第五章 拉致

 

 あのまま寝た三日後、考えもまとまらぬままどういうわけか帝が主催される歌合せにいきなり出席することになった。
 いつもの父上なら能力がばれるからダメだって言うのに今回はにへらと気味悪い笑顔で「楽しんできなさい」とまで言ってきて、新調された十二単まで用意していた。ただし、ある人の女房として参加させらるのだが、どうしてあたしなのか未だに分からない。
 ま、姉君に会えるからちょっと楽しみだったりする。
 でも、もし浅葱に会ったときはどう姉君に弁解しよう……。
 あたしは姉君が用意させた牛車の中で会ったときの対策を一人で考えていたら、付き添いの女房があたしに言ってきた。
「姫様。女房としての名前覚えていらっしゃいますか?」
「わかっていますわ。『紫苑』ですね。」
 あたしは使い慣れない言葉で答えた。
 くぅ〜っ!!たださえ十二単が重くてつらいのにさらに言葉遣いまでもここまでくるとは行くまでにバテそうよ。
 あ、そうだ。この女房さんに聞いてみよう。
「あの、宰相様。」
「なんですか?」
「私がここへ来ることは東宮様や帝はご存知なのでしょうか?」
「いえ、東宮様はご存知ありませんよ。ただ、式部卿宮様があなた様のことを大層気になさっていましたよ。」
 式部卿宮?確か帝の三番目の弟宮のことよね。
 確か御年25になられる勉学に優れ女房たちに大変人気がある方だと聞いたことがある。
 その人が何であたしのことを気にするのかしら?
 その時だった。体が軽くなり、テレポートの瞬間がきたのは。
 なによこれ?あたし何もしていないのに!!
「姫様!!」
 宰相様に腕を捕まれるがあたしはそのままどこかにテレポートしてしまった。
 そして―テレポートするなりまた地面のないところだった。
 ひええええっ!!また地面とキスするぅぅぅぅぅぅっ!!
 ぶつかるのを覚悟していたとき、誰かがあたしの体を抱き上げた。
 ?
 目をつぶっていたあたしはそっと目を開けてみると、目の前には浅葱に似ている男性が心配そうに見つめていた。
「あなた……ダレ……?」
「初めまして、白夜姫。そして―私と同じ能力者よ。」
 男性はそう言うとにっこり微笑んだ。
 私と同じ能力者?もしかしてこの人もあたしと同じ超能力者?!
「あなたは何者なんですか?!」
 あたしは自ら男性から離れ尋ねた。
 すると、男性は苦笑して答えた。
「私だよ。さっき宰相が言っていた式部卿宮だ。」
 はいぃぃぃぃぃぃぃっ?!
 あたしは男性の答えに声が出なかった。
 これが式部卿宮?!
「あ……私に何か用ですか?」
「うん。同じ能力者として一度面と向かってあってみたかったんだ。手っ取り早く言うと君を拉致したってわけ。」
 面と向かって会うために拉致したって…かなり強情だな、この人は……。
 一方、式部卿宮様はまじまじとあたしを見ている。
「ふぅん。外見は本当に美しい娘だな。
 でも、本当に胸あるの?」
 そう言うなり、式部卿宮はあたしの胸を触った。
「〜〜〜〜〜〜〜?!」
 あたしは言葉にならない悲鳴をあげた。
 何でこう次から次へとあたしの体を触るのよ!!!
「な……なにするんですか!!!無礼ですよ!!」
「ゴメン、ゴメン。十二単であんまり女性には見えなかったらつい。
 でも意外に大きいねえ……。」
「そういう問題じゃないでしょう!!」
「ん〜。別にどうでも良いんじゃない?」
 ってこの人かなりマイペース過ぎよ。
 怒り狂っていたあたしまでこの人のペースにはまりそうだわ。
「式部卿宮様。私を宰相様の元へ返してください。」
「大丈夫だよ。宰相はこのことを伝えてあるから。」
「へ?」
 伝えてあるって……。
「宰相は私付きの女房だから能力のことは百も承知さ。
 君はテレパシーと自分を好きなところへ飛ばすことができるテレポートの能力者。私はその二つを加えてサイコキネシスも使えるんだよ。」
 あたし以上の能力者?!
 皇室にいるなんて、信じられない!!
「信じられないだろうけど、本当の話だよ。」
 こいつ…見かけによらず人の心勝手に読んでやがる!!
「姫って意外に言葉遣い悪いでしょ?
 君が思っていること全部こっちに筒抜けだよ。」
「え?!」
 あたしは式部卿宮の言葉に驚いた。
「普通の人は聞こえないからいいけど、私には完璧筒抜け。
 その辺をしっかり直さないと君の私生活まで私に見えてしまうよ。」
 うげ?!万年変態親父!!
「姫。人の悪口言うの良い加減にしなさい。」
 ちょっと腹が立ったのかちょっと言葉がきつくなった。
「これから私をどうするんですか?」
「このまま帝のところまで連れて行くよ。」
「そんな!そんなことをしたら私達の能力が他の人までばれてしまいますよ!」
「大丈夫。君は私付きの女房だから。」
 な…?!
「なんですかそれは!!聞いてませんよ!!」
「そりゃ言ってないからねぇ…君の父上にも口止めさせといたから、その方がおもしろいでしょ。」
 お…おもしろいって……。
「会場までは私付き女房だけど、着いたら君は中宮付きの女房になるからね。そこのところをわきまえといてくれ。」
「は…はいっ!」
 あたしは慌てて返事をした。
 女房って普通ころころ換えるものなのかしら?
「違うよ。君だけ特別なんだよ。
 そうそう。あとで東宮と話があるから一緒に来なさい。
 さ、宴の会場へと行こうかね。」
 とさっさと歩いて行ってしまったのである。
 この先の歌合せはどうなるのよ?!