第四章 囚われの身

 

 式部大夫様の手によって聖の君と引き離された私は屋敷から随分と離れた屋敷に連れてこられ、白い壁に囲まれた篭籠に入れられた。
「何をなさるんですか?!
 もう、あなたとの関係は終わったはずです!!」
 私は、睨みつけながら式部大夫様に言うと、式部大夫様は不適な笑みを漏らし、
「いいえ。私は終わったつもりはありませんよ」
「では、何故あのとき私に別れ話を持ち出したのですか?!」
「あれは私に対するあなたの愛の力を試したかったんですよ」
 なんですって?!あの言い方が試すと?!
 人生経験をつんだお母様たちでさえ完全なる別れ話だと言っていたのに。
「私は試される覚えなどございません。帰らせていただきます」
 私は自分の思いを押し込めて、彼に言うと、彼は物凄い剣幕で私の頬を叩いた。
「何をなさるんですか?!」
「それはこちらのセリフですな。あなたはもう私の妻なのですよ。
 妻が間男するとはいい度胸ではありませんか」
「夫婦ですと?!いつ契ったのです?!」
「将来を誓い合ったではありませんか」
「ふざけたことを!将来を誓い合ったからって結婚したことにはなりませんわ!!」
 私がそう言い切ると、式部太夫様は私の唇を自分の唇で塞ぎました。
 ――――――?!
「……これでもわかりませんか。私がこんなにあなたのことを思っていることを」
 真剣な表情で言う式部大夫様に私は無言のまま平手打ちをしました。
「…っつ。申し訳ないがしばらくこの屋敷にいてもらいますぞ」
 そう捨て台詞を言うと、式部太夫様は篭籠から出て行き、扉を硬く閉じてしまった。
 それと同時に私の目から自然に涙が溢れ出て止める事ができなかった。
 どうして私がこんな目に会わなくては遭わなくてはならないの?
 私はしばらく泣きつづけましたが、いつの間にか寝ていました。
 ………?何かかけられている?
 私は目を覚まし、ゆっくり起き上がってみると、私の目の前に桜の襲も鮮やかな女房装束に身を包んだ、いかにも知性も教養も備えた高級女房と言う感じの女が数人私のことを心配そうに見守っていた。
「…姫様……大丈夫ですか?」
 一人の女性が心配そうに私に尋ねました
「……そなたら何者です?」
「私共は今日からあなた様の身の回りのお世話をさせて頂きます伊予と申します。後ろに控えますのは左から周防と近江と申します」
 と丁寧に挨拶する伊予。
 私の世話係?
 そう思った瞬間、私はすかさず伊予に尋ねました。
「何故、式部太夫様はあのようなことをしたのですか?」
「……姫様。これには深い理由(ワケ)がございます」
「理由?」
「はい。殿は出世とは関係なく本当に姫様を愛していらっしゃったのです。
 ですが、殿のご親友が流行り病でお倒れになり、そのさいの遺言で自分の妹を娶って欲しいということになりました」
「それとどういう関係があるのです?」
「はい。
 実はその妹君は大変嫉妬深い者でして……。自分以外を愛する姫様のことを大変憎んでおりました。
 しまいには姫様に呪詛をかける始末。
 殿は姫様を守るため、姫様を深く傷付けるのを覚悟で別れ話を持ち出したのでございます」
「……私のために」
 私は伊予の言葉に呆然となった。
 式部大夫様がそんな風に苦しい思いをなさっていたなんて……。
「ですが、つい一週間前あたりでしょうか。
 京にこんな噂が流れたのでございます。
 『左大臣様の姫に新しい男ができた。その男は式部大夫の部下である聖の君だ』と。
 たまたまでございましょうが、聖の君も姫様と同じ日に京から下ってこの吉野にいたとか。
 それに嫉妬された殿が今に至ったというわけでございます」
「………そう。お父様には説明をしたの?」
「それは私には分かりません」
「その件に関してましては私、周防が説明させていただきます」
 と後ろに控えていた周防が伊予の隣りに座って言った。
「殿は昨夜あたりに文使いを左大臣さまに送りいたしました。
 内容は『今まで連絡を取り合っていなかった姫と一度話がしたいので無理に連れて行く形になってしまいますがお許しください』とのことです」
「やけに詳しいわね」
「それは私が代筆させていただいたからでございます」
 え……。
 周防の言葉に私は絶句してしまった。
 こういう重大なときこそ、式部太夫様本人が書くものではないの?
「姫様。私共が必ず逃げるチャンスを作り出してみせます。そのために奥方様にもひっそりと連絡しておきました。しばらくご辛抱くださいませ」
 伊予の言葉に私はただ頷くと、伊予達は軽く一礼をすると、部屋から出て行った。
 なんて良い女房達だろう……。もし式部太夫様に暇を与えられてしまったら(女房職をクビになること)、私のところに仕えさせるようにお父様にお頼みしましょう。
 ………聖の君。早くお会いしたい。あなたに会って私は言わなくてはならないことがあるの。『もう昔の恋を忘れてしまうぐらいに私もあなたのことが好き』だと。
 そのためにはこの試練みたいな苦しみを耐えてみせましょうぞ。