INDEX                                             TOP

日本的なるもの

 TETSURO KAWASHIMA / EMOTION 

 



Copyrite(c)2001-2003 JAMAL All Rights Reserved

 秋吉敏子がビッグバンドを解散したというのを聞いて、彼女がアメリカに渡ったのはいつのことだったのかと、何か昔年の想いを抱いた往年の日本のジャズ・ファンも多かろうと思っていた。僕の書棚に吉田 衛氏の『横浜ジャズ物語-「ちぐさ」の50年』というのがあるのだが、それに秋吉敏子が「ちぐさ」の思い出を綴っている箇所がある。それには、こんなことが書いてあった。
「・・・ある日、ちょっとしたことから、”ちぐさ”を発見してからは、仕事(54年から55年にかけて、横浜の桜木町近くの”ポートホール”という、米人法律家の経営していたシーメンズクラブに出ていた)の後終電まで”ちぐさ”に寄って、レコードを聴いて曲を覚えることがルティーンになった。・・・」
 とある。つまりはジャズの教材というのは、音源からであったということで、いわば先人の技を盗むという職人的な執着心なのであって、上っ面な舶来趣味とは違うのだろう。
 そんな頃からかれこれ50年以上もたっている今。最早、日本のジャズが世界に比較して遅れている等とは全然思わない。が、やっぱり僕らは舶来趣味から脱していないのだろうか。鵜の目鷹の目で覗くのは、やはりあちゃらのものだ。
 しかし、このところCD屋の店頭に日本ジャズ・メン(いや、ウーマンの方が台頭しているが)のコーナーがしっかり確保されているのをみると時代の趨勢をみる思いだった。
  で、川嶋哲郎のこのアルバムだが、同時期にMY SOULというのも出しており、今や第一線のメンバーを取り揃えてやっている。石井彰、安ヵ川大樹等、申し分ない組み合わせのワン・ホーン・テナーのカルテットだ。彼らそれぞれが独自の活動をしており、それなりにアルバムも出回っている。安心して聴ける凄腕揃いだ。
 間違いなく彼の「情念」が音になっている。
 冒頭の石井彰のイントロから既に情念の幕を予感させる。荒武者のような風貌の川嶋は、「刀」「桜」などをイメージしてしまい、鮮血がパッと散るような潔さを乾きを含んだテナーの内に秘め、哀惜極まるフレーズを吹ききる。借り物ではなく彼の体内で血肉となり鍛え抜かれたジャズのセンスが、日本的情緒と融合し吹き出てくるもののような感じさえする。かといって、日本的なるものを安易に差し挟む等という小手先のものではない。こういうあり方は、美しい。 スタイルや雰囲気などという安直な「日本精神」や「ジャズ」ではない。無我夢中でテナーに籠める音そのものが、日本人である川嶋から自ずと生じる「情念」として吐きだしたという気がする。
 タイトルEMOTIONの冒頭は安ヵ川の情緒綿々たるアルコも含んだ凄みのあるベースから始まる。これまた琵琶のイメージを持ってしまう程、日本的情緒に訴えてくるものがある。後を追う石井のピアニズムが更に素晴らしい。もう既に日本的なるものを頭に描いてしまったからには、あくまでこれは日本人的哀感にきこえる。このピアノ・トリオとしての演奏だけで満足してしまうぐらいである。
 そして乾いたテナーの川嶋がもの悲しい。「ものぐるほしい」とはこういう感情を言うのだろうか。
 ヨーロピアンとかアメリカン等の借り物のセンスではないということを強調したかったのだが、勿論血肉化したセンスの根底には、そういうものは咀嚼されてしまって、既に日本人である川嶋の音になっているということだ。だからといって、殊更「刀」だの「桜」だの「琵琶」を持ち出す必要はなかったのだが。
 5曲目などは、8ビートということもあって趣を異にした側面も覗かせている。石井の弾くフォーク・ロック的なものは、彼のVIOCES IN THE NIGHTでも聴かれたように記憶する。川嶋もファンキーな感じで気持ちよさそうに吹く。冒頭からの数曲の「暗」に対して「明」の側面だ。
 6曲目ではバラードを吹く。
 7曲目の情念的な演奏の「暗」の部分と「明」的な展開とを含んだものでは、冒頭の風鈴のような音や鈴が鳴ってこれまた日本的な趣を持っているのだが、これが序章的に効果して次のアグレッシブな8曲目に繋がっていく。ここでは、川嶋が急速なパッセージを含んだ豪快なテナーを聴かせてくれる。
 最後に山田耕筰の「この道」が入っているなぞは、このアルバムが何であったのかを物語ろう。


TETSURO KAWASHIMA:ts,ss
AKIRA ISHII:p
DAIKI YASUKAGAWA:b
MAKOTO RIKITAKE:ds
Nov.6,7.2000
ewe
1.LAMENTATION
2.EMOTION
3.GIFT FROM ANGEL
4.IN OTHER WORDS
5.FREE & EASY
6.CRADLE SONG
7.IN SORROW & IN JOY
8.CHASE
9.KONOMICHI