第二章 出会い

 

 夜もふけて亥の刻になった。
 あたしは小袿姿になり、精神統一を始めた。
 目的地は東宮がいる東宮御所。
 あたしはそう考えると急に身体が軽くなった。
 テレポートの瞬間である。
 あたしの身体は一瞬のうちにあたしの家から東宮御所へと飛んだ。
 しかし――
「うどわぁぁぁっ?!」
 テレポートして地面がないことに気づいたあたしは見事床とキスをした。
 い……痛い……。
 ってそんな風に痛がっているヒマなんかないわよ!!さっさと東宮見つけ出して引っ叩いて退散しなきゃ大変よ!!
 あたしはがばっと起き上がると、目の前には唖然とこちらを見てくる一人の青年がいた。
 年のころならあたしと同い年かちょっと上ぐらい。胸元がちょっと乱れながらも淡い青の直衣に立烏帽子をかぶっている。はたらか見ればひ弱そうな頼りない男だけど、顔はカッコいい。
「あ…あんた…ダレ……?」
「そっちこそ……。」
 沈黙が走る。
 う〜む、もしかして御所に使える役人かしら?
 その時だった。遠くの方から数十人の足音が近づいてくる。
 マズイ!!今見つかったら完璧謀反人じゃない!!
 そう思っていると、男がぐいっとあたしの腕を引っ張った。あたしは引っ張られた反動で男の胸に抱かれた。
 ちょっと、ちょっとぉ〜?こいつ見かけによらず強引過ぎるわよ〜!!
「御子様、失礼します。なにやら物音がしたんですが……。」
 御簾越しで検非違使が男に尋ねてきた。
 み……御子ぉ?!
 あたしは声を出さずに驚いた。
 これが…これが……
 あたしはショックが大きすぎて失神寸前だった。
「ごめん、几帳が倒れただけだ。」
「では、お直しします。」
「いいよ。自分で直したから、下がってくれ。」
「はい。」
 男に言われ、検非違使たちは文句を一つも言わずさっさと下がっていった。
 検非違使たちが下がってあたしはすぎに胸の中で暴れた。
 っつーかこいつ見かけによらず力強い。息ができないわ。
「ああ。ゴメン……」
 暴れるあたしに気づいた男は腕を放した。
「ぷはぁっ!!あ…あんた…御子ってもしかして……」
 開放されてあたしは男に尋ねると男は無言のまま頷いた。
 うげっ?!ホンモノ?!これがあの東宮?!
「次はあなたの番だ。あなたは何者?」
 真剣な瞳でおと…じゃない、東宮はあたしに尋ね返した。
「あたしは白夜。藤原利通の次女よ。」
「では…あなたが噂の姫?」
「どういう噂かは知らないけど、その姫よ。」
 あたしが答えると、東宮はハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
 一体どんな噂が流れたのよ……。
 ってあたしの本当の目的を忘れるところだった!!
「ちょっとあんた!!どうして、あたしに光孝天皇陛下が書かれた和歌を送ったの?!」
「すごい。ちゃんと分かってたんだね。」
「ど……どういう意味よそれ……」
 喜ぶ東宮にあたしはジト目で睨みつけた。
「ごめん…。からかったわけじゃないんだ。
 ただ噂では学問に優れ人に合わせられないほどの美しい娘だって聞いたから…」
「つまり、あたしを試したってことかしら?」
「そういうことになるね」
 …………呆れた。
 父様がああいう風に言った訳がよぉ〜くわかったわ。
 こいつ…ただ単に人をからかうのが好きなあまり女性とかには興味がないんだわ。
 こーゆーオチが付いてたなんて……。
 あたしは頭を抑えて呆れ果ててしまった。
「帰るわ」
 あたしはふぅっとため息をついて後ろに向いた。
 とんだ骨折り損のくたびれもうけだったわ…。
 その時だった―――
「待ってくれ。」
 東宮はあたしの腕を掴み引き止めた。
「何か用でも?」
「まだ聞き残してたことがあったんだ。君は一体何者なんだ?!いきなり僕の目の前に現れるなんて……」
「…………あたしは超能力者よ。」
 あたしはやけくそで答えた。
 隠しても無駄だもの。こうなりゃ全部話してやるわ。
「ちょ…超能力……?」
「そ。あたしはテレパシーやテレポートができる人間であり、この世では生きてはならない人間なの。
 あなたが言う噂はあたしの超能力がばれないように父上の命令で屋敷から一歩も外に出れないから、物静かな女性だって思われて流れたのよ。
 貴族の人間は噂好き。ちょろっと変な出来事が起きるとすぐに噂を流して人を侮辱する。
 東宮であるあんたはそういうことはないとは思うけどね。
 あんたはぐーたらしていても帝になるから超能力を持って外に出れずただびくびくと怯えながら毎日を過ごすあたしの気持ちなんて分かりやしないでしょうけどね!」
 あたしが言い放つと、今まで驚いていた東宮の表情が真剣になった。
 おや?あたしなんか悪いこと言ったかしら?
「……………あなたこそ、僕の気持ちなんか分からないだろう?
 君と同じように僕だって権力争いのど真ん中に立っている人間だ。
 いつ権力争いによってこの身が危なくなってもおかしくない毎日を怯えて過ごしているんだ。」
 そう言いながら、東宮は一筋の涙の流した。
 ああ、そうか。こいつもあたしと同じように毎日怯えて過ごしているんだ。
 そう思うと、あたしは東宮に近づき裾で東宮の涙を拭いた。
「泣かないで」
 あたしが拭きながら優しく言うと、東宮は一瞬驚き、そしてぽろぽろと大粒の涙を流して泣き出した。
 あたしは自然に東宮を抱きしめたのだった。
 あたしからみればここまで自分でやったのは初めてよ。世話をしてやった冬椰にすらここまでやったことがないんだから。
 でも…こいつの心の傷はあたしと同じなのね……。だから自然にこんな行動が起こせたのかもしれない。
「誰かに聞いて欲しかったんだ。……僕のこの傷ついた心の存在を……。」
「大丈夫よ。今度からあたしが聞いてあげる。だから泣かないで」
「……ありがとう。」
 東宮はそう言うとあたしから離れた。
「聞いてくれてありがとう。少しは楽になったよ。」
「どういたしまして。これからは呼んでくれればいつでも駆けつけてあげるわ。」
 あたしは無意識にそう言っていた。
 たぶん、同情心で言ったかもしれないが、お互いに慰めあいたかったかもしれない。
「どうやって感知するのさ。」
 驚く東宮にあたしは人差し指を左右に動かして得意満面で言った。
「言ったでしょ。あたしはテレパシーを使えるって。
 あんたが心の中で思っていれば感知できるから。
 さてと、アンタの名前聞いてなかったわね。なんて呼べばいいのかしら?」
「浅葱と呼んでくれ。」
「母宮様から頂いた名前は?」
「あの名前は好きじゃないし、君にはこの名前で呼んで欲しいから…。」
 そう言うと、東宮は少し顔を赤くした。
 ま、いいか。
「それじゃ。あたしのことは白夜って呼び捨てで呼んで。姫とか呼ばれるのはあんまり好きじゃないから。さてもうあたしは自分の家に戻るわね。また今度…」
「待って」
 あたしが言いかけたとき、東宮はあたしにずずいと近づいてきた。
 な……なに……?
「君と会った記念に……」
 そう言うと、東宮はあたしの唇に自分の唇を重ねた。いわゆる接吻(キス)をしたのだ。
「なっ……!」
 あたしは耳まで真っ赤になり、慌てて東宮から離れた。
 あ…あたしの……ファーストキスがぁ………!!
 あたしは怒鳴り散らして東宮の頬を引っ叩いてやろうかと思ったが、次の瞬間、どうしたわけか、にやっと笑ってしまったのよね。
「ま…その……また……今度ね」