──それは閃光だった





瞬く間もない早さで落下してきたのは、人だった

どこからどう見ても、人だった

けど

格好だけは、人じゃなかった

長柄の赤槍に青タイツ

人々はこれを変態だというかもしれない

でも、私は──英雄だと思った

勘、と言われればそうかもしれない

でも、その姿は英雄だったんだ

「大丈夫ですか?」

意味のない質問をかける

だって、一目で致命傷、とまではいかないが

重傷と分かるほどに血に染まっている

それに、感覚が訴える


──あの血は、人の血だ

──危険だ、早く逃げろ


けど、すでに後の祭り

声を、かけてしまったから

「んあ? 嬢ちゃん、こんな夜更けに何してるんだ?」

「貴方こそ。こんな夜更けに何をしているのです?」

じっと、睨み付ける

飄々としたその出で立ちが、なんだか腹立たしかった

「俺は仕事中だ。やらないとどやされる」

「なら、その槍は何ですか。その──血はなんですか」

「────────」

キッと、眼が細まる

私を、射ぬかんとする視線

踏み込みすぎた!

そう気付いても、もはや遅い

私は、この人の纏う一部になるのだと

「貴方は、……っ!」

だから、最後に名前を聞いておきたかった

けど、突然訪れた痛み、眩暈に、膝をつく

くらくらと、くらくらと

視界が渦を巻くように、だんだんと白くなっていく

「な、で……?」

自分の身体の変調に、気付かなかった

苦しい、苦しい、苦しい、苦しい

まるで渇望するかのように、思考がそれに染められていく

そんなのに、耐えられるはずがなくて、私は、意識を────










* * * * *










ふと、起きた

いや、なんで起きたんだろうか?

さっきまで起きていたはずなのに

そんなことより、何より

「ここ、どこ?」

雰囲気は、金持ちの家

ソファ、暖炉、絵画……

どう見たって、洋館

私の家とは明らかに違う

なんだって、こんなところに──

「よぅ、目ぇ覚めたか?」

──寒気がした

「あー……ここは知り合いの家でな、ちょっくら借りてんだ」

頭を掻きながら、いう男性

面倒臭そうに話すので、説明が苦手なんだと思う

「……なんで、殺さなかったんですか」

私は、手っ取り早く尋ねた

説明下手なのをわかったので、遠回りに聞くのが煩わしかった

「なんだ、殺してほしかったのか?」

紅い槍を携えて、その眼は言う

死にたいのならこの場で殺してやる、と

が、生憎と私はまだ死にたくない

せめて二十歳までは生きていたいと思う

「あの家の人たちのように、どうして殺さなかったの?」

それは疑問

恐らく自らを見られたくなかったんだろう

なのに、見た私を殺さなかった

この屋敷まで運んで生かされたのは、ただ疑問でしかない

「──あれは令呪(めいれい)だったんだよ」

一言

苦悶、憤怒に顔を歪めて言われた

「適当に殺して戻ってこい。ふざけんなよ、俺を誰だと思ってやがる……っ!」

叫び声に、震える

床も、壁も、天井も、空気も──私も

怒気が含まれた声に、怯える

これが私に当てられると考えると……ぞっとする

「……あ、嬢ちゃんに当たってもしょうがないわな」

何事もなかったかのような声に、震えが止まる

代わりにきたのは、大量の汗

心臓が激しく脈打つ

「……はぁ、はぁ、はぁ」

息も荒い

まるで、長距離を今走り終えたよう……

「しっかし……嬢ちゃんが魔術師じゃないことが悔やまれるな」

「……は?」

この青タイツは、今、何を言った?

聞き違いでなければ、魔術師、と

……いつから私はお伽話の住人になった?

「嬢ちゃん、俺をバカだと思ったろ」

私の考えを否定するように、言葉がかかる

「まぁ、詳しくは言えねぇが……少なくとも、自身の周りに一人はいると思え」

そう言って男は窓辺に移動する

そして、窓の縁に足をかける……って!

「それじゃ行くわ。次逢う時は、ゆっくり茶でも飲もうや」

縁を蹴り、たん、と軽々と跳ぶ男

慌てて窓に駆け寄ったが、男はすでに遥か遠くに

「……結局、聞き出せなかった」

貴方は、何なのかを