フェイとロックが本国へたどり着いたのはもうすでに日は落ちかけていたときのことだった。二人は先ほどのこともあ
り、かなりの疲労の色が見て取れる。 特にロックは初めての事が連続だったので、その疲労は計り知れないだろう。さすがの若いロックも疲れて、肩が余り
元気ではない。 「はぁ…疲れましたね〜」
口でもロックはそう言った。元々あまり外に出てなかったこともあってはしゃぎすぎた、というのも原因のひとつかもしれ
ない。 「ああ…、早いとこ報告して、今日は終わりにしよう」
そんなロックの言葉を聞いてフェイもそういって返した。さすがのフェイもロックをつれて少しはしゃぎすぎてしまったよう
である。 だんだんと静かになりつつなる街を抜け、二人は一直線に城へと向かった。周りの人影もだんだんとまばらになり、町
は昼から夜の顔へと姿を変えていく。夜になって何も起きなければいいが…と、フェイは歩きながら思ったが、首を振る とまた歩き出した。 なぜかあまり城に着くまでに時間がかからなかったように感じた。やはり疲れているのだろうか。
フェイとロックは任務の完了を報告するために兵士長室へ向かう。さすがにこの時間になると家や寮に帰る兵士達が
ちらほら見え、顔見知りのものはフェイ達に挨拶を交わす。フェイ達はその流れに逆らうようにして赤い絨毯の敷かれた 階段を上っていった。この時間に兵士長室を訪れるのはおそらくフェイ達くらいのものであろう。 いつもの通りにドアをノックして待つと、中から「どうぞ」と声がかかる。フェイとロックはドアを開け、中に入った。
「ご苦労だった」
第一声はそれだった。兵士長もフェイたちの疲労の色を瞬時に見て取ったのである。
「ハッ!二十七番小隊隊長、フェイ・ランライト並びにロック・シーナゲル、以上の二名しかと伝令の任を果たして参りまし
た!」 「うむ。ロックの方も、ご苦労だったな。初めての伝令の任務はどうだった?」
こういった心遣いも忘れてはいない。さすがは全ての兵士を束ねる男である。
「へっ?あ、はい…、と、とても貴重な体験に…なったと、思います」
不意の質問でロックは一瞬答えに詰まったが、やっとの事で口から言葉を吐き出した。だが、いまいち歯切れが良くな
い。 「フェイ」
兵士長…ウィリアムはフェイに向かって言う。
「はい、何でしょうか」
「ルクセントには会ったか?」
ウィリアムの言葉は意外なものであった。だが、フェイはにっこりと笑い、兵士長のほうを向いた。
「はい。依然変わらず、って感じでした。うちの若い奴をいじめてましたよ」
フェイはロックの方に目配せをする。ロックはうつむいたままの姿勢で立ちつくしていた。
それを見て、ウィリアムは声を上げて笑い出した。
「そうかそうか。あいつは変わらずだったか。それは少し酷だったかもしれんな」
二人にはどうも面識があるようだが、詳しい事はフェイにも判らない。
「いえ、根はいい人ですから、一度会ってしまえば大丈夫ですよ」
「お前もよくあんな奴と仲良くなれたもんだよ…」
「だから、いい人だからですよ」
フェイは迷うことなく言い放った。いつもの事ながらその思い切りの良さというか、何というかには驚かされていた。
「ったく…、変わった奴だな」
ウィリアムは小さく含み笑いをする。フェイも同じような表情だ。ロックはこの光景を見てやっぱりフェイ隊長はすごい人
なんだな、と漠然とそう思った。 「っと、すまない。お前達、今日はもう休んで良いぞ。引き留めて悪かったな」
「いいえ。兵士長も無理はなさらずに。じゃ、俺達は失礼させてもらいます。…ロック?ほら、許可も出たんだ、行こうぜ」
ロックの背中をフェイはバンバンたたきながら部屋を出ていく。ウィリアムの顔には二人を見て静かな笑みがこぼれて
いた。 「なんだって?フラップ達が戻ってない?」
帰る前にレイチェルを拾っていかなければならないので、フェイは作戦室に一度立ち寄っていた。ロックの方は寮へ帰
ってしまっている。さすがにまだ子供なので、疲れて眠くなってしまったに違いない。 「そうなんです。エリザさんとかと一緒に待ってたんですけど、…まだです」
受け答えをしているのはレイチェルだ。他にはエリザの姿しか見えない。おそらく夜の見回りの最中であろう。隊長が
いなくてもしっかり仕事はしているな、などと普段では考えないようなことをフェイは思った。 そこでエリザが会話に割って入ってくる。
「キュークとサイカスなら、隊長達の方が遅くなると思ってたんですけど、そうでもなかったんですね」
(いや、キュークはそんなに遠くないだろ…。出たのが朝だったら、寄り道をしない限り結構早く帰ってくるはずだ…。しか
も俺達は寄り道してたんだぞ…) フェイの頭の中に、かすかな不安がよぎる。
「フェイさん?どうしたんですか?」
気付くと、レイチェルが心配そうな顔でフェイの顔を覗き込んでいた。
フェイは慌てて取り繕うように笑う。
「あはは…。いや、ちょっと考え事を…」
「あいつら…寄り道でもしてるんじゃないでしょうね…!私達が歯を食いしばって働いてるって言うのに…」
言うまでもないことだが、これは完璧に嘘である。大体彼女が一日中この作戦室にいたとはどうしても考えられない。
十中八九彼女はいつも通りヴラーグの世話になっていたに違いないのだ。 「まぁまぁ、落ちつい…」
(まさか…?いやでも、可能性はないとは言えない!)
そこでひとつフェイは思い出した。あの時の、あの…。
「どうかした?」
「い、いえ…、ちょっと思い当たることがあります…エリザさん、今日はもうお休みになられて結構で…じゃない、今日は
解散で。見回りは継続してもらって」 「はい…、何かあったら寮の方に控えてるわ」
「では、それで。俺は彼らを探しに行くよ」
「待って下さい、フェイさん!」
レイチェルが声を張り上げる。連れていって下さい――と言われるのは予想がついていた。危険だが…どうしたもの
か。 「危険なんだ…。取り越し苦労だと思いたいけど…」
と言いかけたが、レイチェルの表情は既に決めた事だと言わんばかり。
「覚悟の上です…。連れてって下さい」
フェイにはもうすでに考える時間は残されていなかった。何よりも彼らを探しに行かなければならない。最悪の事態も
考えられるからである。 「まぁいいや。何かあったら俺が守ってやればいい…。じゃあ、行こう!時間はあまりかけられない!」
「はい!」
フェイは部屋を駆け出す。レイチェルもそれに従ってフェイの後ろに離されまいとして必死についてくる。部屋にはもう
だれも残されていなかった。 しばらく走って、フェイは少しスピードを落とした。レイチェルの顔に疲れの色が見えていたからである。いくら急ぐとは
いえ女の子が男のフルスピードについてこれるはずはない――フェイは自分がいかに焦っていたかを素直に反省する。 「…ゴメン。ちょっと急ぎすぎたね。ほら」
フェイはゆっくりと走りながら肩で息をしているレイチェルに手を差し出した。レイチェルはすがるようにその手を握る。
フェイは軽く首を傾げてにこりと笑ってレイに合図を送ると、また少しスピードを上げて走り出した。今度は手を引いてい るので、多少の無理も大丈夫なはずだ…多分。 すでに日は暮れて、天の頂上には独擅場とばかりに半分が欠けた月が蒼く、黒く暗い空をこうこうと輝いてうっすらと
照らしている。あたりには月の光のみがあり、まるで月がこの場にあるかのような感じさえする。 しかし、フェイはそんな幻想的な雰囲気にいながら不安な予感を拭いきれないでいた。いや、むしろこんな夜だからこ
そ言い知れぬ不安がフェイの心を支配するのである。 「フェイさん…」
フェイの顔に布が伝う感覚が走る。二人はもう走ってはいない。周りが暗く、むやみに走るとそれはそれで危険である
からだ。しかも馬のつないであるところは室内なので、さらに光の届きにくい環境であるのだ。さすがに無人で火をたくほ どでもない。 はっとしてフェイはレイチェルの方を見る。この暗闇の中だが、距離が近いため、何とか表情は見て取れる。
気が付くとフェイは汗をかいていた。
「ご、ごめん…。焦っちゃって…」
フェイが焦ることなどはほとんどないが、今回は特別なのかもしれない。フェイは一息ついて一人うなずくと、また歩き
出した。その後少ししてフェイは背中でレイチェルに話しかけた。それが果たして本人に届いたかどうかは定かではない が、言い直すのも何か気恥ずかしい。フェイはただ一言、 「ありがとう」
と小さくレイチェルに言ったのだった。
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