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第拾弐章 罪人の子と自分の子 |
| 千景が帥の宮の子を身篭り幾月も経った。それを物語るかのように千景の腹も目立ってきていたのである。しかし、その腹の子が帥の宮の子だということは公達は知らない。ただ俺の子だということで話が盛り上がっている。それだけ俺が千景を寵愛をしているということが浸透しているということだろう。 「千景…」 俺は普段どおりに千景の部屋に訪れ、自分の傍に千景を置いた。こうすれば、帥の宮もそうそう手を出してこないだろうと思ったからだ。 そして、俺たちの傍には千景が産み落とした俺の子が元気よく遊んでいた。しかし、その中でいつもなら元気でおてんばの愛子が自分の妹である響子の世話に没頭していたのであった。妹が生まれたおかげで愛子は今まで以上にお姉さんぶりを発揮しているのである。 「お父様ぁ!お笛を教えて〜〜っ!!」 と俺のところに長男の吉良が駆け寄ってきた。 「どうした?昨日も教えただろう……」 「今日もだよ!!僕、お笛をお父様以上に上手になりたいんだもん!!」 と張り切って言うのである。それを言われて俺は少々困ったのである。 おいおい〜…。俺に勝ちたいってことかよ…。どうしてそんなことに……。 と思っていると千景は少々苦笑しながら言った。 「こんなに熱心に言うんだし、教えてきてあげたらどう?親子の時間も大切よ」 「そうかもしれないけど、俺はやっぱりおまえと一緒にいたいよ」 「……嬉しいけど、親子なんだから…ね?」 と甘え声で言うのである。それに俺は何も言えなくなった。 「わかった。じゃあ、教えてあげような」 俺はそう言って傍に控えていた女房に命じて笛を持ってくるように言った。 そのとき千景が腹を抱えて急に苦しみ出したのである。 「う……っ。ううう………」 千景は脇息に体をあずけ、必死に痛みと戦っていた。それを俺たちは見守ることしかできなかったが、愛子だけは違った。愛子は母である千景の傍に寄ると、自分の服の裾で顔から噴出す汗を必死に拭ってあげていたのである。 「お母様。大丈夫?」 「……ダメ。痛い……お願いだから…そんなに暴れないで……」 と肩で息をしながら自分の腹の中にいる子供に言い聞かせている。そしてしばらくして千景は元通りになった。 「ふう……。やっと収まってくれたわ……」 と起き上がり、自分の腹を撫でた。そして、今度は傍に愛子に向かって笑顔で言った。 「ありがとう、愛子。助かったわ……」 そう言って、愛子を抱き上げたのある。 「お母様。お腹大丈夫?」 「ええ。大丈夫よ。赤ちゃんが愛子たちの声が楽しそうだから早く出たい〜って暴れていたのよ」 「ふぅん。今度生まれてくる赤ちゃんって慌てんぼうなんだね…」 と愛子はそう言いながら、千景の腹を優しく撫でたのである。 「そうね。もう少ししたら、またおじい様のところに里帰りしなくてはならないからそしたら愛子が皆のお世話、よろしく頼むわね」 「うんっ。任せて!!愛子が皆のお世話頑張るから!!」 と胸を張って言う愛子に千景は嬉しそうに言った。そこに俺が命じた女房が戻ってきた。 「陛下…。御前に……」 と俺に女房が笛をのせた膳を出したのである。俺はその笛を手に取り、音慣らしをして、すぐさま曲を奏でた。 やっぱこの笛は澄んでいるなぁ……。何者にも染まれず、ただ澄んだ音を出す…。千景も帥の宮に染まれなければこの笛のように澄んでいたものを…。それを考えると帥の宮は何とも憎い男よ。 そう思いながら笛を奏でていると、千景が和琴で合奏を始めたのである。千景の音もこの笛に劣らず澄んでいる。それを見て吉良や愛子も合奏に参加し、いつの間にか家族の合奏となった。 しばらく合奏をしていると帥の宮が千景の部屋にやってきた。 そう。俺はあることを言うために千景の部屋に呼び出したのである。 俺は笛を吹く手をやめ、子供達を下がらせるように傍に控えている女房達に命じた。そして子供達がいなくなると俺は帥の宮を自分の傍に寄らせたのである。千景を自分のものであると見せつけるために…。 「お呼びでしょうか、兄上」 と帥の宮は畏まって礼をした。 「実はなおまえに話がある」 「なんなりと…」 俺の言葉にぴくっと反応する帥の宮。その顔には明らかに動揺しているように見えた。 「俺が物忌みで伏せている間寵妃である千景に手を出し、あまつさせ子を孕ませたことは俺としては断じて許すことができない。 だがな。おまえも俺にとって大事な弟。千景以外で唯一血肉を分け合った大事な者だ。 だから今回の事は闇に葬る。千景が身篭っている子は俺の子として育てていく。おまえの子ではなく、俺の子としてだ。だからおまえは生まれてくる子を自分の子として見るな。あくまで俺の子として見ろ」 「そ…そんな……」 とショックを受ける帥の宮。そして絶句し、ただ涙を流す千景。 「……常葉。そんなことを言わないであげて。 確かに帥の宮様はあなたが物忌みに伏せている間にとんでもない過ちをしたわ。そしてその証があたしのお腹の中にいる。でも、これは血肉を分けた唯一の自分の子なのよ。それを自分の子としてではなく兄の子として見ろと言うなんてあまりにも可哀想だわ」 「じゃあ、おまえはその罪人の子を庇い続け、世間にこの過ちを知らしめるんだな?」 「そうと言ってない。表はあなたの子として見てもらって、裏では自分の子としてそして後見人にしてあげて欲しいってこと」 「それだとおまえの父が納得いかないはずだ。今まで自分の孫を自分が後見人として見ていたんだ。いずれバレる」 「母様にはきっとバレてるわ。同じ能力者だもの。きっと母様は分かってくれる。 だからお願い。父と子を引き裂くようなことを言わないで……」 と千景は泣きながら俺に懇願した。それに対して俺は苛立った。千景が俺以外の他の男のために泣くなんて許せなかったのだ。 結局俺は納得はいかなかったが、千景の願いを聞き入れ、表は俺の子として見させる事にしたのである。 それから幾月も経ち千景は出産のため内裏から太政大臣邸に里帰りしたのである。そのとき俺宛に一通の手紙をよこしたのである。その内容は千景が言ったとおり千景の母親には今回のことの一部始終全てバレていた。それでも母親は夫である太政大臣には今回の事を伏せ、自分の孫として、そして俺の子として見てくれると言ってくれたそうだ。 そのことに俺はほっと安堵した。世間にバレなくてすんだのだ。 そして、千景は星占い通り女と男の双子を産んだ。その二人には更級宮・黎子と蘇芳宮・由良と名づけられ、生後50日が経ち、儀式を終えた二人を連れて千景が内裏に戻ってきた。そして、俺は由良を抱き上げ驚愕した。 この子らは…間違いなく帥の宮の子だ。口元や雰囲気がまるで帥の宮と同じだ。悲しいことだが、やはり認めざるを得ない。 俺は心の隅に千景が産む子は俺の子だと思っていた。だが、結果は俺のほんの少しの希望を引き裂く結果に終った。 そう自分に言い聞かせるかのように思っていると頭の中から千景の声が響いてきた。 『ごめんなさい……。あたしが未熟だったからこんなことに……。それでもあたしはあなたのことを愛しているわ』 ああ。俺もおまえのことを愛しているよ。だから今日はおまえを離さない。覚悟しておけよ。 俺はそう言い返すと、再び由良に目をやり、言った。 「俺の子よ。よく生まれてきたな」 それから夜になり、俺は千景を好きなように扱った。千景の全身全てを舐めまわし、口から漏れる吐息を自らの口で塞ぎ、抱きしめた。それを嫌がらず、全て委ね俺を抱きしめる千景。ただ一心不乱に彼女を抱いた。 「ふぅ……」 一段落つき、俺は少々荒い息をたてながら、ぐったりと横になっている千景を置いてむくりと起き上がった。 やれやれ…。久々だけにちょっとやり過ぎたかな? 俺は結っていた紐が解け、乱れた髪を掻き揚げながら千景を見た。千景は汗だくになり、うつ伏せになって荒い息をたてているだけだった。そして千景は荒い息をたてながらもむくりと上半身だけ起き上がり俺をじっと見つめた。 「悪い。起こしたか?」 「ううん。違うの。常葉が月の光で更に綺麗だなぁって思っただけ」 とくすっと笑いながら言った。そして起き上がり、乱れた長い髪を直しつつ、俺に豊かな胸やすらっとした裸体を曝す。それを見て俺は更にそそられる。それに気づいた千景は俺の傍によって抱きついたのである。 「常葉……。どうしたの?」 積極的に俺に接吻しながら千景は俺に尋ねた。俺はそうしてくれるだけで満足だったので、何も言わずにその行為を堪能していたのだった。 |