第三章 訪問

 

 聖の君に出会った日から一週間が経ちました。
 私はいつお母様が聖の君に会わせてくれるのか楽しみで、毎日そわそわして落ち着くことができなかった。
 今日もそう。朝起きたらすぐにお母様がいる母屋に行ってはお母様に尋ねた。
 そのたびにお母様から「そんなにすぐにできるわけないでしょ!!」って怒られましたけど…。
 ああ〜…こんなにそわそわするのは初めてだわ。あの式部太夫様のときでさえ、こんな思いはしなかったのに、誰かこの思いを落ち着かせて〜!!
「……姫様」
 そわそわしている私を見かねて私付きの女房・陽子が呆れて口を開いたのに、私は我に帰った。
「ど…どうしたの…?」
「いつもの姫様らしくなくて気持ち悪いです」
「……………」
 陽子の一言に私は固まった。
「そ…そんなに私らしくない行動かしら?」
「そりゃぁ、もう!!式部太夫様のときは左大臣様のご息女らしく凛々しいお姿で待っていらっしゃったのに、今の姫様はちーとも凛々しくありませんし、姫様らしくなくてつまらないです」
 とため息をつく陽子。
 そこまで言わなくてもいいと思うんですけど…。
「で…でも…いつお母様が用意してくれるか楽しみじゃない?」
「そりゃぁ…奥方様のご用意するものですから、とても楽しみですけど……」
「でしょう。だから落ち着かないのよ」
「そうでしょうか。
 私から見たら姫様は奥方様がご用意するものではなく、聖の君様のほうが気になっておいでのです」
 う……っ。
「よ…陽子ってばこういうことには勘が鋭いのねぇ…」
「それが私の取り柄ですから!!」
「それが取り柄って……自慢することではなくてよ……」
「それもそうですね〜あははははっ!!」
 とまるで気にしていない陽子。
「しかし、さっきから母屋の方がやけに騒がしいですね」
「そうね。どなたか着たんじゃないかしら」
「ひ……姫様ぁぁぁぁぁっ!!一大事でございますぅぅぅっ!!」
 と部屋に飛び込んできたのは女房の久美だった。
「どうしたの?変な文でも来たのですか?」
「ち…ちちちちちちち……」
「血?」
「違いますぅ!!ひ…聖の君様がおいでになったのでございます!!」
『え〜っ?!』
 久美の言葉に私と陽子は驚き叫んだ。
「それは本当なの?!」
「ウソではないですよ!!まもなくこちらに参ります!!
 姫様、御几帳の中にお隠れ遊ばせまし!!」
 そう言いながら、久美はてきぱきと部屋のセッティングを始めた。その後に続いて陽子も参戦して用意を始めた。私も陽子たちが用意した几帳の中に強引に入れられ、私の髪や化粧を整えた。
 な……なんか……とても緊張してきましたわ……。
 そう思っていると、女房に連れられて、直衣姿の聖の君が私がいる部屋に入ってきた。その様子を几帳と几帳の間から見ていた私は今までの緊張も最大級並になり、心臓は私の耳に聞こえてくるぐらいばくばくと鳴り出した。
 はう……っ!!
「……驚いたでしょう」
「え……ええ……」
 緊張のあまりお互いかっちんかっちんに固まってしまい、そこから先は緊張のせいで話を切り出すことができなかった。
 な……なにか……話をせねば……!!
「まさかすぐに会えるとは思いもしませんでしたわ」
「会った次の日に奥方様から文がきましてね。
 俺もあなたに会いたかったのですぐにOKを出しましたよ。
 だけど、奥方様はこのことは当日になるまで秘密にしておいてくれって頼まれてたもので……。
 びっくりなさったでしょう」
「もうっ!!お母様も、聖の君も酷いお方ね」
 つーんっとすねると、聖の君はくすくすと笑い出し
「まさか、あなたの口からそのような言葉が出てくるとは思ってみませんでしたね」
「そうですか?いつもこうですよ」
 私がそう言うと、聖の君はさらに笑い出し
「俺を責めずに許してくださったあなたがこんなに意外な方だったとは意外ですね。
 でも、それと同時にはっきりしましたね」
「なにがはっきりしたんですの?」
「あなたのことが好きだということが」
 急に真剣な表情になって答える聖の君。
 その凛とした表情に私はただうっとりしてしまったのでした。
 すると、急に私の目の前の几帳がなくなり、聖の君の表情がズームしてきました。
 わわわわわわっ!!
 私は思わず、顔が赤くなり、とっさに扇で顔を隠そうとしましたが、聖の君の手で扇を持つ手を取られてしまいました。
 きゃ〜!!アップはやめて〜!!
 も〜パニックで頭の中が真っ白になってどうしていいのか分からなくなってしましました。
 どうしよう!!なんて言えばいいの?!
 そう思ったその時
「姫の手を離せ!!」
 急に私たちの中に聞き覚えのある男の声が割って入ってきました。
 こ……この声は………
 私は恐る恐る声がした方向に視線をやってみると、そこには土足のまま息を切らし、物凄い剣幕でこちらを見ている式部太夫様が立っておられました。
 そして、私たちのいる部屋に入ってくると、私の手を掴んでいる聖の君の手を強引に離すと、私を抱き上げ、外に出て、馬に飛び乗り走り出しました。
 一体何が起こったの?!
 私は状況が掴むことができなかった。
 ただ、聖の君様と引き離されたのは事実。私は思わず
「聖の君様――――っ!!」
 と手を伸ばして叫びました。
「姫!!」
 聖の君様も追いかけようとしましたが、馬の方が早く、みるみるうちに屋敷から離れていってしまいました。