破滅と創造。
 作れば壊れる。創れば、壊れる運命。
 逃れられぬ運命。
 崩れ落ちる世界と共に、万物も崩れ、壊れ、死する。
 逃れられぬ、運命。
 世界の中身に存在している人間も当然死ぬ。消える。消滅。破壊。消去。
 さようなら、世界。
 あぁ、神よ。何故このような……創造破壊をするのですか?
 最初から創らなければ良いのではないでしょうか。そうすれば壊す意味も無くなるでしょう。
 そう、この矛盾世界で生きているのだ。
 その矛盾を崩すことはできない。
 創られたものは、壊れる。
 壊れることを無に還すことなど、できない。
 しかし、しかし……望みを抱いてしまうのが人という生物。
 無を司る女神が何処かにいるのだ、と淡い希望を抱く。
 さあ、煌け。
 無を司る女神よ。















――――3.氷の世界の決壊――――

















 ミンクはニヤリと激痛に歪んでいる顔を無理矢理笑わせた。
 ごごごごごごごご――――!!!
 この北国の首都・雪月花が揺れている。
 震度にするならば、5強。
 揺れる揺れる。
 ばきりばきり、と氷が砕けていく。
 壊れる壊れる。

 罠型起動式魔術"決壊"

 上空に描かれている魔術陣が、形式を変えていく。別の魔術陣へと、うねり変化していく。
「……雪月花ごと、吹き飛ばす気ね」
「ふふ、聡明な娘は嫌いじゃないわ……」
 がくり、とミンクが意識を失う。気絶したのだ。
 ごごごごごごごごご――――!!!!!!
 揺れと破壊はどんどんその威力を増していく。
 このままでは、ミンクと雪月花と共に心中――――ボン、だ。
 そんなの、冗談じゃない。誰が心中などしてやるものか。
「……やってくれる。でも、これくらい無に還してあげる。あまり、あたしをなめるなよ、雑魚」
 雑魚、と呟いた声に感情はない。余裕もない。集中する。さすがにコレはシャレで済まない。
 目を細め、上空の魔術陣を見上げた。
 術式を変えていく魔術陣を、睨む。アレが完成すれば、雪月花は弾け消し飛ぶ。
 手を空に翳し、魔力をあるだけ練る。
 ひたすら練る。練る。練る。たくさん。一杯。これでもか。これでどうだ。これだけあれば、充分だろう……!
「さぁて。ガチンコ勝負といきましょ!」
 冗談めいた声。しかし、冗談ではなく真実。これは魔力と魔力のぶつかり合い。こちらが上回れば、消せる。しかし、相手が上回れば世界とお別れだ。
 深呼吸をするように、深く息を吸った。
 そして、言葉と共に吐き出す。

「"総ての根源は無から生まれる一つの有――――全て無に還元"」

 無属性完全特化型魔術"全て無に還元オールリターンプログラム"
 その名の通り、全てを無に還す究極魔術。祐華の魔力量ならば、全てを無に還すことも不可能ではない、が。
 今回は相手が悪かった。二年半費やされた巨大魔術。二年半も発現されていたとなると、この世界に在るのが普通となってしまう。つまり、相手の方が世界の繋がりが大きいのだ。
 無とは、世界から失くすということ。
 世界から失くすには、繋がりを絶つこと。
 今回は、相手が悪い。
「ま、こんなとこで死んだら祐一に悪いし……あたしの夢も叶わないしね!」
 魔力を篭め、放った。
「が、はっ!?」
 激突と同時に祐華に衝撃が伝わる。
 みし、と全身の骨が悲鳴をあげ軋む。
 地の氷は激しく砕けながら、地割れしていく。
「このやろ……!」
 歯をおもい切り食いしばるその隙間から流れる血。
 服を赤く染めていく。
 押しつぶされる。
 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご――――!!!!!!!!
 揺れは加速する一方。
 減速の兆しすら見せない。
 弾け終わる世界が、脳裏を掠める。
 あぁ、死ぬのか。
 魔力に潰されて、魔術により消し飛んで、骨も血も肉も残さないで。
 世界から存在を消すのか。
 魔術協会ランク:Exと呼ばれる最大級まで上り詰めたっていうのに。
 実にあっけなく終わるらしい。
 所詮人なんざ、こんな程度。簡単に死んでしまう。別れを告げ死ねる死ほど理想な死に方はない。
「……ぁあああああああああああああ!!!」
 咆哮。
 ぐん、と身体が軽くなる。
 相手の魔力を、徐々に押し返す。
 そうだ。こんなとこで死んでたまるか。
 死ねない。死ねない。死ねない。死にたく、ない……!
「あたしは……」
 喋る度に鮮血が舞う。あぁ、服汚しちゃったな。
「こんなところで……」
 まぁ、いいか。雪月花には祐一の叔母がいるんだし、何とかなるだろう。
 思考が、上を向き始める。
「死ぬ女じゃ……」
 翳した手が、薄く淡く白く輝きを増す。
 上空にある魔術陣の変化が、止まる。
 徐々に、徐々に、押し返してゆく。
「ないんだよぉおおおぁああああああああああ!!!!」
 二度目の咆哮。
 それで、完全に押し返した。
 祐華の魔力が、"全て無に還元"が、魔術陣を包み込む。
 ぴしり、と包み込まれた魔術陣にヒビが入り、悲鳴をあげる。
 死ぬとか何とか、何を考えていたんだか。
 こんなとこで、自分らは死ぬ人間なわけがない。
 二人に成れるまで、二人で一つの世界を見るまで、死んでたまるか!
 魔術陣に光が収束し。
「はは……ざまぁみろぉ……」
 "黄昏し氷の監獄"は"決壊"を発動させることなく、無に還っていった。
 祐華はちらり、と地に伏せているミンクを見て、ニヤリと笑った。
「あたしの……んや、あたしたちの勝ち、かな……」
 祐一と祐華の、勝利。危うい場面もあったが、何とか勝利することができた。
 しかし、これほど危うかったのはいつぶりだろうか。久しく、本気で魔術を放った。
「でも……もう、限界。後はお願いね、祐一……」
 ふらり、と地に倒れてしまう前に、彼女は二つの世界を切り替える詠唱を唱えて。
「"二つの世界は入れ替わる――――祐一"」
 受身もとらずに彼女はぶっ倒れた。

 こうして。
 氷の世界は、世界から姿を消した。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「えーっと……たまねぎとニンジンと……」
 水瀬名雪はメモを片手に母から頼まれていた食材を買っていた。
 何事も無く、何かあったかなんて思いもせず。
 賑わう商店街を歩んでいた。
 いつもの八百屋に辿りつく。
「よぅ、名雪ちゃん」
「こんにちわ〜」
 メモを見せ、見繕ってもらう。食材の良さなどわからないし、相手を信用している。変なものをかませてくることなど無いだろう。
「ほいよ」
「ありがとうございます」
 お礼を言い、お金を払う。
 お釣りと先ほど渡したメモを受け取り、八百屋を去る。
 メモを見ると、買うものは以上のようだ。
「うん。よし、帰ろうっと」
 最後に買い忘れがないか、メモと買ったものを照らし合わせ、確認。
「買い忘れは……なし」
 さぁ、帰ろう。
 今日は雪も降っていない――――あれ。
「え……さっきまで雪が降っていたのに……いつの間にやんだんだろう」
 家を出るときはぽつりぽつりと軽く雪が降っていた。
 吹雪くほど激しく降ってはいなかったので、傘はさしていないが。
 まるで、瞬きの為に目を閉じ、開けたら雪がやんでいたような、そんな感じ。
 まぁ、自分は買い物に夢中だったのだ。いつの間にかやんでいることもあるだろう。
 気のせいだ。雪が降っている時間が無くなったと思うなど、気のせい。
「いい天気だしね……」
 あぁ、晴天だ。雲ひとつない、晴れ渡った良い日。そんなことを気にするなど野暮。
 早く帰ろう。母が食材を待っている。
 今日の晩御飯は何だろう?
 母と二人暮らしの彼女は、一緒にいられる時間をとても楽しみにしている。
「祐一……何、してるのかな?」
 相沢祐一。約七年と会っていない、従兄弟の存在。
 何故、こんな急に思い出すのだろうか。
 祐一と会えるような気がして、ならない。
「祐一……」
 何処かにいる祐一に思いを馳せて、帰宅した。
 何でだろう。ドキドキが止まらない。
 ゆっくりと、玄関を開け。
「ただいま〜」
「おう、おかえり。名雪」
 祐一が、秋子よりも先に玄関に出てくるのであった。


 【氷の街 -Prison of ice-...end...】


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