AWKWARD ARCADE

第四話 帰らぬ伝言 3





「フェイ隊長。まさか一人で行くなんて事はありませんよね…」
 作戦室に入るなり、ロックは静かな口調ではあるものの、反論を許さないようなそんな気迫でフェイに詰め寄ってきた。まるで先ほどのフェイの様子と同じような感じである。しかしロックはフェイに請願でもしているような、強い態度とは裏腹にそんな面もあるような…そんなように見て思う。フェイは返す言葉を失ってしまっていた。
 はっとして部屋全体を見渡すと他の兵士達も同じような表情をしている。まるで一つの意志がその部屋を包んでいるがごとく、部屋の雰囲気は外のそれとは一風、変わっていた。エリザや、レイチェルまでフェイの事を強く見つめ、悪い事もしていないのに緊張して汗がどっと流れてくる。
 反論は許されない。
「お前ら…」
 フェイは部屋の面々を一人ずつ見ながら言う。フェイは皆が何を言いたいか悟った…というより何が言いたいかはフェイが一番理解していた。自分で決めたことだから。
「隊長一人で行かせるようなマネは、僕達には出来ませんよ」
 さわやかな笑顔と共に、バイパーはフェイに剣を突き出して見せた。剣を背負うためのベルトについている鎖が擦れてしゃらん、と綺麗に音がなる。
「フラップがやられたんだ…仇をとらなきゃアイツは浮かばれねえ。俺も行く…いや、行かせてくれ!」
 クリューガーに顔をくしゃくしゃになるまでの力を入れてまでフェイに言った。
「バイパー…、クリューガー…」
 フェイには何も言い返せなかった。名前を呼ぶ以外、言葉がうまく出てこない。自分が何を感じているのかもよくわかっていないような、ふわふわした気持ちだった。
「隊長のおかげで今の僕がいるんです!僕は隊長と共に行きますよ!」
「ティンガース…、お前…」
「私だって…普段はあんな態度だけど…、仲間を…」
 エリザも負けじとフェイに言い寄った。普段の強い口調ではないが、こちらの方がよほど説得力がある。
「わかってます。あなたが仲間を思う気持ちがどれほどのものか…。しかし…」
 エリザはフェイのことを真っ直ぐに見つめている。フェイは少しだけうつむいてその視線から逃れるしかなかった。
 今度は違う方向から席を立つ音が聞こえてくる。
「フェイさん、私はまだ少ししか一緒にはいませんけど、みなさんがフェイさんや仲間を思う気持ちは痛いほど伝わって来るんです…」
 レイチェルだった。言葉の一つ一つ、重くフェイにのしかかってくるだけでなく染み込んでくる。胸が締め付けられるような思いにフェイは駆られた。
「レイ…君まで…そう思うのか…」
 レイチェルの言い分はわかる。みんなの気持ちも分かってはいる。しかし、任務(城下の警備)のこともあるし、何よりも危険が伴う。全員で報復に行くわけにはいかないだろう。
 そうなるとすればやはりフェイが一人で行くという選択肢が一番良い選択だと思っていたのだが、実際ウィリアムにはそう言ったものの、みんなの気持ちに触れて、フェイは迷っていた。
 よく考えてみれば一人で行ったところで何が出来るというのか。それはただの傲慢ではないのか。それで自分は本当に納得できるのだろうか。
「フェイさん…私からもお願いします…みなさんの気持ちを…どうか…」
(レイ…、みんな…。俺は…)
「隊長、俺からも一言言わせてもらうぜ…」
「ロメオさん…」
 ロメオはゆっくりと席を立ち上がるとそれはまたゆっくりとした歩調でフェイに歩み寄ってくる。その一つ一つの動作が威厳のような、そんなようなものを感じさせていた。その動作で、逃げ出したいような気持ちがフェイの心を支配する。
(臆病なのは相変わらずだ…。一人で行っても…死ぬだけだよな)
「あんたはまだ若い。そんなに難しく考えるなよ…。あんたはこの隊に必要な存在なんだ。一人で勝手に死なれちゃ困るんだよ…。死ぬんなら順番てのがあるだろ?奴らはこの俺より先に死んじまったが…、これ以上は俺が許さねぇぞ…!」
 重く、そして的確な言葉。それはフェイの心に深くしみこんだ。それに対しての反論の言葉などあるわけもない。しかし…。
(ごめん、みんな…。間違ってるよな、こんな考え方)
「……………。決めました、ありがとうございますロメオさん。ですが、この俺も反論させてもらいます」
 フェイの顔にいつもの力が戻ってきていた。ロメオはそれに気付いたのかもしれない。少したじろぎながら眉を吊り上げてフェイの言葉を待っている。
「?」
「あなたもこの隊に必要な存在だ…、死ぬなんて簡単に言われちゃ困ります…。そして…」
 フェイは顔を上げ、部屋全体を見渡す。さっきとは違い、強い目をしていた。
「お前らもだ…。この隊に必要ない存在なんかいないはず…。誰もがそれぞれ必要なんだ!だから、行くのなら死ぬなんて言わせない!…それが条件だ、わかったな!」
「シャアァーー!さっすが隊長だァ!」
 みんなは一斉に立ち上がって互いに手をたたいたり、抱き合ったりしている。ちなみに叫んだのはクリューガーである。
(遊びに行くんじゃないんだよ?死ぬかもしれないのに…。はは…、うじうじ考えてたのは俺だけか…。おっと)
 一歩前に進み出て、さっきからずっと頭を垂れていたレイチェルの肩に優しく手を当ててフェイは微笑んで言った。
「ありがとう。君のおかげだよ…。俺は間違ってた。みんなの気持ちも考えないでさ…。本当に悪いと思ってるよ。わかってるふりして、なんか自分だけで勝手に考えて、カッコつけてただけだったのかもしれない。レイ…、君は本当に優しいね。気付かされたよ」
 レイチェルは顔を上げる。そこには満面の笑みがあった。フェイは一瞬どきっとしたが、どうやら顔には出なかったようだ。
「こちらこそありがとうございます…」
 謙遜を忘れないレイチェルのその姿勢をフェイは見習いたいと思った。レイチェルも、この隊のことを思っていてくれたというのがフェイにとってかなりうれしい。
「レイちゃんには優しいのね。隊長?」
 隣にいたエリザはフェイに(いらやしく)ニコニコした顔でそういった。
「からかわないで欲しいなぁ、エリザさん」
 エリザはさらに何か言いかけたが、フェイに手で遮られて口をつぐむ。フェイは「ごめんなさい」と言って軽く頭を下げた。
 フェイはエリザとレイを一旦みんなの方へ促して、フェイはもう一度声を張り上げて叫ぶ。
「お前ら!水をさすようだが、敵のアジトの場所も知らないだろう!」
「え?」
 盛り上がった雰囲気が一瞬止まる。
「そういや、そうですね…」
 バイパーは思い直したように顎に手を当てた。
「あぁぁ!それじゃダメじゃないですか!」
「…、誰も知らないよな、当然…」
 場の空気は一変する。それが何よりの答えとなっていた。フェイは大きく、わざとらしくため息をはくと強気に笑って見せ、胸に手を当てた。
「それに関しては俺に任せてくれ!調べてみる」
 隊員達に笑顔が戻る。バイパーだけは胸に手を当てて胸をなでおろしていた。
「頼むぜ、隊長さんよ…」
「ロメオさんに言われちゃ頑張るしかありませんね。任せて下さい」
 もう一度フェイは笑い、手を握ってこぶしを胸に当てて見せた。
「じゃっ、一時解散と言うことで」
 それで緊張の糸がぷっつんと切れてしまったようにみんなは一気に脱力し、ほっと肩をなで下ろした。そこでロックがフェイの方へ再び歩み寄り、手でフェイの服の袖をくいっと引く。
「ん?どうしたロック?」
「隊長…、一体どうやってアジトを調べるんですか?」
 フェイは意味ありげににやりと笑うと、ロックの頭に手を置いてつぶやいた。
「それは秘密さ。ま、いつか教えてやるよ」
「えぇ?わかりませんよー!」
 ロックは膨れたが、
「ははは!その時まで待つんだな」
 フェイはロックの頭をぽんとたたいて今度はにこりと笑って返した。それを見てロックも笑う。どうやら諦めたようだ。フェイはロックをその場に置いて自分の席へ向かった。
 一応隊長であるフェイの席は用意されている。隊長席だ。もちろんのことだが兵士長室にある椅子や他の隊長席とは格が明らかに違う。申し訳程度の造りだ。フェイにとって座れれば何の問題もないと言えば無いのだが。大きめに作られた机と、椅子と本棚。隊長に与えられたものといえばそのくらいだ。それはほかの隊でも同じだがこの隊は使い古しなどが集まっている。その部分でも掃き溜めなのが痛い。
(それにしても、奴らのことはわからないことが多すぎる…。俺達が街の警備をしている以上だいたいの情報は入ってくるはずなんだけど…、そうだよな、だいたい盗賊団やらなんかの情報は俺達の方が知ってるはずじゃないか…。上層部は知っていて隠したって事になるな…。あの伝令書の内容がそれに関することなら、だけど…。まぁそのことは今はいいか。仲間がやられたんだ、是が非でも奴らのアジトの場所は調べておかないといけないな…。当てはある。だけどあそこでわからなかったらどうしよう?)
「おい、隊長…、さっきはよくも言ってくれたな…」
 フェイは肩肘で頬杖をついていた姿勢を崩してその声の主がいる方へ顔を向ける。それは、ロメオだった。今までの思考は記憶の引き出しに閉まっておく事にして、声の主へ集中する。
「す、すいません…、青二才がちょっと出しゃばりすぎましたか?」
 ちょっと後悔した風にフェイはロメオに言った。ちょっとさすがに格好つけすぎたかなと、少し反省していたからだ。
「いや、成長したな」
 だが、それはあまり気に留めていなかったようでフェイは少し安心した。
「あはは…」
 もう笑うしかない。
「いや、俺はそんなことを言いに来たんじゃねえんだ…。ちょっと、お前さんと話がしたくてな」
 世間話ではないことくらい、それはフェイにも予測できた。今話題に上がるのは、あの話題以外には考えられない。
「『エックス・オプティクス』の事ですね?」
「おう、話が早いな。さすがは、と言ったところか。そうだ、それについてだが、俺はつい二、三日前にそれ関連の話を聞いたんだ…」
 フェイの表情が一変する。
「行きつけの酒場でですか?」
 つい少し声が大きくなるのは仕方がなかった。
「あぁ…」
 フェイはロメオのために席を立ち上がってあたりの置いてあった椅子を持ってきて座るようにすすめる。ロメオは「おお、すまんな」と言って素直にそこに腰掛けた。そして一息つくと再び語り始める。
「つい最近新しい盗賊団がこの辺界隈を根城にして暴れ回ってるってな…。俺はそん時は気にもかけなかったよ。この街の警備は他ならぬ俺達だからな」
「そうですね…まさかこんな事になるとは…」
「そうだ、しかし、完全に予想できなかったことでもない…」
 フェイは少し驚いたが、何とか平常心を保って話を聞く姿勢を崩すまいとしている。さっきのように声を張り上げるようなまねはしたくなかった。
「奴らが王国軍の兵士を殺した、って噂も一緒に聞いたんだよ…」
「それは本当ですか!」
 だが、それは叶わずまた大声を張り上げてしまう。さすがのフェイもそれには驚いた。
「落ち着いてくれ…。確かに聞いた…、だからこれは俺の責任といえなくもない…」
「い、いえ…それは予想の範囲外のことですよ…ロメオさんのせいじゃありませんて」
 ロメオは軽く笑って今度はフェイに質問をしてくる。この辺の落ち着き具合はさすがロメオと言ったところだった。
「奴らの戦力は予想できるか?」
 またアドバイスを交えた答弁をしてくれる事だろう、とフェイは思った。本当に頼りになる存在だと思う。ちょっと頼りっぱなしだと思う時もあるが…。
「あの二人は雑魚ではありません。彼らがやられたとなると、それは結構出来る奴がいるだろうということになります。しかし、人数がわからない以上そこで判断するのは難しいでしょうね。で、俺達を襲った奴らは、全部で五人程度、強さとしてはたいしたことはありませんでした…。おそらく、実力としてはたいしたことはないでしょうが、一応注意は必要だと思います。自分は雑魚だと言っていましたから、上下での実力差はかなりあるかもしれませんね」
「上出来だ。お前ひとりで何とかなる相手じゃあないな。魔導士はいたか?」
「いませんでした」
 あの中には、と言ったほうが正しいだろうが、元々この大陸にはあまり魔導士はいないのだからそれほどの人数はいないと考えていいだろう。いたとして一人か二人、と言ったところか。
「そうか。こっちの戦力って言ったって、せいぜい八人程度だ…いくら個人の能力が高くても数がおおけりゃなにも話にはならん…まして一人ではな」
「すいません…短慮なもので…」
 フェイはあのときの感情の昂ぶりを素直に恥じた。ウィリアムに向かって言った言葉も今となっては恥ずかしい思い出だ。
「もし数が多かったら、その時はどうする?」
「その時は…」
 フェイははっとした。盲点だった。
(そこまで考えてなかった…。ロメオさん…、鋭いですよ…)
「そん時はしっかり逃げる手筈を整えるんだぜ?」
 ロメオは肘をついた手で指を突きたててひげ面にしわを寄せて微笑んだ。よりによってフェイの得意とするところを見逃していたのが痛いところだったが、ロメオのおかげで思い出す事が出来てよかった。
「はっ、はい!わかりました!貴重なアドバイスをどうも…」
「死に急ぐ若い奴らをたしなめるのが老人にとっては生き甲斐なのさ。無理はするなよ?よし、俺からの説教はこれまでだ。後はしっかり頼むぞ隊長…」
「二度も念を押されちゃ困りますよ…プレッシャー感じちゃうじゃないですか」
 そう言いながらも、フェイの表情には笑顔が戻ってき始めていた。












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