AWKWARD ARCADE

第三話 二つの任務 3





 フェイ達は街の入り口近くにつないでおいた馬に十分水と食べ物を与え、それに乗って門番の兵士に再び挨拶をする
と、サイカスの街を後にした。出るときに門番が「また来てください、フェイさん!」と言っていたのでフェイは「またすぐ来
ますよ」と言ってロックと共に手を振って返し、それでフェイ達は思いっきり馬を走らせる。
 行きと同じ道を二人は走っていた。サイカスの街から遠ざかるのと同じに周囲の気温も少しずつ下がっていくのがわか
る。
 あそこの街になれてしまうと少し肌寒くも感じられ、何か物足りないような気さえした。太陽も結構傾いてきているし、そ
れを考えると結構な温度差があるのではないだろうか。本国では今秋口なので意外と夜は冷えてきている。
「フェイ隊長!」
「なんだよ」
 街から出てしばらくして、ロックはフェイに話しかけた。馬の蹄の音がうるさくて大声で話さなければ聞こえないので、ロ
ックは大声を張り上げた。
「あの伝令書には、何が書いてあったんですか?」
「知らないよ!だけど、ルクセント警備隊長が…、気になることを言っていた!」
「何ですか?」
 フェイは言うか言うまいか一瞬ためらったが、もう半分言ってしまったので結局、言うことにした。何も隠すことでもない
し、というよりいわないのも考えてみればおかしい気もする。
「多くは語らなかったけど、ただ一言『気を付けろ』と、…そう言ってたんだ」
「気を付けろ?」
「ああ。おそらく、あの伝令書を開いてから言った言葉だから、あの内容に関係していると思う…。だけど、何に気を付け
るんだろうな?」
「さぁ…、内容は知らされていないんですよね?じゃあわからないですよねー…」
「別れ際に言ったわけだし、何も疑問はないと言えば無いんだけど、あの人がわざわざ俺を呼び止めたってのが気にか
かるんだよなぁ…。何かあると思うんだけど…、確信はないしな。しかし、用心に越したことはないだろうさ!」
 ロックはフェイの話を聞いて考える。フェイが言ったことは嘘であるはずはない(ロックがそう信じているだけ)し、何より
フェイが人の観察をしたら右に出る物はないと聞く。ということはあのルクセントがフェイを呼び止めるという行動には何
かが隠されているのはかなりの確率であると言っていいだろう。
 それをふまえて言えることは、伝令書の内容がわからない以上、どんなことに気を付けるかは具体的には予想がつか
ないが、何があるにせよ気を付けて行動をする、と言うことだ。ロックは年少だが、なかなかそのくらいの頭は回る。
 それから二人は行きにも通ってきた湖にさしかかった。
 湖は行きと同じように静かに水をたたえていたが、湖を渡す橋は行きとは雰囲気が違っていた。原因は、その橋の間
に居座っている奴ら、である。
(何だあいつら…。普通の人たちとは何か雰囲気が違うようだが…)
 数人の男達が端の中央で広がっていた。その手にはしっかりと剣や、その他の武器が持たれている。横を通り抜けら
れるような隙間もないし、奴らの方も通す気は更々ないように見える。ロックもただならぬ雰囲気を察してか、走る馬を
ゆっくりと止め、その手は腰にある剣へと当てられている。
「…!」
 ロックはフェイの顔を盗み見た。すると、今まで見たこともないほどに真面目な、というよりきりっとした顔をしている。
 正直どちらかというとフェイはいつもニコニコしていて、真面目な表情になる事はなるが、相手を軽く睨みつけるほどの
気合を入れていることは今までそうなかった。
(やる気満々のようだな…ああ、道変えとけばよかったかも…避けては通れないよな…嫌だな)
 ついに奴らはフェイ達に気付き、そして手にある武器を振り回しながらゆっくりと歩み寄ってきた。ゆっくりとではあるが
ジリジリと近づくこともせずにどかどかと歩み寄ってくる。構えもしていないところを見ると、どうやらそこまでの奴らではな
いなとフェイは思った。
「何だぁ?お前らぁ…」
 ロックはまたフェイの顔を盗み見てみると、今度もまた驚いた。
 今度はニコニコと穏やかに笑って男達の方を見つめていたのだ。それも、取り繕った感などまったく見えない。
「この橋を渡りたいのですが、少し避けてはくれませんか?」
 フェイは友好的にそう言ってみたが男達は数人で顔を見合わせ、なにやらニヤニヤと下品に笑っている。結果は分か
っていたが一応律儀にフェイは男達の答えを待っていた。
「ただで通すわけにはいかねえなぁ…」
(やっぱりな…。さて、どうすべきかな…戦うのってのは避けたいところだけど、無理だろうな)
「見たところお前ら…、王国の兵士だな?」
 男達は敵意をむき出しにしてそれぞれの得物をさらに強く握り締めた。それを見たフェイは決心せざるをえなかった。
(だよなあ…だったらせめて、戦いやすくしないとな)
「気付きました?さっきの奴らよりは見る目あるみたいですね」
 フェイはあいも変わらず楽天的な態度だ。ロックは見て思う。この人はこういった危機を楽しんでいるのではないか、
と。もちろん本人にとってはそんなことはまったくないのだが、客観的に見るとそう見えてしまう。実際は結構ひやひやし
ているのだが、それこそ外には出さないので他人にはわからない。
ロックはフェイの出方を静かに待つ。そして剣を握る手をさらにきつく締めた。
「なめてんのか!」
「ハッ!王国の兵士は邪魔だからな。悪いが死んでもらう!」
(やっぱりやる気か…。まさか魔導士とかいないだろうな)
 フェイは背中の剣に迷わず手をかける。しかしすでに構えていた敵の攻撃の方が若干速く、剣閃は確実にフェイの姿
をとらえていた。
 ガギィィィン…!





 しかし剣はもう一つの剣によって止められていた。剣のぶつかり合う音が周囲に高々と響きわたる。
「フェイ隊長!大丈夫です…あれ?」
 ロックは敵の剣を受け止め、そしてはじき返して後ろをちらりと見る、が、フェイの姿はなく、血も落ちていない。
「ロック…やるねぇ!」
「てめぇ…いつの間に…うぐっ」
 フェイはさっきの位置から距離にして数メートル先で武器を構えながらロックの方を見ていた男のすぐ横にいた。何を
したかはわからないが、男はすでに崩れ落ちてしまっている。
 それには相手だけでなくロックさえも呆気にとられる他なかった。
「ロック!そいつは任せたぞ!」
「は、はい!」
 フェイの方には後二人残っていた。その二人はフェイを逃がすまいとものすごいスピードで突進してくる。
「速いね!」
 一人目の攻撃は後ろに飛んでかわす。しかし、二人目がいた。
「もらった!」
 一人目を飛び越えるような形で上から剣を振り下ろす。合図もなしに、いい連携だ。
 フェイは剣でその攻撃を受ける。受けたはいいが、フェイは下の位置で剣を受ける形になってしまう。
(相手が魔導士だったらここで一発受けたかな…。しかし、このまま押し合うのなら下の俺の方が不利なのは変わらな
い!ど、どうする…?)
 フェイは剣を押す力を弱めることなく、前方に蹴りを繰り出した。不意打ちだったためか、相手は派手に吹き飛び、そし
て地面にたたきつけられる。フェイも予想外だったが、相当なダメージだったようだ。
(たまたまだけど…よし。これでしばらくは立てないだろ…)
「後一人!」
 今度はフェイの方から攻撃を仕掛けていった。もちろん相手は剣で受ける形になるのは言うまでもない。かわすなんて
ことはフェイの前ではかなり難しいだろう。
 今度はさっきのような力押しの勝負ではなく、剣技、手数の押収だ。
「くっ…、なんだ…」
 フェイは目にも留まらぬ速さとも言えるスピードで剣をありとあらゆる方向から繰り出す。相手は防戦一方になるほか
無い。しかも防戦にまわっていても反撃の隙など無く、一瞬でも気を抜いたら斬られるかもしれない。
 上下左右、全ての方向からの剣閃。ある程度受け切れているのが不思議なくらいである。
 フェイは一瞬だけスピードを落として、剣をひく。と、その隙を見て相手はフェイに向かって何とか剣を横に振って反撃
した。
「…!き、消えた?」
 よくて牽制のつもりで剣を振ったのに、この至近距離で剣を振ったのに、フェイは剣で受けずにかわした。しかも視界
から消えている。
「…下だよ。見えるかい?」
 フェイはさっきの剣撃を重力を無視するような速さでしゃがんでかわし、相手の視界から姿を消すと、そのしゃがんだ
状態から足のバネを利用し、勢いをつけて下から剣を振り上げる。場合によっては下からの攻撃は有利となり得る。
「うわ!」
 フェイの剣は相手ではなく相手の剣に向かって走っていた。そして、フェイの剣は見事に相手の剣に命中し、不意をつ
かれた相手の手は衝撃に耐えきれずに剣を離してしまう。と、剣はくるくると空を遊泳し、そしてついには湖の水の中へ
大きな音を立てて落ちた。
 相手の意識はこの一瞬、剣の方へ向く。フェイはこの隙を逃さずに、回転の勢いをつけて腹に強烈な回し蹴りを食ら
わせた。
「う…はっ…!」
 二度の不意をつかれて、相手はついに昇天してしまった。白目をむいて完全にのびている。もう起きあがる気配はな
い。
「さぁて、一丁上がり…と。ロックの方はどうなったかな?今回は手伝ってやんなきゃいけないかもなぁ…」
 ロックも、その相手も、未だに傷は一つも付いておらず、決着はついていなかった。だが、肩で息をする二人の姿が激
戦を思わせる。
(まぁ、少しは手練れてるようだけど…。実力ではロックの方が上のはずだ…、多分)
「はぁ…はぁ…」
 さすがに強い。盗賊にしておくには少しもったいないくらいの実力であるかもしれない。と、ロックは思う。しかし、ここで
自分が負けるようであれば、自分にこそ兵士である資格はない…、でも――。
(?…ロックの奴…。しょうがない奴だな…まぁ、人のことは言えないけどさ…でも、俺の二の舞だけはさせたくないな)
 叫び声と共に相手はロックに向かって剣を振り上げて接近する。ロックは一歩も動くことなくそれを剣で受け、はじき返
すが、その後もまた相手に先手を取られて、ロックは剣で防ぐ。
「ほらほらどうした!その剣は防ぐだけの代物かぁ?」
「くぅ…!」
「そうだぞロック!少しは攻めてみろ!」
「は?」
 ロックの注意が一瞬フェイの方へ向いた。その隙を逃すほど相手の方もバカではない。完全に隙を衝いて音も立てず
に剣撃を放ち、ロックの体を真っ二つにしようと襲い掛かる。
「やばっ…悪いロック」
「わぁぁ!不意打ちは卑怯ですよ!」
 ロックはすぐさま体勢を立て直そうとするが、もちろんそれが間に合うはずもなく、一応剣で受け止めたものの勢いで
吹っ飛ばされる。
「痛そう…悪いなロック…」
 しかしロックは即座に立ち上がり、元の構えに戻る。相当丈夫なようだ。やはり暇な分鍛え方も半端なものではないよ
うだ。
「チッ…なめやがって…」
「フェイ隊長!痛いじゃないですか!」
 ロックはフェイの方へ向かって叫ぶ。今度はさっきより相手との距離が離れているので隙をつかれることはない。おそ
らく魔法も使えないだろうから、今はとりあえず先手を取られるということはないだろう。
「ば、バカ野郎!こんな事で隙作るなって!」
「へ〜ぇ…」
 二人の会話は相手を挟んで行われている。つまり二人は相手を挟み撃ちに出来る状況なのだが、別にそう言った気
は全くないようだ。
「そんなことより!お前、手加減してるだろ!」
「なに…手加減だと…」
 男は背中越しにフェイの言葉を聞いてぴくりと体を振るわせた。子供に、しかも手加減されてこの程度といわれれば黙
っていられるはずもない。
「て、手加減なんか…」
「とぼけるなよ、ロック!さっきのことがまだ頭に残ってるんだろ?」
「…!…でも、僕は…」
 ロックは相手を見据えながらもその目には迷いの色が明らかに出ている。距離からしてフェイには見えないだろうが、
何故わかったのかは本人だけの秘密だ。
 フェイはロックを諭すように優しく…ではなく、ぴしゃりと突き放つように厳しく言い放った。
「なめてんのか!命かけてかかってくる相手に本気で相手しないなんてのは兵士として失格だ!殺せとは言わないけど
…。だけどな、お前の実力が強すぎるとでも思ってるのか!それこそ傲慢なんだよ!若いくせに、細かいことばっか考え
るな!」
「…。わかりました」
(…とは言っても、そう簡単にはいかないだろうな…。俺だって……)
「ハァッ!」
 掛け声と共にロックは勢いよく地面を蹴る。大男を吹き飛ばすほどの脚力だ。それも半端なスピードではない。一瞬だ
が、相手は面食らって動きが止まる。
(え?)
 と、ロックはものすごいスピードで直進しているのにもかかわらず、相手の直前で真横に跳ねてフェイントをかける。正
面で打ち合うことを予測していた相手はもうすでに剣を構えていたが、それで完全に不意をつかれてしまった。
(あれじゃ俺だって無理だよな…。と言うか、切り替えが早いな…見習いたいよ。お前を、な……)
 そしてロックは橋の手すりを蹴って今度は反転し、相手に飛び込んでいく。
「くらえェ!」
「来いっ!」
 激しい金属同士の衝突する音があたりに響いた。火花の一つでも出たのかもしれないが、それは今関係のないこと
だ。怒った男は我を忘れてロックに襲い掛かる。

 一本の剣が転がっていた。それは言うまでもなくロックの物ではない。
「クソ…手がしびれる…」
(…まずい!)
「うまくかわしたみたいだけど…」
 そう言ってロックはさらに止めの剣を振りおろす。
 しかし、その切っ先が男を二つに切り裂くことはなかった。フェイがとっさに間に入り、後ろ手で持った剣でそれを防い
でいたのである。
 ロックは剣に込めた力をふっと抜き、
「た、隊長…」
 と、一言。
 フェイはまずロックの方へ向き、穏和な表情とそれに似合った声でつぶやく。意識はロックに向いているが、背後の男
の存在をしっかりと警戒しているので、一応そこは心配ない。
「ロック、俺が言ったのに悪いけど、さ…。やっぱり人をむやみに殺すのは良くないよ…な?」
「た、隊長…すいません…」
 ロックは剣をひき、そして元の腰へ納める。それを確認したフェイの方も剣をひき、今度は先ほどの襲撃者の方を鋭い
眼光でにらみつけた。
「お前ら…、一体何者だ」
 そう言って倒れた男に剣を向ける。男は小さく「ひっ」と息をもらしたが、すぐに余裕を取り戻した表情に戻る。と言って
も、それが虚勢であることは誰の目にも明らかだ。
「へっ、俺達は盗賊団…、エックス・オプティクス…」
 そう言われて頬の辺りに『X』の文字が刻まれていることに気がついた。オプティック…目にその細工はさすがにされて
はいなかったようだが、しかしそんな名前の盗賊団は聞いた事がなかった。
「…目的は?」
「お前らを襲ったのは…、王国軍が俺達にとって邪魔だったから…だ」
「そうか」
 そう言ってフェイは剣を背中の鞘へと戻した。
「何のつもりだ?」
「見逃してやる…。ただしこれ一回きりだ。次はないよ?」
「後悔するぜ!俺は雑魚だが…覚えていろ!本物のエックス・オプティクスをなめるなよ!」
「仲間を連れてさっさと消えろ…」
 そしてその男は仲間を起こして足早にその場を逃げていった。
「隊長…」
「甘っちょろいなんて言うなよ。…この判断が吉と出るか凶と出るかはわからないけど、ま、いいだろ?」
 ロックは穏やかに笑う。フェイの方も「フッ」と笑って、「さぁ、帰ろうか」と言って馬の方へ歩いていく。
 甘っちょろいなんてとんでもなく、むしろロックはフェイへの信頼をさらに確信していた。








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