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第一章 序章 |
| 時は平安。17歳の結婚適齢期を迎えたあたし、藤原白夜は人生の冬を迎えていた。 ったく、毎日家の中に缶詰にされるわ、毎日のように求婚の手紙がくるわ退屈よ。このままずっとこのままだとヒマすぎて死にそうだわ。 缶詰にされるのはどこの姫でも同じことだが、あたしの場合はそれ以上缶詰にされる。他の姫君ならどこぞの行事やら参加してもらえるが、あたしの場合は生まれつき持ってしまった超能力でその唯一外に出れる行事にさえ参加してもらえない。 あたしの超能力はテレパシーとテレポートのみ。 はっきり言ってテレパシーの方は大迷惑の能力だわ。 覗きたくないのに相手の心を見透かしちゃうんだもの。 そのかわりテレポートは嬉しい能力ね。 だって、自分が想像している場所に自由に行くことができるんですもの! ただし、この能力は夜にならないと使えないという欠点があるけど…。だって昼間から使ったら世の恥。噂好きの貴族のいい話題になってしまうわ。 ま、あたしの場合はその点を十分に注意して、夜になったら人の目を盗んで外に遊びに行くけどね。 夜の時間こそ、私の自由な時間なのだ。 今日はどこの家に忍び込もうかしら!! 「白夜様」 脇息に寄りかかりながら今日のターゲットを頭の中で思い描いていると、あたし付きの女房・楓がこほんっと咳をたててあたしの妄想をぶち壊した。 「なによ、楓」 「今日のターゲットを決めるのはいいですけれど、ご自分のお立場というものをお考えになさってくださいね。」 「……わかってるわよ。で、何のようなの?」 「殿がこちらに参ります。」 「うげっ!!なんで、そのことを早く言わないの?!」 あたしは慌てて立ち上がり御簾の中に隠れた。 家族といえども成人した女は御簾越しで話をしなければならないのが世の規則。 あたしの父は常識というものに非常にうるさい。ちょっと御簾から出ているだけで大声を張り上げて叱りつける。 ったく、面倒くさいったらありゃしない!! そう思っていると、父上が入ってきた。 黒の直衣に冠ちょびひげのオッサンがあたしの父親だ。 「お勤めご苦労様です。」 一応、父上に労をねぎらうように言った。 それを聞いた父上は少々驚きつつも 「よろしい、よろしい。」 と上機嫌になっていた。 「これで早く婿が見つかれば文句ナシなのだが…。」 「悪かったわね。どうせこの能力があるから外に出せないとでも言いたいんでしょう?」 嫌味ったらしく言うと、父親が切れた。 「当たり前だ!おまえがその能力を持つのが悪い!」 「好きで持ったんじゃないわ!!」 あたしは怒る父上に負けじと言い返す。 「あたしは一生独身でいるつもりだからご安心を!!」 「『ご安心を』ぢゃないわ!!結婚ができなければ世の恥だぞ!」 「また、それ?!この能力でろくな婿も見つかりやしないくせに!!」 あたしがそう言うと、どういう訳か父上は不適の笑みを漏らした。 「ふっふっふ。甘いぞ、白夜。今日もおぬし宛にこ〜んなに文が来たぞ。」 と抱えきれないほどの大量の文を自分の前に置いた。 それを見て、あたしは唖然となった。 ま…また……。 裳着を終えてからというものの毎日山のように来る求婚の文。 相手はあたしの能力を知らないから必死で書いているでしょうけど、あたしにとっては大迷惑よ。今じゃ頼りになるのは幼馴染みの冬椰くらいしかいないわ。 「宮中では白夜のことを教養があって華麗なる娘と言っておるのだ。 まあ、これを読んでみなさい。」 と楓から渡された文をあたしは手に取った。 「これは?」 「恐れ多くも東宮様からのお文だ。早急に返事を出すんだぞ。」 「出すんだぞって言われても、どんな人だか分からないのに返すのってかなり大変なことよ!!」 「これ!東宮様は御年19歳ぐらいしか教えられん。 なにせあの東宮様がやっと女子に興味を持ってくれたんだからな!!」 はい? あたしは父上の言葉に目が点になった。 あのってなに?その東宮ってそんなに女に興味がなかったの?! 「とにかく、早急に返事を出すんだぞ!!」 父上はそう言うとさっさとあたしの部屋から出て行った。 なんなのよ……。 「姫様がよもや恐れ多くも東宮様から文をいただけるなんて!姫様の女房として私は誇らしいですわ。」 父上が退出した後、楓はほうっと溜め息をついた。 「文には何と書かれているのですか?」 楓に尋ねられ、あたしは藤の花にくくりつけられた文を開いた。 え〜っとなになに…。 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ 「んまあ!」 和歌を聞いて楓は呆れて驚いた。 あたしも驚いたわよ。この和歌は光孝天皇の和歌じゃないのよ!! あなたにあげる若菜を、春の野原に出て摘んでいる私の袖に、雪がしきりに降り続いていることだよですって?!いつからそうなったのよ!! こうなったら…直接本人に会ってやる!! 「楓」 「は…はい」 「今日のターゲット東宮御所にするわ。」 「えええええええっ?!」 あたしの一言にさすがに楓も驚いた。 「ご冗談でしょう?」 「冗談じゃないわ。本気よ。」 「おやめくださいまし。もし検非違使でも見つかったら一大事で済まされませんわ!!殿まで謀反人とみなされてしまいます!!」 必死に説得させようとする楓。 楓には悪いけど、今回は本気よ!! 「楓。私は東宮様の所に直接返事を届けたいの!!父上には関係ないわ!!いいわね!!」 「で…でもぉ…」 「いいわね?!」 「は…はい…!!」 あたしは楓を無理矢理返事をさせた。 こうでもしなきゃ、楓は説得しつづけるに違いないわ! 待ってろ、ばか東宮!!思いっきり引っ叩いてやるわ!! |