AWKWARD ARCADE

第四話 帰らぬ伝言 4





 結局フェイは昼の間は一歩も城を出ることはなく、夜までずっと城の作戦室に、その身を置いていた。しかしそれを言及する者はなく、みんなは普段通りにふるまっていた。みんなの顔に焦りの色は見て取れなかったがその代わり、いつもより魂のこもった表情をしていたようにフェイは思う。
 兵士にとって仲間の死は当然の事であり、その仲間に対する最大の餞となるのは仇を討つことだと兵士である皆(見習いのレイチェル以外)は理解していた。レイチェルも悲しみを噛み締めているようだったが、それを表に出す事はしない。無理をしているようにも見えるが、それを抑える意志の強さも持っているようでまったくそれを感じさせないような振る舞いだった。
 心配したのかしないのか、ナードまでが部屋に来ていろいろと話をしてくれたり、呼んでもいないのに「怪我はないの?隊長が倒れたら私の相手をしてくれる人いなくなっちゃうわ」と医務室にいるはずのクライア医務室長まで作戦室に来た。よく考えてみるとこの二人が作戦室に来る事は珍しくはないのだが、フェイにとっては今の限りであるが助けになる。
 小さく心の中で今回ばかりはお礼を二人に向けて言った。
 日が落ちて、窓から入る光が少なくなってきた頃に、フェイは席から立ち上がり、みんなに向かって「見回りに行って来る」と言って、そして作戦室から出ていった。作戦室の誰もがその見回りはついでであると信じている。もちろんフェイもその気だった。
 出ていく途中、ロックがフェイに「一緒に…」と言ったが、フェイはそれを断った。「秘密の所へ行くんだよ」と一言ささやきを残して。
 フェイは夜の城下に出ていく。城下は昼とは違い、光と人影はないものの、建物の中から溢れるにぎわいがそこにはあった。外は至って静かで、今日は少し肌寒い。外の行商はどこへ消えたのかは皆目見当がつかないが一人も見あたらない。誰もいないということは、何か起きても不思議ではないのだが、こうしてフェイ達二十七番小隊がしっかり見回っているのでそういった事件は城下ではの話だが、最近ぐっと減ってきている。住民が平和に過ごせるのはこの見回りのおかげであるといっても過言ではないだろう。
 だが、事件が起きにくくなっているのにはもう一つ理由がある。そう、フェイたちが城下を見回りしているという理由以外にも理由がある…ということだ。
 それこそフェイが今目的地としている場所に関係がある話なのだ。
 フェイは周りをきょろきょろと見渡しながら、それでもしっかりとした足取りで夜道を歩いていく。もちろん一応の見回りを兼ねているわけだから、である。そしてその足はある小綺麗な酒場で止まった。フェイの目的地はここであった。今日の見回りは多少(どころではなくかなり)手抜きであるが、今日のところは勘弁してもらうしかない。なにかあれば、城下の人たちからの投書でお知らせを待つつもりだった。
 真新しい酒場の看板には『NO.1』と豪快な字で書かれている。だが、そこが酒場であるとは一言も言っていないし一文字も書かれていない。左右のかがり火に照らされて文字は全て見えるが店名以外の事は何も書かれていないのだ。城下にある数々の酒場の中でもここは一番新しい場所で、そこが酒場で、しかも特殊であるとは誰も知らない事であろう。
 看板の下にある木造のドアを開けると、木で周りを囲まれた階段がすぐある。この酒場は地下にあるのだ。ちなみに上の建物はここに入る通りとは逆にある通りから入ってくると、そこも実は酒場になっている。通常の客はそこに行くため、こちらには気付かずに同じ店に入り、思い思いの時間を過ごすのだ。
「なんか懐かしいな…。結構来てなかったからなぁここ」
 独り言をぶつぶつとつぶやきながら一歩一歩降りていくと、やがて錆びた金属で出来ている扉が見えてくる。見た目もうすでに酒場のそれではない。が、フェイは迷うことなくそのドアを開け放つ。
 ぎ・ぎ・ぎ…。
 所々というレベルではなくほとんどが錆付いている金属のドアは叫ぶようにして音を出した。外の小奇麗な見た目とはまったく似て非なるもの、としか言いようがない。
 金属で出来たドアを開けると、中はまた木の風景に戻る。抑え目の証明に照らされた木はここでなくてもなかなかのものだとフェイは今思った。
 中にいたのは男だけだった。それも得物をしっかりと持って(手ではない。身に着けているだけ)、険しい顔をしながら他の男達と話し合っている。一応酒らしき物も置いてあるが、楽しく飲んでいる状況とはお世辞にも言えない。
 フェイがここに入って来たとき、全員の視線が一気に集中した。普通なら怖じ気づくところだが、フェイは平気な顔をしてその視線を受け止める。錆びた金属のドアにしてあるのはどんな奴が入ってきてもすぐに音で気がつけるからだ。入り口はどこに座っていても見える位置にあり、場違いなものが入ってくればすぐに気がつく…という寸法になっている。
 中の男達はフェイの姿を目で確認すると、今までの険しい顔は一変した。無論さらに険しくなるという道理はない。
「フ…フェイさん!」
 野太い声で中の誰かが叫んだ。その声にもちろん聞き覚えはある。
「久しぶりじゃないですか!」
 中の男達は次々と席を立ち上がり、フェイに向かって頭を下げて声を上げ、フェイは笑いながら真面目にそれ一つ一つに軽く会釈をして返す。男たちは笑いながら肩を叩き合ったりしていた。どうやら熱烈に歓迎されているらしい。
 そして奥(と言ってもそんなに広くないのですぐだが)まで歩くと、カウンターのある席に座る。
「変わりませんね、フェイ隊長」
 カウンターの奥には初老とも取れる年頃のほっそりとした男がグラスを拭く真似事をしながら立っていた。口ひげは立派に蓄えられ、しわも顔に深く刻まれている。だが、肩から伸びる腕に無駄なくついた肉と多めの眉の下から覗く鋭い眼光がその歳感を逆行させていた。
「この場所もね…、マスター」
 フェイはいつもどおりにあまり構えずに口を開いた。もう慣れたものである。
「はい。我々はフェイ隊長の言いつけ通りにちゃんとやってますよ」
 マスターはグラスを拭く手を止めて、少し後ろを向いた。その間も隙を見せないところ辺りがいかにも、と言った感じである。さすがにそこまでしなくても…とフェイは苦く笑った。
「協力には本当に感謝してます。ありがとう…」
「いえ、我々はあなたに助けられた人間ですから」
 正確に言えばマスターはそうではないといえばないのだが、マスターはそういって(背中越しだが、多分)笑った。
 それを受けて後ろの方からも声が飛び交う。
「フェイさんのためならなんだってしますぜ!」
「ただし殺し以外で…ならですがね」
 この店はいわゆる何でも屋の集まる酒場として最近開かれた場所だ。今年でだいたい三年くらいになるだろうか、ここのマスターが仲間内で開いたのがきっかけで、少しずつではあるがだんだん人が増えていっている。
 もう少し詳しい説明を加えると、ここのマスターとその仲間は昔城下で(だけでなくほかの場所でも)何でも屋としていろいろな汚い仕事まで受けるような仕事をやっていた。それがある日他の大きなグループについに目を付けられて城下で抗争が起きた。そのマスターがいた方のグループがやられかけたのを助けたのがフェイなのだ。
 だがこのマスター、その前からどうやらロメオと知り合いらしくフェイに会ったときはそれは驚いていた。マスターがいなければこのならず者達を説き伏せる事はさすがに不可能だったろう…それを考えるとフェイの方が恩義を感じてもいいくらいである。
 実はあの騒動の後隊を総動員してその大きなグループは全て牢獄へと送り込まれる事になった。
「あの日から私の生き方は変わりました…。誰かに仕えるのが心底ばからしいと思っていた私が、あなたの行動で変わってしまいましたよ」
「そんな大それたものじゃないですよ…。ただ、あの時マスターの目には何故か濁りが感じられなくて、そのままにしておくには惜しいなと思ったんですよ。それに…」
 言おうとしたところで、マスターはフェイの言葉を自らの声で止めた。
「そのおかげでこうしてフェイ隊長達に協力できるんだから、感謝という言葉では言い切れませんね」
 ここにいるほとんどの人間がフェイに命を助けられ、見初められた人物なのだ。だが、元々やっていた事がやっていたことなので正規兵にはさすがのフェイでも出来なかったので、今こういう形で近くにいる。
 ちなみに、ここで言うフェイの言いつけとは、第一に無闇に人を殺さないこと、そしてもう一つは城下の治安を維持すること。その二つをフェイは言いつけとしてこの店に残したのだ。だがこれは本人が言い出したのではなくマスターが言い出したことである。それも恩義を感じる因子の一つなのだが、フェイはいつもそれに甘える形になっていた。
「今日はちょっと聞きたいことがあるんですが…」
 そしてそれは今回もである。
「何でも言って下さい!」
 フェイが何を言うのかをみんなが聞き入っていた。フェイはみんなに聞こえるように少し声を高くして言った。ここでの最優先事項はフェイの助けになること、という理由から。
「『エックス・オプティクス』って聞いたことありますか?みんな!」
 だが、その言葉を言った途端、一部の人間の表情に影が落ちた。
「それって…!」
「情報早いですね」
「それがどうかしましたか?」
 フェイは声のトーンをさっきよりか幾分か下げて言う。わざとではなく無意識にだ。
「俺の部下が二人…、奴らにやられた…」
「えっ!フェイさんの部下が?」
 話を聞いていた中で、一人抜け出してきて、フェイの質問に代表のように答えた。フェイに負けず劣らずのトゲトゲの茶髪に白いマフラー、少し大きめの剣を腰に差している。一応防具も身に着けてはいるが、腕だけでその機能を果たしているとは思えない。落ち着いた雰囲気から見て、フェイより多少年上に見えた。
「ヴェール…か。そう、その通りさ」
 フェイはその青年に向かって眉間にしわを寄せて見せた。ヴェールと呼ばれた青年は首を横にかしげて親指をフェイの隣の席へ向け、くいくいと動かす。フェイも首をかしげて微笑み、「いいよ」と言って返した。
 青年の名はヴェールギア・サンリィ。フェイより少し年上の22歳の戦士だ。この中では一番の腕利きで、恐らく実力は正規兵の比ではないほどだろう。
「フェイさんは無事だったのですか」
「俺の方に来たのは雑魚だったのかもしれない…数も少なかったのかも知れない…。まぁ、何にせよ俺の部下が二人もやられてしまった。これは、静観できる事態じゃないだろ?」
 フェイはいつも人に見せないような表情を見せて笑った。何かを企んでいるかのような悪戯っぽい微笑みのようにも見えるし、何かを決心したような時に人が見せる強い微笑みのようにも見えた。
「どうするつもりなんですか…?」
 ヴェールギアもそれを察するに至らず、フェイに聞いてみた。もしもフェイが死ぬつもりで向かうというのなら、それはどうにかして回避しなければならない。それがフェイの望みでなくても死んでしまうよりはましだ。
「奴らを一人残らずとっ捕まえてやる…。それでみんな、奴らの居場所を知ってたら教えて欲しいんだ」
「フェイさんが行くって言うなら俺達も…」
 少なくともそれくらいの手助けは出来るはずだ。それに、近くを荒らしまわられているというのは何でも屋たちの集団としては目の上のたんこぶであるから、一石二鳥といえばそうだ。
 しかも、その盗賊団の規模までは察知していない。おおよその予想はつくが、予想は予想であってズレも少なくないだろう。
「いや、君たちには俺達のいない間のこの街を頼みたいんだ…。それで場所はわかるかな?」
(決着は俺たちでつけるさ…後の事は任せるよ、ヴェールギア……)
「わかります…。そして、この街のことは我々にお任せ下さい」
 フェイは穏やかに笑った。




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