第拾章 即位

 

 千景が俺の子である彬をこの世に産み落とし、それからすぐにして主上である義兄上から譲位の話が舞い込み、俺はこの機に譲位の話を承諾した。義兄上はその返事を聞くやいなや、大いに喜んだという。しかし、俺は条件を出した。即位の儀は彬の生後50日祝いを終わった後にして欲しいというやつである。もちろん、義兄上はあっさり承諾した。それに大臣達からも再三俺と同じことを言われたそうだ。しかし今はまだ生後一ヶ月も経っていない。義兄上は早く一ヵ月後になって欲しいと願っているのだが、大臣達は義兄上の願いも虚しく、生後50日目から半年後に儀式を行うことを決定してしまったのだった。それを聞いて義兄上は大いに悲しんで四六時中部屋で泣いていたそうだ。その話を聞いて俺は思わずぷっと吹き出してしまった。そして傍にいた千景もいけないと思いつつも笑ってしまっていた。
 赤ん坊を産んだ千景と東宮である俺は最低でも一ヶ月は離れていなければならないと慣わしで決まっているのだが、俺はそんなこと無視して平気で千景を東宮御所で住まわせ、俺の傍に置いた。それをやられたときは大臣はもちろんのこと、世間の誰もが驚愕したという。
 そんなことをされても別に俺は気にしなかった。俺は今日も生まれたばかりの彬を千景の部屋で抱っこしていた。愛子達は弟にあたる惟隆と乳母子とで遊んでいた。
「ふはぁ〜。やっぱり俺たちの子供は可愛いなぁ〜」
 と俺は千景の部屋に訪れ、彬を抱っこしながらしみじみ感想を述べた。
 正直言って、最初俺はあまり子供が好きではなかった。でも、千景の子だったら別にいいし、跡取りが一人でもいれば世間たちも納得してくれるだろうと思った。しかし実際千景の子供をこの手で抱き上げ、子供達と遊んでからというもの、子供がこんなにも可愛いと感じるようになった。それからというもの、俺は千景への愛情には劣るものの子供達にも愛情を注いだのである。
 今日も彬をあやしていると、それを見て千景はふふっと俺の表情を見て笑った。俺は千景の顔を見て複雑な気分だった。
「何だよ〜。そんなに俺が子供をあやすのが変か?」
「ふふふふ…。違うの、違うのよ。常葉が彬をあやす姿を見てね、常葉はこの子達のお父さんらしい雰囲気を漂わせているんだもの。それを見たらしみじみあたしは愛しい人の子を産んだんだな〜って思ったのよ」
「だからって笑うことないだろ」
「ごめん、ごめん。つい笑えずにはいられなくて……」
 と千景は笑った表情のまま手を合わせて謝る。俺は彬を抱いたまま千景に近づき、彬を千景に抱かせると、千景を裾で優しく包み込んだ。
「……常葉」
 と少し頬を赤くしながら俺を見つめる千景。俺もまた千景を見つめる。しばらくそのままでいたが、俺は空いているもう片方の手を千景の頬を触れた。
「千景。やっぱりおまえはいい女だ。こんなにも可愛い子供を産めるのはおまえしかいない」
 俺がそう言うと、千景はますます頬を赤くし、自分が着ている裾で自分の顔を隠して照れた。
「………あたしの力だけじゃないわ。常葉があたしをリードしてくれたからこの子達が生まれてきたのよ。あなたの子だからこそこんなにいい子なのよ」
「じゃあ神が俺達の功績の結果を称えてこんなにもいい子供達を授からせてくれたのかな」
 俺はそう言い、彬を抱かれているのを配慮しながら千景を抱きしめた。
「きっとそうよ。あたし達のこと神が認めてくださったのよ」
「これからもこんな子が生まれてくるといいな」
「そうね」
 と彬も泣かず、いい雰囲気でいると、それを邪魔をするかのように彬ではなく惟隆が泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
 ちっ。いい雰囲気だっていうのに……。
 俺は惟隆の行為に舌打ちをした。そして泣きじゃくりはいはいしながら惟隆は母である千景の元へ寄ったのである。千景は苦笑し、八重にすやすや寝ている彬を手渡し、泣きじゃくる惟隆を抱き上げ、ほんのり赤くなっているおでこを優しく撫でながら言った。
「あらあら。どうしたの?お兄ちゃんたちがいじめたのかな?」
「ふみゃぁぁぁ〜」
 とよほど千景のぬくもりに安心したのか大声を張り上げて更に泣き出す惟隆。千景はそんな惟隆を母親らしく優しく包み込んあげるのだった。それを見て吉良と愛子は二人揃って頬を膨らませた。
 おやおや。こりゃ千景が注ぐ惟隆に嫉妬して一嵐くるかな。二人とも千景に愛情に対する思いは俺に似てるからなぁ。
 と俺は完全に人事状態になっていた。一方千景は赤くなった惟隆のおでこを撫でながら二人に怒った。
「二人ともお兄ちゃんやお姉ちゃんなんだから惟隆をいじめちゃダメじゃないの!!痛かったね、惟隆」
「あ〜〜」
 と撫でる千景に泣きやんで甘える惟隆。それを見て二人はさらにむくれた。そして千景に対して声を張り上げて主張した。
「だって、だって!!こりぇたか(惟隆)がいけないんだ!!ぼくのだいじなのもってくんだもん!!」
「そうだよ。あいこのだってこれた(惟隆)がわるいことしたんだよ!!わるいのはこれた(惟隆)だもん!!」
「だからって叩いちゃダメよ。いくら惟隆が悪いことしても言葉でちゃんと注意しなきゃダメでしょ」
 千景はそう言って叱りつけると、二人は顔を赤くし、涙目になって必死に泣くのを我慢しようとするが、結局できず、ぽろぽろと大粒の涙を落として泣き出してしまった。そして、二人は千景ではなく、高見の見物をしている俺に駆け込んできた。
『おとうたま〜!!』
「うえ?!何で俺?!」
 と俺は二人の行動に困ってしまった。
 なんで今まで俺にはこなかったのにこーゆーときだけ俺にふっかけるかな〜。
 と俺は困り果てていると、千景はそれを見てさらに怒った。
「んもぉ〜。そーやって自分達が不利になるとすぐにお父様に頼るんだから!!」
『だって、だって〜!!』
「だってじゃない。お父様を困らせちゃダメじゃない。二人とも惟隆に謝りなさい」
『………………………』
 と千景が言うと、二人とも黙り込んでしまった。それを見て俺は困惑してしまったが、千景は大きく溜め息をついて言った。
「二人とも。別にあたしはあなた達が完全に悪いって思っているわけではないのよ。あたしは惟隆をぶったことを謝りなさいって言っているのよ。分かる?」
『…………………………』
 と千景が言っても二人とも疑いまくるだけで謝ろうとはしなかった。俺はそれを見かねて口出しするつもりは無かったが、二人に言った。
「吉良、愛子。惟隆に謝りな。ただ『ぶったことごめんね』って言えばいいんだよ。お母様はそれだけ謝ってくれればいいって言っているんだから」
 俺が二人の顔を覗き込んで言うと、二人は顔を見合わせ、千景に抱かれている惟隆に向かって言った。
『………ゴメンね』
「うん。ぼくもゴメンね」
 と二人が謝ると惟隆も謝ったのだ。それを見て千景は笑顔でなり、惟隆を降ろし、謝った二人を力強く抱きしめて言った。
「二人とも偉いぞ〜。やればできるじゃない。偉い偉い。二人ともいい子だね。さすがあたし達の子供よ。お母様はあなた達が可愛くてしょうがないのよ」
 と二人に言うと、二人は泣きながら千景に甘えた。そのやりとりに俺は千景に感心した。
 へぇ〜。こういうやり方もあるのかぁ〜。知らなかった。千景流の育て方もなかなかいいものだな。だけど、俺にも子供達の育て方があるんだ。俺のやり方と千景のやり方を合わせたやつを実行するか。
 そう思っていると、千景が二人から離れ、俺に向かってとびきりの笑顔で言った。
「常葉。子供って本当に可愛いわね」
「ああ。俺達の子供だからだよ」
 俺がそう言うと、千景は子供達がいるにも関わらず俺の胸に甘えた。
「おいおい。子供達や女房たちが見ているぞ」
 そう言いつつ、俺は嬉しくて脇息に寄りかかりながら、俺に甘えてくる千景を服で包み込んで皆から隠した。千景は俺の胸に甘え、うっとりとした表情で言った。
「…………あたし……あなたの子を産んでよかった。こんなに幸せな時間を過ごせるんですもの。
 子供って不思議よね。あたし達のやり方によって悪くもよくもなる。そのやり方を研究するのが面白くなって、あなたと二人だけで過ごしていたときも幸せだったけど、子供達がいるこの時間はもっと幸せよ。
 そしてあなたを好きになってよかった。あなたに巡り合わせてくださった神に感謝するわ。あたしを溺れてしまいそうな程の愛でこんなにも愛してくれるあなたにあたしはついつい自惚れてしまいそうよ」
「自惚れてしまえ。おまえは俺の寵愛を一身に受ける人間なのだから」
「いいのかな。こんなに愛されちゃって……。神から罰が下されそう。でも、それでもいいわ。あたしもあなたのこと愛しているんですもの。あなたに愛されるのなら地獄に落ちてもいいわ」
「俺もおまえと一緒に地獄に落ちよう。だからこれからも俺の寵愛を自慢しつづけるんだ」
 俺はそう言うと、人目にも関わらず千景を抱きしめた。それを見て千景の女房達は俺達の蜜月を邪魔しないようにと、親切に子供達を別の部屋に移動させてくれたのである。
 今回は脱がせはしない。千景が俺の寵愛を一身に受ける妃だということを更に自覚させる。俺は一つ一つ丁寧に千景を俺の寵妃だということを教えていった。その甲斐があって、千景は一日のうちに俺の寵妃だと完全に自覚したのであった。

 次の日のうち、俺は帝になった際、千景の位と部屋を千景を立ち会わせて決めることにした。本人はそれはいけないことだと言っているが、俺は無理矢理臨席させたのである。
 俺は自分の部屋で千景と大臣がいる中、皆に意を決して言った。
「東宮妃である千景を俺が帝に就いた際、皇后の位を授ける」
『?!』
 と誰もが驚愕した。しかし、千景の父親である左大臣はすぐに納得し、平然となった。
「東宮様。女御様を皇后ではなく、せめて中宮になさってはいかがですか?」
 と俺を説得させようとする内大臣。その内大臣に対して俺は強気で言った。
「千景はもう俺の子を四人も産んだ国母的存在だ。だから千景はもう貴族なんかじゃない。もう皇族と同じ扱いになってもいいはずだ。俺が帝に就任した際には皇后に位上げするのが妥当な考えだろ」
「しかしですね……」
 とそれでも説得させようとする内大臣。そこに右大臣と左大臣が割って入った。
「内大臣。私は東宮様の意見に賛同いたしますぞ」
「私も右大臣と同じです。女御様は東宮様の御子をこの波乱の世の中で四人も無事に産み落としたのです。皇后という位に就いても決しておかしいことではありませんぞ」
「左大臣はご自分のご息女が御子をお産みしたからそのようなことを言えるのです。私は女御様の身を案じ、中宮としてのご身分方が生活においてもそのほうが安全だと言いたいのです」
 と左大臣に対して喧嘩を売りかけている内大臣。その二人の間に険悪なムードが漂う。それを見て、几帳で大臣から自分の姿を隠して俺の傍にいた千景は、困ったように二人の様子を見守っていた。一方俺のおじい様である右大臣はその間に割って入って必死に二人を宥めようとしている。
「まあまあお二方。女御様のご身分は私達で決めては東宮様のご意志に反することになりますから、私達はそっと見守ることにしようではありませんか。そのほうが女御様もご納得いただけるでしょう。ねぇ、女御様」
「え?!……あたしは東宮に与えられた位であれば何でもいいです。東宮ご自身で決められた位に素直に就きます」
 といつもより控えめに答える千景。すっかり圧されてしまっているような感じである。それを見て俺は位の話から部屋の話へと移行した。
「位はそれで決定する。部屋に関しては藤壺ではなく弘徽殿の部屋を与えることにした」
「それにもちゃんとした理由もあるのですね」
 と右大臣が尋ねるので、俺は黙って頷き、全員に理由を話した。
「できれば俺は自分の子を傍でのびのびと育てたい。そのためには母である千景の部屋も広くてはならない。だから弘徽殿に指名することにした。子も大きく成長し、落ち着いてきたら藤壺か承香殿に移動させるつもりだ。そして側室に関しては今の宣耀殿の女御はこのままにし、大納言である梨壺の更衣は麗景殿に、最後の梅壺の更衣は梨壺の部屋を与える。いいな」
『はっ!!』
 と大臣三人は反論することなく返事をした。どうやら内大臣も納得してくれたようだ。そして三人をさがらせ、部屋には千景と俺の二人きりになった。俺は立ち上がり、几帳を自分の手でどかせ、困惑する千景を無理矢理自分の傍に引き寄せて再び自分の席に座った。
「………相変わらず乱暴な人ね」
 そう言いつつ、千景は俺の胸に甘えた。一方俺は彼女の髪を撫でながら千景に尋ねた。
「千景。皇后になることはいやか?」
 俺が尋ねると、千景は俺を見て、首を横に振った。
「ううん。嫌じゃないわ。皇后なんて妃の位の中で最高位でしょ。責任重大だなぁって思ったの。でも、その位をあなたがあたしに与えるということはそれだけあたしのこと愛してくれるということだから嬉しいわ」
「ああ。愛してる。たとえ世界がめちゃめちゃになろうとも俺はおまえを守りきる」
「あたしも何があっても決してあなたから離れない」
 とお互い確かめ合ったのである。そして自然に俺達は互いの唇を重ねた。
 嬉しい。千景は俺の子を産んでから益々俺のことを好きになってくれている。俺も益々彼女に惚れた。日々を過ごしていくうちに彼女の知らないところが出てきて、ちょっと嫌だなとか思ったりする部分もあったりしたけど、その大半が好きになれた。千景は子供がいても、すぐに俺を癒してくれる。大事な、そして掛け替えのないパートナーだ。
 そう思っていると、千景は自分から離れ、頬を少し赤くし、凄く嬉しそうに照れながら言った。
「………今日はいつもに増して常葉がすごくかっこよく見える。大臣に対して自分の意志をしっかり伝えてるんだもの、凄くかっこいい」
「嬉しいな。おまえの言う言葉一つ一つが俺の中に響いて嬉しい気持ちにさせてくれる」
 と俺は彼女をしっかり抱きしめ、自分の本当のことを言うと、千景もまた俺のことを抱きしめてくれたのである。そんな蜜月の中に一人の見知らぬ女房が俺達をじっと見ていた。その女房に気づいた俺と千景はお互いに構えながらその女房を見返した。
「………おまえ、誰に仕えている女房だ?千景の女房ではないようだが……名を名乗れ」
 俺は冷たい視線で静かに言うと、その女房は畏まって答えた。
「はい。私(わたくし)は梅壺の更衣に仕えております五条と申します。我が主よりお文をお持ちしました」
「文だと?見せてみよ」
 俺は五条から差し出された白菊にくくられた文を開いてみると、その文に書かれていたことに俺は怒りを覚えた。その文はまるで人をコケにしたように喧嘩を売っている内容だったのである。
 はぁっ?!身分を弁えず俺と千景を貶すとは言うとは腹立つやつだな!!
 そう思っていると、その文を見た千景もまた驚き呆れていた。
「梅壺の更衣というのは一体どんな方なのかしら?一応夫である常葉に向かってこんな喧嘩を売るような短歌を贈るなんて肝が据わっているというか、ただ単に馬鹿なのか分からないわ」
「そんなことはどうでもいい。人が義理人情で梨壺にしてやろうと言っているのに、なんて奴だ!!もういい!こいつなど桐壺で十分だ!!」
 と俺は怒りに任せて言い放つと、さすがにその行為には千景も驚いた。
「ええ?!ちょっと、そんな怒り任せで……行き当たりばったりで決めるのはちょっとまずいんじゃないの?」
「構わないよ。こんな人の見下す奴なんて傍にいない方が厄がこないよ」
「でも……」
 と口を濁す千景。そんな千景を無視して俺はさっさと梅壺を桐壺にすることを決めた。そして五条に返歌を返した。もちろん返歌の内容はあっちの売り言葉を買ったような内容にした。それをすぐさま五条という女房に手渡し、下がらせた。
「……常葉。やっぱり行き当たりばったりはよくないわ」
 とちょっと控えめながらも怒る俺に自分の意思を伝える千景。俺は怒りのあまり、千景にも怒りの矛先を向けてしまった。
「うるさいな!!梅壺は東宮であるこの俺に喧嘩を売ってきたんだぞ!!あんなものが梨壺にいたら俺は嫌だよ!!」
「だからって桐壺なんて!!他の部屋にしてあげなさいよ!!向こうはあなたが自分に来ないことを悲しんでいるのよ!!あっちはあたしと同じように不安を抱えてこの御所に嫁いで来たんだからね!!」
 と俺に負けじと言い返す千景。それに対して俺は更に怒った。
「嘘をつくなよ!!おまえは俺に愛されているんだ!!そんな不安などあるわけないだろ!!」
「いいえ、あったわ!あなたに愛されていたのは自覚していた。でも、宮中は愛だけで成り立つものじゃない。いつ退出させられるか分からないのよ!!あなたにこの気持ちがわかる?」
「分からないね。分かりたくもない!!あんな喧嘩を売るような奴など、さっさとこの宮中から去ればいいんだ!!」
「?!
 それが不安の種なのよ!!あなたはそれが分からないの?!怒り任せで退出を余儀されるなんて可哀想よ!!」
「はんっ。おまえはお人好しだな!!そうやって自分の敵を庇うなんてな」
 俺がそう言うと、千景は俺の頬を何の躊躇いなく引っ叩いた。そして半泣き状態で千景は言った。
「常葉の馬鹿!!あなたは女の気持ちなんてこれっぽっちも分からないんだわ!!だからそんなことを平気で言えるのね!もう知らない!!勝手にすればいいわ!!あたしはもう口出ししないから!!」
 千景はそう言うと、怒って部屋から出て行った。そしてその場には叩かれた俺だけが残されたのである。
 ………何だよ。俺はあの文に対して怒って、千景を更に守ろうとして言っただけなのに。何故あいつは分かってくれないだ?いつもなら俺の意見に賛同する千景が、今回に限って反対するなんて。あいつも勝手にすればいい。俺も勝手にさせてもらうさ。
 俺はそう思い、久しぶりに自分の部屋で暇を潰すことにした。最初のうちは今度宴を開き、歌合せをしようと和歌を作ったり、横笛を奏でていたりしたが、やっていくうちに千景が恋しくなってきたのである。
 いつもなら千景が俺を笑わせてくれたり、癒してくれたりしてあっという間にこの暇な時間を潰してくれるのに、今日はとても長く感じる。
 そう思っていると、千景の部屋にいるはずの吉良と愛子が俺の部屋の外でこちらの様子を伺っていた。
「二人ともどうした?入っておいで」
 俺が優しく言うと、二人は喜んで部屋の中に入ってきて俺に飛びついた。
「こらこら。どうした二人とも?」
 俺は二人を撫でながら尋ねると、愛子が笑顔で答えた。
「あのね。おとうたまがなかなかこないからきらといっしょにむかえにきたの!!」
「えらい?えらい?」
 とくりくりとした瞳で俺を見上げる二人。俺はくすっと笑い、更に二人を撫でた。
「偉いよ。でも、今日はお母様の部屋には行かないんだよ」
『え〜っ?!どうして〜?おたあたまさびしそうなのにぃ!!』
 と口を揃えて言う二人。しかし、俺はその言葉を聞いてちょっと驚いた。
 千景が俺が来ないことで寂しい思いをしている?そんな、まさか。さっきあんなに怒っていたのに……。
 だが、俺は嬉しかった。喧嘩しても千景は俺のことを思っているということが分かったから。

 夜になり、俺はいつもと変わらずの態度で千景を俺がいる夜御殿に通させた。そしてくるなり俺は千景が纏っている物全てを脱がし、ただ彼女を抱きしめた。
「……常葉。さっきはゴメンね」
 と先に俺が言うはずだったセリフを千景が先に言ってしまった。俺は遅れつつも千景に謝った。
「いや、俺もゴメン。おまえの気持ちを弁えないであんなこと言って……」
「ううん。あたしが悪いの」
 千景はそう言うと、俺を強く抱きしめた。俺もまた千景を抱きしめていると、千景は申し訳なさそうに言った。
「あたしね……実は常葉が帝になることを怖いと思ったんだ」
「どうして?」
「帝になることによってあたしとはまるで別世界の人間になってあたし達の繋がりが断ち切られそうだと思ったの。それがとても怖くて……」
「馬鹿だな。ただ名称が位上げしただけだ。中身まで変えられるものか。俺はおまえとずぅーっと一緒だ」
 俺はそう言うと、千景は安心したのか笑顔になった。
「よかった。そう言ってくれて凄く安心した」
「ん。千景」
 俺は彼女の唇を自分の唇で塞ぎ、千景の体を求めると、千景はすんなり受け入れてくれた。そして、俺の前で真珠のような透き通った白い肌を曝け出してくれたのである。
「常葉の好きにしていいよ」
 その言葉に俺は迷わず彼女の体に自分の体を絡ませ、舐めまわした。そして彼女の肌に手を滑らし感嘆の声をあげた。一方千景は俺の行為一つ一つに反応するが如く、甘美の声をあげ、俺の理性の暴走を促していく。俺は今にも彼女の何もかもが欲しくなった。それは今までも何度となく思ったことがあるが、これほどまで強く思ったことはない。そこに俺の行為に酔いしれ、自我を忘れたかのように千景が俺の体を求めるかのように抱きしめ俺の耳元で声をあげる。
 ここで俺は抱きしめながら契りを結ぶと千景は更に声をあげた。俺はその声を聞きながら自分の髷を結んでいた紐を千切り、髪を下ろした。千景はそれを見て少々驚きつつも、それどころじゃなかった。喘ぎ声を洩らすのであった。

「……千景」
 俺は一通りの事をすると、荒い息をしつつも、俺の行為に酔いしれた千景を後ろから抱きしめて起き上がった。千景は俺以上に荒い息をしつつも髪を整え、俺の行為に酔いしれていた。
「相変わらず凄い勢いね。いきなり紐を千切るんだもの。驚いたわ」
「そこまでさせたのはおまえのその甘い声だよ」
「誉めるのが上手いんだから」
 とちょっぴり嬉しそうに言い、俺の手を取り、甘えた。
「あたしだって常葉の声に反応してたのよ」
 そう言うと俺の手をぺろっと軽く舐めたのである。俺は今度は逆に千景の手を取り後ろから強く抱きしめた。
 この夜のことは初めて契り結んだ日と同様に一生忘れないだろう。初めて契りを結んだあの日。千景は何もかも俺に曝け出し、俺に抱かれた。その日がどんなに嬉しかったことか。もう離しはしない。俺の大事な片割れよ。

「ふわぁぁぁ〜」
 俺は公務をしながら大臣達の前で大あくびをかました。
 しまった。あれから何回も契りを結ぶんじゃなかった。つい千景の仕草が可愛くてついついやっちまった。ちょっとやりすぎたかなぁ。むっちゃくちゃ眠いよ。
「東宮様?聞いてらっしゃいますか?」
「ぅえ?!」
 と慌てて我に返ってみると心配そうに大臣達が俺を見ていた。
「どうなさったんですか?さっきからあくびをなさってばかりではないですか」
「ちょっと疲れてな」
 俺は右大臣にそう言うと、またあくびをした。
「理由は存じませんが、今日は協議を中止しましょう」
「そうですね」
「まだ時間もありますからね」
 と口々に言うと、大臣達は一礼して俺のいる部屋から出て行くと大臣達と入れ替わるように俺の同母弟である帥の宮が部屋に入ってきた。
「兄上」
「おう。帥の宮か」
「随分とお疲れのようですね」
「ああ。ちょっとな」
 俺はそう言いながら白湯を口にすると、帥の宮はにやにやとしながら言った。
「昨夜は藤壺の女御様と随分夜伽というか男女の交わりを楽しんでいらしたようですね」
 ぶほぉっ!!
 と俺はやたらリアルに言う帥の宮の言葉に驚き、口に含んでいた白湯を思い切り吹き出し、咳き込んだ。
「げほげほっ!!な…なんで…そんなことを……?!」
「知らないと思いましたか?これでも私は藤壺の女御様と同じ超能力者ですよ。あなた方の声が寝ている私にガンガンと聞こえてきましたよ。おかげで私も寝不足です!!」
「そうだったな。帥の宮はいいよなぁ。俺は無能力者だから千景と同じおまえが羨ましいよ。
 きっと千景は俺以上におまえに対して心を開いているんだろうな」
 俺がむすっとしながら言うと、帥の宮は意外そうな表情になった。
「兄上。いくら同じ能力者でもそこまで睦まじい仲ではありませんよ。せいぜい話し相手ぐらいですよ。
 兄上はまだ気づいていらっしゃらないと思いますが、女御様は兄上にだけあの笑顔を向け、心を開いていないんですよ」
「え?!」
 と俺は帥の宮の言葉に驚いて身を乗り出した。
「それ、本当なのか?!」
「兄上に嘘ついてどうするんですか。本当のことですよ。
 それに女御様も言ってましたよ。『本当の自分を曝け出すのは東宮だけ』って。だから私の方が兄上が羨ましいと思っているんですよ」
 ふーん。知らなかった。俺に心を開いてくれて分かってたけど、そこまでなっているとは思ってもいなかった。ってちょっと待てよ。今、帥の宮は俺のこと羨ましいと言わなかったか?
「おまえ、もしかして…!!」
 俺が言うと、帥の宮は控えめに頷いた。
「はい。私は女御様に恋心を抱いています。
 ですが、吏珀のように強行突破しません。ただ二人の様子を静かに見守るだけです」
 帥の宮もまた吏珀と同じように千景に恋心を抱いた。それは俺と同じような原理で恋したのか。
「おまえは女御のどこに惚れたんだ?」
「…はい。いつも明るくなさっているところです。その姿を見ていると同じ能力者として励まされているような気がして…」
 ほう。こりゃまた吏珀とは全くの別意見だな。
「兄上。私は決して女御様を自分の物にしようとは思いません。だから、私を左遷させないでください」
「分かってるよ。おまえが悪い奴でないと兄である俺が保証しているんだ。そんなことで左遷させてしまったら俺の唯一の信頼者がいなくなってしまうよ。
 俺と千景の蜜月に邪魔をしなければ別に陰で恋するのは構わない。場合によってはおまえに女御の護衛を頼むかもしれない。そのときは命懸けで女御を守ってくれ」
「はいっ!!必ずや兄上の要望にお応えできるよう女御様を命懸けでお守りします!!」
 と心底嬉しそうに言うが、俺は帥の宮に対して少々不安に感じた。
 本当に帥の宮は言った通りに行なってくれるだろうか。もし、吏珀のようになってしまったら、俺は法に則り実の弟である帥の宮を裁かなくてはならない。それだけは絶対に避けなければならない。頼むから吏珀の二の舞にだけはやめてくれ。
 そう願う俺だった。