ARTHUR TAYLOR / TAYLOR'S WAILERS /WAILIN' AT THE VANGURAD

ARTHUR TAYLOR:ds
ABRAHAM BURTON:as
WILLIE WILLIAMS:ts
JACKEY TERASON:p
TYLER MITCHELL:b
Aug 29,30 1992
VERVE

1.STREET INTRO
2.A.T.'S SHOUT
3.BRIDGE THEME
4.BAND INTRODUCTIONS
5.DEAR OLD STOCKHOLM
6.STRESSED OUT
7.SO SORRY PLEASE
8.BRIDGE THEME

9.Mr.A.T REVISITED
10.INTERCHAT
11.SOPHISTICATED LADY
12.IN A SENTIMENTAL MOOD
13.CHELSEA BRIDGE
14.BARLEM MARDI GRAS
15.BRIDGE THEME /SALT PEANUTS

 一日の退屈な仕事を終え、男はイエローキャブを捕まえて"178 Seventh Avenue South"と、とあるジャズ・クラブの場所を告げ行き先を指示する。今日はマックス・ゴードンの店で確かMr.A.Tのバンドが出ている筈だと小脇に挟んだデイリーニューズに目を走らせながら、時折車窓からみえる街並みを眺めたりしていた。クラブの前に車が滑り込み、ドアを開けた途端街の喧噪が彼を待ちかまえていた。男はクラブへの階段をコツコツと靴音を立てて足早に降りドアを開けると、既にその日の主役であるアート・テイラーのバンド、テイラーズ・ウェイラーズはスポットを浴びて演奏を始めたばかりのようだった。
「間に合った」と男は呟き、案内された席に落ち着く。メンバーの紹介をするMr.A.T。自らを「娼婦とヒモのためにドラムを叩いてきた」と自称し、星の数ほどもジャズの名盤に名前を連ねてきたジャズ界のドン。しかし、彼はそんなことはおくびに出さずひたすら若いフロントのミュージシャンをプッシュし続けるのだ。
 
 そんなハードボイルド風なペーパバックの場面にでも出てきそうな雰囲気がするのがこのアルバム。「娼婦とヒモのために」というくだりは、本当のことで、彼アート・テイラーはジャズを芸術だなんて考えたことはない。しかし日々鍛錬を重ね、その影をみせることなくひたすら客を愉しませることに腐心した男のようである。一夜のギグでそこに客が予想だにしなかった何かが生まれることの為に汗を流す。一芸人として全うすることが全てだった。

 テイラーズ・ウェイラーズのものに最初に出逢ったのは、enj a盤の邦題”ソール・アイズ”でこのアルバムのピアニストはマーク・ケアリーで他は同じメンバーだが、ライブの良さは当の本人達さえ予想しなかった劇的なことが起こるというこであろう。「劇的」にと書いたが、劇的に酷いのもたまにあるから良いことばかりではない。
 でもこのアルバムに関しては観客を前にして彼らは見事に「劇的」なノリで演奏を展開してしまった。スタジオ盤では感じられない「汗」が飛び散っている。

 オープニングからハッスルするフロントのエブラハム・バートンのアルトとウィリー・ウィリアムズのテナー。檻から放たれた野獣のごとく荒ぶる演奏は圧倒的だ。
 ビレッジ・ヴァンガードでの演奏で思い出すのが、ビル・エヴァンスのトリオのもので、客の話声やグラスのぶつかり合う音などが演奏の緊張感と共に少し冷ややかな聴衆の反応が感じられたが、このウェイラーズの演奏からはそんな物音など聞こえようもなく騒然とした楽器から発せられる渦のなかに聴衆の動きは完全に埋まってしまっている。勿論当時の録音の仕方とは違うのだろうが。

 さて、それはともかく先ほどのハードボイルド小説の主人公になったつもりで、この激しい演奏を愉しもうかな。

 1曲目2曲目とエキサイティングな演奏を聴いた男は、アフター・ファイブの異次元空間にいることを実感し、隣に座った客のことなど気にする間も与えられなかった。が、ジャッキー・テラソンのピアノをフィーチャーしたピアノ・トリオの陽気なSO SORY PLEASEの演奏になって漸く彼と隣り合った女の時折スマートな足を組み替える動作と共に薫る香水や息づかいを感じた。
 男は膝においていた新聞を床に落とした。それを拾う瞬間見上げた女の顔に見覚えがある。どこかでみた、と男は記憶の隅を彷徨きだしながら再びステージに目をやった。テラソンのソロが終わると拍手がまばらに鳴り、ベースのミッチェル、そしてテイラーのブラシへと渡されていくのを見やっていたが、ブリッジを挟んでこのバンドお馴染みのMr.A.Tになってまた迫力の演奏にすっかり彷徨いだした記憶はどこかにいってしまうのだった。
 バートンの体を捻るように吹くアルトからウィリアムズの激しい息づかいを感じさせるテナー、鍵盤を探るようなテラソンのピアノは激しさを増していきそれがテーマへと繋がっていく。

 後半はデューク・エリントンのメドレィだとテイラーが告げる。静かな出だしが緊張感を誘う。そこで漸く男は隣の女が誰かをはっきり思い出した。そう、このSOPHISTICATED LADYだ。そして僕たちは SENTIMNTAL MOODに包まれた一夜を過ごしたのだという記憶をウィリアムズのテナーの甘美でセクシーな音色によって呼び覚まされた。哀切と号泣のテナーからブルージーなアルトに変わる頃、男は女の顔を見ることなくそっと手を隣にやって細い指の上に重ねた。
 演奏は佳境に入ってラテンのリズムになる。男の手の下で女の指が踊りテンポに合わせて上下した。豪快にスウィングするバンドをバックにうねるバートンのアルト、ラテン調を強調したウィリアムズのテナーは凄まじい。

 SALT PEANATSのシャウトを最後にバンドの演奏は終わった。
「あなた、帰りにピーナッツ買うの忘れないでね」一緒に席から立ち上がった男の長年の連れ合いはそういって先に出口にむかった。
 男は再び平凡な日常に引き戻されるのを感じ溜息をそっと漏らした。
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