空と陸で俺たちと竣は見つめあった。周りでは、黒煙が上がり、燃え盛る。
「うわぁ…。竜王だ………。僕が憧れた……竜王だぁ……」
 と以前と違って幼稚っぽい口調で、俺たちに向かって焦点が合わない状態で嬉しそうに手を伸ばす。しかし、俺たちは空に浮いているので、届くはずもない。それが、わかったかのように伸ばした手は自分を優しく抱くように抱いた。
 なんだ…。この違和感は…。前に会った竣とまるで違う。
「ずるいなぁ…。僕が欲しがっていたもの取っちゃうんだもの……」
 竣の行動に、レスカはそっと俺に近づいて耳打ちした。
「なあ、あれが災いの元凶か?」
「うん…。だけど…前に比べて気配に違和感がある……。なんか泥が綺麗になったというか、幼くなったようなというか…」
 まるで……竣そのものではないような気がする………。
 俺の思いを察したかのように、柳さんの声が頭に響く。
[なんか寝てる最中に嫌な気配を感じたから起きてみれば、竣か…。
 これはこれは意識の腐敗が進んでるなぁ…]
 腐敗?
[まあ、逆成長…。つまり退行してるってこと。何らかの原因で、竣の意識は自分の意志を逆らってどんどん幼稚化してるんだよ。つまり、洸流のことも分かってない。たぶん、竜王の力が見えるぐらいだろうねぇ…。
 かろうじて目的ぐらいは覚えてるみたいだけどね…。退化してるから、どの災いなのかさっぱり見当がつかない。
 あ。あまり、僕との会話に集中していると、唐突に攻撃されちゃうよ]
 あははは…。まあ、ある程度は向こうにも意識は集中してマスよ…。
「僕の竜王…。なんで、僕を選ばないんだろう…?」
「なんか、まずくないか…?」
「まずいっていうより、気持ちが悪いがな…。奴を中心にして穢れが出ているゾ」
 と、警戒心を強める奄師匠。すると、自分を出していた竣は、急に目の色を変え、顔を俯き、手をだらりと垂らした。その行動に思わず俺たちは構えた。
「ずるいよ…。僕が何年も待ちわびていたことなのに…。だから―――――――…殺す!!」
 ひゅっ!!
 いきなり、宙を舞い、俺に迫ってきた竣。俺は腕を前にクロスしながら出して、竣の攻撃をなんとか防ぐしか出来なかった。
「ぐ…っ」
 俺は吹っ飛びそうになったが、レスカが先回りをして俺を受け止めてくれた。
「あ…ありがとう……」
「礼を言っている暇なんてなさそうだぞ…。あいつはどうもマジで俺たちを潰すつもりらしい…。
 洸流…。あれは何の災いか分かるか?」
「分からない…。柳さんが退化してるからどの災いなのか検討もつかないって……」
「退化だって???」
「うん。何らかの原因で、竣の意識は自分の意志を逆らってどんどん退化してるんだって」
「てことは、俺らのことも分かってない?」
「かろうじて竜王の力を受け継いだ憎い敵ってことは分かってるみたいだよ…。ほら、奄師匠放置でこっちに迫ってきてる…」
「客観的に言うな!!」
 と冷静に言う俺の言葉にマジツッコミを入れるレスカ。それと同時に俺たちは二手に分かれて避けた。
「ここの被害を最小限に抑えつつ、竣を!!」
「りょ〜かいっ!!てなわけで、我母なる大地の怒り!!
 ごっ!!
 レスカは先制攻撃をせんばかりに、地に降り立ち、手を地に付けると、そこから針山の如く、針状のものが出てきて、竣に襲い掛かる!!
退け!!
 じゅっ!!
 レスカが放った針は竣の一言で一瞬に消えた。そのことに俺たちは激しく動揺した。
「ならば…我は放つ 聖なる裂風!!
 し………ん…っ
「あれ???」
 術が発動せず、ただ静寂が広がった。
 なんで、術が発動しない?!
「洸流!!魔法が使えないのは、紫さんがつけた制御装置だ!!」
 あ。そーだった!!すっかり忘れてた!!
「奄師匠!!この装置外して!!」
 俺は慌てて奄師匠の元に駆け寄り、頼むが、奄師匠は複雑な表情で答えた。
「実はな、この装置は紫しか解除できないようになってる…」
 ちーん…
 奄師匠の言葉に俺はしばし固まった。
「って、なんで?!俺今飛べてるんだけど?!」
「おまえわ…。おまえは何を司る竜王だぁ〜〜〜〜〜???」
「え〜…っと。空間を司る天竜王………」
「つまり、空間神の力とおまえの言霊が結びついて、勝手に天竜王の力を使っているわけだ」
「な〜るほど!!」
 と、俺が手を打って納得していると、後ろから竣が容赦なく襲い掛かってきた。
「ちぃ…っ!!あんまり俺はやりとおないが!!やむを得んな…。我は飛ばす 衝撃の怒り!!
 ごがっ!!
 奄師匠は舌打ちをしながら、俺の前に回りこみ、かなり強力な衝撃波を放った。すると、竣はその衝撃波に耐えられず、吹っ飛んでいった。
「よっしゃっ!!」
「だが、その場凌ぎで決定打にはならない!!レスカ!!木々を育てろ!!そして、竣の動きを止めるんだ!!」
「わかった!!我育むは大地の息吹!!
 しゅるるるる…っ!!
「わあっ!!」
 レスカが放った術によって物凄く成長した木々が、竣の肢体に絡みつき、動きを封じる。予想外のことに、竣は悲鳴を初めてあげた。
 すげ〜…俺、あそこまで育ててないよ……。
「動きは封じたけど、いつまでもつか…。これはもうレスカの精神力に賭けるしかない…」
「ぐわぁっ!!」
 急にレスカが悲鳴を上げた。慌ててレスカを見ると、竣の腕が伸び、右脇腹を貫通していた。傷口からはおびただしい血が流れ出てくる。
「レスカ!!」
「へぇ…竜王でも血が出るんだぁ…。真っ赤な血が綺麗だねぇ……」
 ぶしゅっ!!
「ぐああぁっ!!」
 レスカが悶える姿を見て、竣は感嘆の声をあげながら、レスカの脇腹に刺さった腕を引き抜いて、戻すと、それと、同時が鮮血がほとばしった。
「ぐ…っ」
 傷口を抑えながら、レスカはさがった。それと同時に木々も徐々に元の姿に戻っていく。それを見守りながら、竣は自分の腕についた血をぺろりと舐めて、意外そうな顔をして言った。
「なぁんだ。竜王の血って甘いのかと思っていたら、竜族の味しかしない…。つまんないの…」
「レスカ!!」
「大丈夫……。致命傷にはなってない………から………」
 レスカはそう言いながらも、どんどん下がっていく。
 マズイ…失血がかなり酷いんだ!!
「風神楽第七帖・移(うつし)!!」
 ぶぅんっ!!
 俺は一瞬のうちに、奄師匠の元から、レスカの元へ移動し、レスカを抱えた。
 顔色が蒼白になってるし、脈拍が落ちてる…。おまけに息が通常よりも激しい…。このままじゃ過呼吸で、呼吸困難になる!!
 俺は慌てて、竣に背を向け、近場の足場に飛び、そこにレスカを横にした。
「風神楽第二帖・癒(いやし)!!」
 俺は血まみれになった傷口に両手を置き、傷を癒していく。
 しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ
「うう………っ」
 癒しながらも、レスカは呻き声をあげた。
 貫通してるからなかなか治らない…。間に合うか…?!
「大丈夫……?」
 俺は恐る恐る尋ねると、レスカは傷口を抑えながら起き上がって答えた。
「なんとか…。血が抜けて貧血だけど……」
「俺は竜族でもないし、献血が出来ない…」
 しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ
「だけど、さっきより傷口の痛みは引いたよ。ありがとう。天竜王の力にもこんなのがあるんだね」
「そうだね。でも、予想以上に出血が……」
「いっくよぉ〜〜〜〜〜〜!!」
 レスカの出血具合に焦っていると、遠くのほうから竣の声がする。恐らく、こちらのほうに向かっているのだろう。
「やれやれ…。俺の出番か……」
 と、どこからともなく紫さんが現れたのには、俺もレスカも驚いた。そして、扇を一振りすると、目の前に上半身は肌が半分は白く、半分は褐色の女性、瞳はジェイブルーで、下半身は虎、尾は狼だった。
「………………………………っつ」
「白夜」
はい。紫様
「目の前の禍々しい敵を撃て」
御意
 そう言って、白夜は風と共に翔けて行った。
「あれは…?」
「俺の召喚獣だ。白夜という。まあ、あれでも俺の使役の一匹でな、スピードと攻撃を得意とする」
 と含み笑いをしながら、白夜の攻撃を見守っていた。白夜は崩れた建物を盾と足場代わりにして巧みに動き回り、竣を翻弄していく。そして、竣はその動きに苛立ちを覚えて、汗を流していた。
はぁっ!!
 しゅっ!!
「うわぁ〜っ!!」
 白夜の爪が、竣の右肩から胸にかけてまで斬りつけ、竣は血しぶきと共に悲鳴をあげた。
「く……っ」
 足掻くかのように、骨を鳴らせて手を伸ばし、白夜を攻撃しようとするが、白夜は素早く動き、攻撃を避けた。
効きませんよ!!
 そう叫ぶと、白夜は後ろにジャンプして、印を組むと、手を振り上げ、ボールを投げるように振り下げると、その軌道に沿って衝撃波が竣に向かって襲い掛かる。
「俺も!!呪文省略で出でよ!!水鬼!!鬼炎!!」
 俺が叫ぶと、俺の腰に携えていたポシェットが光り、そこから水鬼と、鬼炎が出てきて、白夜をサポートするかのように波状攻撃をする。
「うわぁっ!!」
 三つの攻撃に至る所から鮮血がほとばしり、その場に倒れる。
「ごほごほごほ…っ。なんで…なんでぇ〜〜〜〜?!」
 口から血を吐き出しながら、俺たちの動きに悔しそうに見上げる。水鬼と鬼炎と白夜は俺たちの元に戻ってきて、臨戦体勢のままであった。
「勝負あったか?」
「いや…。あいつはまだ本性を出してないっぽいな………」
 そう言った矢先、竣の体が揺らいだ。そして、そのまま球体になって俺たちの方へきた。
「これは………?」
「自分の負けだということか?
 だが、恐らくどちらかの体を乗っ取るつもりだろう………」
 そう紫さんが言った矢先、奄師匠がやってきた。
「これは?」
「竣だよ…。だけど、どの災いか……」
 俺が言いかけたとき、奄師匠はどこからともなく、ビンを出して、その球体をそっとしまい、懐かしそうに語りだした。
「そうか…。おぬしは破壊の災いなのだな………。自分が何者だか分からなくて、ただ壊せば自分が分かると思っていたのだな」
「奄師匠、なんでそんなことを?」
「こいつが触れたワシに語りだしてくれた。竜王が欲しいけど、自分の存在がわからないからおまえらを攻撃してきたみたいだな」
 そう言って、そのビンを俺に手渡した。ビンを触れた途端、竣の記憶らしき映像が流れていく。その中には能力が故に迫害された映像ばかり流れてはその次にはその迫害された人たちの死体の山が出来ていた。
「これは………。何を願っているんだろう………?世界の滅び…?復讐?」
「復讐ならもう倒す相手はいないのに…」
 そう言いながら俺たちは破壊された建物を見つめていた。