AWKWARD ARCADE

第一話 森の少女 2



「あの、もしかして…人違い…でしたか?」
 少女は不意にはっとした顔をして口に手を当てて見せた。
「あ、いや、俺がフェイだよ。何で君は俺の名を…」
 フェイは手を横に広げ、て、微笑む。
(……)
 自分だけ考えても答えは出ないので、直接本人に聞くことにした。最初からそうすれば良かったな、とフェイは反省す
る。
「私は…、あなたに会いに来たんです」
 少女は言葉に詰まることなくするりと言った。一瞬フェイの思考が止まる。
(…なんだって?俺に会いに来た…?ど、どういうことだ?)
 フェイの思考はさらに深みへと滑り落ちていくのが自分でも分かった。もうわけがわからない。
「な、なんで?」
 そう言うのがやっとだった。
「えっと…、それは…あの」
 何か言いにくいわけでもあるのか、その女の子は先ほどとは打って変わってもじもじしている。フェイは黙っていたが、
「あぁ…とりあえず俺の家に案内するよ。話はそれからでもいいかな?」
 と、助け舟を出した。
「す、すいません…お言葉に、甘えます」
 その女の子はすぐにその助け舟に乗ってきた。
(ま……いいだろ…)
 フェイが後ろを向いて歩いていくと、女の子はとてとてと歩いてついてくる。フェイは女の子の歩幅にあわせてゆっくりと
歩く。女の子は「す、すいません…」といったが、フェイは「いいよ、気にしないで」と言った。
 しかし、少ししてさすがに森の中は歩きづらいのだろうとフェイは思い、すっと手を差し出した。
「え…?」
 女の子はきょとんとしてフェイの手を見つめていたが、フェイが
「ほら…その、歩きづらいでしょ?俺が、手を引くよ」
 と言うと、「あっ」ともらして顔を赤らめて少しばかりうつむいた。
「あ、ありがとうございます…」
 が、素直に手を握り、二人は森の中を歩いていった。


「それで…、君は一体…」
 フェイ達はとりあえず家について、先ほどしようとした質問をした。女の子はすでに落ち着いている。フェイは相手を見
据え、そしてもう一言付け加えた。
「あぁ、言いたくない、又は言えないことは無理しなくてもいいけどね」
(敵じゃあ……ないよな?)
 フェイにはどうしても何か言いにくいことでもあるように見えた。だからフェイは先に言えないことまで無理しないように
負担を軽くして、せめて言える事くらいは言える状況にした。言えないことまで言う必要はないが、なるべくならば素性くら
いは明かしてほしいものだと思ったためだ。
 素性の知れない、…いくら女の子とはいえ、家に連れてくるとは男としても、兵士としてもあるまじき行為だった。だが、
どうしてもフェイには悪い人間には見えなかった。
 付け加えるが、フェイはお人好しだが、決して馬鹿ではない。
「私の名前は…、レイチェル。レイって呼んでくれればいいです…」
 意を決したようにその少女、レイチェルは口を開いた。
「俺に会いに来たって言ってたね…。家は?」
 フェイはわざとそういった質問をしてみた。あえて会いに来た理由ではないことを聞いたのだ。
「この世界に私の家はありません…」
 言って、レイチェルははっとした顔になった。言える範囲のことではなかったのか、それ以上は何も言わないように口を
硬く閉ざす。
 フェイにとっては狙い通りの答えだったが、少し反省した。
(ちょっとせこいマネだったかな…。いやしかし、この世界?とか言ってたけどまさか、――違う世界から来た?しかし、こ
れにはふれてほしくはないだろうな…。決まったわけでもないし、発想が飛躍しすぎだよな、さすがに…)
 そう頭の中でフェイはけりをつけた。
「そうか、家がない…じゃあどうするの?帰るところはないんだよね」
 フェイはさっきの話にはふれないように注意して言葉を選ぶ。レイチェルは安心した表情になった。フェイの心遣いに
対してなのか、ばれなかったことに対してなのか、それはわからない。
「えっと…その…」
 レイチェルはフェイの方を上目遣いで見て、そしてもじもじしている。フェイはすぐに気がついた。我ながら素早い反応
だが……。
「俺の家…なの?」
 おいしい話ではあるが、倫理的によくないし、それにフェイはあまり女の子に対しての免疫も醸成されてはいない。
「ダメ…ですか?」
 もう涙目になっている。フェイの見たところ嘘泣きではなく、本当にフェイに対して懇願しているような感じだ。
 さすがにそこまで言われてこんなお願いをされたら、
「わかったよ…。こんな所でいいなら好きなだけ使って」
 とフェイだけでなく男はみんなこう言うだろう。
「ありがとうございます!」
 ぱあっ、と明るい表情になる。満面の笑みだ。
(言えないこともまだ多くあるようだしな…それは時間をかけて少しずつ聞けばいいか…)
 フェイは自分をそう納得させた。それに……結構悪くないかもしれない。
「それじゃあ、俺は村の外の見回りに行って来るから…。この辺で待っててくれないかな」
 フェイは頭の中によぎる考えをまとめてふき飛ばした。とりあえず距離を取ってみるという考えからだが、理由はそれ
だけではない。
「わかりました…。大変ですね」
 フェイはニコ、と笑った。
「はは…仕事だからね。じゃあ行って来るよ」
 フェイはレイチェルを部屋に残して家を出ていく。少し不安な部分もあったが、それは気にしないことにした。

 村人も起きて活動を開始している。フェイが行くのは村の外だ。特には何もないし、おそらく異常もないだろう。それで
もフェイは見回りに行く。一応戦線も近いし、いつ何が起こるかもわからない。
 とはいえ、分かったところであまり出来ることも多くはないのだが。
 水を汲みに来るときと同じくフェイは入り口から出ていって、村の外へ出る。外は広大な平原が広がっているだけで、
特に何も見あたらない。昨日と同じく、人の影も何もない。
「異常なし…か」
 それでも一応村の周りを歩いてみることにした。住む人自体はそれほど多くないが、畑やら牧場やらで、以外と面積は
広い。歩き回ると結構時間がかかる。それが今回に限っては好都合だった。
(しかし、あの子はいったい何なんだろう?俺に会いに来たということと名前以外は一切不明だしなぁ…。見たところ普通
じゃないようだけど…。悪い人ではなさそうだけど…う〜ん…)
 この時間を利用してフェイは考えをめぐらせる。突拍子もない考えが浮かんでは、そうじゃないだろ、と、自分に突っ込
みをいれ、その考えは消えていく。

 昼頃、フェイは見回りを終えた。結果はもちろん異常なし、である。フェイの考えにも結局決着はつかずじまいだ。なん
だか煮え切らない。
 フェイがうなり声を上げながら自分の家の方角へ歩いていくと、何人かの人影が見えた。よく見てみるとライツさん夫妻
とレイチェルだ。
「おーい!レイ!どうしたんだ?」
「あ、フェイさん!」
 三人が同時にこっちを振り向く。レイチェルは相変わらずにこにこしている。トラブルかとも一瞬思ったが、どうやらそう
ではないらしい。
「この子が家の手伝いに来てくれてね。お礼を言っていたのさ」
 レイチェルの代わりにライツさん(妻)がフェイに答えた。
「でも、この人達もとても良くしてくれましたので…」
 フェイは無言で話を聞く。
「いいのいいの。お互い様だからね。とにかくありがとう」
「あ、はい!またいつでも言って下さいね」
 ライツさん夫妻は去りながら「あぁ、またな」と言った。レイもそれに答え、「いつでも言って下さいねぇ!」ともう一度繰り
返して言う。フェイはその光景を話しかけておきながら呆気にとられてみていた。
「レイ…、すごいな…」
 感心して、思わず口からそういう言葉が出る。
「何か言いました?」
「え?あ、いいや。何でもないよ」
 フェイはあわてて取り繕った。
「フェイさん!お昼にしませんか?私腕によりをかけて作ったんですよ!」
 気付かないフリなのか本当に気付かなかったのか、レイチェルは声を張り上げて言う。
「なに?レイ、君料理できるの?」
 これでまた子の女の子のことが判らなくなったな、とフェイは思った。レイチェルが腕を引くので、フェイはそれに素直に
従い、家の中へ入っていく。
 こうして、フェイは面倒な居候を預かってしまうことになったのだった…。























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