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第拾九章 帝 |
| 月日が流れ、あたしは常葉との間に四人の子供をもうけ、母親となった。最初に懐妊したのは流産してから3ヶ月した後にしていたのだった。そして霜月に最初の子が生まれた。最初に生まれたのは占いの予言どおりの男と女の双子だった。現代の双子は忌み嫌われていたが、あたしが産んだ双子は何故かあっさり受け入れられた。それどころか、ブームに乗っちゃって双子を産むぞ〜っとやたら熱心に意気込む貴族まで出てきてしまったほどで、嬉しいやら悲しいやら複雑な心境である。その双子は男の方を秋宮・吉良と、女の方を藤宮・愛子と名づけられた。愛子が先に生まれ、吉良が後から生まれた。双子が生まれてすぐにあたしは3人目をすでに妊娠していた。わずか40日ほどでの懐妊だった。しかも、それが二人も続けてそうなったので、周囲を驚かせてしまったのである。3人目も4人目も男の子供であった。二人は3番目を有栖川宮・惟隆、4番目を桂宮・彬と名づけられた。 あたしが4番目の子を産んだを機に帝は常葉に譲位し、院となり遊ばせた。そして、常葉は東宮から帝になった。あたしもまた常葉が帝になったのを機に女御から皇后へと位上げし、国母となった。部屋は東宮の藤壺ではなく、弘徽殿を与えられた。 帝になってあたしもそろそろ常葉のことを主上と呼ぶようにしようと決意したのだが、常葉は断固としてそれを許さなかった。本人曰く「愛する者にだけは主上と呼んで欲しくない」そうだ。 帝になってからあたしの周囲の人間は次々に昇進していった。父様は太政大臣になり、冬兄は蔵人頭になり、薫兄は大将となった。他の貴族もまた昇進されていった。左大臣には元右大臣がなり、右大臣には元内大臣が、内大臣には大納言・源 良忠が就任したのである。 嬉しいこと続きであったが、あたしにとっても常葉にとっても悲しい出来事があった。それは、帝になる前、常葉がまだ東宮の頃、常葉の元に今の内大臣の娘と右大臣の娘、大納言の娘が相次いで入内したことである。しかもこれは常葉は一切許可が下りていない。内大臣と右大臣、大納言が勝手に決めてしまったのである。右大臣と内大臣の娘は帝になってから女御となり麗景殿と宣耀殿の部屋を与えられ、大納言の娘は常葉の怒りを買って、更衣になり一番遠い桐壺に部屋を与えられた。 事実を突きつけられたのはあたし達が子供をあやしているときだった。最初はただ呆然となっていただけだった。次第に我に返り、ただ悲しくて泣いた。常葉は怒りのあまり、入内して内大臣と右大臣に何度となく催促されても一切三人の部屋を訪れなかった。つまり、形だけの側室なのだ。常葉は時々催促に乗り、二人の部屋に訪れるフリをしてあたしの部屋にやってきて二人の怒りを買ったときもあった。あたしは一度も側室の姿を見たことがないというか、常葉が見せてくれないのである。 帝になってから常葉は今まで以上に忙しくなったが、それでも毎日欠かさずあたしの元にやってきてはあたしに甘えたり子供達と遊んだりした。 本来、帝の子供は母親の実家で育てられるものが普通なのだが、常葉は傍に置いて子供達の成長ぶりを間近で見たいと言い、内裏内にある未だ空席の藤壺と梨壺と梅壺を子供達の部屋として置いた。ただし、彬だけはまだ赤子ということであたしの部屋に置いている。他の子供達は内裏内のアイドルと化していた。何をしても女官達や文官など皆目に入れても痛くないような可愛がりぶりを発揮している。 どの子供達も元気いっぱいではしゃいでいる。特に双子の片割れ吉良が物凄いはしゃぎぶりである。 あたしは各部屋で遊ぶ子供達の声を聞きながら自分の部屋で彬にお乳を与えていると、そこに帝となった常葉が笑顔でやってきた。 「お勤めご苦労様」 あたしは彬にお乳を与えながら言うと、常葉はあたしの横に座り、一生懸命あたしのお乳を吸う彬を見て、父親らしい表情になった。最初の頃は服で隠そうと思っていたが、隠そうとすると常葉は物凄く不機嫌になるので今ではそのままにしている。 「彬も生まれてから随分と大きくなったなぁ。さすが俺と千景の子だ。どことなく俺たちに似ているよ」 と常葉は親バカぶりをも発揮していたりする。 「二人の子だからどっちにも似て当然よ。この子はちゃんとした常葉の子なんですからね」 「そうだよな」 常葉はあたしの言葉に苦笑し、あたしのおでこを軽く接吻した。 「早く五人目が欲しいなぁ」 といきなりしみじみと言い出すのであたしはぎょっとした。 「もう五人目を産ませる気なの?!」 「だってさ、こんなに可愛い子供たちが連続して産まれるんだよ。こんなに嬉しいことなんてないよ。だからその嬉しさを忘れないうちに五人目を作りたいなぁって思ってるんだ」 「嬉しいのはいいけど、一年とか少し休ませてよ。年中お腹に赤ちゃんがいたらあたし常葉に甘えられないわ」 あたしが困ったふうに言うと、自分もすっかり忘れてたと言わんばかりに顔が真っ赤になる常葉。 「……そっか。そうだよな。子供を作ることばかりに夢中でお互い愛し合う時間がなくなってたな。ゴメン。千景のおかげで目が覚めたよ」 「別に謝らなくていいのよ。お互い愛し合ってる時間さえあればいいんだから」 とあたしは彬を抱いたまま常葉の体に寄り添った。 「少し俺たちの時間を作ろう。子供達が生まれる以前みたくお互い愛し合おう」 「……うん」 あたしは常葉に言われて嬉しくなった。しばらく常葉と二人きりになれるかもしれないからだ。 「そういえば、未だに女御や更衣の元にいっていないの?」 あたしはお乳を飲み終わった彬を八重に渡し、他の女房達に衣服を整えてもらいながら常葉に尋ねると、常葉は少しむっとなった。 「あいつらのとこには行く気がしないんだよ。千景といるとすごく落ち着くんだ。千景は俺を癒してくれるし、俺の悩みや愚痴を一緒になって聞いてくれる。こんなにいいパートナーは世界どこを探しても千景以外誰もいないよ。 それに向こうの奴らは俺の性に合わん。お互い皮肉合い、自分こそ俺の寵愛を受けるんだって言わんばかりに醜い姿を曝しているんだ。たまにあいつらの女房に会うけど、主人が醜いだけに女房も嫌な奴ばかりだな。『主上、今日こそ女御の元へいらしてください』とか言うんだぜ。あったまきちゃうよ」 「ぷっ」 あたしは常葉の言葉に可笑しくて思わず吹きだした。 「笑うことないだろ〜」 「だって常葉から女御や更衣の話を聞くと可笑しくて……」 「……千景。もっとあいつらに『俺たちは誰にも邪魔できないほど愛し合ってるんだ』って見せつけてやろうよ」 「そんなことをしたらあの人たちの恨みを買うことになるわ。それは控えましょ」 「控えなくたって平気だよ。あいつらはここに入内したときから一度も夫の姿を見てないんだから」 「でも、やめたほうがいいわ。もし四の君みたく曲霊とかがでてきてしまったら悲しいもの」 あたしがしゅんとなりながら言うと、常葉はあたしの手を取り優しく言った。 「何もおまえが悲しむことはない。あいつらにうんと見せつけて、あいつらが入内したことを後悔させるぐらい見せつけてやればおまえも清々するだろ」 「別に清々しないわ。もし自分の立場が逆だったら辛いもの。だから見せつけるなんてことをしないで普通にすればいいのよ」 あたしは静かに言うと、常葉は少し納得いかない様子だった。あたしはそれを見て胸が苦しくなった。 常葉ったら、いくら女御達の父親が自分の許可ナシに入内させたのを憎んでいるからってそこまで嫌味をやらなくなっていいじゃないの。あたしはそんなこと望んでいない。確かに他の女性が入内したときは辛かったけど、見せつけるなんてそんなことをしたってただ衝突が増えるだけ。それだけは嫌なのよ。 「千景?」 あたしが黙り込んで心配したのか常葉があたしの顔を覗きこんできだ。あたしはぱっと表情を変えて言った。 「大丈夫よ。ちょっと考え事してたら暗くなっちゃっただけ」 「何を考えているの?」 「内緒☆男の常葉には教えられないわ」 「おいおい。夫婦の仲だろ。それくらい話してくれたっていいじゃないか」 「そうね。じゃあ常葉があたしに囲碁で勝ったら教えてあげる」 とわざと難題を突き出すあたし。常葉はあたしと囲碁をすると必ず負ける。それが分かっているからこそ、ワザと出したのだ。それを聞いて常葉は負けるのが分かっているはずなのにやる気になった。 「いいよ。やってやろうじゃないか。利重、八重。囲碁の準備をしてくれ」 『はい』 常葉に言われ八重達は颯爽に囲碁の準備をした。他の女房たちは扇を開いて「まあ主上が皇后様とご勝負ですわよ」とか「どちらが勝つのかしら」とか色々言っている。 「皇后様頑張ってくださいまし」 と二条は笑顔で言った。 あたしと常葉の前に囲碁が並べられ、あたしは白石、常葉は黒石になり、勝負が始まった。 「う〜〜〜〜〜〜〜〜んっ」 始まってしばらくしてすぐに常葉は腕を組んで困っていた。ようは手も足も出ない状態にあたしがしてしまったのだ。 「で、どうするの?負けを認める?」 「認めるわけないだろ!!絶対にこのピンチから切り抜けてやる!!」 常葉はそう言いながら、石を置くと、すかさずあたしはその石を潰した。 「あ゛――――――っ!!」 あたしの行為に悲鳴に近い声を上げる常葉。 「はい。折角の行為ご苦労様」 あたしは扇をぱらりと開きながら笑顔で言うと、常葉は声を押し殺し、悔しそうに言った。 「…………負けました」 「よろしい」 がっくり肩を落とし負けを認める常葉にあたしは勝ち誇ったように言った。 あたしに囲碁で勝とうなんて100年早い。 夜になると、今まで二人きりで愛し合おうといったはずなのに、常葉はあたしに体を求めてきた。少しは抵抗をしたけれど、結局常葉の肌に抵抗できなくて肌だけ許し、常葉に裸体を曝した。常葉はそれだけで満足だったらしく、それ以上は何もしてこなく、ただあたしの体を愛しそうに抱くだけだった。 「久々に千景の裸を見たけど、結婚するときのままだな」 「それだけ若いってことよ」 「千景はまだまだ若いよ。ああ…やっぱ千景の肌って癖になるくらい気持ちいいや」 常葉は気持ちよさそうに言い、さらにあたしの肌に擦り寄る。 「うみゃ〜…。このまま子作りしたいよ……」 とやたら甘える声を出す常葉。 そのとき部屋に近づく足音と泣き声にあたしは飛び起き、甘えていた常葉を落とした。 この声は吉良? 「いたたたた……どうしたんだよ、いきなり……」 「吉良の泣き声がするのよ」 「吉良の?」 あたしの言葉に頭を抑えながら眉をひそめる常葉。そのとき、戸が開き、そこから泣きじゃくる吉良がひょこんと現れた。 「おたあたまぁ(お母様と言いたいだけ)……」 「まあ、吉良!!どうしたの?」 あたしが驚くと、あたしを見て安心したのか吉良があたしの元に泣きながらダッシュで駆け寄り、抱きついた。 「おたあたまぁ…」 「吉良……怖い夢でも見たのかな?」 あたしの言葉にただ泣きながら頷く吉良。 「こわいおゆめをみたの……とってもこわいの。命婦とかにははなせないの。だからおたあたまのところへ来たの」 「そっか。怖かったね。でももう大丈夫だよ。お母様が一緒にいてあげるからね」 「ほんとにずっとそばにいてね。僕がねているあいだにきえないでね」 「約束するわ。だから安心してお眠りなさい」 あたしが優しく言うと、吉良は安心したのか泣き止んだ。 「おたあたま。どうしておとうたまとおたあたまは裸でいらっしゃるの?」 ぎくっ いきなりの吉良の質問にあたしは黙り込んでしまった。 な……なんて言えばいいのだろう…………。とにかく何かしら言わないとこの子が不安がるわ。 「お…お母様とお父様はね、スキンシップをしていたのよ」 「すきんしっぷってなぁに???」 あたしの言葉に首を傾げる吉良。 「お母様とお父様がお互い大好きだぞ〜って認め合うことを再確認することよ」 「ふぅん。じゃあ僕も裸になるぅ」 と笑顔で言い出す吉良にあたし達はぎょっとなった。 「ダメよ。絶対にダメ。これは大人になってからするものなの」 「そ…そうだよ。大人になって、好きな人が現れて両思いになったらすることなんだよ」 「え〜…つまんない〜…。僕がしゅきなのはおたあたまだけなのにぃ……」 とふてくされる吉良の言葉に常葉はちょっとかちんっとなった。 「……おい。お父様は嫌いなのか?」 「ううん。おとうたまはおたあたまのつぎにしゅきだよ」 なんの悪びれもなく言う吉良に常葉は怒るに怒れなかった。吉良はそんな常葉に知ってか知らないでか、あたしに甘える。そしてまたもや小首を傾げてとんでもない素朴な質問を吉良はあたしに投げかけた。 「おたあたま。どうして彬はおたあたまのお乳を飲んでよくて僕は飲んじゃいけないの?」 いけないと言うか、もうその年じゃないでしょーに。 「あのね、吉良はもうお兄ちゃんでしょ。だから飲む必要はないのよ」 「やだぁっ!!僕おにいちゃんじゃないもんっ!!」 「でもね、吉良は彬とか惟隆にお手本を見せなきゃいけないお兄ちゃんなの。これは神さまが吉良に望んだことなのよ」 あたしが優しく言うと、吉良は半泣き状態でぐずっていた。 「ひっく…僕はおにいちゃんじゃないもん……おにいちゃんじゃないもん……」 やれやれ…。 「じゃあ今日だけ許してあげるわ。飲んでいいわよ」 あたしが許可を下ろすと、吉良はぐずるのをやめ、ちょっとおずおずとしながらあたしのお乳をしゃぶりだした。あたしは苦笑しながら吉良の頭を撫でていると、常葉は羨ましそうに言った。 「いいなぁ〜。俺も千景のお乳飲んでみたいなぁ……」 あたしは常葉の言葉を聞いて、じろりと睨みつけると、常葉は慌てて言い変えた。 「じょ…冗談だよ、冗談。そんなに真に受けないでよ」 いや、絶対に今のはマジだった。 こうして夜は更けていき、吉良はあたしたちのところで寝ることになったが、しばらくして愛子までぐずってあたし達のところに来てしまったのだった。 |