最終章 再会

 

 式部大夫様の屋敷で生活が始まり、毎日私付きの女房・伊予達と機会を伺いながら生活してた。
 しかし毎日偽の妻としての生活がここまで耐え難いものだとは思いもしなかった。
 そして今日も偽の夫のために服をせっせと縫っていた。
 もうすぐ未の刻(だいたい午後六時頃)を迎える。今日も助けらしい助けがなかった。
 一体いつまでこの生活が続くのだろう…。
 ある日の夜、私を心配したお母様からテレパシーが来たときに事情を全てお話した。そしたらお母様は今回のことは罪にはならないようにお父様に誤魔化してくださるとおっしゃった。
 私はそう言われても嬉しくなかった。
 だって聖の君についてなにもおっしゃってくださらなかったから…。
 聖の君はどうしているのでしょう。あの状況で私を守れなかったことを自分に責めているのでしょうか。
 責めなくてもいい。あれは無理なことですもの…。私はただあの人にこの囚われた身を助けてもらいたい。それだけなの……。
 試練と言って覚悟はしていたけど、もう耐えることができないの…。
 私は式部大夫様の服を縫う手を止め、はぁっと溜め息をついた。
「……ひ…じゃなくて奥方様どうなさったのですか。もしや具合が悪くなったとか」
 と心配そうに伊予が私の顔を覗いた。
「ちょっと物思いにふけっていただけよ。ありがとう…もう大丈夫です」
 私は慌てて否定した。
「そうですか。ならいいのですが…。
 もし具合が悪かったのを気づかなかったら殿から見張り役を仰せつかった女房に文句を言われてしまいますわ」
「本当になんでもないから心配しないで。
 ただいつこの生活から逃れるのか不安なだけなのよ」
「その件についてですが、お耳を」
「え?」
 私は真剣な伊予にはっとした。
 もしかして今日誰かが助けに来てくれるのかしら。
「もしかして」
 私の言葉に伊予は強く頷いた。
 そして耳元で私に囁き、それを隠すように周防と近江が近づいてきました。
「はい。まもなく迎える申の刻(だいたい午後八時頃)にとある方がこちらに侵入し姫様を助けに参るそうです。
 殿のほうは奥方様のお計らいで権大納言様の宴に主席してこの館からいなくなるそうです。」
「とある方って?」
 私は小声で伊予に尋ねた。
「さぁ。奥方様からはそれだけしか教えてもらってはいませんから……。
 あと私共の他にも助太刀してくださる方がいるとかいないとか……」
「とにかく夜を待てば良いのね」
「はい」
「ところでおまえたちはどうなるの?
 これがバレては暇が与えられてしまうのは目に見えているでしょう」
「はい。ですが、見て見ぬ振りはできないのです」
 と辛そうな表情で答える伊予。
「なら、おまえたち。お母様には事情を話してあるから私の女房になりなさい。
 おまえたちには恩がたくさんあるから傍に置いておきたいのよ」
『………姫様!!』
 私の言葉に感動する伊予達。
 私のほうは助けが来ると聞いて嬉しくなって元気が出てきました。
「さあ。あともう少しで申の刻よ。それまで頑張りましょう」
 と私は張り切って服を縫いつづけた。
 そして申の刻になった。
 式部大夫様はお出かけになったが、私に女房や侍を含む腹心の部下を傍に置いていくという誤算が生じてしまった。慌ててお母様にお伝えしようと思ったけれど、私からお母様にはテレパシーを送ることができなかった。
 私がどこに行くにも付いてきてうっとうしいったらありゃしない。
「姫様ぁ〜」
 と弱音を吐く近江。
「大丈夫よ。お母様たちが何とかしてくださるわ」
 その時だった。遠くの方から蹄の音が聞こえてくる。
 もしかして――――
「開門―――っ!!」
 と男の大声が聞こえた。
 それに反応して腹心の部下達が外へ視線を向ける。
 そしてそのうちの一人が門を開きに行き、声の主をこちらにつれてくる。
「何事だ!!」
「左大臣さまからの文でございます!!至急式部大夫様にお取次ぎを!!」
 と腹心の部下達の前に現れたのは聖の君様だった。
 もしかしてお母様が言っていたとある方って聖の君様だったの?!
 私は声の主に心臓をどきどきさせていた。
 一方部下達は声を張り上げて
「ええいっ!!ご主人様は権大納言様のお屋敷におる!!そちらへ参れいっ!!」
「そうでございますか。
 ならしばらく夢路へ参ってもらいましょう」
「なにぃっ?!……ぐぅっ!!」
 驚く一人の侍に聖の君様は馬から飛び降りて当て身を食らわせ、その場に倒れこむ。そして次々に部下達を当て身で倒していく。伊予達はこの光景が初めてらしく当て身をするたびに悲鳴をあげた。
「聖の君様!!」
「姫!!」
 私たちは強く抱きしめあった。
「遅くなって申し訳ありませんでした。
 よもやあのような失態をしてしまったためにこんなことに……」
「いいのです!!あなたがこうして助けに来てくだされば!!」
 私は嬉しくなって涙が出た。
「さあ。ここの主人が戻ってくる前にここから去りましょう。
 女房殿たちも外に牛車を用意してある。そちらに乗りなさい。私と姫は一足先に逃げる。いいな」
『はいっ!!』
 てきぱきと指示を出していく聖の君にちょっとうっとり気味だった伊予達は慌てて力強く答えた。
 私は聖の君が乗っている馬に乗ると、聖の君と一緒に外へ出て行った。
 作戦は大成功したのだ。
 私たちは馬を走らせながら笑った。
「きっと酔った大夫殿は戻ったときあのような惨劇になっているとは思ってもみないでしょうなぁ」
「その時の顔がおもしろそうですわ」
「姫」
 と聖の君はしばらく馬を走らせている足を止め、私の体を力強く抱きしめ、
「このような形ですが、あの時言えなかったことを言っていいですか?
 俺はあなたが好きです。
 どうか俺の妻になってください」
「………はい」
 私は涙を流しながら返事をし、聖の君を抱き返した。
 私に求婚を申し込んでくださった記念の日は白銀色の綺麗な満月が輝き、月光によって薄紅色の桜はきらきらと光りながら散っていた。

≪完≫