書斎の戯れに・・・・

 この頃、ふとした際に靴下の破れに気が付くことが多くなった。
 次から次と破けた穴を見つけて、これはいったどうしたわけかと不思議に思っていた。職場で履いている履き物の性かとも思ったが、どうやら僕の足の指や踵がカサカサに角質化してきたせいらしい。
 足の裏の表情が変わってきたのはここ数年のことだが、以前はすべすべして引っ掛かるものなどなかった踵や足指だったのが、角質化を重ねてまるで牡蠣の貝の表面のように幾重にも皮が硬く重なって、途轍もなく硬い甲羅のようになってしまっている。
 

NEW JAZZ CONCEPTIONS /BILL EVANS

BILL EVANS-p
TEDDY KOTICK-b
PAUL MOTIAN-ds
Sep 18,27 1956
RIVERSIDE

SIDE 1
1.I LOVE YOU 2.FIVE 3.I GOT ITBADAND THATAIN'T GOOD 4.CONCEPTION 5.EASY LIVING 6.DISPLACEMENT
SIDE 2
7.SPEAK LOW 8.WALTZ FOR DEBBY 9.OUR DELIGHT 10.MY ROMANCE 11.NO COVER,NO MINIMUM

 

 時にそれが割れて、履いている靴下の繊維に引っ掛かって動いている内に破れてしまったらしいのだ。
 この前、硬い角質化して割れてトゲトゲしくなった皮を、風呂上がりに書斎の引出からラジオペンチを出してパチッと切った。
 爪切りなどでもよかったのだろうが、余りに頑強な皮膚に仕上がっている皮を弄っていると、こりゃペンチでもなければ切れまいと思ったのだが、パチッと切り落とした牡蠣の殻の一部のような皮膚を見ると、爪の厚さや硬さ以上に分厚さだ。
 そういえば、足の指の爪もそんな具合に硬く分厚く、しなやかさを失ってしまい、爪切りで切る感触も若いときとは違って貝の殻を割るような感じに似ている。切るというより割ると言う方が当たっている。

 川端康成の短編で「片腕」というのを最近読んだ。
 幻夢的な作品で、ある娘の片腕を一夜借りて過ごす主人公の耽美的な表現が印象的なものである。娘の片腕に籠めた川端の表現は緻密で、ある種性描写的でもある。
 しかし異常さや変質的な印象を受けるものではなく、女性の体への或いは母性的な憧れを己のものにしたことによる恍惚感が繊細な描写に籠められている。
 片腕は母体である娘の肉体全てを連想させるが、しかし片腕は片腕であることが、この短編の最後に主人公の「エゴ」を暴露させるのである。
 それは娘の腕と自分の腕をすげ替えるという衝動の顛末から起きるのだが、多分「自他」の不思議を描こうとしたのだろうと浅読みしたのだが、川端の心理描写の結構に呻らされる。
 
 体の一部の描写を扱ったものには多々あろうが、「娘」或いは「女性」の存在を象徴させて描いた作品を他に知らない。その耽美な表現手法の卓越は流石という気がした。

 足裏の皮はともかく、硬い「父の爪」を向田邦子がどれかの作品に挿入させていたのも思い出す。刺さると痛い硬い爪に父の存在を浮き彫りにし、彼女にとっての父の記憶が仄かに描かれている。
 
 体の一部が物語るものに命を吹き込むある種「悪戯(いたづら)心」に表現者の醍醐味を感じとることが出来る。

 「足の裏の皮」とは、結構良いところに目をつけたと我ながら気に入ってるのだが、さてどう膨らませられるか・・・。
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 そんな書斎の戯れに、久々に目も耳も喜ばせてくれるものが届いた。
ビル・エヴァンスの初リーダーアルバム、NEW JAZZ CONCEPTIONS。
 エヴァンスの初期のものは大抵揃えてあったが、この初リーダー盤だけは何故かいつまでも空席のままだった。が、僕の書斎に届かれたこのジャケットを、あたかも感じの良い装丁の書籍のように思われて、あちこちに置いてみては眺めるという戯れをしていた。

 ペンで絵が画れた線にザッと無造作に色づけされたピアノの前に佇むエヴァンス像。額縁にでも入れて飾っておきたくなる造作。アルバムの「顔」が良いと益々中味に期待がかかる。

 リリカル、耽美と謳われた代表作WALTZ FOR DEBBY やPORTRAIT IN JAZZ 、EXPLORATIONSに繋がる独特の和声を響かせ、軽快に流麗にバップを奏でる。
 エヴァンスというとベイシストとの関係が云々されるが、初期のこのアルバムにせよ、次作EVERYBODY DIGS BILL EVANSにしろ、寧ろドラマーが鍵を握っているとように思う。EVERYBODY・・・の方は、P.J.ジョーンスだから殊更そう思うのだが、このアルバムでは代表作同様ポール・モチアンで、彼のドラムが俄にクローズアップして聞こえる。良く聴けば他作とそう違いはないのだろうが、逆に言えばベイシストの個性が薄く一部にソロを挟むが、総じてピアニストの従者の位置づけでしかないということでもある。

 このアルバムで必聴は、WALTZ FOR DEBBYの初演かも知れない。これをエヴァンスのソロで演っているところもレアな愉しみだろう。

 エヴァンスがベイシストとの蜜月を迎える以前の佳作とは言え、書斎に存在感を誇示する逸品だ。
 

 

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