AWKWARD ARCADE

第二話 城の兵士 1

第二話   城の兵士



 フェイが村に滞在する期間は二日間だ。よって、今日は移動日となり、フェイはこの村を一時離れなければならない。
それはいつものことであるが、今回は一つ気にかかることがあった。それは――
「フェイさん!朝早いんですね!おはようございます!」
 ――今まではいなかったはずの同居人。
「おはよう…。眠れた?」
 フェイは優しく言った。
「はい!…でも、フェイさんのお布団使っちゃっても良かったんですか?」
(それは君…、良くないけどやはり女の子をねぇ…)
 と、思いはしたがもちろん口に出すわけも無い。
「いいんだよ。眠れたなら良かった」
 レイチェルは申し訳なさそうににこっと笑う。フェイは手を振りながら微笑み返し、体でもう一度「いいんだよ」と言った。
「で、俺は今日から城の勤務に入…」
 言いかけて、フェイはもう諦めモードに入っていた。それもそのはず。
 レイチェルはフェイのことを潤んだ大きな瞳で見つめているからだ。その瞳の意味することはフェイでなくても感じ取れ
るだろう。
 言うまでもないが、逃げ場などない。
「う、わかった。一緒に行こう…」
 反射的にフェイはそう言った。…いや、言ってしまった。面倒なことは後で考えることにした。今はとりあえず何も思いつ
かないだろう。
「へへへ〜」
 フェイは見えないようにそっと息を吐いた。
「じゃあ、支度して…俺の馬で一緒に行くから…」
 レイチェルは「はい!」と返事を大きく返した。そして鼻歌交じりに身支度を始める…といっても、別に着替えだの荷物
だのはなにもないので、エプロンを脱いで置いておくだけだ。たぶんあのエプロンは隣のライツ夫妻の物だろう。
(なかなか似合ってたんだけどなあ…)
 フェイは大きく頭を振った。
「これで行くんですね?どのくらいかかるんですか?」
 馬宿に着き、レイチェルは無邪気にフェイに向かって言った。ピクニック気分……でも、正直問題はない。
「まぁ、昼までには着くんじゃないかな。あ、馬大丈夫なの?」
 フェイは馬に手をかけ、静かになでながらなだめる。馬は落ち着いているようで、フェイの手に体重を預けているよう
だ。
「馬は大丈夫です。それにしても、結構かかるんですね〜」
 レイチェルは楽しそうな顔をしている。天真爛漫とはまさにこのことだな、とフェイは思った。

 フェイは馬に先に乗って、後でレイを手でひいてフェイの後ろに乗せた。レイチェルの両足は右に投げ出されている。
「しっかり捕まっててね。危ないから」
 レイチェルはフェイにぎゅっとしがみつく。もちろん、いうまでもなくフェイにいやらしい気持ちなどはフェイはなかった
が、悪い気はしなかった。レイチェルはフェイの背中に顔をうずめながら「準備できましたー(と、良くは聞こえなかったが
そう言ったようにフェイには聞こえた)」その言葉を耳で確認した後、手綱を引いて馬を出す。馬はそれに答えてゆっくり
と走り出した。そのまま村を出て、一路西の方角へ走る。
(さて、城に連れていくのはいいけど、どうしようかな…。そうだ、あそこに行ってみるか……いい考えでも浮かぶかもしれ
ないしな…)
 村から出て二時間くらいたっただろうか。やっと空が白々としてくる。そこでフェイは少しだけより道をしようと思ったこと
を思いだした。フェイは手綱を引き、馬は横にそれる。
 馬は道をそれて、少しばかり鬱蒼とした森へ入っていく。
「す、すごい道ですね…」
「いや、少し寄り道してもいいかなと思ってさ」
 レイチェルは何がなんだか判らないような顔をしている。まあ、無理もない。
「今にわかるよ」
 しばらく枝に撃たれながら馬は走る。そして、だんだんと森の木が薄くなってきた。そろそろ『目的地』は近い。フェイは
馬のスピードを下げる。調子に乗ると危険だからだ。おそらく無事にはすまないだろう。
 突然木々が無くなり、目の前の視界が開ける。と同時に馬は足を止め、静かになった。もう二、三メートル行くともう地
面はなく、下はもちろん落ちれば助からないだろう。この場所は崖だった。しかし、そのおかげで遠くまで景色を望むこと
が出来る。
「ほらレイ、太陽が出るよ」
 フェイはレイチェルの肩に手をかけて顔を上げるように促す。
「えっ…」
 少し霧がかかっている山々の向こうに、今まさに太陽が顔を出そうとしている。まぶしいけれど、やわらかい光だ。
「わぁ…、綺麗です…」
 太陽が出た瞬間、周りは柔らかい光に包まれた。全ての生物に、今日という日の朝が来たのだ。
 この場所はフェイが二番目に気に入っている場所である。一番はもちろんルイルツリーの場所だ。ここに自分以外の
人間を連れてくるのは普通ではあり得ないが、今日は特別だ。というより、村に来るときは誰も一緒に来ないので、実は
初めて、である。
「ここ、俺のお気に入りの場所でさ…。綺麗だろ?」
(とは言ったものの、さて…どうしようかね)
「はい…。うっとりしちゃいました…」
 (ま、いいか。それにしても…俺は…。いや、まさかな)
「気に入った?じゃ、もう少しここにいようか…」
 二人は長い時間何も言わずにその朝日を眺め続けていた。
後で気がついたことだが、レイチェルの事を、フェイは考えるのを忘れていたのだった。


 再び普段通りの道に戻ってしばらく走り続けると、地平線の向こうから少しずつ建造物が見えてきた。白く、大きな建
物。
 フェイはそれを指さして言った。
「あれが俺のいる城さ」
 レイチェルは「へぇ〜、そうなんですか〜」と言って一時は納得した様子だったが、すぐに首を傾げてフェイに質問を返
す。言うまでもないが、この状況はフェイには見えていない。
「何をなさってるんですか?」
 レイチェルは思い出したように聞いた。
「あれ?言ってなかったっけ…?俺、兵士なんだ。あの国の」
「なるほど〜」そう言ってレイチェルは胸の前で手をたたく。
 (レイは俺の腰に手を回しているはずだろ…おいおい…)
 フェイははっとして後ろを向く。すると…
「きゃあぁ〜!た、助けて下さいぃ〜!」
 レイチェルは大の字になって地面と平行に仰向けになっていた。速く走る馬の上でこんな事をすれば当然と言えば当
然なのだが…。と、言っている場合ではない。
「ったく…世話の焼ける!」
 フェイは手を差し出してレイチェルの方へ向ける。レイチェルはフェイの手を命からがらつかみ、やっとの事でフェイの
背中にしがみついた。
「大丈夫?」
「…」
 レイチェルは黙っている。よほど怖かったのか、フェイの後ろにきゅっときつくしがみついて微動だにしない。
「危ないから手を離しちゃダメだよ…」
 聞いているのか聞いていないのかは判らないが、フェイは優しく諭すように言うと、レイチェルはやっと口を開いてくれ
た。馬は止まることなく走り続けている。ただしスピードは先ほどよりはやや低めだ。運よく今はなんとかなったが、次も
こうはいかないだろう……そのための用心だ。
「怖かったですぅ…」
 レイチェルはフェイの背中に顔を埋めながら言う。
「危ないからしっかり捕まっててね」
「はい…」
 そうしているうちに街が見えてくる。一応低い塀に囲まれてはいるが、申し訳程度の効力しかない。一応、それから行
けば入り口は門一つだ。
「あれが…」
 レイチェルが声を上げる。もう恐怖は克服したのだろうかとフェイはそう思ったが、またぶり返すと面倒なので口には出
さなかった。
 馬のスピード徐々に落とし、街の前で止まる。そこには門番がたっていた。これまた一応、中に入る人間をチェックす
るという目的のものだ。門の前に二人、上のほうで遠くを監視するのが一人。
「隊長!お久しぶりです!」
 門番はそう言った。フェイはレイに手を離すよう促してから馬を下り、門番に向かって言う。
「お勤めご苦労様です。通していただけますかね?」
 フェイのほうも敬語で話す。
「当然です。どうぞお通り下さい」
 フェイは真面目な表情になる。レイにとってはまだ見たことの無いような表情だ。
「くせ者は一人も通しちゃダメだよ?」
 が、反面、口調はくだけていた。
「ハッ!了解してます!」
 こうして二人は街の中へ入った。入ってすぐ、フェイはレイチェルの前に立ってレイチェルの方へ向く。そして笑顔でこう
言った。
「ようこそバイン王国へ…。バインの国はあなたを歓迎します」
 レイチェルははにかんでうつむくがそんなことはお構いなしにフェイはレイチェルの手を取ってひき、街の中へ入ってい
くのだった。












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