁに?傍に寄って言って御覧なさい」 あたしがそう言うと、右近の少将は顔を真っ赤にさせながらあたしの元に近づき、恥ずかしそうに話し始めた。 「実は私と女御様の妹君様とは恋人同士なのはご承知でしょう」 「ええ。知ってるわ。もう付き合いは長いんじゃないの?」 「はい。私もそろそろ妹君と結婚したいと思っているのです」 「あら、いいじゃないの。結婚なんて…。何か問題でもあるの?」 「実はその結婚で左大臣様が大いに反対なさってしまっているんです」 「なにぃ?!父様が反対―――?!」 あたしは右近の少将の言葉に驚いた。 「どうしてよ?!」 「『まだ結婚するのには早すぎる』と仰っているんです。義母上はいつでも結婚していいと仰ってくださっているんですが……」 「呆れた。付き合うことは父様承知しているくせに、いざ結婚となったら反対しだしたというわけね。そりゃ大変でしょうに……」 「ですから、是非ともこの結婚を女御様にご協力して頂きたいとこのように参ったのでございます」 おやおや。こりゃ深刻な問題だわな。こりゃ妹のためだもの、あたしもこの結婚のために一肌脱いでやるか。 「分かったわ。妹と新しい義弟のためだもの。できる限りこちらも協力してあげるわ」 「あ…ありがとうございます!!」 あたしの一言に心底喜ぶ右近の少将。 「父様に関してはあたしがなんとか説得してみてあげるけど、自分も父様に説得させるように努力しなさいよ」 「はい。それは十分承知のことでございます」 「その件に関してなら私も微力ながらご協力いたしましょう」 『?!』 突然聞こえてきた声にあたし達は驚いた。 この声は…吏珀!! あたしがそう思った瞬間、出入口のところに僧衣を纏った吏珀が立っていた。 「吏珀!!」 あたしは緊迫した表情で吠えた。 「今日も来たの?!あれほどあたしのことは諦めろと言っているでしょ!!」 「諦められるものならば、とっくに諦めてますよ。私はあなたに恋心を抱いているのです」 「そんなことは前々から耳タコができるぐらい聞いてるわよ。 だけど、普通人妻のところに来る奴がいる?!」 あたしの言葉に賛同して女房達が「そーよ。そーよ」と言い出し、吏珀は何も言ってこなくなった。 「僧侶となった者が、よりにもよって女御様に恋するなど本当にあなたは僧侶の身になった者ですか!!」 「女御様。あの者に近づいてはなりませぬ。右近の少将殿」 「はいっ!」 八重に言われ、剣の柄を手に取り、構える右近の少将。その行為に吏珀は舌打ちをして悔しんだ。 「何故、女御様は僧侶の私に心を開いてくださらないのですか?」 「何度も言った筈よ。あたしの心は東宮が握っているって。あんたが握る物じゃない。 あんたはさっさとあたしの存在を諦めて仏道を極めなさい。それが僧侶の身となったあなたの宿命でしょ」 「しかし…」 「しかしもかかしもないわよ。あんたはこの中に入るんじゃない。この中に入っていいのは、あたしが信頼している者だけよ!!」 あたしが叫ぶと、女房達はいっせいにあたしに向かって感嘆の声をあげた。それと同時に吏珀が納得がいかない口ぶりで言った。 「では、何故右近の少将をこの中に入れているのですか?」 「右近の少将はあたしの義弟になるのよ。信頼するに決まってるじゃない」 「く…っ。今回は諦めましょう。しかし、あなたの心は必ず私に向けて差し上げますよ」 と吏珀は捨てゼリフを言って部屋から去っていった。 ったく、毎度毎度同じ捨てゼリフしか言えないのかしら。もうちょっと工夫して欲しいわね。 そう思っていると、右近の少将が、不思議そうにあたしに尋ねた。 「あの…あの僧侶は……?」 「ああ。気にしないで。あたしに付きまとうただの変態ストーカー僧侶だから」 「え゛?!女御様にですか?! すいません。女御様が大変なときにこんな大それたお願いをしてしまって…」 「気にしないで。あれはもうゴミと同然と見て気にしてないから」 「はぁ……」 あたしの言葉に右近の少将は絶句した。 少将の気持ちは分からんでもないけどね…。 「ですが、女御様に付きまとうことは謀反に等しいものですから今日にでも近衛府のほうに報告をして警備を強化するように言っておきます」 「そう言ってくれると助かるわ。あれは鬱陶しくてたまらないのよ」 「わかりました。どうぞ私めにお任せください」 と張り切る右近の少将。 うう〜ん。こういう頼もしい彼を持つなんて我が妹ながら羨ましいわ。もっとも常葉には劣るけどね…。 そのとき、噂をすればなんとやら。常葉があたしの部屋にやってきた。どうやら公務が全部終えたらしい。常葉は部屋に入ってくるなり、右近の少将の存在に気づき、ムッとした表情であたしの横に座った。 「何故、右近の少将がここにいる?」 「実は女御様に折り入ってご相談がございまして…」 「どんな相談事だ?」 と敵意剥き出しで尋ねる常葉。あたしはその常葉を宥めるように言った。 「常葉。この人はあたし達の恋路を邪魔する者ではないわ。立派な協力者の一人よ」 「何故そう言い切れる?」 「右近の少将はね、あたしの妹の恋人なの。左大臣が二人の結婚に猛反対してるから是非ともあたしに協力して欲しいって頼みに来たのよ」 とあたしが言うと、常葉は先ほどの表情とはうって変わって、にへらと機嫌がよくなった。 「なんだ。そういうことで相談にきたのか。てっきり俺は吏珀のように右近の少将も千景に恋心を抱いたのかと思ったが、そういうことなら俺も協力するし、どんどん俺たちに相談しなさい」 「恐れいながら勿体無いお言葉でございます」 と深々とお辞儀する右近の少将。常葉はそれに更に機嫌をよくし、 「気にするな。俺たちはある意味兄弟なのだから、協力し合うのが当然だろ」 「はぁ…」 「で、俺たちは何を協力するんだ?」 ………おい。人の話最後までちゃんと聞いてた。 「あたしはただ単に左大臣を説得させればいいのよ」 あたしがそう言うと、常葉はがっくり肩を落とし、残念そうに言った。 「なんだ。てっきり俺は俺みたく一芝居するのかと思ってたのに…」 「左大臣にそんなこと効かないわよ。ずるをしないで真正面から当たっていけば、嫌がらずにちゃんと聞いてくれるわよ。それに左大臣はあたしの父親よ。皇族の一員となって、不安のまま嫁いだ娘の我儘の一つや二つくらいあっさり聞いてくれる場合だってあるんだから」 「そうかな〜」 「そんなもんよ。だから右近の少将も胸を張って真正面から左大臣にぶつかっていけば良いのよ!! ほら、『当たって砕けろ』ってよく言うじゃない」 「砕けちゃマズイと思いますが……」 とあたしの一言に右近の少将は鋭いツッコミを入れた。 むぅ…。こやつなかなかやるな…。 「常葉……よく協力する気になったわね」 あたしは夜御殿で横になると、すぐに常葉に言うと、常葉はふっと笑い、 「んなの、あれはさっさと千景から手に引いてもらうとためにやったことさ。さっさと結婚してくれれば、千景のところにもやってこなくなるだろ」 やっぱりね……。自分の都合の良いようにするためにやったことだったのね。 あたしはある意味関心すると同時に呆れた。 「俺もおまえの妹のために協力してやるよ。東宮も協力すると分かったら、左大臣はさっさと承諾すると思うよ」 「でも……」 「いいだろ。少将がさっさと千景から手を引いて欲しいのもあるけど、俺も少しおまえの家族と交流を持ちたいんだ」 と嬉しそうに言うんだよね。あたしはその顔を見て嫌とは言えなくなってしまった。 「……わかったわ。妹達にもあたしの旦那様を見てもらわなくちゃね」 とあたしは笑顔で言うと、常葉も嬉しそうに笑顔になった。 「千景って何人兄弟なの?」 「あたし?あたしは八人兄弟よ」 「へぇー一人の母親から八人も生まれたんだ。凄いな」 「でも、本当は九人兄弟なのよ」 あたしは静かに言うと、常葉は不思議そうな顔で言った。 「なんで一人いないんだ?」 「異父兄妹なの。その子はもう一人の父親の元で幸せに暮らしているわ」 「異父?一体誰の子なんだ?」 「式部卿宮様との子。あなたも一度会ったはずよ」 「………そうか。式部卿宮の朔夜姫が……。噂では生んだときに死んだって言ってたけど、本当は君の母親と式部卿宮との間から生まれた子だったんだ。 冬輝とかは知っているの?」 常葉の質問にあたしは無言のまま首を横に振ると、常葉は優しくあたしを抱きしめた。 「そうか。一人でそのことを抱え込んでいたんだね。 もう平気だ。俺が一緒にその秘密を背負ってあげるよ」 「……ありがとう」 あたしは礼を言いながら優しく抱き返した。 「でもさ兄弟が沢山いるだけ、暇とか少しはできるんじゃないの?」 「そうでもないわよ。上が下の子達の遊び相手になったり、ごくたまに勉強を教えたりして逆に疲れちゃうときがあるんだから」 「じゃぁ、こっちにきてほっとしたんじゃないのか」 「そうでもないわよ。ちょっと恋しい時だってあるんだから」 「俺がいても?」 「常葉と一緒にいるときはそんなことなんて一度も考えたことはないわよ。でも、常葉が公務であたしの傍からいなくなってからふとそう思うときがあるの」 「そっか。じゃぁ、そう思わないように、そして吏珀から取られないようにずっと傍にいよう」 常葉はあたしの髪を撫でながら、そう言うと、今度は真剣な顔であたしに尋ねた。 「それより、今日も吏珀はきたのか?」 「……………」 「黙っているってことは来たんだな」 あたしは黙ったまま頷いた。 「相変わらずしつこいヤツだ。少将が言ったように藤壺の警備を強化しないとな。 ひょっとして俺がいなくなったのを見計らって、おまえの元に毎日のように来てるんじゃないのか?」 あたしは再び黙って頷いた。 あ〜隠し通すつもりだったのに……。常葉の前ではあまり嘘がつけなくなってしまってるわ。 あたしがそう思っていると、常葉は心配そうに言った。 「千景も嫌だろ。あんな男が四六時中見張っているような感じで心休まるときがないように思えるんだが」 「あんな男、嫌よ。あたしは常葉の妻なのに、あの男はなかなか諦めてくれないし……。 でも、今日は右近の少将がいてくれて助かったわ。彼のおかげでいつもより短時間で退散してくれたわ」 「少将に褒美をあげるか。これからも少将にはおまえの警護としてつけさせよう。そうすれば吏珀も近づいてこなくなるだろう」 「でも、いいの?あなたが焼きもちしそうだわ」 「理由がわかっていれば、別に焼きもちを焼かないよ。それに、おまえは俺を全体的に裏切るような女じゃないのは分かっているから」 「常葉。大好き!!」 あたしは再び強く抱きしめ、常葉に接吻した。 (オノレ……) とラブラブぶりを満喫していると、曲霊の声が響いてきた。その声に、あたし達ははっと緊迫する。 (ゼッタイニシアワセハサセナイ。トウグウヲソシテニョウゴヲクルシメテヤル。ソノタメニハアノリハクトイウオトコヲリヨウシテヤル) 「おまえは、どこまで小癪なんだ!!正々堂々かかってこいよ!!」 あたしを強く抱きしめながら常葉はどこにいるか分からない曲霊に向かって叫んだ。それとは対象に曲霊は静かに言った。 (アノヒニョウゴニヨッテレイリョクヲホトンドウバワレ、ジッタイヲモテナクナリコウゲキデキナクナッテシマッタ。ダカラタニンヲノットリ、コウゲキヲスルシカデキヌ。 セイゼイイマノシアワセブリヲイマノウチニタノシンデイルガイイ!!) 曲霊はそう言うと、そこから消えてしまった。 「曲霊……まだ生きていたのか……」 「曲霊と吏珀が組んだら最悪よ。何としてでも阻止しないと……」 「そのためには、吏珀を監視しなくちゃな……」 「いろいろな問題が出てきて大変だわ。吏珀を監視するなら、常葉かあたしの部屋で監視するしかないのかしら」 「いや、それだけは絶対にしないよ。おまえを襲いかねん。あいつが所属する寺で監視させるよ。 さ。もう夜が遅い。早く寝なさい。このことは明日ゆっくり大臣達と相談しよう」 「………うん」 あたしは不安を隠せないまま頷き、目をつぶって眠りの世界に行こうとした。そのとき、常葉があたしの耳元で囁いた。 「必ず……おまえを吏珀や曲霊の魔の手から守ってやる」 常葉………あたしもあなたをできる範囲、守り通してみせるわ。 |