第三章 求婚

 

 あの夜に浅葱に会ってから、あたしは毎日浅葱のことを考えるようになった。
 今ごろ浅葱は何をしているのかなぁ〜。
 勉強かしら?それとも武術?
 でもそれより浅葱は覚えているのかしら。あたしと接吻をした日のことを……。
 あたしは今でも覚えている。あれが初めてだったから。あのときの唇の熱さが忘れられない。
 あたしはあの夜本当に浅葱と接吻したんだ。
 向こうから強制的にされただけなんだけど、でもあの夜はしっかりとやってたわ。
 そう考えると、また顔が熱くなり心臓も高鳴りだした。
 おちつけ、私の心臓〜!!っていうか心臓動くな!!
「白夜様」
 ぎくぅっ!!
 いきなり楓が現れたもんだから、あたしはビックリした。
「な……なんだ……楓かぁ〜……。」
「なんだとはなんですか!!人が心配して声をかけたというのに……」
「ゴメン。ちょっと考え事をしていて……あ、そうだ。楓。もしよ、もしも身分も違っている相手を好きになってしまったら楓ならどうする?」
「潔く出家します」
 こいつ…本当に潔いな……。
 ちょうどその時だった。
 誰かが慌ててあたしの部屋に近づいてくる足音が聞こえてきたのは。
「そうそう、先程冬椰様が参って―――」
「白夜〜!!」
 と楓の言葉が終わるよりも早く大声を張り上げて入ってきたのは何を隠そう幼馴染みの冬椰だった。
 冬椰とは生まれたときからの付き合いでお互いのおもらしの数まで知っているほどの仲だ。
 その冬椰がなんでこんなに息を切らしてきたのかしら?
「どうしたのよ、冬椰。」
「どうしたもこうしたも、おまえ東宮様とはどういう関係なんだ?!」
「はぁ?」
 あたしは冬椰の言葉に目を丸くして驚いた。
「どうしてそんなこと聞くのよ?」
「今日、東宮様直々に尋ねられたんだ。
 『白夜姫とはいかなる人物であるか、幼馴染みであるおまえから直接聞きたい』って。
 まさか、いたずらでまたテレポートして東宮様のご寝所に入ったとか?!」
「………当たり」
 あたしは素直に認めると、冬椰は唖然呆然となっていた。
 失神したかしら?
「――ばっかやろう!!」
 唖然呆然となっていた冬椰が近所にまで聞こえそうなぐらい大声で叫んだ。
 間近にいたあたしなんか耳がわんわん鳴っているわよ。
「おまえ、なんでまた東宮様のところに行ったんだ?!」
「文が届いたからよ」
「文だって?」
 あたしの言葉に冬椰は眉をひそめた。
「そうよ。しかも光孝天皇の和歌をそっくりそのままでね。
 それに腹が立って直接会いに行って文句を言ったのよ。それだけのことよ。」
「それだけじゃないだろうが!!今回のことがおまえのお父上の耳にまで入っちゃってあともう少しすれば帰ってくるぞ!!」
「げっ!!それはマズイ!!」
 さすがに父上が出てくるとあたしも焦り始めた。
「白夜。他に東宮様から何か言われたか?」
「う……っ。」
 あたしは冬椰の言葉に言葉が詰まった。
 あのこと一応言った方がいいのかしら?
 筒井筒の仲だし、隠し事なんてしたことがないからいいわよね。
「……実わね、冬椰。帰り際にあっちから接吻された。」
 あたしの一言に冬椰は白くなった。
 あちゃ〜言わない方がよかったか……。
「……楓、悪いが俺と白夜で話がしたい。」
「かしこまりました。」
 沈んだ声で冬椰が言うと、それが手に取るようにわかったのか楓はさっさと部屋から出て行った。
 そして出て行くなり、あたしに近づいてきてあたしを抱きしめて耳元で囁いた。
「白夜。好きだ。」
 はい?
 あたしがわけわからん状態でいるのに対し、冬椰はさらにあたしを抱きしめる力を強めた。
 く…苦しいんだけど………
「おまえのことをずっと好きだった。
 もう誰にも渡したくない………。」
 冬椰はそう言うと、あたしに熱い口付けをした。
 う……うそでしょぉ〜?!
 ま…また…ディープキスなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
「ん……んん…ん〜〜〜〜っ!!」
 あたしは接吻されながらも必死にもがくけど、もがくたびに冬椰は抱きしめる力をさらに強くした。
 息ができるない…。
 誰でもいいからこの状況を何とかしてぇぇぇぇぇぇっ!!
 そう思っていたら、冬椰の方から唇が離れた。
 そのときすでにあたしは無意識に動いていた。
 ぱぁんっ!!
 あたしは冬椰の右頬を引っ叩いた。
 いつもの冬椰ならここで「なにすんだよ!!」って言うはずなのに、今日はそのまま黙っていた。
「あんたがそういう奴だなんて思いもしなかったわよ!」
 あたしは涙ぐみながら大声で言った。すると冬椰は冷静に言い返す。
「男は皆そういうものだよ。好きな人を得るためだったら強行手段をなんだってするよ。」
 あたしは冬椰の言葉に余計カチンときた。
「あたしは他の男がそういうことをしてもあんただけはしないと信じていたのに!!昔からあんたは優しかったじゃない!!なのに…なのに…!!」
 あたしは言葉が思いつかないうえ、ヒステリーを起こし、倒れる寸前。
 一方冬椰のほうはあたしとは逆に冷静だけど真剣な顔で答えた。
「おまえが考えているほど世は変わっていくんだよ。
 今の俺は昔の俺じゃない。おまえを求めつづける一人の男だ。」
「じゃあ聞くけど、浅葱といい、あんたといい、なんであたしに無理矢理接吻するのよ?!」
「浅葱…?もうそんな仲になっていたのか?!」
 あたしの言葉に冬椰が驚いた。
 よほどショックなのか、驚いていた顔がだんだん青ざめていく。
 浅葱っていうのはよほど仲が良いものにしか呼ばせない名前なのかしら?
「白夜。俺と結婚してほしい。」
「ほあ?」
 あたしは驚きのあまりなんともマヌケな声をあげた。
 け…けけけ結婚……?
 あたしが驚いているのを無視して冬椰は立ち上がり出ていってしまった。
 驚いたままのあたしは一人部屋に取り残されてしまった。
「こほん…こほん…」
 ん?
 声が聞こえる方向に向いてみると、顔を真っ赤にして几帳に隠れて出るに出れなかった楓がいた。
「んまあ!!あんたさっさと出て行ったんじゃなかったの?!」
「それが途中で転んでしまって、早く出ようと思ったらお二人が接吻してらっしゃるんですもの…。」
 が〜んっ!!楓にまで見られたぁ〜!!
「でも、どうなさるんですか?冬椰様にまで求婚を求められえてしまって…。もし最悪の場合東宮様まで求婚なさったら…………」
「うん……どうしようか………。
 なんか…信用していた人に裏切られた気分がよくわかったよ……。」
 あたしは何もかも沈んだ。
 さっきまで張り上げていた声さえも沈んでいる。
「……白夜様。」
 あたしの沈んだ顔と声を聞いて楓は心配そうに声をかけるが、あたしはそれどころじゃなかった。
 これから、あたしは何を信用していけばいいの?
 そう考えると、涙がぽろぽろ流れてきた。
 あたしは必死に拭おうとするが、拭いきれずどんどん涙が流れていく。
 悲しいよぉ〜…苦しいよぉ〜……。
「冬椰ぁ……浅葱ぃ〜…」
 あたしはそのまま涙が枯れるまで泣き続けた。
 あたしはどっちも選ぶことができない。
 二人ともあたしの大切な………