| Experimenting space guidance |
| 平成 日本 ―――――――新宿 P.M.4:30 朝早く出た詩澄紅だったが、新宿に着いたのは夕方だった。夕方になってしまった理由は、母親に学校に行けと言われてしまったから。詩澄紅の学校は公立であるが、彼女たちの外見とは裏腹に進学校でもある。学校自体、基本的に私服でも構わないので、詩澄紅はその私服のまま学校へ行ったが、授業には身に入ることが出来ず、進学クラスにもかかわらず、教科書の内側では占い雑誌を広げてこっそり内職をしていた。 「まったく!!有野のじじぃったらこんな大切な日に限って成績に関わる宿題を出すなんて!!」 と口に出して文句を言うも、詩澄紅は電車の中でしっかり宿題を終わらせている。外見とは裏腹に意外にしっかり者であったりするのだ。そして、片手に地図と雑誌の切抜きを持ちながら、不慣れな土地を歩き回っていた。 「あ〜…もうっ!!新宿ってなんでこんなに複雑なの?!」 と都庁と新宿公園の間の交差点で半泣き状態で叫んだ。詩澄紅は東口では遊びなれているが、反対側の西口は慣れない場所。慣れない場所に来たおかげですっかり迷子になっていたのである。それにイラついて八つ当たりをしたい状態になっている。 きゅ…っ 「?!」 叫んでいると、突然スカートの裾をつまむ気配がした。我に返り、視線を落とすと、そこには手鞠を抱え、赤い服を着て真っ黒い髪をした5歳ぐらいの女の子がきょとんっとした表情でスカートの裾をつまみながら詩澄紅を見上げていた。 「だ…誰…???」 「おねえちゃん。急ぎすぎちゃダメ…。運命に抗う力が消えちゃうよ」 そう言うと、女の子は握っていた裾を離し、どこかへ向かって走り出した。 「え?!ちょっと…?!」 追いかけようとする詩澄紅だったが、女の子に対して違和感があり、追う足が止まった。 「あの子…裸足で走ってる………?!」 そう。女の子は裸足で道路を走っていたのだ。そして、ふっと詩澄紅が見守る前で消えてしまった。 「…き…消えたぁ〜〜〜?!」 地図を握ったまま、ただ素っ頓狂な声をあげた。しかし、見つめていた先に古い洋式の建物が目に入った。 「あ…あれって…!!ラシェルの…っ!!」 どんっ!! 目的地が見え、慌てて駆け寄ろうとしたところ、突然物陰にぶつかった詩澄紅は大きく後ろに吹き飛ばされるが、その物陰も同時に飛んでいった。 「いっつー…。なんなんだよ!!前をちゃんと見ろよ!!」 と物陰はそう言い放ち、腰を抑えながらも立ち上がった。その姿は詩澄紅と同い年のような学ランを着た男子高校生であった。その言葉に詩澄紅はムッとなり、負けじと立ち上がり 「あたたた…っ!!そっちこそこんなか弱いレディにぶつかってくるなんて!!男子として最低だわ!!」 「んだと〜〜〜〜〜〜?!」 と二人はたかが衝突しただけで道のど真ん中でいがみ合いを始めてしまったのである。 「このやろ〜〜〜〜〜〜…!!」 「なによぉ〜〜〜〜〜〜〜〜…っ!!ってこんなことに付き合ってる暇はなかった!!ラシェルの館に行かなきゃ!!」 「あ!!おい!!」 と本来の目的を思い出した詩澄紅は慌ててラシェルの館目指して走るが、その少年も後を追うように走り出したのである。 「ちょっとぉっ!!なんでついてくるのよ〜?!」 「うっさい!!俺だってあのラシェルの館に用があるんだよ!!」 「はんっ!!どーせ『恋人が出来ないんですぅ〜!!なんとかしてくださぁ〜いっ!!』ってくだらないお願い事でも占い師に泣いて頼むつもりなんでしょ?!バッカみたい!!」 「なんにぃ〜?!なんでいちいち占いなんぞに恋人のこと占ってもらわなきゃなんねーだよ!!俺はそもそも占いなんぞ信じねぇーっつーの!!」 「はぁっ?!占いを信じない奴がなんで占い師に用があるのよ?!あたしは尊い命がかかってんのよ!!」 「俺だって尊い命がかかってるんだよ!!」 ―――――――――――――りぃんっ。 『?!』 突然鈴のような音が鳴り、途端に周りの風景ががらりと変わった。先ほどまでは公道をいがみ合いながら走っていたのに、突然古い洋館の中にいるのである。 「え?!な…ななな何〜〜〜?!」 突然置かれた状況を把握できない詩澄紅はうろたえ、思わず少年の制服の裾を掴んだ。 「ここはどこなんだ?!」 「来た…」 ―――――――――――――りぃんっ 鈴ような澄んだ音と共に、女性の声が建物中に響き渡った。その声を驚いた詩澄紅は身を縮め、少年の傍に更に寄ったのである。しかし、女性の声は止むことはなく、鈴の音と共に語りだした。 「ようやく来た…」 ―――――――――――――りぃんっ 「誰にも止められない運命が動き始めた…」 ―――――――――――――りぃんっ 「もう後には戻れない…」 ―――――――――――――りぃんっ 「だけどこうなることも“必然”…」 ―――――――――――――りぃんっ 「“必然”が出会わせた…」 ―――――――――――――りぃんっ 「定められた時を抗う運命の子…」 ―――――――――――――りぃんっ 「思いが引き合わせたこの瞬間…っ」 ――――――りぃんっりぃんっりぃんっりぃんっ ごごごごごごごごごご…っ 女性が叫んだ途端、地響きと鈴の音が激しく揺れる。 「うわぁっ!!」 「きゃぁぁぁっ!!」 激しい揺れに、悲鳴をあげる二人。しかし、地響きは止まない。鈴の音が更に激しく鳴り響き、窓ガラスには亀裂が入る。それでも揺れは止むことはなかった。 「全ての理を受け入れよ…運命の子供よ…」 そう女性が静かに言うと、先ほどまでの激しい揺れが何事もなかったかのようにぴたっと止まった。その代わり、二人の目の前には全身真っ黒の異質な雰囲気を漂わせる女性が立っていた。年のころは20代前半の若い女性で、床にもつきそうな長い髪がさらりとなびき、その髪を結い上げて止める金色の簪はちりんっと鳴った。 「あ…貴女は………?」 「エルヴィーネ。この邸の主」 「これはあんたの仕業か?」 「答えられない。これはあなたたちに与える答えじゃないから…」 そう言って踵を返してすたすたと奥へ進んでいった。 「え?!ちょっと…っ!!」 「いらっしゃい。助けたい人がいるんでしょう?詩澄紅さん、依澄さん」 「なっ?!何で俺の名前を?!」 「そうよっ!!あたしだって名乗ってないのに…っ」 「ここに来ることは“必然”だから…。だから知ってるのよ…」 「はぁっ?!何を言って……っ」 「オトモダチを助けたいのでしょう?」 『?!』 エルヴィーネの言葉に二人は驚愕したが、エルヴィーネは二人に振り返ることなく、淡々と歩きながら喋りだした。 「そんなところで突っ立ってたって何もできないわよ」 『………………っ?!』 エルヴィーネの言葉と同時に、詩澄紅と依澄は胸元を何かに引っ張られるようにエルヴィーネのあとを引きづられた。 「ちょちょちょちょちょ…っ?!何なのぉ〜?!」 「要は俺たちがちーとも動かないからあのエルヴィーネって奴が実力行使で動かしたんだろ…」 慌てる詩澄紅に対して、依澄は冷静に判断し、呆れながら言った。そして二人はある部屋に連れて行かれ、古い時代に作られたと思われる豪華なソファに座らされ、あとを追うように二人の前に暖かい琥珀色の紅茶がテーブルに置かれた。 「あ…あの………っ」 「あなた達二人の用件は分かってるわ。あなた達の大事な“オトモダチ”が不慮の事故で生死を彷徨っているのでしょう?」 「何でそれを…」 「それは“占い師”だからに決まってるじゃない」 『はぁ???』 エルヴィーネの答えに二人は間を置くことなくハモって素っ頓狂な声をあげた。その二人に対し、エルヴィーネは二人の前でふわふわと浮き、腕を組んで答えた。 「“占い師”は自分を占うことはタブーだけど、本物の“占い師”はある程度先見能力があるのよ。この世は偶然で成り立ってるんじゃない…。全て必然によって運命が決められてるの。って本来ならこんなこと説明するならそれに見合った対価をもらわなきゃいけないんだけど、今回はサービスってことでいらないわ」 「対価って…」 「与えられモノに対してはそれ相応の見合うだけの代償…つまり代価が必要なのよ。与えすぎても奪いすぎてもいけない。過不足でもなく対等に与えなければならないの。それがこの世の理。 だから―――――大切なオトモダチを助けたいあなた達からもそれ相応の対価を貰わなきゃいけない」 「それは…お金じゃないとダメなんですか?」 スカートをぎゅっと掴み、身体を小刻みに震えながらも訊ねる詩澄紅。それに対しエルヴィーネは一度目を静かに閉じて答えた。 「対価はお金で済まされるものじゃない。それに見合っただけの代償。例えば思い入れあるモノとか記憶とかそういった類も含まれてるの。 あなた達からはまだ対価を貰わない。だって、望みを言ってないんですもの。分かっていても、本人の口からちゃんと聞かなきゃ私はあなた達の望みを叶えてあげる道標にはなれない」 「………………………たい」 「ん?」 「あたし…優姫を助けたい…」 涙を拭き、意を決した詩澄紅はエルヴィーネをしっかり見て言った。それを見た依澄もまた意を決したように言った。 「俺も…親友の冬羽を助けたい…。それが俺の望みだ」 「くす…っ。確かにあなた達の願い…叶えてあげましょう。だけど、それなりの対価が今のあなた達では払えないわねぇ…」 「あたし何でもする!!だから優姫を…っ!!」 「そう焦らないの。別に取って食おうとしてるわけじゃないんだから。対価となるものは…そう…あなたのカバンの中にある」 「か…カバン………???」 「そ。そのカバンの中にある思い出の品」 エルヴィーネがそう言うと、かたかたとカバンが震えだし、勝手にチャックを開け、そこから一冊の手帳が飛び出てきた。 「ああっ!!あたしのプリ帳…っ!!」 「貴女とこの子が過ごした形を対価として貰うわ。まあ、記憶なんて所詮薄れていくものだし、また新しい記憶が増えるんだから別にいいわよね?」 「で…でも…」 「対価はそれ相応だって言ったでしょ。ホントはこれだけでは対価として足りないんだけど、貴女が成長すれば足りない分を貰うだけだけど」 「後払いでもいいってわけ?」 「もちろんよ。だけど、それなりだということを覚悟しておいてね」 「はい…」 「んじゃ、交渉成立。さて、君はどうするの?」 「俺は…これを差し出します」 ――――――――ちゃり 「まあ!!」 依澄が差し出したものに、意外と言わんばかりに声をあげるエルヴィーネ。依澄が差し出したモノ。それは一つの小さな刀をイメージして作られたキーホルダーだった。 「これはどこで?」 「親友と旅行をしたときに一緒に買ったものです。確か関西の方だったと思うけど…」 「八雲とかそのへんかしらね。まあ、いいわ。これに対する思い入れも貴方の思い入れとそれ相応の価値はあるけど、全部は払いきれてないわね」 「残りは彼女と同様後払いでちゃんと払います」 「分かったわ。じゃあ、教えてあげましょうか。二人の大事なオトモダチを助け出す方法を…」 『はい…』 「スヴェータ」 「あ〜いっ♪」 エルヴィーネに呼ばれて、10歳ぐらいの少女がとことこと水が入れられた水盤を持ってきた。 「エルヴィーネしゃま♪持ってきたのっ♪」 そう言って、スヴェータはテーブルの上に水盤を置いた。 「水面を見て」 「見たらどうなるんですか?」 「助ける手立てが見つかるかもね」 『…………………………………』 二人はエルヴィーネの言われたとおりに水面を覗き込むと、ある景色がゆらりと出てきた。 「これって…皇居の桜田門のお堀?」 景色を見て、依澄はぽつりと呟いた。それを聞き逃さなかったエルヴィーネはくすりと笑った。 「若者にしては随分と詳しいのね。さすが、色々なところを散策しているだけあるわね」 「どうしてそれを…」 「だから“占い師”だからよ。それしか答えられないわ。この水盤に写っているところに行きなさい。そうすれば、何かの糸口は出てくるから。それからまたココに来て。もちろん、二人でね」 『えっ?!』 エルヴィーネの言葉に意表を突かれた二人は身を乗り出して驚いた。 「ちょっと待って!!今『二人で』って言ったわよね?!」 「言ったわよぉ」 「も…もしかして…あの場所を二人で共同作業で見つけろと?」 「あら、話が分かりやすい人たちで助かったわ。その通りよ♪二人でこの場所へ行って」 『えええええええええええええええっ?!』 |