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第参章 運命 |
| 何年も左大臣を説得させようと努力した甲斐があって、左大臣は千景を俺の元に入内させることを承諾した。ついに念願の千景を俺の妻として迎えることができるのだ。俺は嬉しさのあまり、部屋中をはしゃぎまくり、大いに喜んだが、その日の夜俺は寝付けず御帳台から出て外をしばらく眺めていた。 白く光る満月が綺麗だ。まるで俺の行為を祝福しているように光っている。これを友にして寝るか。 がさささっ 「?!」 と部屋に戻ろうとしたそのとき、急に茂みが動き、俺ははっとその方向に視線を向けてみた。そこには刀を持った侍らしき者が構えて立っていた。 「……何者だ」 俺は奴を睨みつけながら静かに言うと、侍らしき者はじりっと近づきさらに構えた。 切りつけるつもりか。 「一体誰に頼まれた?」 「……東宮!!覚悟ぉぉぉぉっ!!」 俺の言葉を無視して奴は俺に襲い掛かってきた。俺は避けきれず、奴の刀が俺の体の肩から胸を切りつける。切りつけられた場所から夥しい血が噴出した。 「ぐ……っ」 俺はその傷口を抑えながら蹲った。その間に奴は刀を捨て、その場から逃げてしまった。 まだ……死ぬわけにはいかないんだ。彼女を……千景を俺の妻に………。 俺はそのまま倒れこみ意識を失った。 俺が再び目を覚ましたときは、見知らぬ場所に立っていた。空は暗く、地面は何故か花畑だった。 まさか……ここが三途の川なのか?ということは俺は死んだのか? 俺は残念で仕方がなかった。彼女を自分の妻として迎え入れることができずこうして黄泉の世界の入口に来てしまったんだからな。もしかしたら何らかの方法で現世に戻れるかもしれないが、方法が分からない。 くそっ。なんでこんなことに巻き込まれなきゃなんないんだよ……。 そう思ったとき、俺の背後で人の気配がし、俺は反射的に振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。俺はその少女を見て驚愕した。 な…なんでこんなところに千景がいる?! 俺は驚きつつも笑顔で言った。 「こんにちわ。あなたも死んだの?」 「え…あ、うん」 とちょっと驚く彼女。俺は続けて言った。 「俺のことは常葉と呼んでくれていいよ。君の名前は?」 「あたし?あたしは千景。生きていたときには皆から千姫って呼ばれていたわ。 あなたも三途の川へ行くんでしょ?ちょうど淋しかったのよ。一緒に行かない?」 と笑顔で答える。それを聞いて俺は彼女が本当に俺の思い人の千景だと確信できた。 OKを出して一緒に行けば、ひょっとしたら彼女が何故こんなところに来てしまったのか分かるかもしれないし、俺の力で彼女の心の闇を救えるかもしれない。 「………いいよ」 俺が返事をすると、千景は嬉しそうな笑顔を綻ばせた。 ……可愛い。 俺は彼女を笑顔を見て、しばし彼女に見とれてしまった。そして歩いていくうちに自然にお互い手をつないで歩いていくようになった。彼女の話を聞いていて俺は何故左大臣が俺の入内について反対したのか、そして冬輝達が最初あまり薦めなかったのかを理解することができた。彼らは噂好きの貴族の標的にならないよう千景の超能力を外に出したくなかったのだ。自分たちの為だけにこの愛らしい少女を自分達が作った鳥篭の中に閉じ込め、外の世界を知らないようにさせようとしたのだ。なんて自分勝手な親子だろう。 俺は彼女の肉親に対して強い憎しみを感じた。 それからしばらくして彼女は強い口調で俺との結婚を嫌がり、俺を突き放つような暴言を吐き、俺を置いて先に進んでいてしまった。俺はその暴言にショックを受け、しばらく呆然としていたが、はっと我に返り、彼女の後を追った。追い始めて少しして彼女が泣いているのを発見した。 やはり、死んだことを後悔しているのか? 俺はそう思いつつ彼女にそっと近づき、できるだけ優しく抱きしめた。 「常葉?!」 と俺の存在に気づいた千景は驚いたが、俺は構わず抱きしめつづけた。 「なんでここにいるのよ?!」 「……千景が…泣いていると思ったから……」 「……バカよ、あんた」 「バカだよ」 とそう言いながら俺は千景の体を強く抱きしめた。 死んだ体のはずなのに、彼女の香の匂いがする。 「……本当にバカよ」 と彼女は少し頬を赤くしながら言った。 「千景」 「何よ」 「好きだよ」 「………あ…っそ」 とつれない返事をしたが、彼女は俺に体を預けた。 やっと俺のこと認めてくれたんだ。 そう思った矢先、彼女ははっと我に返り、 「って、いつまであたしを抱いてるのよ!!」 「いいじゃん。減るもんじゃなし」 「十分減るわよ!!」 と千景は俺に肘鉄を食らわそうとするが、俺は千景から手を離してすんなりと避け、彼女の隙ができたところで彼女の手を引っ張り、強引に自分のところに引き寄せた。 「ちょっと!!離してよ!!」 と俺に抱かれながらも暴れる千景。 「離さないよ。一緒に現世に戻ろう。もう一人にはさせないから……」 「………あんた。なんかごたくを並べて結婚にこぎつけようとさせてない?」 「別にそんな風に思って―――……」 俺は言いかけたとき、自分の体が透けていくのに気が付いた。 どうして?まだ俺は彼女を説得しきってないのに……!俺が先に消えたら彼女は二度と現世に戻ってこなくなってしまう!! しかし、体のほうは俺の言うことを聞いてくれず、どんどん俺の体は透けていく。それと同時に俺の意識も薄れていった。 頼む。彼女を一人にさせないで………。 「………ぐう………と……ぐう……」 誰だ。俺を呼ぶのは……。 俺はゆっくり目を覚ますと、そこには三十路を超えた老け顔で束帯姿の左大臣と右大臣と俺とそっくりの容姿で左大臣と違って若々しい帥の宮が俺の周りを囲んで心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。 俺は千景を置いて現世に戻ってきてしまったのか。 「兄上!!」 「東宮!!お気づきになりましたか!!」 と喜ぶ帥に宮と左大臣。 切られた傷口が痛い。やはり俺は現世に戻ってきてしまったのか。 俺はそう思いつつ左大臣に言った。 「……三途の川でおまえの娘に会った」 「やはり。姫も同じことを申しておりました」 姫も?ってことは 「千姫も現世に戻ってきたのか?!」 俺は飛び起きて左大臣に尋ねた。それと同時に切られた傷口が疼き、痛さのあまり、蹲った。 「あたた……」 「大丈夫ですか。傷口は塞いだばかりですからあまり急に動くと傷口に障りますぞ」 「それより千姫はこっちに戻ってきたのか?」 「はい。本人の傷は浅かったため命には別状がありません。そのせいかやたら元気でございます」 と左大臣は子を心配する父親らしい表情で言った。それと同時に俺は安堵することができた。 彼女も現世に戻ってきた。彼女は俺の為に……。 そう思っていた矢先、左大臣は水を差すように付け加えて言った。 「しかしですね、姫は未だに東宮との結婚を嫌がってまして……」 「嫌がってる?!それは本当か?!」 「はい。大変嫌がっておりまして……」 あんなに説得させたのに彼女はまだ俺との結婚を嫌がっているのか。それほどまでに彼女は帝の妻にはなりたくないのか。 「……そうか。ありがとう。しばらく一人にしてくれ」 「は」 と左大臣達は一礼し、俺がいる部屋から出て行った。それを見送ると、俺はしばらく考え込んだ。 彼女はどうして俺との結婚を嫌がるのだろう。そんなに帝の妻になることを嫌いなのか。嫌いなら俺は廃太子になり彼女の元に通ってやる。それほどまでに俺にとって彼女の存在は大きいんだよ。千景は何が何でも手に入れる。例え国を敵に回しても絶対に手に入れる。 しばらくしてだいぶ傷が癒えたときのこと、女房達の噂を耳にした。その噂はあの千景が明日あたりに式部卿宮の屋敷に訪れるというのだ。俺はそれを聞いて我が耳を疑った。そしていてもたってもいられず、たまたま東宮御所に訪れていた式部卿宮の部屋に押し入り迫った。 「おいっ!明日宮の屋敷に千景姫が来るって本当なのか?!」 「は?」 と当然の如く四十路を越えた老け顔の式部卿宮の目は点になった。しばし硬直をしたが、式部卿宮は笑顔で答えた。 「……ええ。何でも姫が私に少々尋ねたいことがあるとかで明日私のところに尋ねにきますよ。それがどうかしたんですか?」 「…いや。てっきり式部卿宮が姫を娶るのかと思ってな」 と視線を逸らしながらぼそぼそと俺が言うと、式部卿宮はぷっと吹き出し、しまいには腹を抱えて大笑いし始めた。 「姫を娶る?!あははは…そんなことはありえませんよ〜!!あんな小さな子と私が釣り合うわけじゃないですか!!あははは……確か東宮は千姫に恋焦がれているんでしたよね。私は他人の恋路を邪魔はしませんよ。なんだったら明日私の屋敷にいらして彼女と感動の再会をいたしますか?」 「本当か?!是非行きたい!!」 俺は式部卿宮の言葉に大いに喜んだ。 現世の彼女に会える!! 「しかしですね〜」 と喜んでいた矢先、水を差すように式部卿宮が付け足した。 「あくまでも千姫は私に相談事をしに来るんですから、相談事が終わり、私が合図を出すまであなたは別の部屋に控えていてくださいね。あなたがいきなり現れては姫が困惑してしまいますから」 「…わ……わかったよ……」 俺は式部卿宮の言葉に反論することができなかった。 次の日。俺は千景が来る前に式部卿宮の屋敷に訪れ、とある部屋に案内された。そこから別の部屋を御簾越しで覗き見にできるようになっている。 ここから千景と式部卿宮の様子を見ることができるのか。 俺は脇息に寄りかかりながら今か今かと千景が訪れるのを待ちわびた。 しばらくして千景が乗った牛車が到着したらしく、一時屋敷内が騒然とする。そして俺もまた緊張が走る。 いよいよ彼女の姿を見ることができる。 そう思った矢先、俺のいる部屋の前にある別の部屋に煌びやかな模様で彩られ、紫苑重ねの十二単姿をした少女が女房に連れられて部屋の中に入ってきた。俺はその姿を見て胸が高鳴った。 あれは千景!!会いたかった!! 俺は今すぐにでも彼女に飛びつきたかったが、すぐさま式部卿宮が部屋の中に入ってきたので、できなかった。式部卿宮は少し俺から千景を隠すように千景の前に前に座り、話し始めた。しかし、俺がいるところから二人の会話を聞くことはできない。それが聞けないことに俺は悔しい思いをした。そんな思いをしていると、千景は俺の前で喜怒哀楽を見せた。その顔を見て俺は胸を締め付けられそうになった。 すると、急に式部卿宮が手を上げ、出てきていいよと合図を送ってきた。俺はすかさず御簾から出て行くと、千景は案の定ぽかんと口を開けて驚いた。 「久しぶりだね、千景♪」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」 俺が手を振りながら笑顔で声をかけると、千景は声にならない声をあげた。 「み…み…み……」 「おやおや。私が知らない間にもう名前で呼びあるほどの仲にまで進展したのか。姫は意外におませさんだねぇ。 おっと。若い恋人の会話に私のような老人がいては邪魔だな。さくさくっと退出させてもらうよ」 「え…あ…ちょっと………」 「姫。頑張るんだよ。そして東宮。好きだからってここで姫に孕ませるなよ〜」 「?!」 とやたら楽しそうに出て行く式部卿宮。しかし、俺は式部卿宮がいなくなってほっとした。 「これでやっと邪魔者はいなくなったね。マイハニー」 「だっれがマイハニーよっ!!あたしはあんたと結婚するつもりはな………」 千景が言い終わる前に、俺はそっと千景の頬を両手で触れ、こつんっと千景のおでこに自分のおでこを置いて 「よかった。やっと現世の君に会えた」 と俺は心底嬉しそうに言った。すると、千景は目を逸らしながら 「な…なによ。あのときいなくなったくせに……」 「あれは俺も驚いたよ。いきなり自分の体が透けて黒いものに吸い込まれたと思ったら、気がついたら御所の寝床で寝てたんだから。あのあと千景がどうなったかずっと気がかりだったんだ」 「あ…っそ……」 千景は目を逸らしながら呆れつつも納得したようだった。俺は千景にも俺の感触を触れて欲しいと思い、千景の頬から右手を離し、千景の左手を強引に掴み、自分の頬を触らせた。それをやられて千景の顔はみるみるうちに真っ赤になった。 「ちょ…ちょちょちょちょちょ……っ!!」 「どう?これが現世の俺だ」 と俺が言うと、千景は困惑していた。一方俺は千景の手のぬくもりにうっとりとなった。 「…はぁ〜……やっぱ千景のぬくもりは癖になるなぁ〜」 「調子こいてんじゃないの!!」 と千景は我に返り、俺に取られた左手で俺の頬をつねった。 「いでででで…」 あまりにも痛かったので、俺は思わず千景から手を離し、つねられた頬をさすった。 「まったく。あんたが来たせいであたしの調子が狂っちゃったわよ。あれ? ひょっとしてこのいい香りの根源ってあんた?」 と俺に近づき千景が尋ねるので、俺は頬を抑えながら頷いた。 「へぇ〜。さっすが皇族。お香もいいのを使っているのね〜」 「今度御所へ来たときに分けてあげようか?」 「ホント?ってそーやって結婚させる気でしょ!!」 「あ〜ばれちゃった」 と俺はお茶目にぺろっと舌を出した。 ぴっしゃぁぁぁぁぁんっ!! 「ひぃっ!!」 大きな雷が結構近くで落ち、千景は小さな悲鳴をあげた。 「こりゃしばらく続くな――――あ?」 俺は外のほうを見に行き、言いかけながら驚いた。何故ならさっきまでの千景とうって変わって怯えて俺の服を掴んでいたのだ。 「……千景」 「……怖い……一人はイヤ……」 千景はすっかり怯えきっていて意味不明な言葉を言っている。俺は管公から千景を守ろうと思い、千景の体を自分の服で包み込み、外からできるだけ離れた部屋の奥に連れて行き、千景の体を強く抱きしめた。 「お願い……あたしを……あたしを一人にしないで……このままずっといて………あたしを……あたしを……」 「大丈夫だよ。管公がいなくなるまでずっとおまえの傍にいる。おまえが管公にさらわれないようにずっとこうしておまえを抱いていよう」 既にパニック状態に陥っている千景に俺は千景の耳元で優しく囁いた。すると、千景は安心してか俺の胸の中で眠ってしまったのだった。俺はその寝顔を見て、胸が高鳴った。そしてついには自分の理性を止めることができず、可愛い寝顔を見せ、寝息をたてている彼女の唇に自分の唇を重ねた。 ……柔らかい。彼女の唇はこんなにも柔らかく甘いんだ。 そう思いながら俺は彼女の唇を吸い込むように貪り、堪能した。 「ん……」 と貪る中で彼女の甘い声が俺の耳に入ってきた。それを聞いて俺の理性の暴走に更に拍車をかけることになった。 このまま夜の世界に誘い、この愛しい人の貞操を奪って自分の物にしてやりたい。 俺はそう思い、そっと彼女から唇を離し、自分の着ている服の紐を少し緩ませた。 「……千景」 俺は既に理性が暴走していた。ただ頭の中にあるのは目の前で無防備に寝ている彼女を…千景の貞操を奪い、自分の物にすることしかなかった。 完全に理性が暴走し、頭の中には欲望しかない俺は無防備の千景の胸元に手を伸ばし、彼女胸を鷲掴みし、更に彼女の唇を貪ったのである。しかし、それと同時に俺は彼女に対して驚いた。 驚いた。こんなにしても彼女は目を覚まさない。よほど深い眠りについているのだろう。 そう思い、唇を離したそのときだった。 「ん……常葉………。行かないで………」 と千景が眠ったまま甘い声で悲しそうに俺の名を呼んだのである。その声を聞いて、俺は理性を取り戻した。 俺は何をやっているんだろ。怯える千景に管公から守ってやるって言ったのに、俺は自分の欲望に負け、理性を暴走させ、もう少しで彼女の貞操を奪い、彼女を悲しませるところだった。 俺は愕然としつつも緩ませた自分の服と彼女が着ている服を直し、再び彼女を優しく抱きしめ、管公から守ろうとしたのであった。 |