そして、決戦の朝。フェイ達は城下の街入り口に集合して出立の時を待っていた。メンバーは、フェイ、ロック、ティンガース、バイパー、クリューガー、ロメオ、エリザ、そしてレイチェルの八人。少数だが、戦時中でこれ以上の戦力を集めることは不可能だ。と言ってもフリーな小隊の戦士は腐るほどいる。王の指示なしに勝手に使う事が出来ないと、そういうことだった。 元々城下の治安維持という任務は二十七番小隊のものであり、他の小隊のものではない。人数が少ないというわけではないのだが、他に散っているのを一瞬で集めるなど無理な話だ。 そんな理由もあってこの人数が限界なわけである。通常の盗賊段ならこの程度でも十分足りるといえば足りるのだが、今回の限りではどうだろうか。 だがフェイの考える限りまだ出来たてだというのなら人数が集まっていても統率は取れていないだろう。それならば問題はない。 (けど…) 不安がまたフェイの心の中に巣を作り始めていた。一度考え出すときりのないその感情に、フェイは少し怖気づいたが表情には出さないようにはしている。それでも、気付く人間は気付くだろう。フェイか、フェイの事を良く理解している人物に見せれば。 みんなはそれぞれが緊張した面もちで一言もしゃべる事無く、そして凍り付いたように一歩も動かない。一本の糸が張られたような緊張感のもと、レイチェルすらも緊張している。体がこわばってそろそろしびれてきているのかもしれない。 「よし…、全員そろったようだな…」 フェイは控えめに声を上げる。みんなは聞こえてはいたのだろうが、返事をするものは誰もない。しかし、顔だけはみんなフェイの方を向いていた。 緊張感が一気に高まる。兵士としての訓練をほとんど受けていないレイチェルやロック(こちらはあまり長く受けていないだけだが)には結構しんどいだろう。特にこの空気は。 「みんな…、聞いて欲しい」 もう一度フェイは声を上げた。さっきよりは声が小さいが、今度は明らかな反応を示す。みんなは整列してフェイの前に立ち、顔を上げてフェイの声に耳を傾ける姿勢をとった。なんとはからずも一列に皆並んでいる。 「これは…ただの復讐だ…。俺達王国軍の兵士が私情で動くのはどうかと思う者ももしかしたらいるかも知れない…。それは正しい考えだと思う。だけど仲間が二人もやられて黙っていられるわけはない…とも思う。もしついてこれない奴がいるならついてこなくてもいい。元々そのつもりだったしな」 そこで全員が(ではなく良く見るとロメオ以外が)いっせいにクビを横に振った。ロメオはうっすらと微笑みを浮かべているように見える。どういう意味での笑いかは、さすがのフェイにもはかりかねた。 「そうか…お前ら、馬鹿なこととわかってついて来るって言うんだな…。よし、行くぞ!奴らを一人残らずとっつかまえて王国軍のさらし者にしてやろう!」 フェイは剣を鞘ごと上に持ち上げて高々と天に掲げた。 「しゃー、行くぜぇ!フラップ、見てろよ!」 ぐるぐると持ち前の長い槍を回してクリューガーは叫んだ。フラップの死で一番心に衝撃を受けたのは彼であるだろう。仇を討つという彼の言葉に異を唱えるものなど、いるわけもない。 「けっ…。わけえくせに言うことだけは大きい奴だな…生意気だ」 そういってロメオは背中の大剣をまさぐって感触を確かめた。…付き合いは長いが、信頼できる奴だ。また、一暴れしようぜ。そう言っているようにも見えるが、どうなのだろうか。 「僕の二刀流の神髄を見せてやるさ……」 腰と背中にある剣が特徴的な、バイパーは普段の弱弱しい微笑ではなく、それは強い表情だった。クリューガーとの特訓は精神まで鍛えられていたのかも知れない。 「フェイ隊長…俺は、負けません…!」 白い制服の胸を剣の帯の上から強くつかみ、足を砂埃を巻き上げながら静かに開き…ティンガースはつぶやくように言った。 「だから二十七番小隊やめられないのよね〜…」 弓の弦をビィン、と鳴らして薄い金色の髪をした女性、エリザは危険に微笑んだ。同意やら昔の血を呼び起こしてしまったらしい。 「僕だって…、何か出来るはず…!」 一心に地を見つめているロックは歯を噛み締めながら口からポロリとこぼすような口ぶりで言った。自分だけ生き延びて、他の命を守れなかった自分に怒りすら覚えているのだ。フェイにはわかっていた。そう、自分もそうだったから。 「ったく、チームワークが良いんだか悪いんだか…」 「みんな隊長のことを信頼してるんですよ」 フェイが少し緊張を解いて皆を見つめていると、レイチェルがフェイに歩み寄ってきた。それに気がつかなかったフェイは少し驚いて対応する。 「わっと、レイか…」 レイはにこにこ笑っていた。何を考えているのだろう。 「かっこよかったですよ、フェイさん」 「俺は…助けられてばかりさ。そういう事言われると素直に喜べないかも」 レイは頭に手を当ててぺろっと舌を出し、「ごめんなさい」と言って笑った。それを見ていただけで、またフェイは少し心が軽くなったような気がした。 (いつもありがとう…。絶対護りきってみせるから…!) フェイ達はその勢いのまま城を後にした。城からどんどん遠ざかっていくにつれ、誰一人として死なせはしないと、漠然と考えていたフェイだったが、ふと考えてみるとそんなことが本当に出来るのかが不安になってきた。相手の戦力はただの氷山の一角かも知れない。こんな少人数で、いくら王国軍の正規の訓練を受けた戦士であろうと、本当に一つの盗賊団相手に無傷で勝てるのだろうか。もう少し策を練るなどの対策をとるべきだったのではないだろうか。 今考えてみると、ロメオの制止は素直に受けるのが賢明だったのだろうか。しかし、彼はフェイ達若い力を信じて制止を強くしなかったのだ。その信頼に応える形の結末を導くために尽力するのがフェイにとっての一番の目的であり、それは誰一人も犠牲を出さないこと、その一点につきる。 「(そろそろ近いぞ…。馬はこの辺で止めて置いた方がいい)」 無言でみんなはそれぞれの馬を止めて馬から下り、そこからはゆっくりと忍び足で移動する。下は草であり、靴で移動しても足音はそうでない。しかし草と草が擦れ合う音だけは消しきれなかった。そのあたりは運に任せる以外にない。 この場所は場所で言うと城からおよそ馬で十分ほどという近い所にある。街と街の間にある場所ではないし、城から近いと言って他にはこれと言った物が何もないので、人通りは極端に少ない。それでも地方に比べるとまだ多い方ではあるのだが。 方角で言うと城から見ると南よりの西側で、その場所は岩が隆起していて小さな物も入れると洞窟が数多くある。今までマークされなかったのが不思議なくらいにアジトとしては打ってつけの場所だ。とくに、城の兵士を狙う場合や城下を荒らすときになどは。 (くそっ…) 王国軍の警備のずさんさが伺えるが、フェイの隊も城下ではあるが警備担当なのであまり声を高くして言うことは出来ない。人の事が言えるほど、フェイの地位は安定ではないのだ。それだって器量不足なのかも、と自分でたまに思うこともある。 それはともかく、フェイ達は現場にたどり着いた。皆が固唾をのみながら見守る中、フェイは片手をあげて合図をする。これは止まれと言うことだ。それに従い、全員が一斉に足を止めた。全員が同様に緊張して汗すらかいている。…もちろん場馴れしているロメオは別だったが。 (おかしいな…静かすぎる……。気配も感じない…) ごつごつした岩場はかなり広範囲に渡って存在している。洞窟も多々確認できたが、根城に出来るほどの大きさはそれほど多くはなかった。フェイはあげた手を前に倒し、顎で前方をさす。今度は、探せ、という意味あいの物だ。 そしてフェイ達は慎重に岩場の影から出て盗賊団がアジトにしているであろう洞窟の前へ来た。すると…… 「誰もいない…」 焦燥感にも似た感情を胸に抱きながらフェイ達は急いで洞窟の入り口へ向かう。洞窟の片隅に立てられた乱暴な立て札を見つけ、全員は息をのんだ。その立て札は真新しかった。いかにも今立てましたと言わんばかりのもので、フェイたちのために立てられたとも取れる。事実そうだった。 緊張の意図は音を立てて軋んでいる。切れそうで切れない緊張感に大声を出したい衝動に駆られたが、何とか皆抑えていた。だが、それも徒労だったようだ。 「のろま…だと…!」 立て札にはおそらくナイフか何かの刃物で削られた文字がはっきりと見て取れた。そこにはしっかりと、 〈SLOW POKE!!〉 のろま…と、書かれていた。 「ちくしょう……!」 フェイはがっくりと膝をついて、そして思い切り地面に拳を突き立てた。他の面々はその光景を見てただ立ちつくすばかりであったが、ロメオだけはフェイの横に歩み寄って頭に手を乗せて話しかけた。まるで諭すように。 「相手の方が一枚上手だったようだな。だが、これも想定内だろ?隊長さん」 普通の人が聞けばこれは皮肉にしか聞こえないだろうが、フェイはロメオの性格を良く知っていたので、これは慰めてくれているんだな、とそう思った。フェイは姿勢をそのままに、背中で指示を出す。声を大きく上げられなかったのは震えた声を悟られまいとする必死の努力だった。 「一応中を探った方がいい…。みんな、頼む」 悲痛なフェイの声に全員が一時戸惑っていたが、ロメオが「隊長の指示だ、早く行け!」と一喝したことで一斉に駆け出した。ロメオ自身も「俺も行って来るぜ、この目で確かめなきゃ気がすまねぇからな」といって中の方へ消えていった。 その場にはまるで土下座をしているような体勢をしているフェイとレイチェルだけが残っていた。空はあざ笑うかのように晴れ渡り、光が岩場を映し出している。動物達の鳴き声すら聞こえない。フェイたち以外の生き物はここにいないのだ。 「くそっ…、俺は…俺、は……」 うなだれるフェイをレイチェルは優しく抱き寄せ、無言で胸の中で抱擁した。 結局、その後の足取りはつかめずじまいだった。城下に戻ってNO.1の面々に聞いてもさすがにわからない、と言う事で八方塞がりだったのだ。 「俺は、探し出してでも奴等を全員捕まえてやるつもりだ。隊長が殺しを嫌っていても、せめてぶっ飛ばさなきゃ気がすまねえからな」 話は少し前後するが、城に戻る途中クリューガーが不意にフェイに言った。沈黙を破る言葉。全員がその言葉に聞き入っていた。 「わかってる。俺だって奴等を野放しにしておくつもりはないさ」 忘れるものか、とフェイは心に深く刻み込んだ。隊長としてだけでなく、一人の人間として。 |
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