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九 |
| 晴天の空。俺たちは竣の攻撃があった後、何事もなく古の都で修行い明け暮れていた。竣の攻撃後は、破壊された建物は跡形もなく吹っ飛ばされていて、修復の施しようがなかった。壊された建物の中には国宝級の品々も保管されていて、後でそのことを知った奄師匠は今まで見たことがないほどの壊れた顔になり、ショックのあまりそのまま後ろに引っくり返ってしまった。そのあとしばらくの間寝込んでいたことは言うまでもないだろうが、事の重さに俺たちは首都アニムスにて仕事をしているこの世の物の存在を司る重力神・火竜王を継承した北都に事情を説明した式神を使って呼び寄せることにした。 そして今日、俺とレスカは古の都へと繋ぐ門・陣南門(じなんもん)へと向かい、北都を出迎えることにした。重力神なので、空を飛んでいけば簡単なはずなのだが、本人曰く面倒でマッハで動くので通り過ぎかねないということで、門の近くに止まる駅に下車できる特急列車に乗って来ることになった。 駅に着き、暫くして大きなカバンを持って、官吏としての正装姿の格好をした北都が駅の改札口から出てきた。表情は至ってむすっとむくれていたのである。 「よぉ…」 「北都。久しぶり…。微妙に機嫌が悪そうだけど…」 「ああ…。電車の中で、気分最悪だったからなぁ…。ガキの泣き声が個室にいる俺のところまで響いてきて、ロクに寝れなかった…。 で?おまえが送ったあの焦ったあの事情の説明し方はなんなんだ?何かが壊れたというのは分かったが、俺が出る出番なのか?」 「物凄い出る出番。場合によっては珠喬が必要になるぐらいヒドイ状況なんだよ…」 「何それ?」 北都は機嫌が悪いのを吹っ飛ばし、目をぱちくりして俺を見た。俺の代わりにレスカがため息をつきながら言った。 「まあ、百聞は一見にしかずだよ。あの惨状はビックリするしか反応できないから…」 「はぁ…」 レスカの言葉に北都はただ力のない返事しか出なかった。そして、そのまま、俺たちは陣南門に赴き、古の都の中に入っていったのだが、門から先の惨劇の風景に北都はしばし硬直して立ち尽くしていた。倒れた建物が、門の目の前で重ね合うように倒れ、建物の一部からはぷすぷすと黒煙がまだ燻り出ていた。 「これは………一体……………???」 「だから言ったじゃん。ビックリするしか反応ができないって…」 「いや、だから、なんでこんな惨劇になってるんだって俺は聞きたいの」 と、北都の言葉にレスカが間に割って入って答えた。 「竣の災いの一部がやってきて、こんな状態になった。しかも、その竣は幼稚化していて、自分の目的が分かってなかったようで、ただ壊すことぐらいしか分からなかったらしい」 「じゃあ、この壊れた建物全部竣がやったってこと?!」 「それの一部は俺たちとの闘いで…」 「おまけに途中で紫さんが参加して激化するし…」 口々に視線を泳がせて言う俺たちに北都は半ば呆れ顔でため息をついた。 「要は、俺にこの建物と建物の中にあった国宝級の調度品の再生と修正をしてくれってことなんだね…」 「そゆこと〜〜〜…」 「こりゃ、難儀な作業になりそうだ…」 北都は苦笑しながら肩をすくめた。 そのあと、北都と共に奄師匠の住居であり、寝殿である静翔殿(せいしょうでん)に向かった。正式な礼法で出向くのが通常の行動なのだが、族長がぶっ倒れたのもあって、本来なら回復をするまで客殿に来客を待機するのが慣わしである。しかし、今回の場合、来客した相手が神クラスの火竜王なだけあって、むやみに追い返して客殿に待機させるということもできなく、族長の許可も下り、儀式を省略された挙句、いともあっさり奄師匠が寝ている寝室まで通された。最初は御簾が下げられていたのだが、奄師匠が嫌がって上げられた。 奄師匠は、布団に入ったままだが、大きなクッションに寄りかかった形で起き上がり、単でその上に上着を羽織り、髪を前に結って、目に力がないが、懐かしそうに伏せて礼をしている北都を見つめていた。 「お久しぶりです、奄師匠」 「久しいな。ほんに久しい………。面を上げよ。よく顔を見せよ」 「は…っ」 面を上げた北都を見て、奄師匠の笑顔が綻んだ。 「見ないうちにすっかり大人びたな…。その瞳を見るにワシの元から離れた後も、ちゃんと精進したようだな…。ワシが見ていた面影はすっかりと消えてしまった…。 ワシもすっかり年老いたのだな…。世界が変わっていくように我らも時代の波に乗らねばならないのか…。しかし、それでは歴代の族長に合わせる顔もない…」 「奄師匠…」 すっかりネガティブ思考で気落ちしてしまっている奄師匠に北都も動揺が隠せないようだった。 「奄師匠におきましては、先だっての事故により、大きなものを失ったとか…。未熟ながら我が力でお力添えできるのであれば微塵にも惜しまずお力いたします」 「そう言ってもらえると助かる。何分、壊されたのはホントに予想外のものばかりだったからの…。よもや、災いが早く襲ってくるとは思ってもみなかったからの。対応に遅れて甚大な被害を出してしまった…」 「お心お察しいたします」 「あの建物にはワシの宝も入っておるのだ…。是が非でも直してくれ……」 「御意。俺に全て任してください」 「うむ。任せた…。宜しく頼んだぞ…」 「はい」 北都は立ち上がり、俺たちもついてくるよう目で合図してそのまま外に出て行った。俺とレスカは顔を見合わせて、奄師匠に一礼して寝室から出て行った。 「北都!なんで俺たちまで?!」 「別に。あれ以上あそこにいるのは失礼だと思うし、何より手伝ってもらわなきゃ困るんだよ」 「手伝うって言ったって俺は空間神だから何も出来ないに等しいよ?」 「おまえが出来なくてもレスカの場合はどの神にも属さない中間神だろ?」 「まあ、一応そんなことになってるみたいだけど…」 「それにいつ竣が戻って喧嘩吹っかけてくるか分からないしな…。洸流は護衛を。レスカは俺の援護を頼む」 『分かった』 俺たちは頷き、惨劇の現場に戻っていった。その際、北都は重力神の力を使って服を普段服に一瞬のうちに着替えてしまったのには、俺もレスカも驚いた。 「さて、どっから始めますかね………」 強風が吹き荒れ、髪が乱れる中、北都はため息混じりに言って、俺のほうを見た。 あ〜…はいはい……。 「荒れ狂う風よ鎮座せよ 我は天竜王なり 我が声に応えよ…」 ひゅぅ…っ 俺の言葉に風は静まり返った。 北都が俺を見たのは、このうっさい風を静かにさせろと言いたかったらしい。その思いが通じてか、北都は満面な笑みを浮かべ、手をかざした。 「この世に作り出されし、全ての存在よ。禍々しき者により姿を消した物よ。我が重力神・火竜王の名のもとに大地の精霊、樹の精霊、水の精霊の力を借り、汝の長きわたる在るべき姿に戻れ!!」 がご…っ 北都の言葉に反応して、瓦礫と化したものが、宙に舞い、旋風を巻いて基盤が出来上がり、徐々に以前の形に戻っていった。 「お〜!!すげ〜〜〜!!手馴れてるなぁ…。俺の出番結局なかったじゃん」 「まあ、竜王の中では一番の年長者だしねぇ…」 そう口々にしていると、あと少しであと一つの建物で完成しきる一歩手前で、北都がぴたりと止まった。 「北都?どーしたの?いきなり辞めるなんて…」 「いや…。精霊たちが直せないって…」 「直せない?」 「うん。口々にこれは兇だから触りたくないって…」 『は?』 俺とレスカは目をぱちくりさせて北都を見た。北都は困った顔をして言った。 「この建物には兇が溜まっていて近づきたくないって」 「兇?」 「うん。直している最中にもわずかながら兇の気配は感じられたって。これに触れたら不吉なことが起きるから触っちゃダメだって口々に言うんだ。怖くて直したくないって」 「北都の言葉が足りなすぎて、一体何が言いたいのかさっぱり分からないよ…。何が原因で……」 「だから、原因がこの箱なんだって!!」 そう言って、北都は勢いよく金と銀で装飾されている壊れかけた箱を出したのである。その箱からは何故か禍々しい気配が感じられる。精霊たちが止めるのを聞かず、北都が恐る恐る箱を開けてみた。 「白無垢?」 そう箱の中には何故か白無垢が入っていたのである。 すると、突然柳さんが耳元で声を低くして言った。 [嫌な予感がする…。気持ち悪い………] 「気持ち悪い???」 [精霊たちが兇だと騒ぐのも無理もない……] 「なんでこんなもんがこの箱に?」 「つーか、白無垢からなんでこんなに禍々しい気配が出てるんだ?」 「確かに…。白無垢って清められた服だろ?その服が禍々しい気配を持っているなんて、呪詛がかけられているとかされてるのかな?」 そう口々に言っていると、俺たちはあることに気が付いた。 「透けてる?!」 「俺だけじゃない!!洸流も、レスカも!!手先が透け始めてる!!」 そう。俺たちの身体が徐々にだが、実体を、色を失い始めていたのだ。 「なんで?!」 「もしかして、これが兇なのか?!」 「そうだ!!紫さんなら何か知っているかもしれない!!」 「洸流!!紫さんのところへ行け!!」 「う…うん……っ!!」 「俺を呼んだか?」 『えええっ?!』 後ろを振り返ると、紫さんがお供なしで立っていたので、俺たちは思わず引いてしまった。 「紫さん!!どーしてここに?!」 「いつも神出鬼没なんですけど!!」 「あぁん?それはこっちの台詞だ。俺は都の中に不吉な気配がしたから族長の妻として来ただけだ。大体、おまえらこそここで何をしている?」 「俺たちは師匠に頼まれて、破壊されたモノの修復を…」 「それは聞いている。俺が言いたいのは、おまえらの身体が、何故透けているのだと聞いているんだ」 『?!』 俺たちは自分たちの身体を見渡してみると、半分以上が身体が透け始めていたのである。今にも溶けて消えそうなぐらいの儚さ…。 「紫さん金と銀で装飾されている箱の中に入ってた白無垢知ってる?!」 「白無垢だと?!おまえら、もしかして!!」 紫さんは俺たちの身体を見て、身を乗り出して、白無垢を見た。 「おまえら、この白無垢に触れたな?!」 「触れちゃマズイの???」 「これは封印されていたものなんだ!!なんで、その封印が解けている?!」 「たぶん、竣との戦いで壊れちゃったんじゃない?」 「くっそ〜〜〜…。俺が苦労して封印したって言うのに!!」 「それよっかさ、俺たちの身体なんとかしてくれない???」 北都が申し訳なさそうに、紫さんの言葉に割り込んでいくと、紫さんは手を打って、何かを唱えだし、俺たちのおでこに向かって指をとんっと叩いた。すると、途端に俺たちの身体は元に戻ったのである。 「で?本来めでたい服である白無垢が、なんでここまで禍々しくなる?それ相応の呪われるような事でも、この服の持ち主はしたのか?」 「それは…」 ごが…っ 『?!』 紫さんが話し始めようとした途端、地面が盛り上がったことに気づいた。そして、盛り上がった部分からにゅっと勢いよく、白くて細い腕が突き出た。白く細く小さな赤ん坊ぐらいの腕。その腕はしっかりと紫さんの服の裾を掴んでいた。紫さんはそれに驚いて、身をあとずさると、その勢いと共に、その腕の主の全身があらわになった。その姿に誰もがぎょっとなった。全裸の赤ん坊。髪も産毛で色もはっきりしないが、目元は青白くてクマができて、俺たちを恐ろしい形相で見ていた。 「ひ…っ?!」 紫さんはその赤ん坊に珍しく小さな悲鳴をあげ、赤ん坊を突き飛ばした。 「紫さん?!」 「嫌だ…」 「へ???」 「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 紫さんは突然叫ぶと耳を抑えてうずくまってしまった。 「紫さん?!大丈夫?!」 「嫌だ…嫌だぁ…っ!!」 紫さんはそう言うだけで、俺の身体に引っ付いて離れなかった。一方赤ん坊は俺たちに向かってハイハイしてこっちに向かってくる…。 「ま…まー…」 「嫌だぁぁぁぁっ!!おまえはもう死んでるはずなのに!!なんでいるの?!」 死んでる??? 「紫さん、死んでるってどーゆーこと?!」 「あいつは…あいつは…っ!!」 「まーまー…。アイタカッタ…」 『?!』 ぼぎごぼごべっ!! 急に赤ん坊の関節が鳴り、一気に赤ん坊から魔獣へと変貌した。 |
| 続く→ |