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第拾八章 月夜の暴走 |
| 吏珀と曲霊が死んでからというもの何事もなく、毎日が平和に過ごせるようになった。 目の前で死なれたのはかなり辛かったが、常葉がいてくれたからその辛さはすぐに退いていった。それからあたしは毎日常葉に隠れながら時間を決めて常葉の服をせっせと縫っていた。できる度に夜に常葉にプレゼントするのである。最近は常葉とペアルックの物を作ろうかと思っていたりする。 今日はあたしの部屋で常葉と一緒に曲を奏でている。あたしが和琴を、常葉は横笛を奏でた。二人で一つの曲を奏でていると、その音に惹かれて鳥たちがやってきた。そして鳥達はあたし達の肩や和琴にとまったりしている。女房たちも一応奏でてはいるのだが、殆どの者達が、手を止め、あたし達のことをうっとりと見入っているのだった。唯一あたし達に気にしないで弾いてくれるのは琵琶を担当する八重だった。 ま、別に気にしないけどね。それより常葉って横笛がとても上手なのね。今日初めて知ったわ。 と思っていると 「えう〜」 『?!』 突然聞こえてきた赤ん坊の声に弾いていたあたしたちは手を止め、部屋にいた者全員の目が点になった。 なんでこんなところで赤ん坊の声が聞こえてくるのよ。 「誰かここに赤ん坊を連れてきたの?」 あたしは和琴を弾く手を止め、女房達に尋ねると、女房たちは口々に尋ね合い、首を傾げた。 なんでこんな所に赤ん坊の声が聞こえてくるのかしら。もしかして、疲れからの空耳かしら。 そう思うが、赤ん坊の声はまた聞こえてきた。 「あう〜。きゃっきゃっ。ぶー」 と几帳の後ろから聞こえてくる。今度ばかしは女房達も驚き、後ずさりする。あたしはずかずかと几帳の後ろに行ってみることにした。 「千景、危ないぞ」 と心配そうに言う常葉をよそにあたしは几帳の後ろに回ってみると 「あ゛〜〜〜〜っ!!」 あたしは几帳の後ろにいた人物を見て大声をあげた。その声に驚いて、常葉も慌ててあたしの元にやってきて驚いた。几帳の後ろにいたのは、なんと左大臣邸にいるはずに月夜だった。月夜はあたしを見て笑みを浮かべ、さらに几帳にじゃれつく。あたしは呆然としつつも几帳にじゃれつく月夜を抱き上げると、月夜はあたしに甘えた。 「千景、こいつはたしか左大臣邸にいた赤子じゃないか。一体誰の子だ?」 「あたしの妹」 あたしはきっぱり言い切ると、常葉は意外そうな顔で言った。 「こ…これが……千景の新しい妹なのか……」 「そうよ。月夜っていうの。あたしの妹だけに可愛いでしょ」 「おまえよりか劣るけど可愛いな」 とあたしと月夜を比べる常葉。しかし、月夜は常葉の言葉を全く気にしないであたしに甘える。その行為にさすがの常葉もちょっとむっとなる。 「おまえの妹ってなんでそんなにおまえに甘えるんだ?」 「似たような経緯を負ってるからよ」 「似たような?」 とあたしの言葉に眉をひそめると、月夜があたしに甘えながらテレパシーであたしに言った。 (ねぇ、ねぇ。これがお姉様の旦那様?意外に鈍いんだね。私が、能力者だってまだわからないじゃない) あたし前でしょ。あんたのことまだ能力者だって言ってないんだから。それより人の旦那を目の前で悪く言うのはやめてよね。 (ふぅん。そんなもんなんだ) ところであんたどうやってここに来たの? (もっちろん、テレポートできたんじゃん) 何しにきたの? (お姉様にお会いしたかったの。それだけ) なんで?母様も同じ能力者だからいいじゃないの。 (お母様は大好きだよ。いつも私に対して暖かくて優しく接してくれるし、甘えても怒らないからね。でも、お母様とはあんまり会えないの) なんで? (乳母の人が私のこと構ってばかりでさ、お母様のとこ行きたくても行けないの。だからこうしてお姉様のところにきたの) あーっそ。 あたしは月夜の話を聞いて脱力した。 「千景。ともかく左大臣に連絡した方がいいんじゃないか?」 「ダメよ。父様に連絡でもしたらそれこそ父様失神する恐れあるから、今日はここに泊めて明日にでも冬兄に連れて帰ってもらうわ」 「なんで明日なんだ?」 「この子、一度来たら、一日泊まらないと気が済まないのよ」 とあたしは適当な嘘をついて常葉に理由を言った。 一日相手してあげれば、納得するでしょ。 あたしがそう思うのを裏腹に、常葉は月夜が泊まるということになってがっくりと肩を落としていた。 「そっか…。今日泊まるということは、いつも何気なく寝ている俺と千景の間に入ってくる確立もあるわけだ。それ……なんかやだなぁ……」 「いいじゃないの。子供に慣れとくということでさ。いずれ子供ができるんだから、こんなこと滅多にないわよ」 あたしが言うと、肩を落としていた常葉が急に元気になった。 「そっか。そうだよな!慣れておくのもいいよな」 (単純) と元気になった常葉に対して月夜がジト目でつっこんだ。 そこまで厳しくツッコミを入れないでよ!! 夜になると、あたしと常葉の間に月夜が入って寝ている。あたしと常葉は月夜の寝顔を楽しそうに見ていた。 母様にはテレパシーで「月夜はこっちにいるから安心して。明日にでも兄様たちに連れて帰ってもらうから」と伝えておいた。 「可愛いなぁ」 と月夜の寝顔を見て、嬉しそうに言う常葉。 「きっと俺と千景の子もこんな風に可愛い寝顔を見せてくれるんだろうな。今からとても楽しみだよ。最初に生まれてくる子は一体どんな子なんだろうね」 「あたしは能力者ではないことを願うわ」 「なんでだよ?」 あたしの言葉に意外そうな顔で尋ねる常葉。 「能力者に生まれあたしの能力を知る八重達にバレるならまだしも、もし反対勢力の女房にバレてしまったら、なんて言われるか不安でしょうがないのよ。もし廃太子になんてされてしまったらあたしは悔しさのあまりに四の君のように呪ってしまうわ」 「馬鹿だな。ここにはおまえに味方する女房が万といるじゃないか。もし仮に能力者の子が生まれてしまっても、彼女らが何とかしてくれるさ。だから安心して俺の子供を産んでくれ。俺はおまえから生まれてくる子しか望んでいないんだから」 と、涙声のあたしに常葉はあたしの肩を軽く叩き、優しく言った。 やっぱり常葉って頼りになれるなぁ。こういう優しい言葉で何度となく助けられたことか。でもあたしはこういう風にしょげている常葉を一度も優しい言葉で助けてられていない。未熟だな、あたし……。 「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ?!」 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 朝になると、あたし達の第一声は悲鳴だった。その声を聞きつけて、刀を持った侍や女房達が慌ててあたし達がいる夜御殿に駆けつけた。 「いかがなさいました?!」 戸を勢いよく開け、大声を張り上げて女房があたし達に尋ねる。しかし、あたし達は驚きのあまりちゃんとした言葉にならなかった。 「つ……つつつつつ…………」 「いいいい……いないのよぉ……」 「いないってどなたですか?」 首を傾げる女房達にあたしは我に返り、 「昨日来ていた月夜がいなくなってるのよ!!今日の明け方までちゃんとここですやすや寝てたのに!!」 『えええええええええええっ?!』 あたしの言葉にやっと驚いてくれた女房達。 「も…もしや盗賊に?!」 「分からない!!とにかく御所のあらゆる所を徹底的に探すのよ!!」 『はいっ!』 あたしの命令に女房たちは一礼もしないまま外に飛び出していった。 月夜がいなくなってから約二時間ほど経過した。あたし達が朝食を摂っているところに薫兄と冬兄が月夜を迎えにきてくれたのだが、月夜がいないと知って、探すのに参加した。あたし達は服や髪を整え、女房達が反対する中、兄達や女房達と同様に月夜を探した。 「月夜〜?どこにいるの〜?」 あたしは呼びかけをしながら探すが、全く反応しない。 どこへ行ってしまったのかしら?まさか本当に盗賊に攫われた?!でも、ここは東宮御所よ!!警備とかは他の貴族に比べてばっちりのはず。じゃあなんで月夜はいない?もしかして自分で帰ったとか? 「あう〜」 ん?この声は!! あたしは声がするほうに視線を移してみると、そこにはあたしに向かって手を振る月夜がいた。 「いた―――――――っ!!」 さすがのあたしも声を上げてしまった。すると、月夜はあたしを挑発するかのような発言をした。 (鬼さんここまでおいで〜!!) なぬおっ?! あたしは月夜の言葉にかちんときたが、月夜はあたしを無視して物凄いスピードではいはいしてあたしから逃げようとした。 「あ、コラ!!待ちなさい!!」 あたしは小袿を引きずって慌てて月夜を追った。 しかし、大人のあたしが走っているはずなのに、月夜にはなかなか追いつかない。 なんつースピードではいはいしてるのよ。 (鬼さんこちら。手のあるほうへ〜♪) と軽快よく言う月夜。まるであたしが完全に馬鹿にされてるみたいだわ。 「待ちなさい〜!!」 (待てって言われて待たないよ〜☆捕まえられるものなら捕まえてみな〜〜♪) あのガキ!!絶対にこの手で捕まえてみせるわ!! とあたしは心の中で誓うのだった。 あたしは幾度となく月夜を捕まえようと試みたが、あとちょっとというところですり抜けられてしまう。 あ〜っもうっ!!なんてムカツク妹なのかしら!! (お姉様遅い〜〜♪) と完全に楽しんでる月夜。 それと同時に目の前に薫兄が現れた。 「薫兄!月夜を掴まえて!!」 あたしは大声をあげて叫ぶと、薫兄もそれを聞いて「よし、来た!」と言わんばかりに月夜を掴まえようとするが、一瞬の差で、月夜はテレポートをして消えてしまった。そして―― ずごんっ!! 『あだっ?!』 あたしと薫兄は見事に正面衝突をしてしまったのである。 「あたたた……あいつも超能力者だったの?!」 薫兄は月夜が目の前でいなくなったことを悔しがるよりか、月夜があたしと同じように超能力者だとわかった驚きの方が強かった。 「そうよ。だから気をつけてるのにあの子ったら能力を使いたい放題なのよ。これが他の女房達にバレなきゃいいけど……」 「……そっか。月夜が能力者だっていうのは兄上も知ってるの?」 「知らないと思うよ。言う暇なかったし……。でも冬兄結構鈍感のくせに薄々は感じているみたいだけど」 「とにかく探そう。月夜がここにいることだけでも分かっただけ安心したじゃん」 「そうね」 そう言ってあたし達は再び月夜を探し始めた。 『ぜーはー……』 どれくら時間が経ったのだろう。東宮御所に勤めている者たちは完全に息が切れ、床に倒れこんでいた。あたしもまたその一人だったりする。 月夜はひょっこり現れると思ったらすぐに消え、完全にあたし達と遊んでいるのだった。つまり、あたし達は月夜にとっていい遊び道具なのだ。あたし達はそれでも何とかして月夜を捕まえようとしたが、結局あたし達は兵どものなれ果てになってしまったのだった。 「……どーしよう」 あたしは脇息に崩れるように寄りかかり、肩で息をしながら呟いた。その声に反応して、同じく肩で息をする兄達と常葉が口を開いた。 「……このままっていうわけにもいかないだろ」 「……だったら捕まえるしかないもんねぇ……」 「でも…どうやって捕まえるんだ?相手は能力者だろ」 と、常葉が言った瞬間、月夜がつまらなそうな顔であたし達の前に現れた。 (つまんないの――。折角遊べたのに……) ぷちっ あたしは月夜の言葉に堪忍袋の緒が切れた。 「月夜。いい加減にしなさい!!」 あたしは月夜に向かって叱りつけると、月夜は予想外の行動だったらしく、びくんっと驚く。 「あんたが赤ん坊だからって甘く見てやってたけど、もう限界よ!!いい加減にあたし達をおもちゃにするのはやめなさい!!」 (だって―…つまらないんだもの) 「だってもくそもない!!ここはあんた専用の遊び場じゃなくて次の帝に遊ばす人が住む場所なの!!これ以上あたし達を遊び道具として使うなら、今後一切ここにはこないで!!」 あたしがそう言い切ると、月夜は目に涙をいっぱいに浮かべて大声で泣き始めた。 泣いたからって許さないわよ。自分のやったことをちゃんと反省しなさい。 「おいおい。ちょっと言い過ぎじゃないか?」 大声で泣く月夜を見て、常葉はあたしに言ったが、あたしはがんとした態度を維持しつづけた。 「あれくらいあの子にとっていい薬よ。大人を遊び道具にするなんて信じられないわ」 「そりゃそうだけどさ……」 常葉はあたしの態度を見て言葉を濁した。すると、そこに泣きながらあたしに向かってやってくる月夜。あたしは泣く月夜を無視した。その態度を見て月夜はさらに泣き出した。 (……ゴメンなさい。ゴメンなさい。もう悪いことをしないから月夜を嫌いにならないで……) とテレパシーで謝る月夜だったが、あたしは許そうとはしなかった。 謝ったからって「はい、そうですか」って許すわけないでしょ。 (ゴメンなさい。お姉様と遊びたかったんだもの…) やれやれ。 あたしははぁっと大きな溜め息をつき、肩をすくめると泣きじゃくる月夜を抱き上げた。 「もう、こんなことしちゃダメよ。遊びに来るぐらいなら来ても良いけど、次同じことやったら今度こそ許さないからね」 あたしは苦笑しながら言うと、月夜は泣き止み、そのまま寝入ってしまった。それを見て、常葉は呆れた。 「あんだけ大声で泣いておいて、寝るのは早いな」 「泣き疲れたんでしょ」 「よくあの状況で許す気になったな。あんだけがんとした態度を崩さなかったのに……」 「なーんかこの子を見ていると、憎めなくって…」 「それ俺もよく分かるよ」 と苦笑しあうあたし達だった。 それから冬兄と薫兄が月夜を連れて帰ってくれたのだが、その場に残されたあたし達は疲れのあまりしばらく動けなけず、次の日にはあたしは走りすぎのあまり筋肉痛になってしまい、寝込んでしまったのだった。 |