AWKWARD ARCADE

第三話 二つの任務 1





第三話    二つの任務


 城に滞在中…フェイはいつもの通り作戦室にいて特に何をするでもなく座っていた。フェイは(フェイだけに限らないが)
見回りとトレーニングをする以外は特に任務がないと何もしていない事が多い。戦争している最中だというのにここには
まったく関連が無いとさえ言える。
 今は外に行った隊員も多少帰ってきていて、多少にぎやかだ。作戦室が憩いの場となっているのは少し問題があるの
かもしれないが、隊員達はそんなことは気にしていなくて、むしろ兵士であるという感覚すらあるかどうか怪しい。
 しかしそんなことは気にせずに隊員達はあいもかわらずに互いに会話を交わしている。外から帰ってきた隊員もすで
にレイチェルとはうち解けていて、時には笑いながら話をしているのが見えた。
 そんな普段通りの作戦室に、不意にドアをノックする音が響く。
(兵士長か?)
 フェイは直感でそう思った。なので、フェイはとっさにドアの前まで行き、ドアを「どうぞ」と言って開いたく。すると外から
はエリートそうな顔立ちの男が立っていた。
「失礼する」
 そういってドアを片手に持つのはやはり兵士長その人だった。フェイはみんなをまとめるべく、声を張り上げて言う。兵
士長に一歩遅れて後ろに立ちながら。
「みんな!注目!」
 一応隊長らしいと言えばらしい。ただロメオは一人だけ意味深な笑みを浮かべていたが。
「は、はい!」
 みんなは話を一時中断し、兵士長の方へ向き直る。ただ、レイチェルだけは始めてなので、一瞬反応が遅れていた。
 ウィリアムは部屋の中を見回して、ある一点で視線を止めると、普段の顔からは想像できない微笑みで笑いながら声
をかけた。
「君がフェイの連れてきた新しい隊員だな?俺はウィリアム。兵団の長を勤めている。よろしく頼むぞ」
「うぇ?は、はい!こちらこそっ!」
 レイチェルは相当焦りながら席を立ち上がってお辞儀をする。かなり機械的な動きだが、なかなか。
「(俺の時はそんなこと言ってなかったじゃないですか…)」
 ウィリアムはフェイを一瞥して、もう一度レイチェルの方へ向き直ると「よろしく頼む」ともう一度繰り返して正面を向く。
(地獄耳だよな…年のせいか?)
 今度は声を出さずにつぶやいた。さすがにこれでは聞こえまい。
 部屋にいる全ての隊員はウィリアムの言葉を静かに待っている。
 しかしウィリアムは言葉を発さずに胸から二つの封筒を取り出してフェイに手渡した。どうやら見たところ手紙のようだ
が、外には何も書かれていない。いつもの通りだ。
「これでわかったと思うが…また伝令の任務だ」
 フェイはコクリとうなずく。部屋にいる隊員(レイチェル以外)は同じ考えである。
「で、どこへですか?」
「サイカスとキュークだ」
「それほど遠くないですね…」
 さて、じゃあどうしようか、とフェイが言おうとしたとき、隊員の中から大声を張り上げるものがいた。
「隊長!それは俺達で行きます!」
 声を上げたのはつい先日帰ってきたばかりの隊員二人だ。名前はクールディクトとフラップ。
クールディクトは馬術に長けていて、速い馬を持っているために、外への任務をよく請け負う隊員だ。外の世界を純粋に
見て回るのがどうやら好きらしく、かなり外の世界には詳しいといえる。フェイも同じだが、外に出て行く事が多いため、
各地に知り合いがいるらしい。もう一人は外の世界に行くのが好きでよくクールディクトに付き合って行動している人物
だ。基本的に弱っちいクールディクトの護衛役の男で、そういう理由でクールディクトとは仲がいい。
「わかった。じゃあ…キュークの方は頼む」
「はい!クールディクト、行こうぜ!」
「おう!では、今から任務に入ります!」
「おい、フラップ!」
 部屋を出て行こうとする二人を、ひとつの声が遮った。
「悪いな、次帰ったら相手するからさ!腕でも磨いとけよ…クリューガーさんよ!」
 止めたのはクリューガーだった。このフラップとクリューガー、実はライバル同士だったりする。いつもたまに帰ってくる
フラップとクリューガーは訓練場でよく訓練をしているらしい。勝敗は結構五分五分だったりする。
 そう言ってフラップはクリューガーに指で合図を送って部屋から出ていく。フェイは二人の背中に向かって「早く帰って
来いよ?寂しいからね」といったら、「わかってますよ!」と二人は言い残してすぐに見えなくなってしまった。フラップの大
きい体の背に背負われている不釣合いな細長い剣が遠くからでもまだ見えた。
 フェイは見送りを済ませ、またさっきの続きを始める。
「で…もう一つは…すいません、少し考えます」
 ああいった自分から行く奴は止めないが、基本的にはフェイに任命権があるので、だいたいはフェイが自分で一人一
人に任務を言い渡す。といってもあの二人は元はと言うと、フェイが一番最初に任命したのがきっかけだ。
 だが、城に常駐しているメンバーから行くというのもなかなかない事態だ。
(エリザさんは研究だから外に出すのはちょっとな…となるとレイも出せないか…クリューガーはまぁ、城で訓練を積んで
た方がいいだろうしな…。バイパーも同じだよな…しっかりした奴がついてた方がいいだろクリューガーの相手しなきゃ
だしな…じゃあ、俺が行くしかないかな…。久しぶりだなあ、元気かなあの人…なんか楽しみになってきた。よし、じゃあ
…)
「サイカスは俺が行きます。ロック、ついてくるか?」
「は、はい!」
 フェイが笑って声をかけると、ロックはガタ!と大きな音を立てながら椅子からあわてて立ち上がった。
「決まったようだな。では、頼んだぞ」
「了解です!」
 こうしてフェイはロックと共に南にある火山の街、サイカスに伝令をすることとなったのだった。


 規則正しい足音が野原を駆けている。音は二つ。馬の走る音である。多少慣らされた広い、所々の雑草が根を下ろし
ている砂の道にそれはあった。
 王都を出て、真っ直ぐに進む。サイカスに着くまではそれほど長い道のりではないが途中に大きな湖がある。それを超
えた山のふもとにあるのがサイカスだ。それほど遠い距離ではないし、景色もなかなかのもので、それほど苦にはならな
い。
 フェイも何度か行ったことがあるので、もう慣れたものだ。

 フェイの隊に伝令がまわってくるのには、理由がある。
 バイン王国には五つの大隊の他に二十五の小隊があった。元々はただ戦いの為だけに作られた小隊だったが、セル
ガとの戦争の最中、魔法にも力を入れようと言う理念からまず二十六番小隊が出来、その次に雑用及び伝令も必要だ
と考えた国王はもう一つ小隊を作ることを決定した。それが第二十七小隊だ。はきだめ隊と呼ばれて嫌われるのはこう
いう理由からだが、フェイが隊長になってから、フェイを慕う人間が増えたために、その名も完全ではないものの少しず
つではあるが廃れてき始めている。実は比較的新しい小隊なのである。
「サイカス…でしたっけ?どの程度かかるんですか?」
 ロックは馬を走らせながら言う。十才のくせになかなかうまい乗りこなしをしている…といっても三年近く練習すれば出
来て当然と言えばそうなのだが。
「どんくらいかかるかは馬次第だなー。まぁ四時間はかからないと思うぞ」
 フェイのほうも余所見をしながらいい馬さばきだ。
「へぇー…」
「お前あんまり外に出たこと無いからいい機会だろ?よく見ておけよ!」
「はい!」
 ロックは元気よくそう答える。ロックはフェイに付き添って外に出ることは多くあったが、それはバイン王国の街の中の
見回り程度のもので、隣の町に行くこともまれだった。だから、こういうことは珍しい。大きな理由はフェイが今までロック
を外に出そうとはしなかったからである。
 大きな湖の真ん中を誰が作ったのかもわからない橋を通って越え、さらに馬を走らせるとようやく大きな山が見えてく
る。サイカス名物の大きな火山、ザイグ活火山だ。
「あ、あつくなってきましたね…」
 火山が近くにある上に気温がバイン本国よりも高い。ロックが暑いというのもうなずける話だが、フェイは顔色一つ変
えてはいないように見える。それを不審に思ったロックはフェイに聞いてみた。
「何でそんなでいられるんですか…?こんなに暑いのに…」
 フェイはにやりと笑って答える。
「俺はサイカスのことを良く知ってるからな。俺の制服は特注のになってるんだ。通気性の高い、値段の張るやつな」
「ずるいですよ!何で教えてくれなかったんですかー!」
 そういってロックは額に大量の汗を浮かべた。
「ははは!」
(外の世界を知るには…体で覚えるのが一番速いんだよロック…悪いな。まぁ、ちょっと意地悪してやりたい気持ちもあ
ったけど…ね)
「ほら、見えてきたぞ!」
 目の前にはもう家々が見え始めてきている。木で出来た建物が多く、バインの城下町になれている人間には心なしか
暗めに見えるだろう。人々は薄着で行き交っていた。
 街の入り口にはしっかりと警備の人間が立っていて、中に入る人間をしっかりとチェックしている。
「警備ご苦労様です」
 警備の人間にフェイは声をかける。
「本国の兵の方で…あ、ふ、フェイさんでしたか!」
「はい。本国からの連絡書を持ってきました。私は第二十七小隊隊長、フェイ・ランライトです」
 そう言って、フェイは頭を下げる。外へ出たときは必ずこうするのがフェイの中での決まりだった。一応顔見知りであり
ながらも。
 フェイはロックを促して警備の人の前に立たせる。
「ぼ、僕はフェイ隊長の付き添いで…。第二十七小隊隊員、ロック・シーナゲルです…どうぞよろしく…」
「こんな子供が兵士とは…驚きました。あ、お通り下さい!」
 門番は町の中に手を向けて二人の前から横にすっとずれた。
「行くぞロック!」
「はい…」
 別にわざわざ警備の人間に挨拶する必要はないのだが、フェイはきちんと挨拶をする。もちろん他の人間はあまりこう
いうことはしない。制服を見れば誰でも本国の兵士だとわかり、門番のほうから声をかけてくることもないし、こちらから
声をかけることもないのだが、フェイに限っては違う。
 そういう理由と目を引くツンツン頭で、フェイは各地に知れているらしい。
 街の中では本国ほどではないものの、結構な人で賑わっている。地面は土で覆われていて、暑いために草はあまり生
えていない。
「警備隊の所へ行かなきゃならないからな…。しっかりついて来いよ?」
「一体どこにあるんですか?その警備隊の拠点は…」
「火山の入り口の所さ」
「詳しいんですね」
「俺はあの隊にいるからよく他の街に行くんだよ。だからここもよく来るんだ。まぁ、村の買い出しの時も来るかな」
「いいなぁ…。僕も外に出てみたいですよ〜」
 ロックの目は輝いている。無邪気な表情だ。
「ああ。お前ももう立派な兵士だからな…。でもまだ一人で行くのは危険だから俺の付き添いになるけど」
「はい!隊長のもとで勉強させてもらいます!」
 ロックは満面の笑みで答えた。こういうところはまだ子供なんだな、とフェイは思った。
 二人でそう話しているうちにやがて警備隊の詰め所に到着した。この街はそれほど広くないのでそんなに時間がかか
らなかった。
 それでも、警備隊の詰め所は大きくて立派だ。ここの詰め所の入り口には警備員が立っていない。後ろが火山なので
通る人も滅多にいないためだ。わざわざ用もないのにここに来る人間などいはしない。
「本国から来た伝令のフェイ・ランライトです!ここの隊長殿にお目通りを…」
 フェイは中に入るなり、一人の兵士を捕まえてこう言った。兵士は訳を察してか、フェイの言葉を途中で遮り、「こちらで
す」と言ってフェイを促して先を歩いていく。ロックはその後を半歩ばかり後ろをとてとてと歩いてついていった。
 やがて、一つの部屋の前で兵士の足が止まる。ドアには特に何もかかれてはいないが、ここが『隊長殿』の部屋なの
だろう、とロックは思ったが、フェイはいつも通りと言った表情で特に変化は見られなかった。ロックは知ってるんだった
ら勝手に入っちゃえばいいのに、と一度はそう思ったが、思い直して一人うなずくと、ロックもまた、いつも通りの表情に
戻った。
 「では、私はこれで」というと、ここまで案内してくれていた兵士は元来た道を戻って普段通りの業務へ戻っていった。フ
ェイは彼の背中に向かって礼を言うと、次はロックの肩に手を置いて一言告げる。
「一応、失礼はないようにな。まぁ、緊張はしすぎるなってことさ…行くぞ」
 ロックは返事の代わりに敬礼で返す。フェイはそれを確認して、
「本国から伝令で来ました第二十七小隊隊長、フェイ・ランライトです!」
 一、二秒して中から返事が返ってくる。
「入って下さい」
 透き通るような声で、中の人間は機械的な返答を返した。いつもの通りだが、新人のロックにとってこれほど緊張する
場面はないだろう。
「失礼します!」
「し、失礼します…」
 部屋の中は殺風景で、特に目を引きつけるような物は転がっていない。というより、綺麗すぎて何もないので、逆に何
か淋しい感じもする。相変わらずの性格だ。
「変わってませんね」
 開口一番は、フェイのその台詞だった。
「あなたですか…。このごろなかなか来ないから心配してましたよ」
 椅子に座ったままの体勢で若い男隊長は目だけを動かしてフェイの横にいるロックに視線を向けた。
 ロックは射すくめられたように体が固くなる。びく、と体が震えたようにも見えた。彼の視線は結構冷ややかで、最初の
時はフェイの何も言えないほどに緊張したものだった。
 彼の発した質問には動きの取れないロックの代わりにフェイが答える。
「彼は私の隊の奴で、名前はロック。私が外で拾ってきた奴なんですけど…」
「ロックと言うのですか…。私はこのサイカスの警備隊の隊長であるルクセント・ストールです。どうぞよろしく」
「は、はい!」
 もう限界点だ。立っているのがやっとと言った感じに見える。
「うちの新人をそんなにいじめないで下さいよ」
 フェイは冗談交じりに言った。…いや、実は結構本気だ。
「すいません。いや、しかしいい眼をしている…。あなたの噂はよく聞きますが…、いい人材を見つけたようですね…」
 フェイは「あはは」と笑っている。しかし、ふと思い出して、本国から預かってきた封筒をルクセントに差し出した。
「お疲れさまでした。まぁ、私どもの街でもゆっくり見物なさってはどうでしょうか?」
 ルクセントは魅力的な微笑でロックと、フェイを見つめた。
「いえ、あいにくそう言うわけにもいきませんから…。また別の機会に、個人的に参らせていただきますよ。…では、失礼
します!」
 フェイはそう挨拶をすると、ロックの方を見て、方に軽く手を置いた。
 ロックは緊張した体を何とか動かしてお辞儀をし、機械のような動きで体を反転させると、そのままぎくしゃくとした足取
りでドアの方へ先に歩いていく。
 それを見てフェイはもう一度ルクセントの方を向く。
「すいません…。緊張してるのは真面目な証拠でして…」
 と苦笑いをしながら言う。
「判っていますよ。昔のあなたのようですね…」
 言い終わると同時くらいにロックが部屋を出る音が聞こえてきた。
「はは…。覚えておいででしたか…。では、これで本当に失礼します」
 そう言うと、フェイはルクセントに対し深々と礼をする。慣れたもので、美しいとすら言える芸当かもしれない。
「いつでも遊びに来て下さい」
 お辞儀をしたままの姿勢で顔だけ上げて、フェイはにかっと笑う。
 そして、ゆっくりと歩いていき、今ドアに手をかけようとした瞬間、ルクセントの声で、再びフェイはそちらの方へ向く。
「フェイ隊長!一ついいですか?」
「はい…、なにか?」
 よく見るとルクセントはさっきフェイが渡した封筒を、封を切った状態で片方の手に持っている。もう片方の手には手紙
を持っている。本国から来た連絡の書であることはフェイが一番よく知っている。
 ということは、おそらくそれ関連の話だろう、とフェイは思った。だが、ルクセントがあわてて人を呼び止めることなど、
めったにない。
「フェイ隊長、帰り道も十分に気を付けられた方がよろしいですよ…」
 何の話かはよくわからないフェイだったが、とりあえず笑って返事を返す。あの人が言うことだ、気をつけたほうが良い
だろう。
「大丈夫です!心配いりませんよ!」
 フェイはロックの待つ廊下へと姿を消した。



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