第六章 子供

 

 運命的な出会いをし、一方的に思い慕ってから五年で俺は念願の千景を自分の妻として迎え入れることができた。結婚生活は順調と言いたいところだが、新婚早々怨霊やストーカーなどで波乱万丈の新婚生活が始まった。千景は、すぐに俺の子を身篭ったが、怨霊やストーカーの攻撃など精神的疲労が重なり、流産してしまった。暫くの間彼女は泣き崩れていたが、俺の懸命の見舞いの甲斐があって元気を取り戻した。怨霊やストーカーは一時的に手を組んでいたが、ストーカーが怨霊を取り込んだまま自殺した。
 しかし、俺はストーカーの行為に素直に喜べず、逆に腸が煮えくり返りそうなくらい腹が立った。それは千景の前で自殺したことだ。彼女の前で自殺することで、彼女の心の中に自分の存在を刻み込んだからだ。
 ストーカーが自殺してから暫くして千景は俺の子を身篭っていた。それを知ったとき、俺は嬉しさのあまり飛び跳ねそうになった。それから今まで以上に俺は彼女の部屋に訪れるようになった。彼女は少し恥ずかしそうな素振りを見せつつも、俺を優しく迎え入れてくれる。
 今日も俺は彼女の部屋へ訪れた。医師が言うには彼女はすでに妊娠8ヶ月だそうだ。だから、彼女のお腹は膨らんでいる。
「千景」
 俺が彼女の名を呼ぶと、彼女はちょっと無理しつつも立ち上がり、俺にとびきりの笑顔で迎えてくれた。
「常葉。公務お疲れ様」
「公務といってもそれほどでもないよ」
 俺はそう言いながらしゃがみこみ、彼女のお腹に耳を当てた。
「もうこんなに大きくなったんだな……」
「もう、常葉ったら……」
 千景は苦笑しつつも俺の頭を撫でた。
 千景のお腹の中に俺と千景の共同作業によってできた新しい命がいるんだな。早くおまえ達に会いたいよ。
 そう思ったとき、彼女の腹からこつんっと音が鳴った。それを聞いて、俺と千景ははっとなった。
「今、赤ちゃんがお腹を蹴ったわ。もしかしたら、常葉のことお父さんだって分かったんじゃない?」
「そうかもしれないな。こんなに小さいのに俺が父だって分かるなんて凄いな」
「それだけ敏感だってことでしょ。生まれてくる子はきっといい子よ。と言っても、生まれてくるときは誰だっていい子なんだけどね」
 彼女はゆっくり座りながら言った。そして、お腹を優しくさすりながら続けて言った。
「あたしがまだ小さいとき妹を身篭っていたときに母様がこう言っていたの。人間誰しも生まれてくるときは善良の子が生まれるの。そのあとのその生活環境によって悪い子にも良い子にもなれるんだって」
「じゃあここはいい環境だから、きっといい子になるんだな」
「う〜んっ。政治の影響がモロにきちゃうからなんとも言えないけど、きっといい子になるわよ」
「生まれてくるのが楽しみだよ。そうそう。自分でちょっと勝手に生まれてくる子の名前を考えてみたんだ」
「どんな名前?」
「男なら吉良。女なら愛子ってのはどうかな?」
 俺は彼女の横に座り、おずおずしながら尋ねると、千景は笑顔で答えた。
「凄くいい名前!!どっちかが生まれてきたのならその名前にしましょうよ!!」
「大臣が納得してくれたならな。名前はあいつらが勝手にきめてしまうものだからな」
 と半分諦めかけていると、千景は優しく俺の手を取った。
「大丈夫。父様もいるし、きっと常葉が一生懸命考えてくれた名前を推薦してくれるはずだわ」
「そうだな」
 とお互い笑顔になった。

 それから一ヵ月後、千景はお産のため実家に里帰りをした。御所には千景がいないくて物寂しい雰囲気だったが、それでも俺は早く俺達の子供が生まれてくるのを望んでいた。里帰りをして早三週間経った朝、左大臣からの使いの者が来て、千景が産気づいたそうだ。それから六時間ぐらい経って、再び使いの者が来て、怨霊などの攻撃もなく、千景が無事に出産を終えたと言う。子供は星占いどおり男と女の双子が生まれたそうだ。生まれて三日のうちに帝から守り刀と長袴が送られ、育児用具などが左大臣邸に贈られたと言う。
 この時代双子は不吉とされていた。最初の子供が双子ということは迫害とかされてしまうのか心配だな。
 生まれてきた双子の名は千景の要望と左大臣の配慮によって俺が望んだ吉良と愛子になった。
 それから一ヶ月して俺は千景のいる左大臣邸に向かった。通された部屋ではお産の疲れがまだ取れていないのか、千景が白に統一された御帳台で横になっていた。
「お疲れ様」
 俺は横になっている千景に優しく言うと、千景は苦笑しながら言った。
「星占いどおり、男の子と女の子いっぺんに生まれちゃったね。常葉が考えてくれた名前、すぐに使えてよかったね」
「ああ」
「ね。もうあたし達の赤ちゃん抱いた?」
 とわくわくした表情で千景は俺に尋ねた。
「まだだけど?」
「早く二人を抱いてあげて。あたし達に似てとっても可愛いのよ」
 と千景が言うと、女房達が赤ん坊を連れてきた。俺はそのうちの一人を抱くと、千景も女房の手を借りてゆっくり起き上がり、もう一人を優しく抱いた。
「…っつ。赤ん坊を抱くのって意外に難しいんだな」
 俺は女房に教えられた赤ん坊の抱き方に悪戦苦闘していると、千景は笑顔で言った。
「ふふふ。あたしも最初のとき女房達の助けがなかったら常葉みたく悪戦苦闘したわ」
「そうなのか?こっちは男?」
「ううん。女の子よ」
「じゃあ。おまえが抱いているのが男の子なんだな。本当に二人ともそっくりだな」
「そうね。双子だからしょうがないよ。今は服装で見分けがつくようになったけど、最初はあたしだってどっちがどっちだか分からなかったわよ。
 でもね、服装以外でもこの子達の見分けかたってあるのよ」
「どんなの?」
「二人とも甘えん坊なのは変わらないんだけど、愛子はちょっぴりクールっぽさがあって甘えるときは常葉みたく甘えるの。吉良はね、いつもどこでもあたしに甘えるのよ。あたしが傍にいなくなると、すぐに泣くの」
「じゃあ大変だろ」
 俺はそう言いながら千景に抱かれている吉良を見た。吉良は赤ん坊だけに思いっきり千景に甘えている。千景はその吉良にうんと愛情を注いでいる。
「皇后様。そろそろお乳をあげるお時間ですよ」
 と八重が千景に言った。
「お乳はおまえがあげているのか?」
「うん。本来なら乳母にやってもらうのが世の常識なんだけど、あたしはできるだけ最初は自分の手で育てたいのよ」
「あ。その気持ちよく分かる。俺もできるだけ自分の元で育って欲しいよ」
 俺がそう言うと、千景は笑顔で返し、服をちょっと緩ませ、吉良にお乳をあげ始めた。吉良は千景を見ながら力いっぱい千景のお乳を吸っている。
「赤ちゃんって凄いよね。こんなに小さいのに吸う力って大人顔負けぐらい強いの。ってあんまりじろじろ見ないで。恥ずかしいから」
「いいだろ。俺達お互いを認め合った仲なんだから」
「そうだね」
 そう言いつつ、俺と千景は千景のお乳を吸う吉良に視線をやった。吉良は俺にお構いなしに千景のお乳を吸っている。千景は吉良に優しく言った。
「吉良。美味しいねぇ」
 な…自分の子供とはいえなんか無性にムカつく。
 そう思っていると、
「ふぎゃぁ〜!!」
 と突然愛子が大声で泣き出した。それに対して俺はどう対処いていいのか分からなくて慌てた。
「え?!え?!俺、なんか悪いことした?!」
 と慌てふためいていると、千景は優しく冷静に言った。
「あらら。愛子もお腹が空いたのね」
「へ?!」
 俺は千景の言葉に目が点になった。
 それを見ながら、千景はお乳を吸い終わった吉良を俺に渡し、今度は逆の胸で愛子にお乳をあげ始めると、今まで物凄い勢いで泣き叫んでいた愛子が泣き止み、お乳を吸い始めた。
「愛子はただお腹が空いちゃったんだよね。もう大丈夫よ。うんとお飲みなさい。
 あ、常葉。吉良の背中ほんの軽く叩いてげっぷさせてあげて」
「え?!あ、うん」
 俺は千景の言われるまま吉良の背中を軽く叩くと、吉良は小さくげっぷをした。
 それから俺はしばらくの間、自分の子供をほっといて自分の子をあやす千景に見とれていた。
 女って凄い。俺より年下なのに子供を産んだらあっという間に母親らしくなって強くなる。千景もそうだ。二人をいっぺんに産んでから俺が知らない表情を見せてばかりだ。それに対して俺はなんも成長してないな。

 その日の夜、俺は子供達を八重に任せ、千景を裸にして抱いた。本人は少し躊躇っていたが、俺の行為に次第に許していった。
「んん……」
 久々に彼女を抱くと、千景はいつにも増して甘くて可愛い声をあげた。俺はその声を他人に聞かれように彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
「……乱暴な人」
 俺を抱き返しながら千景は呟いた。
「……ん。久々におまえを抱きたかったから」
 俺はそう言いながら千景の首筋に接吻をした。
 千景は首筋がとても弱い。だから俺は彼女との性行為をするときは必ず首筋を舐めたり、接吻をする。そうすれば、彼女は甘い声をあげてくれるからだ。今のもそうだ。俺が千景の首筋を接吻すると甘美の声をあげた。
「……もう、これでおしまい」
 と俺の口元に指を立てる千景。
「もっとしようよ」
「ダメよ。吉良達が起きてしまうわ」
「吉良達は八重達に任しただろ。俺達は俺達で夜の遊びに没頭して子作りしようよ」
 俺は千景に甘えるようにそう言いながら彼女を唇に優しく触れた。
 ……柔らかい。しばらくしてなかったから千景の唇の感触を忘れそうになるところだった。
「お願い。今日はこれでお開きにしてちょうだい。確かに常葉の子供は欲しいわ。でも、急いで作るものじゃない。お互いが承知しあったときに作るものよ」
「それは確かに一理あるけど、俺は吉良達以外にもおまえとの子供が欲しいんだ」
「…………もう少し時間をちょうだいよ。ぽんぽん毎回産むのは体に悪そうだから」
 と懇願する千景。その仕草がまた可愛くて俺は反論できなかった。
「……わかったよ。千景の言うように明日からは子作りに没頭しないよ。そのかわりおまえを抱くぐらいは許してほしいな。おまえに触れないと落ち着かないんだ」
「それぐらいだったらいいわよ。性行為さえしばらくストップしてくれればいいだけだもの」
「よかった。もう出産も終わったことだし、俺の元にそろそろ帰ってきてくれないか?もうおまえナシで一人で寝るのは嫌なんだ」
「あたしも一人ぼっちは嫌よ」
 と甘くも優しい声で言う千景。千景はそっと俺を抱きしめた。
「早くあなたの元に帰りたい……」
 千景はそう呟くと寝息を立てて寝てしまった。俺は彼女の豊かな髪を撫でながらそっと言った。
「……早く帰ってきてくれ、俺の最愛の人よ」
 俺はそう言うと、彼女のおでこにそっと接吻をした。

 それからしばらくして千景は吉良達を連れて東宮御所に帰ってきた。俺は待ちきれなくて千景の車が来たのと同時に彼女の元へ駆け込んだ。駆け込んだ先には笑顔で帰ってきた千景が立っていた。俺は人目を気にせず彼女をしっかりと抱きしめた。
「……おかえり」
「ただいま帰りました、あなた」
「寂しかったよ」
 俺は千景の肩に腕を回し彼女を部屋に連れて行った。部屋に着き、席につくと俺はすぐさま彼女の膝に甘えた。
「もう、常葉ったらまるで大きな子供ね」
「そうだよ。俺はおまえに甘える大きな子供だ」
「そうそう。子供で思い出したんだけど、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「あたしね………」
 俺が起き上がって彼女に首を傾げると、彼女は急にもじもじとしながら言った。
「あのね……実は……三人目……できちゃったvv」
「へ?!」
 さすがに俺も千景の言葉に目が点になった。
「3人目って……いつのまにできてたんだよ?!ってまさか……もしかして?!」
 驚き迫る俺の言葉に千景は少し頬を赤くし、照れながらこくんっと頷いた。一方俺は信じられなくてしばらく呆然としていた。
 ま…まさか……あのときの行為がそのまま妊娠に繋がるなんて……。
「驚いた?」
「驚いたよ。まさかあのときにできてるなんて……」
「あたしも八重の口から聞いたときビックリしたわ。でも事実なの。あたしのお腹にはもうあなたの子供が宿っているの」
 千景はそう言いながら、俺の手を取り、そっと自分の腹に近づけ触れさせた。
「夢のようだよ」
「嬉しい?」
「嬉しすぎて今にも倒れそうだ」
「倒れないで。常葉は20で3人目の父親になるんだからね」
「そうだった。でも、これを民衆が聞いたら驚くだろうな」
「そうね。ところで主上は吉良達ができたとき何て言ってたの?」
「自分のことのように大層喜んでたよ。生まれてきたら是非抱かせて欲しいって。もしかしたら近々こっちに足を運ばせてくるかもしれないよ。あのかたは思いついたらすぐ行動するから」
「まあ」
 と俺の話を聞いて微笑む千景。そのとき物凄い勢いで千景付きの大勢の女房の一人恵式部が俺たちの蜜月の中に割り込んできた。
「大変でございますぅ!!」
「どうした?騒々しい」
 俺はむすっとした表情で尋ねると、恵式部は肩で息をしながら言った。
「た…只今……主上がこちらに参りました!!」
『なにぃっ?!』
 恵式部の言葉に俺と千景は驚愕した。
 なんでこんなときに義兄上がくるんだよ?!まさか本当に俺の子供を抱きに来たのか?!