スノーエルフ
北の国首都雪月花周辺に住むエルフ。
耳が尖がっている、肌が白い。他の見た目は別段人間と変わらない。
身体能力は人間よりももちろん高い。魔力も桁違い。
矢に篭められた魔力を見たか?
地を抉る一撃。人間が当たればそりゃ一撃で粉々だ。臓器を晒して脳を晒して、血を晒す。
スノーエルフといえ、祐一の敵ではない……が、今回ほど条件が悪いことはない。
雪国、氷の魔術が展開されている世界。時を凍らせる。剣で砕けない、斬れない、刺せない。
しかし、彼はやるだろう。
彼が死ぬなどありえない。
砕け散れ、氷の世界。
――――2.氷の世界の主――――
丘の頂上に、エルフは居た。
存在感を隠す様子もなく、むしろ曝け出すように威圧感を出している。
そして、急激に気温は落ちた。ひゅ、と風が吹く度に、空気を凍らす。
祐一はそんなことを全く気にしないで刀を構えた。
「ああ、やっときたか。『全てを統べし者』だっけ?『奇跡』だっけ?――――まぁ、いいや。
『藍蒼の殺戮機械』。お前を待ってたぜ。やけに遅かったなぁ?
まぁ、気付いてると思うけど、時をも凍らせるミンクちゃんの超大型魔術! すごいでしょ?」
空間魔術円陣・半永久展開魔術 "黄昏し氷の監獄"
魔術陣の中では、時間の概念が止まる。
半永久――――術者の魔力が続く限り。術者の生命活動が停止しない限り――――展開する魔術。
ケタケタと楽しそうに笑うスノーエルフ――――ミンク。
女性とは思えない言葉遣いに、氷の椅子に座って足を組んでいる。
『全てを統べし者』『奇跡』
これらは、魔術協会で広まっている祐一の二つ名。あだ名みたいなもんだ。
しかし、最後の『藍蒼の殺戮機械』――――これは、魔族たちに広まっている二つ名。敵と認識した魔族を容赦なく躊躇なく殺し尽くす。故に、殺戮機械と呼ばれるようになった。
「……どれだけの期間、凍らせていた?」
声に感情はない。今の祐一は、殺戮機械、である。
刀『涼風』をかしん、と抜く。きらりと光る刀身が、抜かれて喜んでいるようにも見える。
それをおもしろそうにミンクは見据えながら。
「まぁ、……三年、かなぁ。ま、上空の魔術円陣書くのに半年くらいかかっちゃったけどね」
となると、約二年半凍らしていたのか。
美しい幻想的な雪を、街を、人を。
相沢祐一を呼び出す為だけに、凍らせたとでも言うのか。
「……何故、こんなことをした」
「藍蒼の殺戮機械を呼び出す為」
「そうか。そろそろ疲れただろ。俺が、終わらせてやるよ!」
"疾る射抜く雷の如く――――雷神即位"
呟くように早口で紡ぐ。
パリっと祐一の身体から雷が見え。
姿が消えた。
「へぇ……早いじゃん!」
あまりにも早く動いている為、肉眼で捉えることができない。常人には。そう、常人には、だ。
しかし、現在対峙している彼女、スノーエルフ・ミンクは常人……人ではない。魔族という優れた身体能力を持つと呼ばれるもの。
自分の方へと突き進んでいるのが、見えている。
「"近寄るんじゃないよ"!」
魔力を帯びた声。なんて非常識だ……その言葉が詠唱になっているなんて。
祐一は刀を構えた。
――――くる!
ずず、と氷の槍が床から祐一を突き刺さんと突飛する。
それらを刀で弾き飛ばす!
「"帯びる魔力は火――――魔力剣・タイプ火"!」
轟っと祐一の刀・涼風に炎が纏われる。
自分の魔力を自分の武器に流し込み、溢れさせ属性へと変換をさせる。それが、魔力剣。
迫り来る氷の槍たちを打ち落とし、溶かす。じゅ、と水へと還っていく。どうやら一度"黄昏し氷の監獄"から離れれば時の概念はなくなるようだ。……といっても無制限に氷はある。不利には変わりない。
しかし。
「……火と雷のニ属性を持ってやがんのか。"厄介だ。厄介だ。厄介"」
ミンクは呟くようにブツブツと何かを呟いている。
確かに火は厄介かもしれないが、そこまで動揺するようなことか? いや、これは詠唱か?
祐一は炎を帯びた刀を構えながら。
「……さっきまで威勢はどこへ行ったんだ?」
「"うるさい"」
その声に反応して、カチカチと氷の結晶が宙で何十個と作り上げられていく。
それを見て祐一は即座に魔術の詠唱をしようとするが。
「"打ちぬけ凍弾丸――――黄昏の一欠片"」
ミンクの詠唱が完成する。
二段階の魔術。一段階で氷の弾丸を作り出す詠唱。二段階で打ち出す詠唱。いや、あんな詠唱、聞いたことがない。
出鱈目だ。そして、早く強い。
祐一の詠唱が間に合わない。ならば。
「最大出力しかないだろっ!」
轟!
声に呼応するように、刀に纏う炎が、祐一をも飲み込むように、全長三メートル程度の大きな炎へと変わる。
「ふん。遊びは終わり。消えなさい、藍蒼の殺戮機械」
くすりとミンクは冷笑。これが、彼女の本来の姿なのか。
いや、そんなこと考えるのは後で良い。今は飛んでくる氷の弾丸を。
「ぉおおおお!!!」
全て、溶かす。水に還す。
これだけの量を打ち落とすのは不可能だ。ならば、溶かしつくしてみせよう。水にしてやる。
ド――――!
氷と炎が激突する。
ぶわっと、水蒸気が、彼らを包む。
炎は、氷の弾丸を包み込んでいく!
「……く、やってくれるわね……」
ミンクは顔を歪ませて、追い討ちをかけようと次の詠唱を始める。
「ぐ……ぅ、させるかよ……」
轟轟!!!
氷が全て水へと溶かされる。そして。
「"押し寄せるは硬く凍える冷たい氷の波――――黄昏の二欠片"」
詠唱完了。完璧だ。ミスはない。彼女には、ミスはない。魔術は展開された。
「死ね――――なっ! いない!?」
氷の波で飲み込まんとする標的が、いない。
ゆらゆら、と燃え盛る炎を纏った刀だけが、突き刺さっている。
展開した主もなしに、魔術が起動し続けているだと?
どういうことだ。魔術陣を書けば簡単にできるだろう。しかし、彼女に気付かれずに、どうやって。
ぱりっと、彼女の背後で雷が、弾ける。
「どこ見てるんだ……よっ」
"雷神即位応用・雷弾ける身体――――雷神爆音"
ズ、バリィイ!!
激しい電撃がミンクを襲った。全身隈なく走り抜ける雷。
「が、ぁああああああぁあ!!」
さすがに痛みに耐え切れず絶叫。綺麗な顔が歪む。その顔を見て祐一は薄く笑った。
しゅう、とミンクの身体から煙が上がり、ぷすぷすとマンガのような音をたてて、彼女は地に崩れた。
「油断したな。俺が、あそこにいると思い込んでただろ」
ニヤリと意地悪く笑ってやる。
そして、地に伏せた彼女を殺して、終わり。魔術は消え去る。
氷は跡形もなく砕け散り、魔力は拡散してさようなら。
祐一は痛みを堪えてゆっくりとミンクへと歩み寄る、が。
あと一歩で、魔術を絶対避けることはできない射程距離へ入る、ところで。
とす、と足を前に出して。
地を踏んだ瞬間。
地面の氷に、魔術陣が浮かび上がる。一瞬に。刹那に。瞬きに。
祐一の反応速度を超えた超速度で展開される。
「なっ――――」
遅い。遅すぎる。間に合わない。
"罠型設置式魔術――――黄昏し氷の牢屋"
地の氷が、祐一の周りを走りぬけ、小型の氷の牢屋を作り上げた。
今度は祐一がミスをした。別に近寄る必要はなかった。遠く離れた場所から、魔術を打ち込めば良かったのだ。
「"燃揺る炎は焔の如く――――焔螺旋"っ!」
祐一の手に平から放たれた炎が螺旋を巻いて氷の牢屋へとほぼゼロ距離で直撃する。
が、炎が当たったことにビクともせずに、何も無かったかのように牢屋は存在している。
「無駄よん、藍蒼の殺戮機械。地に繋がってるし、ミンクちゃんが魔力を流してる。つまり、これは"黄昏し氷の監獄"の一部ってこと。どんな魔術をやられようとも壊れることはない。ふふん、最後の詰めを間違えたねぇ」
ケタケタと笑うミンク。苦渋に満ちた祐一。形勢、逆転。
勝者は敗者に。敗者は勝者に。
侮ってはいけなかった。油断して勝てる相手ではなかった。余裕を扱いている暇なんざ、無かったハズだ。
それを理解して戦いに挑んだハズ、だった。
ハズだった、で終わった。
結局自分は。
油断をしていた。
余裕を扱いていた。
それらを理解していなかった。
だから、負けた。完全な敗北。
死ぬ。殺される。酷くつまらない終わり方。
何一つ達成せず終わる旅。
「終わる。死ぬ。はっ……誰が死ぬって……?」
自分自身に問いかける。
「何ぶつぶつ言っちゃってんの? 死ぬのは君だよん」
何か言ってるらしいが聞こえない。今聞こえてるのは、唯一人。彼女の声のみ。
「本来、魔術は俺よりもあっちの方が適任だからな」
「はぁ?」
独り言のつもりだったが、ミンクに聞こえていたらしい。
まぁ、良いだろう。その余裕を崩してやる。
静かに世界に語りかけるように祐一の口からその言葉は紡がれた。
「"二面の世界は反転する――――祐華"」
そして、祐一の身体が、ぐにゃりと空間ごと揺らぐ。
「なっ! ち、まだ何かしようっての!?」
どんな魔術でも、牢屋の中では無意味なのだが、先ほどの実力を見る限り、何かをしてくる。
もしかしたら、氷を砕いてしまうかも、しれない。
ありえないハズだが、絶対とは言い切れない。
ぐにゃりぐにゃり。
歪んでいる空間が、元通りの空間に成ってくる。歪みが消え去って。
「あたしの出番ね……って、祐一っ。あたしに変わるときはトランクスからショーツに履き替えてブラをつけ――――って、何この檻!?」
綺麗な凛とした、世界を振るわせるかのような声をした、女性がそこに存在していた。
先ほどまでの青年の姿はどこにもない。
腰まである、白銀色の長い髪が、さらりと揺れている。
服は祐一のまんま、だったりするけど。
ミンクは何が起きたのか理解できない。常人なら、変身魔術を使った、と理解するのだろうが、魔力が非常に高い彼女には、見える。
先ほどの男・相沢祐一とは、魔力の性質が、流れが、全てが、異なっている。つまり、完全に別人へとなっているということ。
それはまさに、魔法と言っても良い程に。
「ねえ」
「……何かしら?」
余裕は、もう出せない。
祐一が変身して出てきた彼女の声を聞き、ミンクは余裕を消し去る。
「あたし、相沢祐華っていうんだけどさ」
彼女は、祐華と名乗った。
「殺さないから出してくんない?」
なんてこと言った。
「なら私が貴方を殺すわ。この黄昏の糧にしてあげる」
しれっとミンクは返した。
「ふぅん……」
まぁ、予想通りの回答だ。はい、出しますなんて言ったら逆に驚く。
しかし、祐華は大して危険を感じていない。
「まぁ、この程度の魔術なんて」
ぺたっと牢屋と化している氷に触れた。ひんやりと冷たさが身体の心まで冷やす。
魔術分析開始。
祐一は主に体術関係が、得意。魔術もできるが、身体強化の魔術が主だ。
そして、この祐華は、魔術関係がズバ抜けて得意。己の魔力で纏った手の平で触れた魔術は、ほぼ100%近くまで解析することが可能。
「なるほどね。時の概念に氷をくっつけてるだけじゃんか」
「なっ!」
図星。当たり。その通り。
「なら、この時を消してしまえば、この氷も無くなっちゃうね?」
ニコっと爽やかな笑顔と共に。
「"解析完了。発現消滅――――無"」
無属性魔術消去魔術 "無"
氷は砕け散り、大気のマナへと還元された。
「はいさようなら。で、ボロボロねー。ま、祐一は良く頑張りましたっと」
祐華は手の平をミンクに向けた。ぽうっと魔力が肉眼で捉えられるほど、凝縮される。
「くっ……"立ち上がれ"」
怪我の激痛の為か、ミンクの詠唱は遅い。
祐華は変身したことによって怪我はない。なんと肉体まで変わっているのだ。
まぁ、祐一に戻れば怪我は元通りになってしまうわけであるが。
「"走る一閃の光――――聖収束閃"っ」
祐華の魔術が完成し、放たれる。
たった一つ光の線が走る。ミンクに避ける余裕はない。
きゅん!
ミンクの身体をすり抜けるように光は走り、消え去る。
「"呑みこむ我が氷の蛇――――"」
外したのか?
なら、これはチャンス。黄昏の糧となるが良い。
勝利を確信したミンクは笑う。
ニヤリ、と祐華も笑う。
最後に微笑んでいるのは。
「"黄昏の三かけ"――――ごふっ!?」
祐華、だ。
光がすり抜けた身体が、爆ぜた。鮮血が、とても綺麗に芸術を作り上げるように舞った。
「時間差……!?」
「ぴんぽーん。時間差。魔術戦で負けたことなんてあたし無いからね。魔術師の行動や心理を読むのなんて御茶の子さいさいってね」
あはは、と笑う。
ミンクはそれを見て、魔術を打ち込もうとするが、傷が酷くて集中して魔力を練れない。そして何より、笑っている彼女に、隙が無い。
負けだ。完全な敗北。
スノーエルフたるミンクが、ただの人間である彼女に負けたのだ。
「ぐ……一つ、良いかしら?」
「んー。なに?」
激痛を堪えて。
余裕を見せて。
「"黄昏し氷の牢屋"はどうやって消したのかしら?」
「無属性って知ってる?」
「……知らないわ」
そんな属性、聞いたことがない。
「存在する魔術を"無"に還すことができる属性。それは貴方の魔術も例外じゃない」
「……そんな裏技があるなんてね……」
「まぁ、裏技みたいなもんかな」
どの書物にも書かれていない属性"無"
確かに、誰も知らないのだから裏技と言える。
消し去る……それは確かに魔術師にとって脅威である。が、先ほどの"黄昏し氷の牢屋"は小型魔術。なら、大型ならどうか。
「なら、この魔術も当然消せるんでしょうね?
"我が身と共に崩れ去る――――決壊"」
激痛を耐えながらミンクは終焉を告げる言葉を紡いだ。
さぁ、消し去ってみろ相沢祐華。限界の限界まで作り上げた巨大魔術を砕き爆破する我が魔術。
まだわからない。
最後は、どちらが笑っているのか。
これが恐らく最後。
決着が、つく。
Back
|